しかし、その恋は……。
「ひっろくんだ♪ ひっさしぶっりの、ひっろくんだ♪」
大翔の服の裾を掴むと、仔犬がじゃれつくように、周りをスキップし始めた。
「ヒ、ヒロト……」
何故だか悠が、涙目になって大翔を見た。
「ぼ、僕には『恋愛とか全然興味ねーよな!』って言ってたのに……。
いつの間に、大人になってたの……」
「遠く離れた土地で、愛人を囲う……男子ってフケツだわ」
「ちょ、ちょっと待った! ちげーよ! ゴカイだ! 知らないって、こんな子!」
ジトーッと見つめてくる葵に、大翔は慌ててぶんぶん首を振った。
「……あなた、名前は?」
成り行きを見守っていた有栖が、女の子に問いかけた。
「ご、ごめんなさい。わたしったら、久しぶりにひろくんに会えてすっかり舞い上がっちゃった」
女の子は慌てた様子でこほん、と咳き込みをした。
スカートの裾をパンパンと伸ばし、背筋を正して丁寧にお辞儀し、はきはきした声で、言った。
「わたし、本田小夜子っていうの。12歳、小学6年生。ひろくんの、許嫁です!」
「げふごほがはごへぐへっ」
大翔は激しくむせ込んだ。
「皆さんは、ひろくんのお友達ですよね? ひろくんのお友達は、わたしのお友達です。
うちの人が、いつもお世話になってます。今後とも、よろしくお願いいたします!」
「ちょ、ちょっと待った! 誤解だ! 誤解があるぞ!」
大翔は、首がもげそうな勢いで、ぶんぶん首を横に振った。
「初対面だろ、俺達!」
「え……? 初対面……?」
「今、初めて会ったばっかりじゃないか!
どうして、イイナズケなんて、そんな事を言うんだよ!」
「……ひろくんこそ、どうして、今、初めて会ったばかりだなんて、そんな事を言うの?」
不思議そうに首を傾げて、正面から大翔を見やる。
「……ひょっとして、小夜の事、忘れちゃったの?」
大きな瞳を丸く見開いて、大翔を見つめる。
みるみる涙が溜まり始めた。
「そっか……。ひろくん、小夜の事、忘れちゃったんだ……。
大きくなったら、お嫁さんにしてくれるって、約束したのに……」
「は、はあ……?」
「小夜には大切な約束だったけど……
ひろくんにとっては、大した事ない、誰とでもしてる、約束だったんだ……。
だから、すっかり忘れちゃったんだね……」
「え、う……? ちょ、ちょっと。助けてくれよ、みんなぁ……」
おろおろと振り向くと、葵、悠、章吾、有栖は、じっと大翔を見やっていた。
穏やかな、仏のような顔で。
ぽろぽろと泣く女の子と、大慌ての大翔を交互に見つめる。
「……判決。大場大翔被告を、女の子の敵の罪で、無期懲役の刑とします」
そして、スピード判決が下った。
「もう! いい加減にしろってば!」
大翔は流石に、怒った声を出した。
このままでは、酷い濡れ衣だ。
女の子に向き直ると、ムスッと唇を尖らせる。
「俺は、大場大翔! 桜ヶ島小学校の、6年2組。お前とは、初対面だぞ!」
「ひろと……? あれ?」
女の子は首を傾げた。
あれ? あれ? と首を捻り、何やら考え込んでいる。
ややあって、ポンと手を打った。
「あ、そっか! 血筋だね! ごめん、ごめん! 早とちり!
大翔くん、わたしの幼馴染のひろくんにすっごく似てるから。間違えちゃったみたい!」
「ほら、見ろ」
「……うん、まあ、ほんとは分かってたよ、ヒロト」
「大翔に限って、愛人なんてね」
「お前にそんな甲斐性があるとも思えねーしな」
「そんなの夢物語かしらね」
悠達が口々に言う。
「改めて、わたし、この島の小学校6年生の、本田小夜子」
「アタシ達は、保護者よ」
「しかし、ほんと、そっくりだなぁ」
女の子……小夜子は言いつつ、大翔の頭からつま先までしげしげと見やっている。
大翔は思わず、赤くなった。
「小学校があるんだ? 人の気配がないから、てっきり、無人島だと思ってたよ」
「無人島で合ってるよ。以前は人がいたんだけど、過疎で廃村になっちゃったからね。
もう50年以上も、人は住んでないの」
「ほら、あたしの言った通りじゃない」
「でも、家まで壊なくてもいいのに。あんな乱暴に」
「あ、あれはね……」
―ズガガガガガッ!
突然、遠くから轟音が響いてきた。
振り向くと、向こうの林に生えた大木が二本、
メリメリと悲鳴を上げながら、地面に倒れていくところだった。
大翔達は顔を見合わせた。
「な、なんだ?」
―ズガガガガガガガガッ!
また音が響いた。
巨大な何かが、ぶちかましをかけるような音だ。
木々がどんどんと倒れていく。
大翔は、林の中で巨大なブルドーザーが、木々を薙ぎ倒していくところを想像した。
「まだ、工事、やってるの……?」
―ジャキンッ!
すると、今度は別の方角から鋭い金属音が響いた。
「……鬼か!?」
「鬼!?」
―ジャキンッ! ジャキンッ!
刃物を、ハサミを噛み合わせるような音だった。
しかし、それにしては大きすぎる。
大翔は、巨大な、一握りで木を切り倒せるような巨大ハサミを想像した。
「いけない……。もう来た……」
「場合によっては、戦うしかないようね……」
小夜子と麻麻が声を強ばらせた。
じっと睨むように、音のする方を見ている。
「……あの家壊したの、ブルドーザーとかじゃねえな?」
章吾が、薙ぎ倒された家々を指差した。
小夜子が頷いた。
「早く離れた方がいいわ。あいつらに見つかると、すごくキケン。
家くらいまるごと薙ぎ倒しちゃう奴らだから……」
「私達なら、相手できるけど」
「……事情は後で聞く事にして、この場を離れた方がよさそうね」
薙ぎ倒す轟音と、ハサミのような音……それらが、だんだん、近づいてきている。
みんな、判断は早かった。
顔を見合わせ、頷き合った。
「よし、海岸まで戻るぜ!」
地面に落としておいた小石を逆に辿って、走り始めた。
壊れた民家の群れを背にして、丘を越え、船の脇を抜ける。
しばらく行くと先を走っていた葵が立ち止まった。
「おかしいわ」
置かれた小石をじっと見下ろして眉を顰めている。
「どうした? 葵」
「あたしの記憶では、海岸はここから東の方向だったと思うんだけど……」
ぽつぽつと地面に一定間隔で落とされた小石は、西の方へ向かって伸びている。
「気のせいじゃないの? 同じような景色だもん」
「風で飛ばされるような石でもないしな」
「違うわ、これは絶対に罠よ」
麻麻は、これが鬼の罠である事に気づいていた。
どうやら、ここから出さないつもりのようだ。
皆、小石の続いている方に急いだ。
走りながら見上げると、先程まで綺麗に晴れ渡っていた青空が、
じわじわと赤く染まっていっている。
大翔は奥歯を噛み締めた。
「これは良くない前兆ね……」
ぽつん、ぽつんと置かれた小石を追って急ぐ。
草っぱらを抜け、林を駆け抜けるが、ボートを停めた浜辺は、まるで見えてこない。
「ぜぇっぜぇっ……い、いつまで走るのぉっ……?」
悠が息も絶え絶えに言った。
「……はぁっはぁっ……な、何かヘンだわ」
もう随分走っている。
上陸してから歩いてきた距離を考えれば、とっくに浜辺に着いていていい距離だ。
小石は相変わらず、ぽつん、ぽつんと続いて、道を示している。
迷ったわけではないのに、ゴールに辿り着かない。
まるで、ぐるぐると円を描いて、同じところを走っているように。
「待って。私達は、罠にはまったみたい。小石の目印を隠してるみたいよ」
「罠?」
さらに進むと、小石は途絶えていた。
最後の小石の置かれた脇に、真新しい看板が立っている。
『お疲れ様です。余計なものは処理しておきました。豊かな自然と、溢れる鬼。
心ゆくまで鬼ヶ島の観光をお楽しみください』
『天国へご用の方へ。渡し守は鬼ヶ島までは迎えに上がれません』
大翔達は顔を見合わせ、ごくりと唾を飲んだ。
エージェントは皆、頷いている。
「いけない……」
小夜子が唇を噛んだ。
「みんな、ボートはどこ?」
―ズガアアアアアアアンッ! ジャキンッ! ジャキンッ!
遠くから、またあの音が響いてきた。
同時に、メリメリッと、何か固いものが裂けるような音が聞こえてくる。
「い、今の音は……?」
「まさかっ……!」
身を翻し、音のした方へ走った。
葵が先程止まった道を今度は東へ一目散に駆ける。
ようやく、海岸へ出た。
「……あの能力者がいれば、すぐに直せたのに」
ボートは、バラバラになって壊れていた。
真ん中から二つにへし折られた上、ぶつ切りに切断されて、
打ち寄せる波にぷかぷかと揺れている。
「ど、どうやって帰るの? これ……」
悠が口もとを引きつらせる。
大翔は対岸の島を見やった。
七里島は、さっきよりもずっと遠くに見えている。
まるで……島が移動したように。
強くなってきた風のせいで、波が高い。
これでは、向こうまで泳いで戻るのは、流石の超能力者でも不可能に近い。
「奴らのしわざだわ……」
小夜子が項垂れた。
「この島には、強力な三匹の鬼達が棲みついてるの。家を破壊したのも、そいつらよ」
ぺたんと砂浜に座り込み、膝を抱えてしまう。
「だったら倒せばいいじゃないか」
「鬼を倒す!? それは無理よ!」
「安心しろ、オレ達は必ずお前を天国に導いてやるからな……霊体」
狼王の呟きに、大翔は首を傾げる。
霊体とは、何の事だろうか。
とりあえず、脱出手段を考えなければならない。
大翔は肩からかけていたデイパックを降ろした。
サイドポケットにしまっておいた、クリップ留めの紙束を取り出す。
『七里島の自然工作』……表に大きく書かれた万年筆の文字。
大翔は、孫と友達が遊びに来ると聞いて、夜なべしてこれを作っている祖父の姿を想像した。
竹とんぼ、独楽に釣り竿、自然の草木で作れる様々なものが、
大翔の祖父の手でまとめられている。
最後の章に、あった。
『イカダの作り方』
「……親達へのお土産にしようぜ」
大翔はにやりと笑った。
「来年もまた、来られるようにさ」
次回は脱出手段確保回です。