姉より強い弟はいない、と言っておきましょう。
先生達が体育館を出ていくと、金谷章吾と姉・有栖は、隠れていた緞帳の陰から外へ出た。
気配を殺し、超能力を使いながら、後を追う。
外に出ると、さっきまでの静かな空気は跡形もなかった。
校庭に散った生徒達の足音が、夜の桜ヶ島小に響き渡っている。
『黒鬼様ニ逆ラウ子供ニ罰ヲ!
大場大翔、桜井悠、宮原葵、金谷章吾、金谷有栖……コイツラヲ引キズリダセ!』
校内のスピーカーから繰り返し響く声が、生徒達を煽り立てている。
「絶対ニ学校カラ外ヘ出スナ!」
「草ノ根分ケテデモ見ツケダセ!」
走り回る生徒達の声。
上空から差し込んできた光を、章吾はとっさに身を伏せ、有栖は気配遮断の超能力で逃れた。
見上げると、校舎の上から幾筋もの懐中電灯の光が、
サーチライトのように地上を照らし出し、子供がいないか探している。
校外への脱出ルートは厳重に封鎖されていた。
敷地をぐるりと囲むフェンスには、一定間隔置きに見張りの生徒が立ち、子供を警戒している。
校門は閉じられ、南京錠をかけられていた。
脇には校長先生が立って、外部の人間が不信に思わないように対応している。
「はー。超能力が強かったら、みんな吹き飛ばせるのにねー」
「有栖……やめてくれ」
無能力者の有栖は愚痴を吐いていた。
子供が勝つか鬼が勝つまで、ゲームは終わらない。
宣戦布告の通り、術を解かない限り、外への脱出は不可能だ。
「まずは、あいつらをなんとか助けねえと……」
連れ立って歩いていく先生達。
取り囲まれるように連れられていく、和也と孝司。
見つからないように注意深く後を尾けながら、章吾は深く溜息を吐いた。
「……やっぱり、トランプやってる場合じゃなかったじゃねぇか……」
「……そうね……」
章吾が異変に気づいたのは、バスが学校に帰り着き、エンジンを止めた時だった。
トランプを置いてふと車内を見回した時には、もう遅かった。
光のない目をした生徒達が、一斉に襲い掛かってきた。
章吾は姉の超能力の助けもあり、窓から外へ転がり出て逃れた。
和也と孝司は間に合わなかった。
集合していく生徒達の後を尾け、体育館に忍び込み、様子を伺っていたのだ。
後から入ってきた大翔達が追い詰められるのを見て、とっさに電気を消したというわけだった。
宮原葵と、琉球エージェントまで体育館に潜んでいたとは、気づいていなかったが。
(あの子達なら、無事に逃げたでしょうね)
先生達の後を尾けながら有栖は彼らを信じていた。
(さて、どうしようかしら……能力、使ってみる?)
取り囲まれて歩く、和也と孝司。
二人は囚人のように、後ろ手に縄跳びで縛られている。
腕を俯かせ、表情は見えない。
先生達のガードが引っかかる。
四方から和也達を囲み、周囲の気配を伺っている。
(これは、やっぱり……)
『マモナク、処刑ヲ開始シマス』
先生達が声を張り上げた。
辺りへ向かって、大声で呼びかける。
『捕マッタ子供達、関本和也、伊藤孝司ノ処刑ヲ、盛大ニ行イタイト思イマス。
興味ノアル方ハ、プールサイドマデ、オ集マリクダサイ』
のろのろとプールの方へ歩いていく。
校庭の生徒達は気にした様子もなく、見張りと探索を続けている。
(……まあ、完全に罠よねえ……。
生徒達に聞かせるふりをして、隠れてる私達に聞かせたいのがバレバレよ)
(バーカ。そんな見え見えの罠に、引っかかるかっつーの)
黒鬼のトラップには遊園地で散々手こずらされた。
そう何度も引っかかってたまるか、と双子は思っていた。
章吾と有栖はプールの裏へ回り込んだ。
暗がりの林を駆け抜けると、プールを囲むフェンスに足をかけて登った。
こっちは死角になっていて、見つかりにくいのだ。
双子は中を見下ろす。
プールサイドでは、子供達がずらりと気をつけをして並んでいた。
人数は20以上で、同じクラスの顔もちらほらある。
見ながら双子は分析した。
やりあって勝ち目があるかどうか。
(……流石に、厳しいかもな……)
(せめて、超能力が強ければいいけどねえ……)
双子は唸った。
人数が多すぎて、この数を相手に一般人と無能力者は流石に厳しい。
更衣室を抜けて先生達がプールサイドに出てきた。
後ろに連れられた和也と孝司は、相変わらず項垂れている。
ぐったりとした様子で顔を伏せ、されるがままだ。
(何だか、あいつららしくねぇな……)
ついさっきまで……体育館に引っ立てられてきた時までは、
いつも通り、ぎゃあぎゃあと五月蠅く暴れ回っていたのに。
有栖は何か、引っかかるものを感じた。
『ソレデハ処刑ヲ開始シマス』
先生が言った。
『関本ト伊藤ニハ、コノ地獄プールニ飛ビ込ンデモラウ』
別の先生が言った。
『プールニハ、今、水鬼様ニ来テイタダイテイル』
『トテモキレイデ美シイ姿デ、“天使”トカ、“妖精”トカ、言ワレテイルソウヨ』
『鬼ナノニ』
『ミンナ、呼ンデミマショウ。水鬼様!』
先生達が、プールに向かって呼びかける。
何も答えない。
章吾は目を凝らしたが、プールの中に何かいるようには見えない。
有栖の顔は、何故か青くなっていた。
「……有栖?」
「……いる……。何かを食べるのが、いる……」
いつも強気な有栖が、ぶるぶると震えている。
明らかに様子がおかしい有栖に章吾は首を傾げた。
『オカシイナ……。マアイイ。関本、伊藤、ソコへ並ベ』
『10数エタラ、プールニ飛ビコメ』
『セイゼイ、ガンバッテ泳ゲ。数分クライナラ、長生キデキルダロウ。ケケッ』
先生達が和也と孝司を引っ立てる。
二人はされるがまま、スタート台に登らされる。
後ろ手に縛られたまま落とされたりしたら、いくら小学校のプールとはいえ、
溺れてしまう……特に孝司はカナヅチなのだ。
『10、9、8、7……』
「……はあ……」
有栖は溜息をついた。
罠なのは分かっていても、敵の数も多すぎる。
冷静に考えて、飛び出すべきではなかった。
念力を使えば、引き寄せはできるが、有栖の超能力では1mくらいが関の山だ。
「やるしかないわよ」
「……もうぜってぇ、お前らとトランプなんかしねぇからな……!」
それでも、有栖に促されて、章吾は動いた。
一息にフェンスを乗り越えると、プールサイドへ飛び降りた。
高さをものともせずに着地しそのまま床を蹴った。
有栖は念力を使い、着地の衝撃をある程度抑えた。
先手必勝、先生達が振り返りその懐に飛び込んだ。
機を掴み、ぐるっとプールへ投げ飛ばす。
有栖も念力で先生を気絶させた。
先生は飛沫を立ててプールに落ちた。
もう一人、さらに一人、水の中へ投げ飛ばす。
「来るなら来なさい、私達が相手よ!」
近づいてこようとしていた生徒達は、有栖が章吾を盾のように守ると目に見えて怯んだ。
操られていても、元の性格や記憶が少しは残っているらしい。
金谷姉弟に挑戦しようだなんて、身の程知らずはそうはいない。
生徒達が怯んだ隙に、二人は和也と孝司に駆け寄った。
「おい、逃げるぞっ……」
「待って!」
二人の肩に手をかけようとすると、有栖が止める。
彼女の予測通りだった。
『……ドコヘ』
『逃ゲルッテイウノ?』
顔を上げた和也と孝司の目を見た瞬間、章吾は自分で自分を殴りたくなった。
「……やっぱり」
きっと、章吾が体育館の電気を消した時だ。
黒鬼は暗闇の中で既に、和也達に術をかけていたのだ。
二人の手を縛っていた縄跳びが外れた。
章吾と有栖を捕らえようと腕を伸ばしてくる。
周りには、ずらりと他の生徒達。
「やめて!」
章吾はとっさにプールサイドを蹴り、有栖は念力を使い、宙に浮く。
大きく息を吸い込みながら、真っ暗な水の中へ頭から飛び込んだ。
―バッシャアアアアンッ
章吾の全身が冷たい水に包まれた。
耳の中に水が入り込み、プールサイドのざわめきが遠くなる。
目を開くと、薄暗い世界が広がっていた。
すぐさま、章吾は向こうのサイドへ向けて泳ぎ始め、有栖は浮遊し続けた。
だが、なかなか向こうに辿り着かない。
いつもなら、25mくらい十数秒で泳げるのに。
章吾は辺りを見回した。
―ぷくうううう
まるきり風船のような。
拳大、ボール大、さらにみるみる膨れ上がって、章吾と有栖よりずっと大きくなる。
(『妖精』とか『天使』とか呼ばれるクリオネですが、エサを食べる時は怖いんですよ~)
楽しそうに喋るテレビのナレーターの解説が、頭に蘇った。
(獲物を見つけると、まず頭がパカッと割れるんです。怖いでしょ~。
頭の中に触手があって、それを突き出して獲物を捕まえる。
死ぬまでじわじわ養分を吸い取る。触手の名は……バッカルコーン)
―パカッ
巨大クリオネ……水鬼の頭部が、薬玉のようにパカリと割れた。
中から6本、触手が伸びた。
鋭い槍にしか見えなかった。
ドリルのように全身をグルグルと回す。
バッカルコーンを突き出しながら、水鬼が水中を飛びかかってくる。
(名前の響きがいいでしょ。バッカルコーン!)
(うるせえ!)
章吾は強く水を蹴った。
間一髪、水鬼の突撃をかわした。
慌てて動いた拍子に、酸素を失う。
水鬼は水中を突き進んでいく。
急な方向転換はできないらしい。
大きく弧を描いて、Uターン。
(ごめん、章吾、私は助けられないわ。無能力者だから……)
せめて超能力が強ければいいのに、と有栖は思っていた。
章吾は【EXIT】の方へ、一直線に泳いだ。
二度、水鬼の突撃をかわし、そのたび息が苦しくなる。
何とか端まで辿り着いた。
プールの壁面で、緑色の非常灯が明かりを灯している。
だが、肝心の出口が見当たらない。
(どこだ……? 出口……!)
章吾は焦って、まわりの壁を探した。
EXIT、どこかに出口があるはずだが、見つからない。
ふと、【EXIT】のランプの脇に、小さく文字が書かれているのを見つけた。
『EXIT 意味1:出口、出ていく事』
隣に書いてあった。
『意味2:死ぬ事☆』
がぼっ……。
ついに息がもたなくなり、章吾は水を飲み込んだ。
大量に水を飲み込みながら意識が遠くなってくる。
体から力が抜けていく。
水鬼が突進してくるのが見える。
(まぁ……仕方ねえか……)
章吾はそれを、受け入れようとした、その時。
「章吾!!」
「有栖!?」
どぼん、と飛び込んだのは、有栖だった。
弟の無様な姿を見て耐えられなくなった有栖は、自分の命を省みず、弟を助けに来たのだ。
何故自分を助けたのか分からず、章吾は困惑した。
「章吾、私が来たのが意外って思ってるでしょ?」
「……」
「あの人達は超能力は強いけど、私に力は全然ない。
けれど、章吾を助けたいという思いはあるの。力で戦えなくても、心で戦うの。
私は……絶対に、章吾を守るんだから!」
有栖は章吾を抱えながら必死にプールを走り出す。
水鬼は速いが、有栖の超能力により、少しだけだが有利になっている。
身体は水に沈み続けるが、有栖の精神力が必死に耐えていた。
「もうひと踏ん張りよ、章吾。せいやあっ!」
有栖は大きくジャンプして、プールを思い切り飛び越え、非常灯の前に着いた。
そして、章吾の肺に溜まった水を念力で取り出し、服が乾くまで超能力で守り続ける。
「……大丈夫だった?」
「有栖……」
「……章吾、あなたは本当に馬鹿だわ。こんなになるまで無茶するなんて。
こうしないといけないくらい、迷惑をかけて。……あの人達が来れば、いいんだけど」
章吾を乾かしている間際、有栖の中で、鬼に対する怒りがふつふつと湧き出ていた。
弟をこんな目に遭わせるなんて、誰であっても許せないのだから。
私は大切な男の子のために戦う強い女の子に萌えます。
日本でウケないのはどうしてでしょうか?
やはり男女平等と言えど実際は男尊女卑だからでしょうかね?
次回は杉下先生が登場します。