と、言うしかない展開にして、申し訳ありません。
だって能力者が何とかしたんですもの。
織美亜、狼王、阿藍、麻麻は、桜ヶ島小学校に潜入していた。
杉下先生を探し、隙あれば殺すために。
「で、またテレパシーを使うのね?」
「ああ。力には力で対抗するからな」
狼王は前に出て、そっと、テレパシーを使う。
できるだけ、杉下先生の話を長く聞くために。
「はい、それじゃ全員集合~!」
杉下先生がホイッスルを吹いた。
ピィーッと音が鳴り響く。
皆、一斉に駆け出した。
送れないように、先生の前に急いで整列する。
ピシッと気をつけ。
背筋を伸ばして、体の横で両手を揃えて。
笛の音と共に地面に腰を下ろし、体育座り。
一点の乱れもなく。
整列が完了すると、杉下先生はストップウォッチのボタンを止めた。
一昨日より5秒早く整列できましたと皆を褒めた。
「おっしゃあ!」と皆、喜んでいる。
大翔の隣で、悠が不思議そうに首を捻った。
「それじゃ、100メートル走は今日でおしまいです。次回からは、ドッジボールになります」
並んだ皆の顔を見渡し、杉下先生が元気よく言う。
「みんな、僅かな間にとても速くなったね。
授業を始めた時はどうなるかと思ったけど、心身共に成長し、以前とは見違えるようです。
先生の指導がいいのかな?」
杉下先生がおどけて笑う。
皆、答えてどっと笑った。
大翔もおかしくなって笑った。
悠は黙っている。
それから杉下先生は、生徒達一人一人にコメントした。
「小杉君、速くなったね」
「関本君、良くなったよ」
「伊藤君、上達したね」
別に突っ込んだ事を言うわけではなく、ちょっと褒めるだけだ。
それでも皆、嬉しそうに喜ぶ。
へへっと照れて、鼻の下をこする。
杉下は大人達の間で、生徒のやる気を引き出すのが抜群に上手いと評判らしい。
あまりにも上手いので、他の先生達は、杉下先生の授業を見て参考にしているのだとか。
「大場君も速くなった。いい走りだったよ」
大翔は嬉しくて頭を掻いた。
母に褒められても、こんなには嬉しくないだろう。
「桜井君。桜井君も、とてもよくなったよ」
(……)
悠だけは、反応が薄かった。
瞬きを数度しただけで、にこりともしない。
周りで盛り上がる皆を見渡し、鼻歌を歌う大翔を横目で伺って、何か言いたそうにしている。
「……さて! 今日は授業を終える前に、みんなに少しマジメな話をしておこうかな」
授業の最後。
杉下先生は皆を見回し、改まった調子で言った。
皆、不思議そうに首を傾げて、先生の話に聞き入った。
「君達子供にとって一番大切な事って何だと思う?」
―はい、はい! メシ! いっぱいのメシ!
―おまえ、ここは知恵とか知識とか言っとくとこだろーっ?
―恋よ! 愛だわ!
―ばーか、遊ぶ時間だろーっ!
皆が一斉にわいわいと答える。
静まるのを待ってから、杉下先生は続けた。
「先生達は、みんなに色々なアドバイスをするだろ?
みんなの走りが速くなるように、テストの点が上がるように、立派な人間になれるようにさ。
でも、せっかくのアドバイスも、みんなが素直に聞いてくれないと意味がない。
だから、みんなには、是非これだけは守ってほしいんだ。……それはね。『考えない事』です。
余計な事を、考えない。頭を空っぽにして、先生に言われた事をやる。
先生に今、言われた通りに行動する。先生に言われた通りに、自分の手足を動かす。
そうした素直な心を持ってください。
それさえ守っていれば、君らは立派な大人に成長していけるし、毎日が楽しくなっていく。
逆に、それができない子は、必ず辛い目に遭うでしょう。
考えない事。忘れないでいてほしいと思います」
「……いい先生だよね、杉下先生」
伊藤孝司が話しかけてきた。
孝司はこの頃、体育の授業を楽しみにしている。
元々はそんなタイプではなかった。
本を読むのが好きで、運動は苦手、体育の時が来ると溜息を吐いている方だった。
(杉下先生に、言われたんだ。本なんて読んでいたら、余計な事、考えるようになるって。
それは良くない事だって)
そのため、孝司は持っていた本を全部捨てて、昼休みに図書室に通うのもやめた。
(先生の言う通りだった。本を読むなんてムダな事だって、ようやく気づいたよ)
「……鬼が」
狼王は悪態をついていた。
生徒は教師の所有物ではないのに。
何も考えるな、なんて、先生が言うはずがない。
間違いなく、杉下先生は子供に敵対する、最凶最悪の鬼である事が分かった。
何としてでも殺す、と狼王は思った。
子供に牙を剥くものは、何が何でも殺すのが、エージェントの役目だからである。
「良い鬼は、死んだ鬼だけだ」
「……そんなにいい先生かな?」
呟く声に、大翔と孝司は、はっとして顔を向けた。
口にしたのは、悠だった。
皆と同じように、体育座りで膝を抱えたまま、じっと杉下先生を見上げている。
だが、その目つきは、皆とは全く違っていた。
危険な猛獣でも見るような……警戒の目だ。
「……どういう事?」
孝司が不満そうに唇を尖らせる。
「杉下先生が、嫌な先生だっていうの?」
「そういうわけじゃないよ。でも荒木先生は、あんな事、言わなかったんだ。
何も考えるななんて、言われた通りに動けなんて、絶対、言わなかった」
悠の言葉に、大翔は首を傾げた。
「この頃、みんな、おかしいよ。
なんで先生をちょっと待たせたくらいで、友達にあんな酷い事言うの?
考えるななんて、本を読むのをやめろだなんて、ヘンだよ。
荒木先生は言ってたよ。自分の頭で判断しろ、自分の頭で考えろって」
悠は杉下先生の顔を、食い入るようにじっと見つめている。
まるで先生のニコニコ顔が騙し絵になっていて、
その下に何か間違ったものが潜んでいるとでもいうように。
「……僕、桜井君が何を言ってるのか、全然分かんないよ。杉下先生を悪く言うなんて」
孝司が不満げに鼻を鳴らしプイとそっぽを向いた。
杉下先生は、大翔達が何か話しているのに気づいたらしい。
こちらへ顔を向けたが、別に怒りはしなかった。
ただ、ニッコリと笑みを深くして、じっと悠を見返した。
―そうだ、こいつは信じるな。
「テレパシー!?」
うっかりテレパシーの力を強めてしまい、悠に狼王の考えが届いてしまった。
―すまん。今、テレポートで向かうからな。
狼王のテレパシーがぷつんと切れる。
しばらくすると、織美亜、狼王、阿藍、麻麻がテレポートで悠達の前に姿を現した。
次回は杉下先生を追いかけます。
能力者が無双しますので、ご注意ください。