琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

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鬼とまともに戦えるのは、今のところはエージェントのみ。
それをこの小説で表現しました。


5 エージェントと共に

 校長室の探索は、エージェントがいたものの思うような成功に至らなかった。

 大きな机に、真っ白い電話機が置かれている。

 受話器を取って耳に当ててみるが、何の音も聞こえない。

 自宅の番号や、110番を押しても反応なしだ。

「メールはどうかな?」

 悠が、机の端に置かれたパソコンを指差した。

「悠、操作分かるか? 俺、パソコンよく分からないんだけど」

「任せてよ。

 お母さんが仕掛けた子供用ネット制限ソフトを解除して、

 無料ゲームをしまくっている男だよ、僕は。

 ……『東方』みたいな弾幕シューティングは、苦手だけど」

 胸を張って言うような事ではない気がするが、とりあえず気にしない事にする大翔だった。

 

 電源をつけると、悠は慣れた様子でマウスを動かした。

 ブラウザソフトが立ち上がり、エラーメッセージが表示される。

『インターネットに接続できません 再試行してください』

「……むう。ネットに繋がってないみたい」

「よくわかんないけど、繋げられないもん?」

「ちょっと待ってね」

 悠はかちゃかちゃとキーボードを操作しながら、楽しそうに口笛を吹いた。

 彼はパソコンやゲームが好きで、自分でホームページを作ったり、

 RPGツクールなどでゲームを自作したりしている。

 黒いコンソール画面が表示された。

 悠が何やら打ちこむのに合わせて、ずらずらとメッセージが流れていく。

 悠は唸りながらそれを見やって、言った。

「無線のインタフェースが刺さってない。

 有線はいけるけど、通信パケットが全部切れちゃってるみたい。ピング応答が全然ないんだ。

 ルータのポートでジャミングされてるのかもしれない」

「つ、つまり、どういう事なんだ?」

「ネットには繋がらない。メールも送れない」

 深刻そうに、付け加えた。

「当然、無料ゲームもできない」

 これで、学校の外と連絡を取る手段は、完全になくなった事になる。

 ケータイも固定電話も、ネットも駄目だ。

「大丈夫だ。オレ達がいる。連絡できればいいのだろう?」

「……」

 エージェントの通信は、超能力によるものなので、あらゆる妨害が通じない。

 それは鬼にも人間にも隠している。

 

 気がつくと、ブラウザのエラーメッセージが、さっきと変わっていた。

『学校の外に接続できません 鬼ごっこ、もしくは戦闘してください』

 大翔はパソコンの電源を切った。

 だんだん腹が立ってきた。

「ともかく、戻ってみんなと合流しよう」

 頷き合うと、再びタブレットで鬼の位置を見計らって、職員室に滑り出た。

 大翔達は机の陰に身を隠し、そろりそろりと移動する。

 狼王は斧をしまっているので、問題ない。

とぉーりゃんせぇ とぉりゃんせぇ こーこはどーこの細道じゃぁ 天神さまの細道じゃぁ

 鬼の動きに変化はない。

 調子外れな歌を歌いながら、ぐるぐる歩き回っているだけだ。

 とおりゃんせの歌に導かれるように、三人は床を進んでいく。

 外との連絡手段は、なくなったけれど……。

 それほど恐れる事は、ないのかもしれない。

 

「……安全だな」

 この鬼は、部屋から出る様子がない。

 職員室にさえ近づかなければ、危険はなさそうだ。

 ツノウサギにしたって、あんな短足に捕まる奴はいない。

 こっちはタブレットで、鬼の居場所を知る事ができる。

 学校の敷地は広いのだ。

 きちんと確認していれば、でくわす事なんてないはずだ。

この子の七つのお祝いにぃ お札を納めに参りますー

 さっさとみんなのところへ戻って、鬼と距離を取って隠れていれば、危険はない。

(そうだ……そうしよう。それで、安全のはずだ)

行きはよいよい 帰りは怖い 怖いながらも とぉーりゃんせぇ とぉりゃんせぇ……

 

 突然だった。

―キーンコーンカーンコーン

 

 チャイムが鳴り響いた。

 職員室のスピーカーから、爆弾のように音が響き渡った。

 

「!!?」

 死ぬほど驚いたが、声を上げるのは堪えた。

 大翔は、悲鳴を上げかけた悠の口を、慌てて押さえつけた。

 拍子にタブレットを取り落としそうになったが、指でぎりぎりキャッチした。

 二人でもつれて転びかけたが、何とか踏ん張った。

 もちろん、狼王は平気だ。

 

 鬼の歌声が止まった。

 さらに起こった変化に、大翔は今度こそ泣きたくなった。

「なんなんだよ、いい加減にしてくれよ」

「それはオレが言いたい事だ」

 タブレットの画面の中に、「鬼」の字がまた一つ、追加で現れたのだ。

 それも、大翔達が通ってきた、昇降口に。

 こちらへ向けて、移動を始める。

 大翔は青ざめた。

「ふ……ふぁ……ふぁ……」

 大翔が顔を上げると……悠がヘンな顔をしていた。

 鼻をひくつかせて口を開けたり閉じたりしている。

 大翔はもう祈るしかなかった。

「駄目だ。ガマンだ。ガマンしてくれ。一生のお願いだ。くしゃみ、ガマンしてくれ!」

「ふぁ……ふぁ……ふぁ」

 どうしようもなかった。

 

ぶわ~~~っくしょん!

 悠は、大砲のようなくしゃみをした。

―ガッターン バサバサバサバサバサバサ

 勢いそのまま、腕を引っかけて、派手な音を立ててイスが倒れた。

 その振動で、ぎりぎりバランスを保っていた山積みの書類がぐらりと揺れて、

 凄く賑やかな音と共に崩れ落ちた。

 

「うわぁ」

 悠は、倒れたイスと書類を見降ろし、ついで大翔を見ると、

 この世の真理を悟ったように、深く頷いて親指を立ててみせた。

「なんかもう、寝てていい?」

「永眠になるぞ」

……行きはよいよい……

 屈み込んだ三人の上に、フッと影が差した。

 恐る恐る見上げると……でかい牛面が三人を見降ろし、爛々と目玉を輝かせていた。

……帰りは……こっわあああああああああいっ!

 超っ! こっわあああああああああああああああいっ!

 叫ぶように歌う鬼の口の端から、ぼたぼたと大粒のよだれがこぼれ落ちてくる。

「うう……」

「距離が近いな……」

 この距離じゃ逃げられない。

 動いた瞬間に飛びかかられる。

 鬼は床に飛び降りると、三人の逃げ道に立ち塞がった。

怖いながらも とおおぉぉぉりゃんせぇえ! とおぉぉりゃんせえええええっ!

 羽の生え揃ったた大口をでかでかと開き、ゆっくりと爪を伸ばしてきた。

 大翔はぎゅっと目を閉じた。

 

「息を止めて、伏せて!」

 突然、少女の声が響いた。

 ドアを乱暴に叩き開ける音がした。

―ブシュウウウー

 激しい音と同時に、視界が一面真っ白に染まった。

 目を庇いながら顔を上げると、入り口のところに葵が立っていた。

 消火器をまるでバルカン砲のように抱えて、鬼に向けて噴射している。

「離れなさいっ、この化け物っ!」

「今だ! いくぞ、悠っ、そこの男!」

「……オレはNo.8なんだがな……」

 鬼は怯んだのか、爪を引っ込め、目を覆っていた。

 腰が抜けた悠の手を引っ張って、大翔は立ち上がって床を蹴った。

 白煙の中から伸びてくる爪を狼王は斧で受け止め、三人は鬼の脇をすり抜ける。

「こっち! 早く!」

 葵が叫んだ。

 消火器の中身を使い果たすと、ボンベを振りかぶった。

「先生! ママ! パパ! 近所の皆さん! 乱暴な事をしますが、あたしはおしとやかでマジメな女の子なので、誤解しないでください! ごめんなさーいっ!」

 誰に言っているのか叫ぶと、白煙の向こうの鬼に向けて、砲丸投げのように放り投げた。

とおぉぉりゃんせえええ! とおぉりゃんォーー、グゲエエェェェェッッ!

 鬼の悲鳴がした。

 職員室のイスやファイルが、今度こそ完全に崩壊した。

 後で掃除する人は、きっと頭を抱えるだろう。

「オシトヤカでマジメな女の子のシワザです……」

 

「逃げるぞっ!」

「ここはオレに任せろ!」

 大翔の掛け声と共に、三人は弾けるように走り始めた。

 西棟廊下を金力疾走する。

 体育の50m走なんて目じゃないくらい全力で。

 

 

グゲェェェッ!

 狼王は勢いをつけて斧を鬼に叩きつける。

 「力」の能力により強化された腕力による一撃は、頑丈な鬼の肉体を易々と打ち砕いた。

 鬼は鋭い爪で狼王に掴みかかるが、狼王は怪力で振りほどく。

「喰らえ!」

グオオオォォォッ!

 そして、斧が鬼の頭に命中し、鬼は気を失った。

 

「よし、これで大丈夫だな、後は合流するだけだ」

 

「――そっちはダメだ!」

 二人が昇降口の方へ走っていこうとするのを、大翔は慌てて止めた。

 昇降口からは、追加された鬼が向かってきている。

「二人は二階へ! 鬼に出くわさないように隠れてろっ!」

 葵にタブレットを押しつけると、大翔はぐるりと反転した。

「大翔はどーすんの!」

「もう一体の鬼を撒いていく!」

「無茶よ!」

「大丈夫! 後から追っかける! 先に行ってて!」

 睨みつけた廊下の先から、力限りに歌いつつ、一目散に鬼が追いかけてくる。

「二人とも行って!」

「無理しないでよ!」

「おい、鬼! こっちだ!」

 大翔が叫ぶと鬼はぎょろりと目玉を大翔に向けた。

 葵と悠がわわわと悲鳴を上げて、階段を駆け上がっていく。

 大翔は腰を落として構えた。

 もう一匹の鬼が、廊下の向こうから走ってきた。

「大翔!」

 

しっずかっなこっはんっの森の陰からっ』』

『『もう起きちゃいっかがと 鬼が鳴くぅ』』

『『かっこうっ かっこうっ』』

『『かっこうっ かっこうっ かっこううぅ』』

 

(輪唱始めやがった、滅茶苦茶うぜぇ)

 大翔は廊下を蹴った。

(こちとら運動会の練習で鍛えてるんだ。あんな鬼どもに負けてたまるか)

 足を振り上げ、腕を振り抜く。

 大翔は職員室から追いかけてくる鬼を引きつけながら、昇降口側の鬼に向かって駆ける。

 走ってきた鬼が、1、2、3本と爪を振り上げた。

 

「危ないっ!」

 その時、狼王がやってきて、斧を振って鬼を吹き飛ばした。

 その隙に、大翔は東棟を奥まで走る。

 三段抜かしで階段を駆け上がった。

 二階廊下を一直線に駆け戻り、南廊下を全力疾走し、手近な部屋に飛び込んだ。

 真っ暗な部屋を走り抜けると隅の机の陰に隠れた。

 息が乱れるのを、必死に我慢して耳を欹てる。

 大翔は体を縮こませ、見つからないよう祈った。

 

―ぽん

 その時、背中に手をかけられた。

わあああああああああああああああああっ!

って、うわああああああああああっ?

 それは、悠だった。

 そして、葵もやってくる。

 葵はしばらくタブレットを見ていたが、ややあって、うん、と頷いた。

「……大丈夫みたい」

 それで、やっと三人とも緊張が解けた。

 へなへな力が抜けて、べたんと床に座り込んだ。

 深呼吸して、荒くなった息を整えた。

 部屋に三人の息遣いだけが響いた。

 

「……今まで、聞いた事なかったんだけど」

 ふと思い出したように、葵がそう口を開き、真面目な口調で問いかけた。

「大翔は、どんな歌が好きなの?」

 大翔は、ちょっと考え込んだ。

 しばらく迷った後……結局、こう答えた。

 

「……俺、歌、嫌いになりそうだ」




この作品の女性キャラって、他のホラー作品と違って強いですね。
まあ、完全なホラーじゃないのが理由だと思うのですが。
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