まだ琉球エージェントは桜ヶ島に残っているので、司令官は出てきません。
52 家に帰るまでが校外学習
「よく、ぐーすか眠ってられるわね、この二人は……」
「そう、だな……」
夕暮れに染まり始めた高速道路の上を、バスが走っている。
並んで走る数台のバスの、前から二台目。
6年2組の車両の中。
宮原葵は、後ろの座席を振り返り、呆れた顔をして、幼馴染の少年達を見つめていた。
校外学習の帰りだった。
遊園地でたっぷり遊び回った子供達を乗せて、バスは家路を急いでいる。
大場大翔は、ぐっすりと眠りこけていた。
座席にもたれ、足を投げ出し、大口を開いて、気持ちよさそうにいびきをかいている。
桜井悠も、その隣の席で寝息を立てていた。
カバンを抱き枕のように抱えて、半ば座席からずり落ちかけているが完全には落ちない、
器用なバランスで眠っている。
エージェントは、超能力の使い過ぎで、スヤスヤと眠っている。
みんな、完全に無防備だ。
とてもさっきまで、鬼とやり合っていたようには見えない。
「あんな目に遭ったっていうのに、気持ちよさそうに眠っちゃって。
男の子と不思議な人って、神経図太くていいわよね」
葵は溜息を吐いて、座席に座り直した。
カバンから、鉛筆と算数ドリルを取り出した。
校外学習だろうと趣動会だろうと、葵のカバンには常に勉強道具が詰まっているのだ。
無心で答えを埋め始める。
「あたしなんか、何か計算してないと、
とても平気じゃいられないくらい、怖かったっていうのに……」
流れるようにせっせと答えを書き込み、あっという間に数日分を終えた。
今度は漢字ドリルを取り出した。
綺麗な筆跡で、漢字を書き取っていく。
「漢字でも書いてないと仕方がないくらい、怖くてたまらなかったのに……」
あっという間にこれも終えた。
社会の地図帳、理科の実験ノート、英単語帳も引っ張り出す。
座席の折りたたみの上に、勉強道具がデンッと積まれた。
葵は溜息を吐いて、ノートを開くと、一人勉強大会を始めた。
「女の子って、やっぱり繊細なのね。男の子とは違って……」
一番神経が図太かった女の子は、しみじみとそう呟いた。
その前の車両、6年1組のバスの中。
金谷章吾は呆れた顔で後ろの座席を見やっていた。
彼の姉・有栖は、くすくすと笑っている。
「お前らに緊張感というものはないのか……」
「だってさあ! 結局全然遊べなかったじゃんか!」
トランプを扇のように構えて、関本和也がぶうたれる。
「せっかくの遊園地だったのに、僕ら、あの人達に守られてばかりだったもんね」
和也のカードを引きながら、伊藤孝司が答えた。
どうやらババ抜きをやっているらしい。
二人でやって何が面白いのかは分からないが。
(鬼に襲われた事より、遊園地で遊べなかった事の方が重要なのか、こいつらは……)
(女の人が守るなんて、ちょっとあり得ないと思うけど、あの人達は強いもの)
章吾は溜息を吐いた。
ふと、窓の向こうを眺めると、外はもう夕暮れになっていた。
本当なら、もう学校に帰り着いている時間だ。
先生の一人の行方が分からなくなり、大人達が探していたので、
バスが遊園地を出るのが、かなり遅れてしまったのだ。
いなくなったのは、高学年の男子体育担当、杉下先生。
……その正体が鬼である事を、知っているのは章吾達だけだった。
「対策、話し合わなくていいの?
あの人達が倒したけど、あいつ、どう出てくるか、分かったものじゃないわよ」
有栖が言うと、和也と孝司は、えー、と唇を尖らせてぶうたれた。
「いなくなっちまったんだから、今度でよくねぇ?」
「そうそう。今日の今日でまた襲ってきたり、流石にしないだろうしね」
「でも、あの人達が困った顔をしてるのよ。あいつが簡単に諦めるタマだと思う?」
「さあな」
エージェントは、まだ帰れない。
有栖は、それが気になっていた……。
「皆さん、今日は楽しかったですか? 素敵な思い出は、いっぱいできましたか?」
それぞれのバスの中、バスガイドはニコニコした顔で、帰りの挨拶を喋っていた。
「バスはこれから桜ヶ島小学校に戻ります。校外学習も終わり、あとはおうちに帰るだけ。
おうちに帰ったら、お父さんお母さんに、
今日の楽しかった思い出、たくさん話してあげてくださいね」
疲れて眠る子。はしゃいで遊ぶ子。黙々と勉強する子。
子供達はバスの中で思い思いの過ごし方をしていて、誰も話を聞いていない。
そんな中、バスガイドは笑顔を絶やさず、ニコニコと笑って喋り続ける。
「ただし、一つ、注意点があります。それは、『家に帰るまでが校外学習だ』という事です」
バスガイドは続けた。
「家に帰り着くまでは、何が起こるか分かりません。
事件や事故に巻き込まれたら、せっかくの一日も台無しになってしまいます。
気を引き締めてください。油断しないでください。
僅かな油断が命取りになります。それが校外学習です」
子供達は、誰も気づかなかった。
喋るバスガイドの目の奥が、底なしの穴のように真っ暗に、虚ろになっている事に。
バスガイドの声が割れ、喉の奥からヒュウヒュウと、不気味な息遣いが漏れている事に。
「それでは今日のガイドを終了します。無事に家に帰れるとイイデスネ。……クケケッ!」
「……?」
狼王と阿藍は、バスガイドの声を聴いて違和感を抱いた。
恐らく、子供達を生きて帰さないつもりだろう。
「織美亜、麻麻、気付いているといいがな……」
阿藍の呟きは、女性エージェントには聞こえなかった。
次回はたくさんの鬼と子供とエージェントが戦います。
フォントの編集の仕様、変わっているような……?