11時50分。
「なんだっていうの? みんな、もう信じられないわ!」
「落ち着いてよ、葵~」
しばらくしてやってきた葵は、怒りに顔を真っ赤にしていた。
織美亜は、葵を宥めようとしている。
「悠を探すのを手伝ってって、頼んで回ったんだけど……誰も協力してくれないの!」
「うーん」
『まあ、見かけたら連絡してあげるよ』
『わざわざ探すほどの事じゃない。それとも何か事情でもあるの?』
『ピエロの鬼? 宮原さん、勉強しすぎで疲れちゃったんじゃない?』
「冷たすぎじゃない? いつから桜ヶ島小は、こんなに人情のない小学校になったのよ?」
「確かにおかしいわよね。あの先生が来てから」
葵はキレてまくしたてているのに対し、麻麻は顎に手を当てている。
杉下先生のせいで、みんなはみんなを疑っているらしい。
「どうしたんだい?」
「あ!」
突然、声をかけられた。
振り向くと、杉下先生が手を振っていた。
サマーセーターに、チノパン姿。
軽く息を弾ませて、大翔達のもとへ駆けてくる。
「宮原さんが走り回ってるって聞いて、気になって探してたんだ!
変な人もいたけど……。何かあったのかい?」
顔を曇らせ、心配そうに葵を見やった。
麻麻は眼中にないらしい。
そして、人を安心させるいつものニッコリ笑顔で、大翔達に笑いかける。
「困った事があったなら、相談してくれよ! 何でも、相談に乗るからさ!」
大翔達は顔を見合わせ、頷き合った。
エージェントは何故か、気付けなかったようだ。
葵が、手早く状況を説明する。
「……そ、それは大変じゃないか!」
話を聞き終えると、杉下先生はそう言って声を震わせた。
「ぼ、僕の大事な教え子を、ピエロ達がさらっていったなんて……!
なんて事だ……。ゆ、許せないっ! 許せないよ……!」
腕を赤くして、ぶるぶると拳を震わせている。
本気で生徒の事を思ってくれる素敵な先生……杉下先生は評判なのだ。
「信じてくれるの? あの人達以外、誰もあたしの言う事、信じてくれなくて……」
葵は俯いた。
気の強い葵とはいえ、自分の言う事を誰一人信じてくれない中で、
声を張り上げるのはやはりキツかったのだろう。
(気の弱い悠なら、なおさらだったよな……。なのに、俺……)
大翔はそう思って俯いた。
「先生が生徒の言う事を信じるのは当然だろう? 大事な教え子なんだから!」
(……? どうもおかしいよな……)
杉下先生は拳を握り締め、力強く頷きかけている。
葵が嬉しそうに笑い、有栖と章吾も頷いた。
悠の事を考えながら……大翔は何故だか、素直に頷く気になれなかった。
エージェントは、やはり気付けなかったようだが。
「さて、そう言う事なら、ここからは先生に任せてくれよ!」
杉下先生はドンッと自分の胸を叩くと、次々と指示を下し始めた。
「まず、他のみんなに助けを求めるのはナシだ。僕らだけで探す事にしよう!」
「何故だ?」
「その方が僕の都合が……いや、捕まった悠の身の安全が最優先だからさ!
事件で下手に周りを巻き込んで、犯人を刺激するのは良くないからね!」
「なるほど」
「そうかもな」
「いいわね」
葵、章吾、有栖が頷いた。
ふと、大翔の頭に疑問がよぎった。
(なんで、先生が主導権を取ってんだろう……?)
葵、章吾、有栖は、先程まで相談して考えを出し合っていたのに、
今は先生の言う事に頷くだけで、意見を出さない。
(そりゃ、先生がいるんだから、当然か。先生に従ってれば、間違いないんだから)
そう思って、頭をよぎった疑問を、大翔は気にせず捨てようとした。
エージェントは杉下先生の悪意に気付こうとしたが、やはり、できなかった。
「そして時間を節約するためには、一人一人、バラバラになって探さないとね!
“各個撃破”だよ!」
杉下先生は得意げにまくしたてる。
葵、章吾、有栖は顔を見合わせ、首を捻った。
「バラバラになって牢屋を探すんだ。その方が捕まえやす……探すのが効率的だろう?
そうだね、地図の、ここと、ここと、ここなんかいいね!
きっと牢屋はこのどこかにあると思うんだ! よし、すぐ行動だ!」
――ブフフッ!
杉下先生は堪え切れなくなったように噴き出した。
ごめんごめん、風邪気味でさ……と、ごほごほ咳き込む。
これにようやく、狼王が気付いたようで……。
「違う、お前は敵だ!」
狼王は杉下先生に近づくと、彼を殴った。
「……ぐ……」
「何をするんだ!」
「騙されんぞ、騙されんぞ。死ね!」
狼王の斧が杉下先生を切り裂こうとした時、章吾が割って入った。
「何をする、どけ!」
「いくらなんでも、先生を殺すのはやめろ。大人でも、許さねえぞ」
「……オレは10代だがな」
章吾に言われた狼王は、杉下先生から身を引いた。
数分後。
「うーん……」
「バラバラにか……」
葵、章吾、有栖は顔を見合わせて居る。
内心、あまり賛成はしていないが、杉下先生の言う事だし、従おうか、という顔。
「章吾に有栖に葵の意見は?」
とっさに、大翔は口を開き、三人に訊いた。
杉下先生が、むっとした様子で眉を顰めた。
先生の自分が指示を出しているのに、何を相談の必要があるんだ? というように。
「私は、正直……バラけて探すのは危ないと思うわ」
促されて、まず有栖が口を開いた。
「ああ。あのピエロ達、誰かに統率されてる。凄く連係した動きしやがるんだ」
「こっちも連係して動かないと、きっとやられるわ」
「だからみんなで動くべき、っていうのが俺と有栖の意思だ」
「え、そうかなぁ……」
杉下先生が不満そうに唇を突き出した。
「あたしも、二人と同意見です。
バラけて探してもこの人数じゃ、残り時間で園内を探し切れません」
「効果的な作戦だとは思えないわねぇ」
葵と織美亜が続いた。
ええ! と杉下先生がますます眉を顰め、阿藍は頷く。
「それに探索ポイントも袋小路で、危険なところばかり。
罠にかけられたら、簡単に捕まっちゃうわ。
もっと確実な作戦を立てるべきだっていうのが、あたしの考え。
……それと、各個撃破はこの場合、使い方、間違ってます。
それだと撃破される側になっちゃうでしょ、あたし達」
「よく言ったな、葵」
一度考えを述べ始めると、葵は容赦ないのだ。
阿藍も、そんな葵を褒めている。
「ええぇ? そうかなぁ? 僕の作戦に反対なの? 間違ってると思うの?」
「当たり前でしょ、アナタはアタシ達の敵だから」
織美亜は杉下先生をはっきり敵と言った。
エージェントは、杉下先生を殺害対象としか見ていないのだ。
「……イレギュラーめ」
杉下先生の唇から、ぼそりと言葉が漏れるのが聞こえた。
「……え?」
「なんだい? 何も言っていないよ?」
杉下先生はニコッと笑って大翔を見て、気を取り直したように続けた。
「君達の意見は分かったよ。でも、じゃあ、どうすればいいと思うんだい?
バラけて探しても時間が足りないのに、
まとまって探してどうやって時間内に牢屋を見つけ出す?」
「それについては、あたしに考えがあります」
そう言って、葵は作戦内容を大翔達に話した。
「「囮作戦だってぇ?」」
「そうよ。
知らない場所に辿り着くにはどうすればいいか、
というと、知ってる人に案内してもらうのが一番って事よ」
葵は算数の問題の解き方でも解説するように、ピンと指を立てて話している。
「ケイサツはドロボウを捕まえたら、牢屋まで連れていくわけでしょ?
だから、あたしが囮になって、わざとピエロに捕まるの。
連れられていく囮の後を、後のメンバーで追いかける。
それが一番確実な、牢屋の探し方ってわけ」
「それは危険すぎない? あなた、チカラを持たない癖に」
織美亜は首を振った。
葵は普通の人間で、超能力を使えないからだ。
「大丈夫よ。なるべく人通りの多い場所で、抵抗せずに捕まるから。
人の目がたくさんあって、こっちが大人しくしてれば、向こうも手荒な事はできないでしょ。
……それに、論理的、客観的に考えて、可愛い女の子相手には、
鬼とはいえそうそう乱暴な事もできないんじゃないかしら」
「どこが論理的、客観的なの?」
「この人の言う通りよ。葵は分かってるでしょ?
私達がピエロを見失ったら、あの人達がいないからそのまま捕まるのよ。自分が囮でいいの?」
「金谷さんこそ分かってるでしょ?
追いかける役は、ピエロを見失わないように、足が速い人がなった方がいいの。
囮役は、この中で一番足が遅いあたしがなるべき」
「……けど」
「それに、あたし、信じてるもの」
まだ反対しようとする三人を制し、葵は大翔、章吾、有栖を見やった。
ふふっと笑ってウインクする。
「桜ヶ島小6年1組2組のエースとそのマネージャー……。
最強トリオが揃って追ってくれるんだから。必ず助けてくれるでしょ?」
大翔、章吾、有栖は顔を見合わせた。
ぐっと拳を握り締めると、三人揃って頷いた。
エージェントも、同じくチカラを使おうとした。
チカラがある人は、チカラがない人を見下す傾向にある。
あるあるですけど、やっぱり私の悪い癖になってしまいます。