それはまさにある現代のカードゲームのように。
校舎の中は静まり返って、物音一つしなかった。
校舎一級西棟。
校長室は、長く伸びた廊下の奥にある。
「何とかここまで来たけど……さて、どうするつもり?」
葵が木の枝を両手に構えたまま言う。
校舎に潜入する時、迷彩に、と使ったのだが、よくこれで通り抜けられたなと思う。
「当然、黒鬼をやっつける」
大翔はバットを握り締め、廊下の向こうを睨みつけた。
「でも、相手は鬼だよ。まあ、牛頭鬼や馬頭鬼ほど、強そうではなかったけどさ。
どうやってやっつける?」
モップを構えて、悠が言う。
「超能力で」
「君はよくそれを平気で言えるね」
エージェントは超能力を使う事ができ、それで鬼を撃退してきた。
今回も、エージェントに任せれば大丈夫だが……。
大翔と阿藍は廊下を進んでいった。
廊下の左右には、1年1組、2組、3組、4組の各教室。
資料室に職員室、教職員用トイレが並んでいる。
通り過ぎる部屋の気配を一つ一つ確認していった。
生徒はおらず、みんな、庭に出ているようだ。
「よし、着いたぞ」
二人は校長室の前に辿り着いた。
向こうで心配そうに見守っていると葵に、頷きかける。
『校長室』とプレートがかかった分厚いドアに、耳を当てたが、音は聞こえない。
ノブに手をかけたが、カギはかかっていなかった。
ゆっくりと開けて、中を覗き込んだ。
(……え?)
大翔は一瞬、混乱した。
校長室の中に、広大な大地が広がっていたからだ。
地平線の果てまでどこまでも広がる、荒れた灰色の大地。
血のように真っ赤に染まった空、黒く渦を巻いた雲、唸りを上げる風。
……どう考えても、校長室の中ではあり得ない。
入っちゃ駄目だ、と直感的に分かった。
人間の入る世界ではない。
それでも大翔はノブを掴んだまま、慎重にドアをもう少しだけ開けた。
向こうに、無数の墓石が立ち並んでいた。
その墓場の真ん中に、大きなテーブルが置かれていた。
真っ赤なテーブルクロスがかけられている。
テーブルには、無数の骸骨達が席に着いていた。
首から白いナプキンをかけ、ナイフとフォークを骨の手で持ち、カチャカチャさせている。
冗談のような光景だ。
その中央に、杉下先生……黒鬼は腰かけていた。
異形の姿だった。
顔の皮膚は漆黒で、ヘビのような赤い模様が入っている。
太い腕、左手の先には、鋭い鉤爪。
完全に化け物の姿だ。
大翔と阿藍は唾を飲み込んだ。
(悪魔……か?)
黒鬼の前には、ナイフとフォーク、それにたくさんの皿が並べられていた。
骸骨が一匹、配膳台を引いてくる。
黒鬼に向かって一礼すると、グラスになみなみと赤ワインを注いだ。
黒鬼はワインを口に含んで笑っている。
骸骨達もグラスを口に当て、傾ける。
骨だらけの空っぽの体を、ワインがびちゃびちゃと素通りして落ちていく。
荒れ果てた大地で繰り広げられる晩餐会。
息を止めて見つめる大翔の手元で……ドアノブがぐにゃっとゼリーのように溶けた。
(え……?)
(まずい!)
見ると、ノブが手のような形に変形し、大翔の手をがっちりと掴んでいる。
阿藍は素早く手を引っ張って大翔を解放し、代わりに阿藍の体が灰の大地に放り出された。
ドアが閉まり、ノブも元の形に戻る。
阿藍はノブに手をかけようとしたが、ノブがまた変形し、無数の針を生やした。
「どうしたの!」
「開けて!」
ドアの向こうから、織美亜と麻麻の声が響いた。
ドンドンとドアを叩いて揺する音。
見上げると、ドアのプレートに書かれた文字が変わっていた。
『地獄』……阿藍は唾を呑んだ。
「どうやら、イレギュラーが来たみたいだね」
黒鬼の声に、阿藍は振り返った。
皿の上にハンバーグが配属されていた。
ジュウジュウと音を立て、油を跳ねさせている。
黒鬼は丁寧にハンバーグを切り分けて口へ運んだ。
満足そうにナプキンで口元を拭う。
「人間では持てないはずの力を持つ人間」
「させない!」
阿藍は精神を集中し、周りに光を放った。
鬼達が眩しさに怯み、黒鬼にもクリーンヒットし、鋭いドアもすぐに元に戻る。
神聖……ではないが、光は鬼に有効だった。
阿藍は大急ぎでドアを開け、脱出する。
「大丈夫だったか?」
「ああ……奴を倒すのは、まだ早いみたいだ」
いくら超能力者とはいえ、エージェント一人では、黒鬼を倒せない。
万全の体勢を整えなければ、黒鬼とは戦えない。
すると……。
「どっっせええええええっい!」
金谷章吾を抱えた金谷有栖が、黒鬼に向かって突進してきた。
水鬼がヤリのような触手を突き出しながら、一直線に、黒鬼に向かってくる。
黒鬼は拳を固め、水鬼を薙ぎ払う。
水鬼の巨体が宙を舞い、大地に墜落する。
その寸前に、有栖は水鬼から飛び降りていた。
有栖はげほげほと激しく咳き込みながら立ち上がり、辺りを見回した。
「凄いじゃない、鬼を簡単にやっつけられるなんて」
「あの人達は超能力者だしね」
どこまでも続く灰色の大地が、ぼんやりと歪んだ。
まるで雨に溶け落ちる絵の具のように消えていく。
後に残ったのは、ただの校長室だった。
骸骨もなく、水鬼もいない。
光のない目をした生徒達が、壁際に並んで立っているだけだ。
「『子供は、黒鬼をやっつければ勝ち』。あんなルール、嘘に決まってるじゃない。
子供は鬼を倒せないんだから」
「……あくまで、子供は、だろ?」
狼王は鋭い目で、黒鬼を睨みつけた。
「オレ達は子供じゃない。黒鬼は、必ず倒す」
次回は「あいつ」が久しぶりに登場します。