でも逆に言えば、大人は狙われない……のでしょうか?
「……いたた!」
織美亜が孝司を連れていこうとすると、彼が足を痛めて動けなくなった。
「どうしたの、伊藤君!」
「ちょっと、駄目、肩と足が痛い……」
「見せてちょうだい」
織美亜が孝司の傷を見ると、まだ塞がっていない箇所があった。
まだ治癒が足りなかったのね、とがっかりする。
「ちょっと待って。……あぁ、鬼のせいで呪いを受けちゃったのね。
ただの怪我じゃないから、治すのは難しいと思うけど……やってみるわ」
鬼の傷を受けたとしても超能力なら治せるはずだ。
織美亜は目を閉じて精神を集中し、「治癒」の力を発動しようとした。
「……狼王、先に行ってちょうだい。アタシは伊藤君を治すから」
「ああ」
孝司を織美亜に任せた狼王は、子供達を助けるために行くのだった。
その頃……。
「ふざけんなよ! 一体なんなんだよ!」
堪え切れなくなったように、和也が喚いた。
「テレビのドッキリ番組……なわけないか。流石に、こんな事できるわけないわね……」
口調こそ冷静だが、流石の葵も口元がひきつっている。
「きっと神様の仕業なんだ。
僕が昨日、運動会中止にしてくださいって祈ってたから、叶えちゃったんだ」
悠は、本当の本気で運動会が嫌だったみたいだ。
「……やれやれ。鬼、ね」
「ちょっと面白くなってきたわ」
章吾と有栖が、ぱしんと拳で掌を打った。
怯え切った皆の中で、章吾と有栖は、落ち着いていた。
ちっとも怖くない……むしろ、面白がっているみたいだ。
(大翔、それで本気か、って弟が言ってたわよ)
運動会の練習で、大翔は一度、章吾に聞かれた事がある。
トラックを一周競走して、最初から最後まで章吾に追いつけなかった時だ。
章吾は不満そうに、唇を尖らせていた。
大翔はムカつき、それから練習量を倍に増やした。
章吾に勝てるはずないだろと、皆には笑われたが。
……ちなみに、有栖はというと、大翔に期待をかけていたという。
そして、やはり大翔は章吾に勝てなかった。
走り終えて息を荒らげる大翔を、章吾は遠くからじっと見ていた。
有栖は「ごめんね」と大翔に声をかけていた。
「助けを呼びましょう。学校から出られない以上、外に助けを呼ぶしかないわ。
ケータイ持ってる子は?」
葵の言葉に、何人かがポケットを探った。
桜ヶ島小では、親の適切な指導・監督を前提としてケータイを持ってくるのが許可されている。
大翔も自分のケータイを出した。
母の番号が登録してある。
手分けして、電話をかけた。
『今、オレ達は職員室にいる。子供を保護しているから、大丈夫だ』
そこから出てきたのは、男性の声だった。
大翔達を安心させたいようだが、
閉ざされていたはずの小学校に知らない人の声が聞こえたのは、逆に不気味だった。
「な、なんだ、今の声は……!?」
大翔が男性の声に怯えると共にケータイは切れた。
以前は廊下のドアからも入れたのだが、低学年の間で、
校長室はかくれんぼの穴場スポットと広まってしまって以来、カギがかかるようになった。
今では、職員室経由でしか入れない。
「……誰が行くんだ?」
答える者は、誰もいなかった。
皆、誰とも視線が合わないように俯いてしまう。
大翔も、俯いていた。
ふと、彼が視線を感じて顔を上げると、章吾と有栖と目が合った。
章吾と有栖は、じっと大翔を見つめていた。
「それで本気なのかよ?」
「あなたは何をやりたいの?」
不満そうに言ったあの時と、同じ目で。
結局、ジャンケンで決める事になった。
こういう状況になった時、行き着く先はいつもこれだ。
ジャンケンは運勝負で、公平だ。
皆、そう思ってるから。
ただ……世の中には、とてもジャンケンに弱い者、というのもいたりして。
「どうしてこんなにあっさり負けるんだよう……」
ジャンケンを終えると、悠は半泣きになった。
「普通こういうのって、徐々に人数が減っていくものだろ。
どうして一回目で全員に負けるんだよう。どうして全員グーで、僕だけチョキなんだ。
学校中のみんながグーを出して僕に襲い掛かってくる悪夢を見る勢いだよ……」
悠はよく分からない事を言いながら、「やだよ、やだよ」と頭を抱えている。
流石にみんなも拍子抜けしてしまって、顔を見合わせた。
悠は足が遅い。
体育の成績は常に、もう少し頑張りましょう。
おまけに、大の怖がりだ。
大翔と一緒に町内の肝試しに参加した時も……。
(僕は見ないよ。嫌なものは見ない主義なんだ)
と、最初から最後まで目を閉じたまま歩こうとして、
躓いて転んで大翔を巻き込んで池に落ちたほどだ。
悠はこの役に、一番向いていない。
「鬼」に追いかけられたら、ひとたまりもない。
でも、じゃあ自分が行く――だなんて、誰も言い出せるわけがなかった。
「みんながそんなに困ってるなら、私が代わりに行くわよ」
困り切った皆の中、言い出したのは有栖だった。
大翔は、ハッと顔を上げた。
「桜井君は正直、向いてないでしょ? 私なら、追われても逃げ切れる自信があるわ。
それに、私には特別な力があるみたいだし」
笑顔で有栖は皆に言った。
有栖は少しだが超能力を使う事ができ、軽い物体を浮かせたり本を開かずに透視したりできる。
「ほ、本当? 金谷さん、代わってくれる?」
悠がまだ涙目のまま、助けを求めるように有栖を見た。
「ええ、本当よ。私達は仲間、友達だもの」
それを聞いて――大翔は体の横で拳を握り締めた。
(何を迷っているんだ。悠は、俺の友達なのに……。
今、声を上げなかったら、これから一生、友達だって名乗れない。
あんなチンケな鬼なんかより、そっちの方がずっと怖いだろ。
しかも、有栖には嫌味がない。これだから……)
「……俺が行く」
大翔が声を張り上げると、皆が驚いた顔をして大翔を見た。
震える足を押さえつけて進み出ると、有栖を睨むように見据えて、大翔は言った。
「ヒロトは僕の、親友だもん」
それを聞いて、足の震えなんて止まってしまった。
なんでガクガクしてたのか、分からないくらい簡単に。
「……分かったわよ」
有栖は素直にその場から身を引いた。
愉快そうに笑う章吾と、大翔を見守る有栖。
双子だが、正反対だった。
「あたしも行くわ。電話の件を言い出したのはあたしだしね。
自分だけ待ってるわけにもいかないわ。ちょうどいいんじゃない?
いつもの帰りの班で行くって事で」
葵が手を挙げた。
話はそれでまとまった。
三人は頷き合うと、皆に向き直り、背筋を伸ばして声を張り上げた。
「桜ヶ島小学校6年2組、チームB班。校長室まで行ってくる!」
有栖は「女版出木杉」をイメージして描写しました。
差別化するために気を強くしましたが、やっぱりいつものうちの子です。
強い女の子、大好きですからね。