琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

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現代の鬼は絡め手重視。
それはまさにある現代のカードゲームのように。


55 黒鬼・杉下先生

 校舎の中は静まり返って、物音一つしなかった。

 校舎一級西棟。

 校長室は、長く伸びた廊下の奥にある。

「何とかここまで来たけど……さて、どうするつもり?」

 葵が木の枝を両手に構えたまま言う。

 校舎に潜入する時、迷彩に、と使ったのだが、よくこれで通り抜けられたなと思う。

「当然、黒鬼をやっつける」

 大翔はバットを握り締め、廊下の向こうを睨みつけた。

「でも、相手は鬼だよ。まあ、牛頭鬼や馬頭鬼ほど、強そうではなかったけどさ。

 どうやってやっつける?」

 モップを構えて、悠が言う。

「超能力で」

「君はよくそれを平気で言えるね」

 エージェントは超能力を使う事ができ、それで鬼を撃退してきた。

 今回も、エージェントに任せれば大丈夫だが……。

 

 大翔と阿藍は廊下を進んでいった。

 廊下の左右には、1年1組、2組、3組、4組の各教室。

 資料室に職員室、教職員用トイレが並んでいる。

 通り過ぎる部屋の気配を一つ一つ確認していった。

 生徒はおらず、みんな、庭に出ているようだ。

 

「よし、着いたぞ」

 二人は校長室の前に辿り着いた。

 向こうで心配そうに見守っていると葵に、頷きかける。

 『校長室』とプレートがかかった分厚いドアに、耳を当てたが、音は聞こえない。

 ノブに手をかけたが、カギはかかっていなかった。

 ゆっくりと開けて、中を覗き込んだ。

 

(……え?)

 大翔は一瞬、混乱した。

 校長室の中に、広大な大地が広がっていたからだ。

 地平線の果てまでどこまでも広がる、荒れた灰色の大地。

 血のように真っ赤に染まった空、黒く渦を巻いた雲、唸りを上げる風。

 ……どう考えても、校長室の中ではあり得ない。

 入っちゃ駄目だ、と直感的に分かった。

 人間の入る世界ではない。

 それでも大翔はノブを掴んだまま、慎重にドアをもう少しだけ開けた。

 向こうに、無数の墓石が立ち並んでいた。

 その墓場の真ん中に、大きなテーブルが置かれていた。

 真っ赤なテーブルクロスがかけられている。

 テーブルには、無数の骸骨達が席に着いていた。

 首から白いナプキンをかけ、ナイフとフォークを骨の手で持ち、カチャカチャさせている。

 冗談のような光景だ。

 その中央に、杉下先生……黒鬼は腰かけていた。

 異形の姿だった。

 顔の皮膚は漆黒で、ヘビのような赤い模様が入っている。

 太い腕、左手の先には、鋭い鉤爪。

 完全に化け物の姿だ。

 大翔と阿藍は唾を飲み込んだ。

 

(悪魔……か?)

 黒鬼の前には、ナイフとフォーク、それにたくさんの皿が並べられていた。

 骸骨が一匹、配膳台を引いてくる。

 黒鬼に向かって一礼すると、グラスになみなみと赤ワインを注いだ。

 黒鬼はワインを口に含んで笑っている。

 骸骨達もグラスを口に当て、傾ける。

 骨だらけの空っぽの体を、ワインがびちゃびちゃと素通りして落ちていく。

 荒れ果てた大地で繰り広げられる晩餐会。

 息を止めて見つめる大翔の手元で……ドアノブがぐにゃっとゼリーのように溶けた。

(え……?)

(まずい!)

 見ると、ノブが手のような形に変形し、大翔の手をがっちりと掴んでいる。

 阿藍は素早く手を引っ張って大翔を解放し、代わりに阿藍の体が灰の大地に放り出された。

 ドアが閉まり、ノブも元の形に戻る。

 阿藍はノブに手をかけようとしたが、ノブがまた変形し、無数の針を生やした。

「どうしたの!」

「開けて!」

 ドアの向こうから、織美亜と麻麻の声が響いた。

 ドンドンとドアを叩いて揺する音。

 見上げると、ドアのプレートに書かれた文字が変わっていた。

 『地獄』……阿藍は唾を呑んだ。

 

「どうやら、イレギュラーが来たみたいだね」

 黒鬼の声に、阿藍は振り返った。

 皿の上にハンバーグが配属されていた。

 ジュウジュウと音を立て、油を跳ねさせている。

 黒鬼は丁寧にハンバーグを切り分けて口へ運んだ。

 満足そうにナプキンで口元を拭う。

「人間では持てないはずの力を持つ人間」

「させない!」

 阿藍は精神を集中し、周りに光を放った。

 鬼達が眩しさに怯み、黒鬼にもクリーンヒットし、鋭いドアもすぐに元に戻る。

 神聖……ではないが、光は鬼に有効だった。

 阿藍は大急ぎでドアを開け、脱出する。

 

「大丈夫だったか?」

「ああ……奴を倒すのは、まだ早いみたいだ」

 いくら超能力者とはいえ、エージェント一人では、黒鬼を倒せない。

 万全の体勢を整えなければ、黒鬼とは戦えない。

 すると……。

 

どっっせええええええっい!

 金谷章吾を抱えた金谷有栖が、黒鬼に向かって突進してきた。

 水鬼がヤリのような触手を突き出しながら、一直線に、黒鬼に向かってくる。

 黒鬼は拳を固め、水鬼を薙ぎ払う。

 水鬼の巨体が宙を舞い、大地に墜落する。

 その寸前に、有栖は水鬼から飛び降りていた。

 有栖はげほげほと激しく咳き込みながら立ち上がり、辺りを見回した。

「凄いじゃない、鬼を簡単にやっつけられるなんて」

「あの人達は超能力者だしね」

 どこまでも続く灰色の大地が、ぼんやりと歪んだ。

 まるで雨に溶け落ちる絵の具のように消えていく。

 後に残ったのは、ただの校長室だった。

 骸骨もなく、水鬼もいない。

 光のない目をした生徒達が、壁際に並んで立っているだけだ。

「『子供は、黒鬼をやっつければ勝ち』。あんなルール、嘘に決まってるじゃない。

 子供は鬼を倒せないんだから」

「……あくまで、子供は、だろ?」

 狼王は鋭い目で、黒鬼を睨みつけた。

 

「オレ達は子供じゃない。黒鬼は、必ず倒す」




次回は「あいつ」が久しぶりに登場します。
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