5巻編はこれで終了となります。
児童書でもこれくらい激しいバトルが欲しいですネ。
『黒鬼様!』
『問題ガ発生シマシタ!』
関本和也と伊藤孝司が階段を駆け登って来た時、
黒鬼は、上機嫌で大翔達の燻り出しを眺めているところだった。
姿は人間のものに戻っている。
皆に好かれる杉下先生のニコニコ笑顔で、出てくるのを待っている。
「なんだよ、騒がしいな。今、いいところなのに」
『申し訳アリマセン!』
『デスガ、至急ノゴ報告ヲト!』
関本と伊藤は、黒鬼の足元に跪いた。
どんよりと光のない目。
最早黒鬼の忠実な下僕だ。
「何?」
『超能力者ガ暴レテオリマス!』
『校長ガ抑エテイマスガ、騒ギガ収マリマセン!』
「……なんだ、超能力者か。……超能力者?」
黒鬼は眉を顰めた。
目を閉じ、そっと耳を澄ませた。
黒鬼の聴覚は人間のものよりも遥かに優れている。
すぐに校門前の騒ぎをキャッチした。
―悪いが、親御さんの代わりでな。
―デモ、帰リノ会ノ最中デスノデ……。誰モ入レルナト、言ワレテマスノデ……。
―問答無用、超能力者に不可能はない。
超能力者が、校長と押し問答をしているようだ。
「……やれやれ。校長の手には負えなそうだね」
黒鬼は大袈裟に肩を竦めると生徒達に笑いかけた。
「ちょっと鎮めてくる。すぐ戻るよ。燻り出しを続けておいて」
生徒達は廊下に片膝をつき、イッテラッシャイマセ! と頭を垂れた。
黒鬼は満足そうに頷いた。
関本と伊藤を連れて、校門へ向かう。
「彼らは一体、何を怒っているんだい?」
階段を降りながら、黒鬼は首を傾げた。
「どこから、来たんだろうね。まったく、人間の文化は……」
人間の、特に子供に関わる文化について、黒鬼は書物を通して学んだ。
先生になりすますのに必要だったからだが、どうでもいい事ばかりだった。
中でも黒鬼が理解できないと思うのは、ある本に書いてあった「超能力」という概念だった。
超能力者は類稀なる力を有し鬼をも上回るという。
黒鬼には理解不能だった。
(まぁ、どうでもいいけどね)
黒鬼はニコニコと笑顔を作った。
人間の文化なんて理解できなくても不都合はない。
この笑顔と口先さえあれば、どんな人間であっても上手に操る事ができる。
所詮、全ては黒鬼の掌の上。
人間が大事にする事は、取るに足らない事だった。
「親達に言われてここに来たが……」
校門の前には、琉球から来た超能力者、
司令官はテレパシーで、梵に指令を出している。
校長が虚ろな、だが困り果てたような目つきで、黒鬼を見やっている。
「大変すみません!」
黒鬼は、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、門の前へと進み出た。
集まった観衆を前に舞台に登る、アイドルのような気分だった。
ニコニコと笑う黒鬼を、梵は黙ったままじっと見つめている。
「子供達は今、帰りの会で鬼ごっこの最中です。校外学習後の、学校行事なんですよ~。
どうか心配せず、お待ちください!」
黒鬼は、ドン、と自分の胸を叩いた。
彼には自信があった。
先生として小学校に入り込んだこの数ヶ月間、
彼が好感を持たれなかった事なんて一度もなかったからだ。
子供からも親からも。
ちょっと甘いマスクに変身してやれば、面白いほど簡単に黒鬼に心酔する……。
「……と思っていたのか?」
梵が、パチンと指を鳴らすと、子供達の目に、光が戻った。
「何!?」
黒鬼は狼狽えるが、梵の能力を知らないためだ。
梵の能力「正気」は、精神を正常に戻す力なのだ。
それは、黒鬼に対しても、例外ではない。
梵は校長から南京錠の鍵を取ると、鍵を外し、大急ぎで小学校に向かった。
「止まった……?」
鬼達の動きが、止まった。
煙はまだ充満しているがもうすぐ脱出できそうだ。
子供達は次々に走り始め、階段を駆け降りていく。
誰かが声を上げ、みんな叫び始めた。
校舎は子供達の歓声に包まれた。
昇降口に飛び込んだ黒鬼は、歓声を上げながら駆けてくる子供達を見て、呆然と立ち尽くした。
全員、術が解けている。
「おい! 待てっ! 何してる! 大場達はどうしたっ!
持ち場を離れろなんて命令、していないぞ! 戻れっ! 外に出るんじゃないっ!」
慌てて叫ぶが、子供達は聞く耳を持たない。
サバンナを移動する獣の群れのように、黒鬼の脇を掠めて走っていく。
その勢いに黒鬼も手を出せない。
子供の一人が、ちらっと黒鬼の方を見て、べえっ、と舌を出し、逃げていった。
その目には、光が灯っていた。
(何故だ……?)
黒鬼は、訳が分からなかった。
「……くそおっ! 不愉快だ! 犯人は誰だ!」
黒鬼は早足で急いだ。
東棟廊下を駆け抜けると、放送室のドアを叩き開けた。
狭い放送室の中、ミキサー卓の前にちょこんと座り込んでいたのは、
ツノウサギと一人の青年だった。
「……何してるんだ、お前は……。しかも、人間を連れて……」
黒鬼は、ジロリとツノウサギと青年を睨みつけた。
その目は怒りに血走っている。
「……べっつにい?」
「No.0の緊急だ」
ツノウサギはひょいと翼をすくめ、青年は答える。
「こいつが、親代わりなんだよ。キャキャキャッ」
「何を言っている?」
黒鬼は訳が分からないと首を振って、苛立たしげにツノウサギを睨みつけた。
「やれやれ。強い奴って、自分の事は、てんで分かってなかったりするんだよなぁ」
ツノウサギはくりくりとしたつぶらな瞳で、二股の舌を垂らしてちろちろと笑った。
「覚えとけよう? 『約束は守りましょう』。
小学生でも分かる事、できない奴は身を滅ぼすぜぇ? キャキャキャッ。では、アデュ~」
ツノウサギはバッと翼を広げると、開いた窓から外へ飛び去っていく。
「仲間割れ」
「クッ……おい、待てっ!」
黒鬼は窓へ駆け寄った。
と、背後から足音が黒鬼の耳に飛び込んできた。
黒鬼は放送室を飛び出した。
大翔達が、階段を駆け降りてきたところだった。
大場、桜井、宮原、金谷姉弟、琉球エージェント。
黒鬼を見下ろし、息を呑んでいる。
九人を見上げ、黒鬼は笑みを浮かべた。
まだゲームは終わっていない。
1VS9の鬼ごっこになっただけだ。
黒鬼の体から、シュウシュウと煙が上がっていく。
「「逃げろっ!」」
大翔と章吾が同時に叫んだ。
階段を一気に飛び降りてくると、黒鬼へ飛びかかってきた。
黒鬼は二人のタックルを食らって、廊下の壁際へ押さえ込まれた。
「これ以上、悪ささせねえぞ……!」
「学校を滅茶苦茶にされると、困るんだよ……っ!」
二人は歯を食いしばり、黒鬼の手足を押さえつけてくる。
なかなかの力で、人間の体では、とても対抗できない。
黒鬼の体から、シュウシュウと煙が上がっていく。
ニコニコと笑みを浮かべて、二人に笑いかけた。
「……キミ達、いい加減、理解してくれよ……」
(……)
「子供は鬼に勝てないって、何度も言ってるでしょう?
何度も、何度もっ! 何度も何度もっ!!」
「だったら、オレ達がやるしかないようだな!」
狼王が叫ぶと同時に、その額から、みるみるツノが生えてくる。
体が漆黒に染まり、膨れ上がっていく。
全身からどす黒いオーラを放つ。
鬼の姿に変じた黒鬼は大翔と章吾を睨みつけた。
強引に二人をもぎ放すと、両手で二人の頭を掴み上げた。
「電撃投射!」
麻麻の電撃が黒鬼の両手に命中し、その衝撃で二人は地面に落ちようとしたが、
狼王と阿藍がキャッチし、悠、葵、有栖が二人を守る。
「後は、アタシ達がやるわ」
「あなた達は、待っててね」
琉球エージェントは子供達を後ろに下がらせる。
そして結界を展開し、黒鬼を引きずり込む。
黒鬼とまともにやり合えるのは、秘密の超能力者・琉球エージェントだけ。
だから、早めに仕留めるのだ。
「覚悟しろ、黒鬼!」
阿藍の光を、黒鬼は両手で受け止める。
鬼は光に弱いらしいが、強力な鬼は素手でも攻撃を防げるらしい。
そのまま黒鬼は阿藍に反撃しようとするが、阿藍は光の速さで攻撃をかわした。
「くそっ、これがあり得ない力か……!」
「気が動転しているわよ。電撃投射!」
麻麻は黒鬼の隙を突いて、電撃を放ち痺れさせる。
直後に、狼王が斧で黒鬼に斬りかかった。
「ぐああぁぁぁっ!」
「これが人間の力だ、思い知ったか黒鬼!」
強者の最大の弱点は、油断し、慢心する事。
対し、エージェントは超能力者だが、誰が相手でも決して手を抜かない。
それが鬼とエージェントを分ける決定的な違いだ。
織美亜と阿藍は黒鬼の攻撃をかわしながら、黒鬼の様子を伺っている。
相手はかなり焦っており、遊園地の時よりキレが悪かった。
狼王は黒鬼の首を掴んで、締め上げる。
彼の怪力によって普通の人なら即死するのだが、黒鬼は鬼なので、死ぬ事はなかった。
「ぐうぅぅぅ……何故、人間が鬼に立ち向かえる!」
「確かに子供は鬼より弱くて逃げるしかない。けれど、オレ達は強いから怖くない」
「強いのは、鬼も同じだろ……」
「違うな。強さというのは、体だけじゃない。心だって強ければそれは強い人の証だ。
お前は弱い奴相手に手を抜くくらい、心が弱い!」
「ぐあっ!」
狼王の怪力を生かした拳が黒鬼に見事に命中。
「私がとどめを刺すから、狼王は離れて」
「ああ」
麻麻は精神を集中し狼王は素早く黒鬼から離れる。
この一撃で、黒鬼にとどめを刺すようだ。
「これで、とどめよ!!」
そして、麻麻は両手から電撃を放ち、黒鬼目掛けて勢いよく放った。
数百万ボルトの電撃を浴びた黒鬼の上げる絶叫が、結界の中に響き渡っていく。
それは呪いの言葉のようだった。
この世の恨みつらみを全て集めて、まとめてぶちまけたようだった。
何度も何度も繰り返される言葉だったが、四人のエージェントは必死に耐え続けた。
声は小さくなっていき……やがて、尾を引いて消えた。
「これで終わりと思うな……」
その言葉を最後に、完全に消えた。
結界もまた消滅し、気が付いたら、小学校は元通りに戻っていた。
「任務完了」
エージェントはテレポートで去っていく。
黒鬼が消えた事によって、テレポートが使えるようになったのだ。
次回は6巻編です。
相も変わらずエージェントが無双しますのでご注意ください。