琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

57 / 89
たくさんの鬼と、2匹の鬼。
彼らを相手に、子供はどう立ち向かうのでしょうか。


56 2匹の鬼

 三階東棟、図書室。

 大翔達は転がるように部屋に飛び込むと、ドアを叩き閉めてカギをかけた。

 ずらりと本棚の並んだ部屋の床に倒れ込み、ぜえぜえと息を整える。

 

「ぐっ……」

―ガタン……

 ドアが揺れた。

 しつこく追いかけてきていた生徒が、ノブにとりついて揺すっているのだ。

―ガタン!

「ど、どうしよう……! 開けられちゃうよっ!」

「本棚をっ! 早くっ!」

「オレに任せろ!」

 狼王は本棚に飛びついた。

 分厚い事典や郷土資料がぎゅうぎゅうに詰め込まれた、とびきり重いものだ。

 狼王は怪力を生かし、一人でずりずりと引きずっていく。

 ぴたりと寄せて、ドアを塞いだ。

 

―ガタン……

 

 揺れは治まり、それきり、静かになった。

 九人は黙り込んだ。

「ねえ、一体、どうすればいいの……?」

 悠が振り返った。

 涙目になって、上着の裾を握り締めている。

 葵は口を引き結び、首を振った。

 章吾と有栖も厳しい顔をして黙り込んだままだ。

 一方、超能力を持つエージェントは余裕綽々だ。

「何とか、外へ逃げられないの……?」

「……無理だな。こっちが中にいると分かって、奴ら、警備を狭めてきてやがる」

「テレポート、やっぱり使えないわ」

 章吾は窓の向こうを指差した。

 さっきまでしんとしていた校舎は、ざわめきに包まれていた。

 校庭に出ていた生徒達が、続々と校舎内へ入ってきているのだ。

 校舎から出るには、一階の昇降口か中庭を突破しなければならない。

 両方ともたくさんの生徒達が見張りに立っており、とても逃げられない。

「生徒を殴る訳にはいかないしね。

 とすると、黒鬼を倒して、みんなを正気に戻さない限り、脱出は無理よ」

「でも……そんなの、無理じゃないか……。あんな化け物、どうやってやっつけるの……?」

「だからアタシ達がいるじゃないの」

「そっか、お前らは不思議な力を持ってるんだな」

 エージェントなら超能力が使えるから、黒鬼だって簡単に倒せる。

 大翔はそんな考えを抱いていた。

 

「キャキャッ、超能力は万能じゃないぜ」

 声が聞こえて、九人は振り返った。

「超能力者なら簡単に倒せるなんて、ちと発想が短絡的だぞ」

 図書室の奥、子供達が読書に使うための、小さな丸テーブルの上。

 ツノウサギがちょこんと、座り込んでいた。

 脇には、たくさんの本が積まれている。

 絵本、図鑑、教科書、小説……その一冊を膝(?)の上に乗せ、

 ツノウサギは気のなさそうに、ぱらぱらとページをめくっていた。

「前にもオレ様、言っただろ。鬼退治なんてムーリムリ、って。

 超能力を使えても、人間は鬼から逃げるだけ。鬼を倒す事なんてできねーんだよ」

 『うさぎとかめ』に目を通しながら、ツノウサギは馬鹿にしたように笑う。

「それが鬼ごっこのルールってもんだ。ルールは絶対なの」

「……お前、何してるんだよ?」

 大翔は丸テーブルに手をつき、問いかけた。

 ツノウサギはぺらぺらとページをめくりながら答えた。

「待ってんだよ。お前らが捕まんのを。

 後で分け前もらえるって、あのヤローと約束してるからな」

「誰?」

「さあな」

「あ、そういえば遊園地で……」

 悠がツノウサギを指差す。

 そーいう事、とツノウサギは頷いた。

「誰がオレ様に喰われたい? 九人いるから、一人は除外、四人はオレ様の分。

 おまえら? それとも、おまえら?

 おいしーく喰ってやるから、楽しみにしてろよう? キャキャッ」

「……ちなみに、今、喰わなくていいのか?」

「だってどうせ逃げるか、超能力を使うじゃん……」

 ツノウサギはぱらぱらとページをめくると、くそ、カメ如きが……と吐き捨てて、

 「うさぎとかめ」を投げ捨てた。

 それを見ながら、大翔は考え込んだ。

 大翔達が捕まるのを待ちながら、暇潰しに読書する鬼……ピンと来た。

 

「なあ。ちょっと教えてくれよ」

 大翔は椅子を引き出し、ツノウサギの前に座り込んだ。

 ツノウサギは積んだ本の中から、『かちかちやま』を手に取った。

 あん? と気もなく大翔を見た。

 「餅は餅屋」という言葉がある。

 何事もその道の専門家を頼れという意味の言葉だ。

「お前、黒鬼の弱点、知らないか?」

 大翔は正面から問いかけた。

 ツノウサギはぱちぱちと不思議そうに瞬きし、それから、パアッと顔を輝かせた。

 得意そうにふんぞり返る。

「……ふふ。やっぱ知りたいよな~?」

「ああ、知りたい」

「だよな~。おまえら、このままじゃあいつに喰われちまうもんな~。

 ゼツボウ的状況だもんな~。知りたいよな~?」

「……ああ」

「オレ様が教えてやらねーと、困っちゃうよな~。辛いよな~? 泣いちゃうよな~?」

「……ああ」

 向こうで葵達が肩を竦めている。

「そうか、そうか。そんなに知りたいか。なら仕方ねーな! 教えてやるぜ! 

 ……からの、あっかんべえええええええ~!」

 ツノウサギは目を下にぐにゅーっと引っ張ると、

 二股に割れた舌をベエエエと垂らしてあっかんべえをした。

「……」

「……でしょうね」

 大翔とエージェントは動じなかった。

 うん、と一つ頷いて、冷静にツノウサギを見返していった。

「いや、待って。リアクション薄くね?

 せっかく溜めたのに、もうちょっとガーン……ってしてくれないと、

 オレ様、スべったみたいじゃん」

「……みたいじゃなくて、スベったんだと思うわ」

「バレバレだったもんね」

 葵、悠、織美亜がうんうんと頷く。

 

「ケッ、大人と近頃のガキんちょはつまんねーの」

 ツノウサギは溜息を吐いて、また『かちかちやま』に視線を戻した。

 ページをめくりながら、言う。

「どうして鬼のオレ様が、仲間の弱点を教えると思うんだ? あ?」

「それは、悪魔だって同じだ」

「ふん、悪魔も鬼も同じようなものだろ。オレ様はあいつを仲間だとか、思ってねーけどな。

 ていうか、むしろ嫌いだけどな。信用できねーんだよね。鬼としてキライ。生理的に無理」

「はっ、よく言うわね」

 ツノウサギは好き放題言って、翼を竦めた。

 織美亜が吐き捨てるのも、無理はない。

「ま、でもな。分け前さえきちんと貰えりゃ、いいわけよ。

 おまえらを美味しく喰えさえすれば、あいつが気に食わないやっても、なんでもいい」

 

―ガシャンッ

 

「!」

 突然、ガラスの割れる音が響いた。

 全員、びくっとして振り返った。

 窓ガラスの向こうに数人、生徒達の姿があった。

 隣の教室から、ベランダを渡ってきたのだ。

 窓の向こうからこちらを指差し、声を発して喚いている。

 手には椅子を持っていた。

―バリン

 椅子を叩きつけられ、窓ガラスが割れた。

「くそっ! 入り込んでくるぞ!」

 章吾が叫んだ。

 本棚から分厚い事典を取り出し、振りかぶって投げた。

 狙いは正確だった。

 割れた穴から手を伸ばしていた生徒が、慌てて腕を引っ込める。

「章吾、これを!」

 有栖は掃除用具入れから箒を取り出して投げた。

 章吾はキャッチすると開いた穴から突き出した。

 向こうには槍のように見えたのか、後退する。

ウウゥウウウウ……

トトトトトトトト……

 ベランダの向こうからぞろぞろと、鬼と化した生徒達が歩いてくる。

 どんどん集まってきているようだ。

「窓を塞いで! この人数じゃ相手にできないわ!」

 大翔達は本棚に飛びつき、引きずって窓を塞いでいく。

 割れた窓から手が伸びて体を掴んでくるのを、章吾と有栖が振り払った。

―ガシャンッ

―バリンッ、ガシャンッ

 ガラスの割れる音が連続して響く。

 破片が床に飛び散る。

―ガタンッ、ガタンッ

 窓際に並べた本棚が、地震のように揺れた。

 ばらばらと本が床に零れ落ちる。

 鬼達がとりつき、力任せに破ろうとしているのだ。

「押さえて、破られるわ!」

 大翔達は必死に棚を押さえつけた。

 悠がわあわあ喚きながら、本棚に重い本を詰め込んでいく。

 隙間から伸びてくる手を、必死に振り払う。

アアアアアアアアアアアアアア……ッ

デテオイデエエエ! デテオイデヨオオヨオオオオォォオ……ッ

―ガタガタガタンッ! ドンドンドンドンッ!

 入り口のドアを塞いだ本棚も、激しく揺れ始めた。

 呻くような声が聞こえてくる。

 鬼達の歓声が渦を巻き、図書室を完全に包囲していた。

 部屋全体が激しく揺れる。

 まるで一匹の巨大な鬼が図書室をまるごと両手で掴み、滅茶苦茶に揺らして遊んでいるようだ。

 ドア枠がめきめきと音を立てた。

 大翔と阿藍は飛び込み背中で本棚を押さえつけた。

 零れ落ちた水が、頭の上から降り注ぐ。

 

 ……しばらくして、止まった。

 大翔達は、ぜえぜえと息を吐いた。

 子供達は、喋る気力もない。

 

「……ふふ。よく頑張りましたが、そろそろフィナーレみたいですね」

 黒鬼の声が響き渡った。

 ドアを隔てたすぐ向こうに立って、こちらの様子を伺って笑っているのだ。

「楽しい遊びですよね、鬼ごっこ。

 特に、立てこもった子供達が引きずり出されて、一人一人鬼に腸を喰われるところがいい。

 ふふ、そんな遊びは知らない? 本場の鬼ごっこは、そうなんですよ」

 くつくつと楽しそうに笑っている。

「『黒鬼は、能力者を倒し、子供を全員喰いつくせば勝ち』。さあ、美味しく喰ってあげるよ。

 大人しく出てきなさい……なんていう気はないよ。

 抵抗するのを引きずり出す方が面白いから。全力で抵抗してくださいね」

「……キャキャキャ。相変わらず、性格悪いねェ、こいつは。鬼の鑑だね」

 我関せずで絵本を読んでいたツノウサギが、チロチロと舌を揺らして笑っている。

 すると、ツノウサギは、不思議そうに首を傾げた。

 ぱちぱち目を瞬くと、本を置いてテーブルを飛び降りた。

 トコトコとドアの方へ歩いてくる。

「ねえ、黒鬼ちゃん。オレ様の分け前には、どいつをくれるん?」

 必死に本棚を押さえつける大翔と阿藍に構わず、ドアの向こうに呼びかける。

「……うん?」

「えっと……キミは誰?」

 ツノウサギの呼びかけは、ドアの向こうの黒鬼には予想外だったようだ。

 不思議そうに問いかけた。

「オレだよ、オレ。オレだよ、黒鬼ちゃん」

「これは……詐欺?」

「そんなバカな。オレだって」

「ツノウサギ君か。こんなところで何やってるの?」

「待ってるんだよ。あんたがガキを捕まえんのを。遊園地で、約束したじゃん?

 ごちそうしてくれるって、言ったじゃん?」

 黒鬼は、白々しい声で答えた。

「……言ったぁ?」

「言った」

「……誰がぁ?」

「あんたが」

「……記憶にございませんねえ……」

「政治家の答弁みたいな事、言うなよ! 約束したじゃねーか!」

「はっはっは、ツノウサギさん、地獄に約束って文化、馴染まないと思わない?」

 ドア越しに、二匹の鬼は言い争いを始めた。

 

「こいつらは……」

「さーて、最後は燻り出しといきますかぁ」

 ドアの隙間から、うっすらと白い靄が部屋の中へ漂ってきた。

 ベランダの窓からも。

「煙だわ! みんな、吸わないようにして!」

 大翔達は口を押さえて身を伏せた。

 図書室の中が、ゆっくりと白く濁っていく。

(風の能力さえあれば、吹き飛ばせるのに!)

「我慢できなくなったら、出ておいで、みんな仲良く、食べてあげるからねえ」

「ねーえ! オレ様の分け前は? オレ様もお腹、ぺっこぺこ!

 納豆ご飯しか、ってねえんだってばぁ!」

 ツノウサギがドアに向かって喚く。

 黒鬼は無視し、ふんふんふーんと鼻歌が聞こえてくるだけだ。

 

「ねえ、ツノウサギ……」

 織美亜は顔を上げ、声を絞り出した。

 ずーんと落ち込んでいるツノウサギに、ニヤリと笑いかける。

「……ね? 彼の弱点、教えてくれる……?」

「お、お前なぁ……」

 ツノウサギは呆れたように織美亜を見やった。

「教えてくれるわね?」

「待て。オレ様、嘘つくかもしんねーぞ? ていうか鬼って基本、嘘つくぞ?」

「嘘をつく、と正直に言ってる時点で矛盾してるわ。悪魔は(アナタ)より、もっと凶悪だけどね」

「……悪魔、か……そうだよな……」

 織美亜の考えは、やはり、西洋的だった。

 それには、ある「理由」があるらしいが……今はまだ、明かす時ではないだろう。




次回は超能力者が活躍します。
だってタイトルは琉球エージェントですから。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。