この原作を初めて読んだ時、結構熱い小説だな、と思いました。
校舎の中は、ひっそりと静まり返っていた。
三人の息遣い以外、何の音も聞こえない。
「大翔、悠。いい? 油断しちゃ駄目よ」
昇降口に入ると、葵は油断なく廊下を見渡してそう言った。
「といって、あまり怖がっていても仕方ないわ。油断せず、されど恐れず。
慎重かつ大胆に行動しましょう。いいわね?」
「……言ってる事、威勢がいいけど、アオイ、これ流石に怖がってるよね?」
「何の事?」
盾にするように葵に背中を押し出されて、悠がぼやいた。
葵は、分からないふりだ。
悠は悠で、大翔の背中に隠れるようにしている。
桜ヶ島小学校の校舎は、大きな凹の形をしている。
東棟と西棟が並んで伸び、それを前廊下が繋いでいる形だ。
北には中庭が広がっていて、芝生が植わっている。
校舎は3階建て。
昇降口は、1階の廊下の真ん中にある。
昇降口を入ると、左右に廊下が伸びている。
右は東棟。
2年生の教室が四つと、保健室、放送室、体育館への通路。
左は西棟。
1年生の教室が四つと、資料室、給食室、職員室、校長室。
「まずは、東棟に行ってみない? ひょっとしたら、事務室にも電話があるかも」
頷いた。
タブレットで、東棟に鬼の表示がない事は確認済みだ。
大翔を先頭に、一列に並んで廊下を歩く。
静まり返った校舎の中に、三人の足音が妙に大きく響き渡った。
教会の中を覗いてみる。
三人で顔を見合わせ、頷き合うと、素早くドアを開け、中に飛び込む。
どの教室も、異常はなかった。
床から針が生えたり、血の池が広がったりしている事もない。
がらんと片づいた、いつもの教室があるだけだ。
「ふん、鬼なんていないじゃないの。
それとも、この葵さんの前に恐れをなしたのかしら? ふっ」
「まぁ、この僕を前にしては、流石の鬼も形無しって感じかな」
何回もやっていると緊張が解けてきたのか、葵と悠が調子に乗り出した。
(お前ら、俺の背中に隠れずにそれ、言えよ……)
事務室には、カギがかかっていた。
カギがあるのは、結局、職員室だ。
どうしたって職員室に行かなきゃいけないらしい。
昇降口に戻って、西棟に向かった。
角を曲がると、廊下の奥から声が聞こえてきた。
「……うわ、何、このオンチ」
「音感ゼロ……」
「しかも、男の人の声まで……」
三人が顔をしかめる。
伸びた廊下の突き当たりにあるのは、給食室だ。
手前には、『イタズラはダメ!』と張り紙つきで消火器が一つ置いてある。
その反対側にあるのが、職員室のドアだ。
職員室の中から、歌声が響いてくるのだ。
『むっかしい、むっかしい! 浦島はぁっ! たっすけた鬼に』
『つっれられない! 地獄の底に来ていない! 絵にもかっけずに食っべらっれない!』
音が割れ、音程も滅茶苦茶だが、『浦島太郎』の替え歌だ。
「これは酷いセンス」
葵が駄目出しした。
「大翔。確認したい事があるわ」
葵はじっと二人を見やると、真面目な顔で頷きかけた。
「……何?」
「二人は、強い男の子。そして、あたしはか弱い女の子。……ここまではいい?」
悠が唸った。
「……なんか、すっごく都合のいい事、言われそうなヨカンがするんだけど……」
「あたしはここで見張りをしてる。後は頼んだわよ」
「……やっぱりか……」
悠ががくりと肩を落とす。
「あたし、この鬼とはセンス合わないと思うの」
「いや、鬼とセンス合う奴はいないよ」
「ぶっちゃけ、こういうのは男子の役目じゃない?」
「そういうの、男女差別っていうんだ」
「あたしも行きたいとは、思ってたの。でも、やっぱり……怖くって……くすん」
葵が俯いて目元を拭った。
え、え、と悠が慌てる。
「二人ほどの勇気はあたしにはなかったみたい……。
やっぱり男の子って、いざという時、頼りになるのね。
こんなに勇気があって、カッコいい二人の足を引っ張りたくないの……」
「え、そ、そう? 僕、かっこいい? 勇気ある?」
チョロすぎだな、悠。
「……と、まあ、そんな感じだから。ちゃちゃっと行ってきてよ、ちゃちゃっとさ。
本当に危なくなったら、ちゃんと助けてあげるから。葵さんを信じなさい。ね?」
あっさり泣きマネをやめると、信頼度0のテキトーさで、葵。
これで信じられる奴の方がどうかしてると思う。
結局、二人で行く事になった。
葵を残し、大翔と悠で奥へ向かった。
その頃、狼王は学校に侵入した鬼と戦っていた。
狼王は能力で取り出した斧を振り回し、鬼を斬る。
その後は、斧を叩きつけて鬼を気絶させた。
あっさりと勝負は片付いた。
(どんな鬼も能力者の前には無力……なんて言うわけにはいかないな。
慢心すれば鬼に殺されるからな)
いくら超能力があっても、油断すれば鬼に倒される可能性は高い。
狼王は気を引き締め、探索を続けるのだった。
職員室の前まで辿り着く。
ドアの小窓は曇りガラスになっていて、はっきりとは中が見えないが誰かが戦っているようだ。
二人はタブレットに視線を落とした。
職員室の形は、縦長の長方形。
その真ん中に、先生達のスチール机が、向かい合ってずらりと並んでいる。
しばらくすると、鬼の文字が消える。
「よし!」
すぐに、大翔は職員室の中に入った。
職員室の机の高さは、大翔の腰の位置くらいだ。
どの机にもファイルやプリントがごちゃごちゃと山のように積まれているので、
身を隠すのは簡単だった。
(俺達には整理整頓ちゃんとしろっていう癖に……でも、おかげで助かった。
悠。オーケー、大丈夫だぞ)
机の陰に隠れながら、廊下の悠に目で合図する。
(了解。……ところでヒロト。僕も、これはただの確認なんだけど)
悠は、テヘ、と頭を掻いた。
(いってらっしゃい、頑張って……なんて言ったら、やっぱり、怒るよね?)
(おい、親友)
(じょ、冗談だってば。場を和ませようと思って)
この状況で場を和ませてどうするのかと思う。
悠はふうっと深呼吸すると、意を決したように駆け込んできた。
机の陰に走り込む。
足をもつれさせて転びそうになるのを、大翔が受け止めた。
その時、大翔と悠は、ある人物を発見した。
大きな斧を持った、茶髪の少年だ。
(……誰だ?)
(しーっ、鬼に見つからないように……)
大翔は少年の言う通り再びそろそろと進み始めた。
机の下の隙間を確認し、向こうがよく見えるところで止まった。
(……どうしたの? ヒロト?)
悠が背中を叩き、狼王が彼を見守る。
大翔は息を吸い込み、手足を動かした。
速度を上げて、部屋の中を進んだ。
職員室の一番奥。
校長室のドアは、重々しい木製だった。
ドアノブにとりつくと、慎重に回した。
ゆっくりとドアが向こうへ開く。
「……鬼が回復した」
「回復?」
その時、かすかに音が鳴った。
ドアが軋んだのだ。
「入れ!」
悠が転がり込むように校長室に飛び込んだ。
大翔と狼王も続くと、もう音を気にする余裕もなくドアを閉め、カギをかけた。
二人で顔を見合わせると、ほっと息を吐いた。
バクバクと暴れる心臓を深呼吸して落ち着かせる。
狼王は、じっくりと様子を見ている。
鬼は、牛とも蜘蛛ともつかない化け物だった。
歪なほど巨大な牛頭に、にょっきり2本の角が生えていた。
胴体は蜘蛛で、八本の長い脚先には、槍のように鋭い爪が生えていた。
狼王が倒したとはいえ、あんな爪で襲われたら、ひとたまりもない。
捕まったら、最後だ。
(油断も隙もないな……)
相手が鬼であっても物怖じしないのがエージェントです。
次回はエージェントが活躍します。