琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

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タイトル通りの回です。
エージェントが大活躍をするでしょう。


39 白井先生の正体

 先生の家は、街の外れに建っている古い木造アパートの一室だった。

 郵便受けに『シライ』とペンで書かれた札が差してある。

「それにしても、どうして葵は、先生の家を知ってるんだ?」

「こんな事もあろうかと杉下先生に訊いておいたの。

 暑中見舞いや年賀状、出したいんですって言ったら、教えてくれたわ」

 八人は錆の浮いた階段を上った。

 ここは大通りからずっと離れていて、祭りの音も遠くかすかに聞こえるだけだ。

 一番端の部屋が、白井先生の部屋だ。

 窓ガラスの向こうは真っ暗で、電気がついていなかった。

 チャイムを押すが、返事はない。

「……やっぱり、お祭りに出かけてるっぽいね」

「仕方ないわ。探しに行きましょ。見つけたら、スポンサーにしてやるんだから」

「……待て」

 章吾は短く言った。

 戻ろうとしていた七人が振り返る。

「どうしたの?」

「……何か、聞こえる」

「え?」

 章吾は玄関のドアに顔を近づけ、耳を澄ました。

 部屋の中から聞こえてくるのだ。

 

「……ぜぇ、ぜえ……」

 酷く苦しそうな荒い息遣いが。

 大翔はドアノブに手をかけた。

 カギはかかっていなかった。

 軋んだ音を立てて、ドアが開いた。

 苦しげな息遣いが大きくなった。

 はっきりと聞こえてきた。

「先生、いるの?」

「……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……っ」

「先生!」

 返事は返らない。

 大翔は少しだけ迷ってから、奥のふすまを開ける。

 真っ暗でがらんとした部屋だった。

 畳の上にぽつんと小さな丸テーブルがあって、湯飲みが二つ置かれている。

 部屋の隅に、白井先生はいた。

 自分の体を抱きかかえるように丸め、

 ぜえぜえと発作のような息を吐きながら、苦しそうに喉を押さえている。

「せ、先生? ちょっと、どうしたの? 今、救急車を……」

「だ、誰か呼んでくる……」

「待て!」

 葵と悠が、慌てた様子で駈け出そうとすると、危機を感じた阿藍が止めた。

 その時、白井先生が振り向いた。

 大翔達子供と、阿藍は硬直した。

 先生の額から、ツノが生えているのだ。

 昨日の比ではなく、ずっと大きかった。

 槍のように鋭く尖って伸びている。

 口から伸びた犬歯は、完全に牙になっていた。

 血走った目で、大翔達を睨みつけた。

「グ、グウウウウウ……あな、たた、ち……」

「目を覚ませっ!」

 声も、変わっていた。

 神経に障る嫌な声だ。

 喉の奥から、獣のような唸り声が漏れて混じる。

「こ……ないで……帰って……」

「嫌だ!!」

 大翔達を睨みつけたまま、追い払うように手を振った。

 その口の端から、舌が覗いた。

 言葉では帰れと言っているが、

 口は美味しいご馳走でも見つけたように、ぺろりと舌なめずりをした。

 先生はそれに気づくと、自分のした事に驚いたように目を見張った。

 顔を歪め、奥歯を噛み締め、吠えるように叫んだ。

 

帰ってえええええ!

 

「……やはり、か」

「鬼になっていたなんて……」

 大翔達は、頭を殴りつけられたように呆然としていたが、

 阿藍以外のエージェントは冷静だった。

 白井先生は、もう人間には見えず、ほとんど鬼になっていた。

(昨日まで平気だったのに。どうして……)

(もう、やるしかないのか……っ)

 丸テーブルから湯のみが一つ、転がり落ちた。

 先生の姿と剣幕に、四人は完全に腰が引けた。

 じりじりと、玄関の方へ下がっていく。

 大翔と章吾は足を止めた。

 ぶるりと首を振ると、顔を上げる。

「……先生を、神社に連れてくぞ」

 悠と葵が、引きつった顔で大翔を見やる。

 章吾は、何も話さない。

「鬼祓いするんだ。予定のままだろ。……いきなり、ラストチャンスになっちまったけど」

「帰って! 帰って! 帰れエエエエエエエエエ!

 先生は悲鳴のようにわめき散らしている。

 大翔は、すうっと息を吸い込むと、部屋の隅に落ちていたコートを拾った。

 ゆっくり、先生に近づいていく。

 先生は喉の奥から唸り声を漏らして、牙を向き、大翔を睨みつけている。

「グ、グググウウウウウ……」

「……ごめん。後でたっぷり叱られるからさ」

 先生の頭の上からそっとコートを被せて頭を隠す。

 恐る恐る、手を引いた。

 先生は唸り声を上げるが、抵抗はしなかった。

 靴を履かせる余裕もなく、玄関を出る。

 他の部屋の人達は、皆、外に出ているようだ。

 あれだけ先生が叫んでいたのに、誰も出てこない。

 

 八人は、そっと階段を降りる。

「……裏道を進みましょう。人前は歩けないわ。騒ぎになっちゃう」

 神社は流石に怖いようで、葵は青い顔をして後ろを歩いている。

「でも、大通りを抜けないと、神社には着けないよね……」

 悠も青ざめている。

 ここから神社まで、かなりの距離がある。

 バスやタクシーは使えない。

 大通りでは大勢の人達が、年に一度の行事を楽しんでいる。

「……なら、アタシ達に任せなさい」

「どうするんだ?」

「アタシ達は、特別な存在だから……」

 織美亜、狼王、阿藍、麻麻は手を繋ぐ。

 先生の声は、彼らには聞こえていなかった。

 次の瞬間、八人は姿を消した。

 

「……」

 八人はテレポートによりすぐに神社に辿り着いた。

 だが、エージェントの顔に、喜びはなかった。

 何故なら……白井先生は、もう、鬼になっていたからだ。

 白目は金に、黒目は赤に、炎のように赤くぎらつく目玉。

 猛獣が、狭い檻からようやく抜け出して喜びに震えるように、ニタアッと笑っている。

 気がついたように顔を上げ、こちらを見た。

 超能力者と目が合った瞬間、ニンマリと笑った。

 残酷な表情、とびきりのご馳走を見つけたように。

 

「……さあ、覚悟なさい、妖鬼妃」

 織美亜は超能力を使い神社に認識阻害結界を張る。

 全ては、この鬼を仕留めるために。




女性の鬼は般若や山姥とかいるにはいるのに、
原作にはなんで出てこないんだろう、と思って作ったのが彼女です。
もしかしたら、原作者は敵女が苦手なだけなのかもしれませんが。

次回は3巻編のボス、妖鬼妃との対決です。
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