多数の鬼相手に、大翔達は立ち向かえるでしょうか。
『校外学習というのは、普段味わえない体験の中で、
皆さんの心と体の健やかな発育を促すものです。
今日、皆さんは遊園地で、また一つ大きな成長をしたと思います……キィ』
校長先生の声が、だだっ広い体育館に響き渡っていく。
体育館は明々としていた。
高い天井から吊り下げられたライトが眩しい。
ずらりと並んだ子供達の背中は、六年生四クラス、約120人だが、皆、微動だにしない。
エージェントは、後ろに四人いる。
気をつけをして、口を引き結び、壇上の校長先生を見上げている。
『つまり、皆さんは本日、また一つ成長をしたという事です。
普段味わえない体験が、君達の心と体に、健やかな発育を促したわけなのです。……キィィ』
よく聞いてみると、校長先生の声は、いつもと少し調子が違っていた。
妙に甲高く、金切り声のような息遣いが交じる。
(……やはり……予想通りだったわ)
織美亜達は、彼らの精神が、何らかの悪影響を受けている事に気づいていた。
『そんなわけで皆さんは本日また一つ大きな成長をしたという事で
それはつまり普段味わえない体験であって要は君達の心と体に
健やかなすこやかなスコヤカナSUKOYAKANA発育を……キィィィィイィ!』
突然、校長先生が早回しするように喋りまくり、奇声を発した。
大翔、悠、エージェントは唖然として壇上を見上げた。
それでも誰も騒がず、ピクリともしない。
『それでは、帰る前にみんなで鬼ごっこを行います』
校長先生の言葉に、大翔は息を呑んだ。
エージェントは、身構える。
「ルールの説明はオレ様の方からさせてもらうぜ! キャキャキャ!」
いきなり笑い声が響いたかと思うと、舞台裏からぴょこんと何かが飛び出してきた。
ふわふわしたウサギのような体。
背中にちょこんと生えた、コウモリのような翼。
頭から生えた二本のツノ、やたら短い足。
(……ツノウサギだ!)
見知った“鬼”だった。
運動会でもショッピングモールでも遊園地でも、どこにでも出てくる。
彼のいるところ、必ず別の鬼が現れるのだ。
牛頭鬼、馬頭鬼、妖鬼妃、ピエロ鬼……獰猛で強力な鬼達が、人間を襲ってくる。
出入り口の扉、体育倉庫の入り口、二階の細通路。
油断なく、視線を走らせる。
「気を付けろ、敵は内部にいる!」
「え……何なの?」
阿藍が織美亜に知らせ、織美亜が慌てると……。
『チッ、見つかったカ』
ずっと反応一つしなかった子供が、ようやく回れ右をして振り向き、舌打ちする。
ツノウサギは、エヘンと胸を張り、短い足を懸命に動かして、トコトコと壇上を歩いていた。
「……魔女狩りが、本物の魔女を対象にできたら、よかったのにね」
そう言って、麻麻は軽く電気ショックを放ち、子供を気絶させた。
「それじゃあ、このオレ様が鬼ごっこのルールを説明してやるぜ!
耳の穴かっぽじって、よーく聞くんだぜえ?」
ツノウサギが台によじ登り、得意そうに翼を広げてマイクを抱え込む。
その時だ。
舞台の袖から、つかつかと人影が出てきたのは。
「皆さん、ご苦労様」
杉下先生だった。
エージェントは、思わずびくっと体を震わせた。
いつも通りのニコニコ笑顔。
遊園地でやり合った時のままの、サマーセーターにチノパン姿。
身体に、かすかに赤い痕が残っている。
(やっぱり、先に学校に戻っていたんだ!)
(今度こそ、殺す!)
(みんなに、知らせなくちゃ!)
油断なく壇上の先生を睨みつけると、大翔と悠は目一杯息を吸い込んだ。
―みんな、聞いてくれ! 杉下先生は鬼だ! 俺達を喰おうとしてるんだ!
―証拠があるよ! 僕のスマホで撮った写真を見て! ほら、先生の額に、黒いツノが……。
二人は叫ぼうとした。
その声は、沸き上がった歓声にかき消されていた。
―ウオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオ!
―杉下先生! 先生エエエエエエエエエェェエエエエエエェ!
杉下先生を称える熱狂が、体育館中に響き渡っていった。
皆、吠えるように叫んでいる。
身を乗り出し、拳を突き上げる。
杉下先生、杉下先生とコールが響く。
まるでカリスマ的な人気を誇る、アイドルのコンサートのようだ。
先生達は平伏していた。
杉下先生に向けて、頭を床に押しつけ、土下座している。
大翔と悠は唖然として、周囲を見つめていた。
麻麻は落胆している。
「み、みんな……? ど、どうしちゃったのさ……」
悠の口元が引きつっている。
「ええっと……はい、注目。ちゅうもーく!」
ツノウサギがコホンと咳をして言った。
「このオレ様が! 鬼ごっこのルールを! 説明するぜ! よーく聞けよ!!」
誰も聞いていない。
「……今日は先生、皆さんに謝らなくちゃいけない事があります」
杉下先生が口を開いた。
それで皆、ピタリと騒ぐのを止めた。
ざざっと流れるような動作で床に片膝をつき、腕に手をやって頭を垂れる。
立ちつくしているのは、大翔達だけだ。
「先生、今までみんなに嘘をついていました。ごめんなさい。子供達の事が大好きな、杉下先生。
いつもニコニコ、みんな大好き。みんなの杉下先生。
……そんなふりをしてきましたが、先生、実は人間じゃありません。鬼です。
黒鬼っていいます。今まで人間のふりをしていて、すみませんでした」
子供達がざわついた。
鬼ダッテ、マジカー、と声が聞こえる。
「ねーねー。誰か、オレ様の話、聞きたくなーい?」
ツノウサギが寂しそうにしている。
「でも、先生がみんなの事、大好きだっていうのは本当です。先生、みんなの事が好きです。
頭からボリボリと喰ってしまいたいくらい好きです。とても美味しそうだと思ってます。
こんな先生でも、みんな、嫌いにならないでいてくれるかな?」
「……もっちろン!」
子供達が声を張り上げた。
狼王は、歯を食いしばっている。
だが同時に、自分達も彼と同じ事をしているのだと感じた。
人間を食料としか思っていない鬼、鬼を討伐対象としか思っていない自分。
善と悪とはいえ、やっている事は同じだ……。
「ありがとう。先生、やっぱりみんなの事が……子供達の事が、大好きです」
杉下先生はニッコリ笑った。
「でも、でもね。実はね。先生ね。有り得ない力を使われて、傷つきました。
殺されそうになりました」
それは、エージェントとの戦いだ。
杉下先生はエージェントを危険視しているようだ。
「……だから……子供達を操っちゃった」
「……」
彼に人を操る力があるのは知っていたが、こんなにも強いとは。
狼王は司令官の言葉を思い出した。
「決着をつけよう。鬼ごっこでね」
杉下先生はニコニコ笑顔でエージェント達を見下ろした。
「ルール1:子供は、鬼から逃げなければならない。
ルール2:鬼は、子供を捕まえなければならない。
ルール3:能力者は、鬼と戦わなければならない。
ルール4:決められた範囲を越えて、逃げてはならない。
ルール5:時間制限はない。子供が勝つか鬼が勝つまで、ゲームは終わらない」
鬼ごっこのルールを読み上げていく。
一つ一つ、心底楽しそうに。
ツノウサギが、しょんぼりとマイクを口に入れて、バリボリと噛み砕いた。
「チカラありは四人、子供は七人。
大場くん、桜井くん、宮原さん、金谷くん、金谷さん、関本くん、伊藤くん。
……あ、既に二人ほど、捕まえちゃってたね。油断してるとこうなっちゃうよね」
「捕まるの、オレ達かよおっ!」
「トランプとかしてる場合じゃなかったああ!」
和也と孝司が、先生達に羽交い締めにされて、壇上に引きずり出されてきた。
「鬼はキミらの同級生全員。つまり、鬼120匹VS子五人&チカラあり四人。
賑やかで楽しい鬼ごっこになりそうですね? ふふっ」
ずらりと並んだクラスメイト達の光のない目を見据え、大翔はぶるぶると首を振った。
織美亜と麻麻は、ごくりと唾を飲む。
「ルール6:子供と能力者は、黒鬼をやっつければ勝ち。
ルール7:黒鬼は、子供を全員喰い尽くし、能力者を倒せば勝ち。
鬼に捕まった子供は……どうなるかな?
さあ、始め。僕は校長室で待ってるよ。是非来てね。……ここから逃れられたら、だけど」
杉下先生はニコニコと手を振ると、舞台袖へ引っ込んでいった。
「……チ」
狼王はまた、舌打ちする。
大人数を相手にするのは、骨が折れるからだ。
「何とかアタシ達で食い止めましょう。大丈夫よ、アタシ達にはチカラがあるんだから」
織美亜と阿藍は精神を集中する。
すると、何も見えなくなった。
すぐそこに迫っていた、生徒達の顔すら。
明々とついていた電気が、一斉に全て消えたのだ。
生徒達の間に動揺が走った。
がやがやと騒ぐ声が、体育館の壁に反響していく。
その中で……凛とした声が響き渡った。
「ちょっと多勢に無勢が過ぎない?」
「葵の声だ!」
大翔と悠は暗闇の中、顔を見合わせ頷き合った。
麻麻は暗視ができれば、と思っていた。
「120VS9なんて、バランス崩壊よ。こっちも仲間を呼ばせてもらうわ。
さあ、みんな、やっちゃって!」
―ガッシャアアアアアアアアアアアン!
どこかでガラスの割れる音が響き渡った。
生徒達が悲鳴を上げた。
「ドコダ!」
「ダレガヤッタ!」
叫び声が上がる。
「目には目を、数には数を。こっちの仲間はもっと多いわよ」
葵が声を張り上げた。
「武器もいっぱいあるわ。痛い目に遭いたくなかったら、散ってなさい!」
―ズガアアアンッ! ガアンッ!
何か金属の叩きつけられる音が次々と響いた。
体育館はパニックに包まれた。
生徒達が叫び、バタバタと走り回る足音が響く。
麻麻は軽い電気ショックで、生徒達を気絶させる。
「……今のうちだ。いくぜ」
大翔はじっと目を凝らした。
目が馴れてくると、パニックの中、囲んでいた生徒達の輪が乱れているのが分かる。
乱れた輪の隙間に突っ込んだ。
『シマッタ! 今ノ大場と能力者ダ! オイ、逃ゲラレタ!』
『ドッチイッタ?』
『誰カ、電気ツケロ!』
声が反響する。
誰かが走っていく足音が響く。
大翔達は体育館を端まで駆け抜けた。
「……みんな、無事?」
端まで辿り着くと、上から声が降ってきた。
二階の柵の向こうだ。
宮原葵がカーテンから顔だけ出して、六人を見下ろしていた。
「……アオイ、仲間って誰?」
「あれは嘘よ。あたしだけ。暗闇は敵を大きく見せるものなり、ってね」
「なんだ、ハッタリだったのか……」
何度も壁に叩きつけてへこんだ消火器を手に、葵はぺろりと舌を出した。
脇の窓は粉々に割れ、ひゅうひゅうと風が吹き込んでいる。
超能力を使えない葵は、ハッタリこそが攻撃手段なのだ。
「……ちょっと色々壊しちゃったけど、保険効くかしら? これ。
電気を消してくれたのが誰か分からないけど、それ以外に仲間なんていないわ。
……明かりがついたらすぐにバレると思う。あっちから逃げましょ」
葵は体育倉庫の方を指差した。
二階通路を走っていく。
大翔達も急いだ。
ようやく電気がついた時には、体育倉庫へ飛び込んでいた。
「こっち!」
葵は、壁際に寄せた跳び箱を登っていた。
天井の近くに窓がついている。
ラッチを回して横へ滑らせた。
窓枠へ足をかけ、飛び降りる。
「悠も行け!」
悠が跳び箱の隙間につま先を引っかけ、よじ登っていく。
気絶から目覚めた生徒達の足音が近づいてくる。
大翔は手当たり次第にボールの入ったラックを動かし、体育倉庫の入り口を塞いだ。
掃除用のホウキを拾い上げて構える。
『イタゾ!』
入り口から追っ手が顔を覗かせた。
ラックを脇に避けながら一列になって進んでくる。
その先頭へ、大翔はブンとホウキを横薙ぎに振るった。
近づいてこようとしていた生徒が下がる。
それでもまたじりじりと距離を詰めてくる。
阿藍は前に立ち、先頭の生徒を投げ飛ばす。
悠、織美亜、麻麻が窓から飛び降りると、大翔はホウキを放り出した。
助走をつけて走ると踏切板を沈み込ませて跳んだ。
跳び箱8段、狼王や阿藍と共に一息に飛び越える。
後ろ足で跳び箱を力いっぱい押し出しながら、窓の外へと飛び出した。
背中で跳び箱がガラガラと音を立てて崩れる。
生徒達の悲鳴が響く。
大翔、狼王、阿藍は転げるように着地した。
葵が目配せし、悠が頷いた。
七人、一斉に走り始めた。
(待っていろよ、黒鬼……!)
エージェントは、何があっても、黒鬼を殺すつもりのようだ。
次回は金谷姉弟のターンです。
鬼と人間が和解するifがあればいいのにね、と思いました。
一応、そのパートも投稿する予定ですが。