琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

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黒鬼の不思議な術に、気を付けてください。
ここでは麻麻が活躍します。


44 杉下先生を追って

「何の用だ? いきなりテレポートで現れて」

「かくかくしかじか。オレ達は杉下××を討つために来たんだ」

 狼王は杉下先生の下の名前を大翔達に明かす。

 なんで知っているんだ、と大翔達は驚くが、狼王は首を横に振って要件のみを伝える。

「とにかく、杉下××には、何か裏がある」

「……探ってみる必要がありそうよ」

 大翔、悠、章吾、和也は、エージェントにそう言われて顔を見合わせ、頷き合った。

 何度も一緒に鬼と戦ってきた仲間なのだ。

 仲間がいれば、何も怖くない。

 エージェントも、彼らに同意した。

 

 その時、部屋のドアがガラガラと開いた。

「……探したよ」

 顔を出したのは孝司だった。

 本当は一緒に話すつもりだったが、

 昼休みが始まった途端、どこかへ行ってしまって、誘えなかったのだ。

「孝司。いいとこにきた。大事な話してたんだ。お前も入れよ」

 和也が手招きするが、孝司は首を振った。

「……和也、金谷君……杉下先生が呼んでるよ……」

 そう言うメガネの奥の目は、何だかぼんやりして焦点が合っていない。

「……杉下先生が?」

 織美亜は精神を集中し、孝司の精神状態を探った。

 すると、織美亜が口を手で塞いだ。

 何か良からぬものを感じ取ってしまったらしい。

「うっ……汚い……!」

「しっかりしろ」

「ダメ……行かないで!」

 織美亜は慌てて、大翔達を止めようとした。

「なんで?」

「ダメったらダメ。アタシ達、残る、から……」

「オレと章吾? なんの用だって?」

「……さあ、分からない。連れてきてくれって言われただけだから……。

 素敵な話をしてくれるって……ウサギ小屋の前で待ってるって……。じゃ、伝えたからね……」

 それだけ言うと、孝司は行ってしまった。

 

「……ま、ちょうどいいぜ。こっちから話したいとこだったんだ」

 和也がパシンと拳を打った。

 章吾も頷いて立ち上がった。

「ちょっと行ってくるぜ」

「ダメ、ダメ、ダメ!」

 織美亜の制止も空しく、二人は連れ立っていく。

 大翔と悠は教室に戻った。

 教室には昼休みののんびりした空気が漂っている。

 5分経ち、10分経ち、20分経って1組の教室を見に行っても章吾達はまだ戻ってきていない。

「俺、ちょっと様子を見てくる」

 大翔が立ち上がると、悠と織美亜は不安そうな顔をした。

「すぐ戻るよ。悠は待ってて」

「今度は私が行くわ。また罠にかかるかもしれないから」

 麻麻は大翔に同行する事にした。

 何かあったら、すぐに超能力を使うために。

 

「おう、大翔! どうしたんだ?」

 下駄箱で靴に履き替えていると、

 ちょうど校庭から章吾と和也が戻ってきて、大翔はほっと息を吐いた。

 昼休みの校庭でまさかとは思ったが、何かあったのではないかと心配したのだ。

「遅いから様子見に来たんだよ。なんの話だったんだ?」

「大した話じゃなかったぜ?」

「ああ。ただの雑談だった。……それよりも大翔、さっきの話なんだが」

 和也と章吾は顔を見合わせ、困ったように唇をへの字に曲げた。

 どうしたもんかというように、揃って肩を竦めてみせた。

「桜井の奴、どうしちまったんだろうな? それに、あの人達も変だし」

「……」

 意味が分からず、大翔は首を傾げるが、エージェントは無反応だった。

「どうかしてるぜ。杉下先生を疑うなんてよ」

「ほんと、そうだよなー」

「……え?」

 大翔はきょとんとした。

 ちょっと授業を聞いていなかったら、

 まるきり内容が変わっていてついていけなくなった生徒のように、目を白黒させて二人を見つめた。

「……なんの話だ?」

「桜井はあんな事を言う奴じゃなかったのにな、って事だよ。どうかしちまったのかな?」

「理由もなく杉下先生を嫌うなんて、許せねーよな! いい奴だと思ってたのに、失望したぜ!」

 章吾が腕組みして、眉を顰め、和也がふんっと鼻から息を吐いた。

 大翔は訳が分からないようだが、麻麻は顔をしかめていた。

「ど、どうしたんだよ、二人とも。さっきと話が違うぞ」

 大翔は首を振った。

「別に、悠は理由なく先生を嫌ってるわけじゃない。悠の直感、凄く鋭いんだぜ。

 小さい時から、俺、何度も見て知ってる」

「勘だけで先生を疑う理由にはならないだろ?」

「そうだぜ!

 杉下先生は悪い事なんて何もしてないし、他の先生を陥れるなんてするわけない!」

「それがいけないのよ」

 麻麻は冷静に言う。

 まだ手掛かりは出揃っていなかったが、

 杉下先生が鬼である事を、エージェントは既に知っていた。

「第一印象から決めつける。それは、私達もそうしている。けれど、これは例外なのよ。

 私達は知っている。彼が……杉下××が……討伐対象だと」

 エージェントは司令官から杉下先生の下の名前を聞いている。

 そのため、杉下先生には殺意しかない。

「……さようなら、杉下××は殺されるためだけにいるのよ」

 エージェントと大翔は、その場を立ち去った。

 

「……やあ、大翔君じゃないか。しかも、知らない人までいる」

 ウサギ小屋の前。

 杉下先生は、金網の中のウサギ達に、人参をやっているところだった。

 大翔達に気づいて振り向くと、ニコニコ顔で問いかける。

「そんなに急いでどうしたんだい? 何か、困った事でもあったかい?」

「先生……」

 大翔は少しだけ迷ってから杉下先生を睨みつけた。

 麻麻は、彼に殺意を向けている。

「章吾達に何をしたんだ……!」

「……うん? 何の話だろう?」

「さようなら」

 麻麻は杉下先生に電撃を放ち、皮膚を焦がす。

 悪人がはぐらかすくらいなら殺すのが、エージェントのやり方だ。

「消えて。不愉快」

「いきなり攻撃してくるなんて不愉快だなぁ。……君達はまた後で」

 杉下先生は屈み込んで、膝を抱えると、大翔と目線の高さを揃える。

「まあ、落ち着きなよ。目を見てもらえば、先生が嘘ついてないって分かるはずだからさ」

(駄目、大翔……!)

 そう言って、じっと、大翔の目の奥を覗き込む。

 大翔の目に、杉下先生の白い眼球が映った。

 その仲のコーヒー色の虹彩も、真っ暗な瞳孔も。

 

 突然。

 大翔の頭の中、一面に、真っ暗な雲が広がった。

 一寸先も見通せない、重たく黒い塊。

 頭の中に大量に侵入し、もくもくと勢いよく広がっていく。

「……」

 睨みつけていた大翔の目から、ふっと力が抜けた。

 張りつめていた全身の力が、だらり、と抜け、腕が垂れ下がる。

「子供が先生に逆らうなんて100年早いよ。大翔君」

 大翔の目を覗き込んだまま、杉下先生はニコニコと笑った。

(……な、なんでだ……)

 毒に冒されたように、大翔の意識が濁っていく。

 頭がぼんやりしてきて、何も考えられない。

 杉下先生の目の奥、真っ黒い穴から目を放せない。

「人の心って弱いものでね。

 偉い大人や周りの意見に、つい自信をなくして流されてしまうものなんだ。

 ……そんな弱気の隙間から侵入し、悪いウイルスを仕込んで乗っ取る。

 先生、そういうの得意なんだよ。子供は先生に逆らえない。気をつけ」

 杉下先生が、パチンと指を鳴らした。

 途端、大翔の体は素早く動いた。

 両手をピシリと体の横に揃え、先生の前で直立不動になった。

「休め」

 また体が動いた。

 頭はぼんやりと何も考えられなくなっていくのに、

 体は言われるまま、足を肩幅に開き、腰の後ろで両手を組んだ。

「右向け、右」

 体を右に向ける直前、大翔には見えた。

 ニコニコ笑う杉下先生の頭から生えている――真っ黒な一本ヅノが。

「ふふ、見つかっちゃった。そう、先生は鬼でした」

(予想通りね)

 大翔をその場でぐるりと一周させ、また直立不動にさせると、

 杉下先生はニコニコ笑って自分のツノを撫でた。

 麻麻は今もなお、大翔を睨みつけている。

「でも、残念。キミはもうその事を二度と思い出す事ができない。

 忘れちゃうんだ。頭をいじくられて」

 パチンと指を鳴らされて、大翔は首を頷かせそうになる。

 体に力を込め、抵抗する。

「……先生、友情について、考えていたんだよ」

 必死に体を取り戻そうとする大翔をぼんやり見ながら、杉下先生は続けた。

「友達って、仲間って、やっぱりいいものだと思うんだ。困った時に助けてくれるだろ。

 嬉しい時に喜んでくれるだろ。悲しい時には、一緒に泣いてくれるだろ。

 僕は地獄の鬼なんだけど、そういうの、凄くいいと思うんだよね。スバラシイ。

 キミもそう思うだろ?」

 パチンとまた指を鳴らした。

 頭を強引に押さえつけられるようにして、大翔はぶんぶんと首を頷かせた。

(まずいわ……私が助けなきゃ!)

 麻麻は精神を集中し、大翔に両手を向けた。

「うあぁぁっ!?」

 突然、大翔の身体に電気ショックが走り、大翔は正気に戻る。

 それを放ったのは、麻麻だ。

「……消えなさい」

 麻麻は杉下先生を殺意を込めた目で睨みつける。

 杉下先生は彼女の鋭い目に不愉快になり、その場を立ち去った。

 大翔は何が起こったのか分からずきょとんとする。

 

「まったく、私がいなかったら、今頃あなたはお陀仏だったわよ」

「……」

「さ、帰りましょ」

 麻麻はそう言って、大翔の手を握り、歩いた。

 

「ヒロト、よかった! 遅いから、心配して様子見に来たんだ!」

「よくやったわね」

 下駄箱に戻った大翔と麻麻を見て、悠と織美亜が、ほっと安堵の息を吐いている。

 もう昼休みも終わろうとしている。

 辺りには誰の姿もない。

 廊下の向こうの教室から、低学年の騒ぐ声が聞こえてくる。

「金谷君も関本君も帰ってきたけど、全然、話を聞いてくれなくなっちゃったんだ……。

 一体、どうしちゃったんだろう……」

 ぎゅっと服の裾を握り締めて、悠は困り切ったように顔を歪めている。

 大翔の目を見ると、強く頷きかけた。

「やっぱり、杉下先生は何かおかしいよ。一緒に戦おう、ヒロト」

「ああ。やっぱり、杉下先生は、倒すべき存在だ」

 拳を握り締めて、お互いに手を伸ばす。

 麻麻が電気ショックを与えなかったら、今頃、悠を信じなかったかもしれない。

 今は、彼女に感謝するのだった。

 

―キーンコーン カーンコーン

 

「イレギュラーが現れた。訳が分からない」

 チャイムが鳴る。

 気がつくと、後ろに杉下先生が立っていた。

 彼の皮膚には、焼け焦げた跡がある。

「消えろよ、電撃使い」

 杉下先生は、麻麻を鋭い目で睨みつけた。




鬼もエージェントも、お互いを敵対視しています。
次回は、ケイドロが本格的に始まります。
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