ここでは麻麻が活躍します。
「何の用だ? いきなりテレポートで現れて」
「かくかくしかじか。オレ達は杉下××を討つために来たんだ」
狼王は杉下先生の下の名前を大翔達に明かす。
なんで知っているんだ、と大翔達は驚くが、狼王は首を横に振って要件のみを伝える。
「とにかく、杉下××には、何か裏がある」
「……探ってみる必要がありそうよ」
大翔、悠、章吾、和也は、エージェントにそう言われて顔を見合わせ、頷き合った。
何度も一緒に鬼と戦ってきた仲間なのだ。
仲間がいれば、何も怖くない。
エージェントも、彼らに同意した。
その時、部屋のドアがガラガラと開いた。
「……探したよ」
顔を出したのは孝司だった。
本当は一緒に話すつもりだったが、
昼休みが始まった途端、どこかへ行ってしまって、誘えなかったのだ。
「孝司。いいとこにきた。大事な話してたんだ。お前も入れよ」
和也が手招きするが、孝司は首を振った。
「……和也、金谷君……杉下先生が呼んでるよ……」
そう言うメガネの奥の目は、何だかぼんやりして焦点が合っていない。
「……杉下先生が?」
織美亜は精神を集中し、孝司の精神状態を探った。
すると、織美亜が口を手で塞いだ。
何か良からぬものを感じ取ってしまったらしい。
「うっ……汚い……!」
「しっかりしろ」
「ダメ……行かないで!」
織美亜は慌てて、大翔達を止めようとした。
「なんで?」
「ダメったらダメ。アタシ達、残る、から……」
「オレと章吾? なんの用だって?」
「……さあ、分からない。連れてきてくれって言われただけだから……。
素敵な話をしてくれるって……ウサギ小屋の前で待ってるって……。じゃ、伝えたからね……」
それだけ言うと、孝司は行ってしまった。
「……ま、ちょうどいいぜ。こっちから話したいとこだったんだ」
和也がパシンと拳を打った。
章吾も頷いて立ち上がった。
「ちょっと行ってくるぜ」
「ダメ、ダメ、ダメ!」
織美亜の制止も空しく、二人は連れ立っていく。
大翔と悠は教室に戻った。
教室には昼休みののんびりした空気が漂っている。
5分経ち、10分経ち、20分経って1組の教室を見に行っても章吾達はまだ戻ってきていない。
「俺、ちょっと様子を見てくる」
大翔が立ち上がると、悠と織美亜は不安そうな顔をした。
「すぐ戻るよ。悠は待ってて」
「今度は私が行くわ。また罠にかかるかもしれないから」
麻麻は大翔に同行する事にした。
何かあったら、すぐに超能力を使うために。
「おう、大翔! どうしたんだ?」
下駄箱で靴に履き替えていると、
ちょうど校庭から章吾と和也が戻ってきて、大翔はほっと息を吐いた。
昼休みの校庭でまさかとは思ったが、何かあったのではないかと心配したのだ。
「遅いから様子見に来たんだよ。なんの話だったんだ?」
「大した話じゃなかったぜ?」
「ああ。ただの雑談だった。……それよりも大翔、さっきの話なんだが」
和也と章吾は顔を見合わせ、困ったように唇をへの字に曲げた。
どうしたもんかというように、揃って肩を竦めてみせた。
「桜井の奴、どうしちまったんだろうな? それに、あの人達も変だし」
「……」
意味が分からず、大翔は首を傾げるが、エージェントは無反応だった。
「どうかしてるぜ。杉下先生を疑うなんてよ」
「ほんと、そうだよなー」
「……え?」
大翔はきょとんとした。
ちょっと授業を聞いていなかったら、
まるきり内容が変わっていてついていけなくなった生徒のように、目を白黒させて二人を見つめた。
「……なんの話だ?」
「桜井はあんな事を言う奴じゃなかったのにな、って事だよ。どうかしちまったのかな?」
「理由もなく杉下先生を嫌うなんて、許せねーよな! いい奴だと思ってたのに、失望したぜ!」
章吾が腕組みして、眉を顰め、和也がふんっと鼻から息を吐いた。
大翔は訳が分からないようだが、麻麻は顔をしかめていた。
「ど、どうしたんだよ、二人とも。さっきと話が違うぞ」
大翔は首を振った。
「別に、悠は理由なく先生を嫌ってるわけじゃない。悠の直感、凄く鋭いんだぜ。
小さい時から、俺、何度も見て知ってる」
「勘だけで先生を疑う理由にはならないだろ?」
「そうだぜ!
杉下先生は悪い事なんて何もしてないし、他の先生を陥れるなんてするわけない!」
「それがいけないのよ」
麻麻は冷静に言う。
まだ手掛かりは出揃っていなかったが、
杉下先生が鬼である事を、エージェントは既に知っていた。
「第一印象から決めつける。それは、私達もそうしている。けれど、これは例外なのよ。
私達は知っている。彼が……杉下××が……討伐対象だと」
エージェントは司令官から杉下先生の下の名前を聞いている。
そのため、杉下先生には殺意しかない。
「……さようなら、杉下××は殺されるためだけにいるのよ」
エージェントと大翔は、その場を立ち去った。
「……やあ、大翔君じゃないか。しかも、知らない人までいる」
ウサギ小屋の前。
杉下先生は、金網の中のウサギ達に、人参をやっているところだった。
大翔達に気づいて振り向くと、ニコニコ顔で問いかける。
「そんなに急いでどうしたんだい? 何か、困った事でもあったかい?」
「先生……」
大翔は少しだけ迷ってから杉下先生を睨みつけた。
麻麻は、彼に殺意を向けている。
「章吾達に何をしたんだ……!」
「……うん? 何の話だろう?」
「さようなら」
麻麻は杉下先生に電撃を放ち、皮膚を焦がす。
悪人がはぐらかすくらいなら殺すのが、エージェントのやり方だ。
「消えて。不愉快」
「いきなり攻撃してくるなんて不愉快だなぁ。……君達はまた後で」
杉下先生は屈み込んで、膝を抱えると、大翔と目線の高さを揃える。
「まあ、落ち着きなよ。目を見てもらえば、先生が嘘ついてないって分かるはずだからさ」
(駄目、大翔……!)
そう言って、じっと、大翔の目の奥を覗き込む。
大翔の目に、杉下先生の白い眼球が映った。
その仲のコーヒー色の虹彩も、真っ暗な瞳孔も。
突然。
大翔の頭の中、一面に、真っ暗な雲が広がった。
一寸先も見通せない、重たく黒い塊。
頭の中に大量に侵入し、もくもくと勢いよく広がっていく。
「……」
睨みつけていた大翔の目から、ふっと力が抜けた。
張りつめていた全身の力が、だらり、と抜け、腕が垂れ下がる。
「子供が先生に逆らうなんて100年早いよ。大翔君」
大翔の目を覗き込んだまま、杉下先生はニコニコと笑った。
(……な、なんでだ……)
毒に冒されたように、大翔の意識が濁っていく。
頭がぼんやりしてきて、何も考えられない。
杉下先生の目の奥、真っ黒い穴から目を放せない。
「人の心って弱いものでね。
偉い大人や周りの意見に、つい自信をなくして流されてしまうものなんだ。
……そんな弱気の隙間から侵入し、悪いウイルスを仕込んで乗っ取る。
先生、そういうの得意なんだよ。子供は先生に逆らえない。気をつけ」
杉下先生が、パチンと指を鳴らした。
途端、大翔の体は素早く動いた。
両手をピシリと体の横に揃え、先生の前で直立不動になった。
「休め」
また体が動いた。
頭はぼんやりと何も考えられなくなっていくのに、
体は言われるまま、足を肩幅に開き、腰の後ろで両手を組んだ。
「右向け、右」
体を右に向ける直前、大翔には見えた。
ニコニコ笑う杉下先生の頭から生えている――真っ黒な一本ヅノが。
「ふふ、見つかっちゃった。そう、先生は鬼でした」
(予想通りね)
大翔をその場でぐるりと一周させ、また直立不動にさせると、
杉下先生はニコニコ笑って自分のツノを撫でた。
麻麻は今もなお、大翔を睨みつけている。
「でも、残念。キミはもうその事を二度と思い出す事ができない。
忘れちゃうんだ。頭をいじくられて」
パチンと指を鳴らされて、大翔は首を頷かせそうになる。
体に力を込め、抵抗する。
「……先生、友情について、考えていたんだよ」
必死に体を取り戻そうとする大翔をぼんやり見ながら、杉下先生は続けた。
「友達って、仲間って、やっぱりいいものだと思うんだ。困った時に助けてくれるだろ。
嬉しい時に喜んでくれるだろ。悲しい時には、一緒に泣いてくれるだろ。
僕は地獄の鬼なんだけど、そういうの、凄くいいと思うんだよね。スバラシイ。
キミもそう思うだろ?」
パチンとまた指を鳴らした。
頭を強引に押さえつけられるようにして、大翔はぶんぶんと首を頷かせた。
(まずいわ……私が助けなきゃ!)
麻麻は精神を集中し、大翔に両手を向けた。
「うあぁぁっ!?」
突然、大翔の身体に電気ショックが走り、大翔は正気に戻る。
それを放ったのは、麻麻だ。
「……消えなさい」
麻麻は杉下先生を殺意を込めた目で睨みつける。
杉下先生は彼女の鋭い目に不愉快になり、その場を立ち去った。
大翔は何が起こったのか分からずきょとんとする。
「まったく、私がいなかったら、今頃あなたはお陀仏だったわよ」
「……」
「さ、帰りましょ」
麻麻はそう言って、大翔の手を握り、歩いた。
「ヒロト、よかった! 遅いから、心配して様子見に来たんだ!」
「よくやったわね」
下駄箱に戻った大翔と麻麻を見て、悠と織美亜が、ほっと安堵の息を吐いている。
もう昼休みも終わろうとしている。
辺りには誰の姿もない。
廊下の向こうの教室から、低学年の騒ぐ声が聞こえてくる。
「金谷君も関本君も帰ってきたけど、全然、話を聞いてくれなくなっちゃったんだ……。
一体、どうしちゃったんだろう……」
ぎゅっと服の裾を握り締めて、悠は困り切ったように顔を歪めている。
大翔の目を見ると、強く頷きかけた。
「やっぱり、杉下先生は何かおかしいよ。一緒に戦おう、ヒロト」
「ああ。やっぱり、杉下先生は、倒すべき存在だ」
拳を握り締めて、お互いに手を伸ばす。
麻麻が電気ショックを与えなかったら、今頃、悠を信じなかったかもしれない。
今は、彼女に感謝するのだった。
―キーンコーン カーンコーン
「イレギュラーが現れた。訳が分からない」
チャイムが鳴る。
気がつくと、後ろに杉下先生が立っていた。
彼の皮膚には、焼け焦げた跡がある。
「消えろよ、電撃使い」
杉下先生は、麻麻を鋭い目で睨みつけた。
鬼もエージェントも、お互いを敵対視しています。
次回は、ケイドロが本格的に始まります。