エージェントが大活躍をするでしょう。
先生の家は、街の外れに建っている古い木造アパートの一室だった。
郵便受けに『シライ』とペンで書かれた札が差してある。
「それにしても、どうして葵は、先生の家を知ってるんだ?」
「こんな事もあろうかと杉下先生に訊いておいたの。
暑中見舞いや年賀状、出したいんですって言ったら、教えてくれたわ」
八人は錆の浮いた階段を上った。
ここは大通りからずっと離れていて、祭りの音も遠くかすかに聞こえるだけだ。
一番端の部屋が、白井先生の部屋だ。
窓ガラスの向こうは真っ暗で、電気がついていなかった。
チャイムを押すが、返事はない。
「……やっぱり、お祭りに出かけてるっぽいね」
「仕方ないわ。探しに行きましょ。見つけたら、スポンサーにしてやるんだから」
「……待て」
章吾は短く言った。
戻ろうとしていた七人が振り返る。
「どうしたの?」
「……何か、聞こえる」
「え?」
章吾は玄関のドアに顔を近づけ、耳を澄ました。
部屋の中から聞こえてくるのだ。
「……ぜぇ、ぜえ……」
酷く苦しそうな荒い息遣いが。
大翔はドアノブに手をかけた。
カギはかかっていなかった。
軋んだ音を立てて、ドアが開いた。
苦しげな息遣いが大きくなった。
はっきりと聞こえてきた。
「先生、いるの?」
「……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……っ」
「先生!」
返事は返らない。
大翔は少しだけ迷ってから、奥のふすまを開ける。
真っ暗でがらんとした部屋だった。
畳の上にぽつんと小さな丸テーブルがあって、湯飲みが二つ置かれている。
部屋の隅に、白井先生はいた。
自分の体を抱きかかえるように丸め、
ぜえぜえと発作のような息を吐きながら、苦しそうに喉を押さえている。
「せ、先生? ちょっと、どうしたの? 今、救急車を……」
「だ、誰か呼んでくる……」
「待て!」
葵と悠が、慌てた様子で駈け出そうとすると、危機を感じた阿藍が止めた。
その時、白井先生が振り向いた。
大翔達子供と、阿藍は硬直した。
先生の額から、ツノが生えているのだ。
昨日の比ではなく、ずっと大きかった。
槍のように鋭く尖って伸びている。
口から伸びた犬歯は、完全に牙になっていた。
血走った目で、大翔達を睨みつけた。
「グ、グウウウウウ……あな、たた、ち……」
「目を覚ませっ!」
声も、変わっていた。
神経に障る嫌な声だ。
喉の奥から、獣のような唸り声が漏れて混じる。
「こ……ないで……帰って……」
「嫌だ!!」
大翔達を睨みつけたまま、追い払うように手を振った。
その口の端から、舌が覗いた。
言葉では帰れと言っているが、
口は美味しいご馳走でも見つけたように、ぺろりと舌なめずりをした。
先生はそれに気づくと、自分のした事に驚いたように目を見張った。
顔を歪め、奥歯を噛み締め、吠えるように叫んだ。
「帰ってえええええ!」
「……やはり、か」
「鬼になっていたなんて……」
大翔達は、頭を殴りつけられたように呆然としていたが、
阿藍以外のエージェントは冷静だった。
白井先生は、もう人間には見えず、ほとんど鬼になっていた。
(昨日まで平気だったのに。どうして……)
(もう、やるしかないのか……っ)
丸テーブルから湯のみが一つ、転がり落ちた。
先生の姿と剣幕に、四人は完全に腰が引けた。
じりじりと、玄関の方へ下がっていく。
大翔と章吾は足を止めた。
ぶるりと首を振ると、顔を上げる。
「……先生を、神社に連れてくぞ」
悠と葵が、引きつった顔で大翔を見やる。
章吾は、何も話さない。
「鬼祓いするんだ。予定のままだろ。……いきなり、ラストチャンスになっちまったけど」
「帰って! 帰って! 帰れエエエエエエエエエ!」
先生は悲鳴のようにわめき散らしている。
大翔は、すうっと息を吸い込むと、部屋の隅に落ちていたコートを拾った。
ゆっくり、先生に近づいていく。
先生は喉の奥から唸り声を漏らして、牙を向き、大翔を睨みつけている。
「グ、グググウウウウウ……」
「……ごめん。後でたっぷり叱られるからさ」
先生の頭の上からそっとコートを被せて頭を隠す。
恐る恐る、手を引いた。
先生は唸り声を上げるが、抵抗はしなかった。
靴を履かせる余裕もなく、玄関を出る。
他の部屋の人達は、皆、外に出ているようだ。
あれだけ先生が叫んでいたのに、誰も出てこない。
八人は、そっと階段を降りる。
「……裏道を進みましょう。人前は歩けないわ。騒ぎになっちゃう」
神社は流石に怖いようで、葵は青い顔をして後ろを歩いている。
「でも、大通りを抜けないと、神社には着けないよね……」
悠も青ざめている。
ここから神社まで、かなりの距離がある。
バスやタクシーは使えない。
大通りでは大勢の人達が、年に一度の行事を楽しんでいる。
「……なら、アタシ達に任せなさい」
「どうするんだ?」
「アタシ達は、特別な存在だから……」
織美亜、狼王、阿藍、麻麻は手を繋ぐ。
先生の声は、彼らには聞こえていなかった。
次の瞬間、八人は姿を消した。
「……」
八人はテレポートによりすぐに神社に辿り着いた。
だが、エージェントの顔に、喜びはなかった。
何故なら……白井先生は、もう、鬼になっていたからだ。
白目は金に、黒目は赤に、炎のように赤くぎらつく目玉。
猛獣が、狭い檻からようやく抜け出して喜びに震えるように、ニタアッと笑っている。
気がついたように顔を上げ、こちらを見た。
超能力者と目が合った瞬間、ニンマリと笑った。
残酷な表情、とびきりのご馳走を見つけたように。
「……さあ、覚悟なさい、妖鬼妃」
織美亜は超能力を使い神社に認識阻害結界を張る。
全ては、この鬼を仕留めるために。
女性の鬼は般若や山姥とかいるにはいるのに、
原作にはなんで出てこないんだろう、と思って作ったのが彼女です。
もしかしたら、原作者は敵女が苦手なだけなのかもしれませんが。
次回は3巻編のボス、妖鬼妃との対決です。