琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

66 / 89
本田小夜子の正体が判明します。
まあ、大体想像できるんですけどね。


65 やはり小夜子は

「俺は、夢を見ていたのか?」

 目を開けると、辺りはすっかり明るくなっていた。

 突きだした天井の岩の模様が見えている。

 朝日の眩しさに、大翔は思わず目を細める。

 エージェントが見張ったから、大丈夫だが。

 大翔は瞼をこすろうと、手を持ち上げかけた。

 

 寸前で止めたのは、本能のようなものだった。

 様々な鬼から逃れ、戦ってきた経験が、無意識のうちに大翔の体を押し留めたのだ。

 大翔は葉っぱの上に、仰向けになって寝そべっていた。

 横には小夜子もいる。

 大翔の服をぎゅっと掴んで、寝息を立てている。

 エージェントは、離れて見張りをしていた。

 岩陰の脇の地面に、たくさんの穴が開いているのに気づいた。

 その穴の一つから上半身を突き出し、ぼうっと佇んでいる生き物がいる。

 ……モグラだった。

 小山のような巨体、額から生えた角、鬼モグラだ。

 両手に生えた鋭い鉤爪。

 その手を地面に行儀よくついて、ぼうっと、何をする事もなく、突っ立っている。

 鼻先から、妙な突起が出ていた。

 密集した何十本もの髭が、傘のように大きく開いて、音もなくゆらゆらと揺れている。

(無闇に攻撃するのはまずいわね。仕留められなかったら……)

「……ん。……もう、朝……?」

 横で小夜子が、もぞもぞっと動いた。

 大翔はとっさに右手を動かし、小夜子の体を押さえた。

 その瞬間、鬼モグラの髭が――針金のように逆立った。

―シュババババッ!

 一瞬だった。

 麻麻の目の敵に、鬼モグラの顔があった。

 ほとんど瞬間移動のような速さで移動してきた。

 地面に仰向けになっている、大翔と小夜子。

 麻麻の腕に髭を突きつけ、これはなんだ? というように首を傾げている。

 巨体に似合わない、ビーズのような小さな瞳だ。

 バリボリと口を動かしている。

 何かを食べているようだ。

 骨がポロッと口の端から転がり落ちた。

 鬼ザカナの骨だ。

 鼻先の髭が、傘のように閉じた。

 モグラ、トガリネズミ形目、モグラ科、肉食。

 真っ暗な地中に生息するため視覚は退化している。

 ……つまり、目はほとんど飾りなのだ。

 大翔達の姿が、見えているわけではない。

 代わりに、発達しているのは触覚だ。

 遠くの小さな虫や動物が動く、ほんの僅かな振動をも察知し、一瞬で捕食する……。

―バッ

 鼻先の髭が、また開いた。

 視界の端で、何かが動いた。

 ツノの生えた鳥が、向こうの空を横切っていく。

―シュババババッ!

 次の瞬間、鬼モグラの髭が伸びた。

 ムチのように、数十メートルも。

 狙い違わず、飛んでいた鳥に巻きつく。

―シュルルルルルッ

 髭が巻き戻る。

 ピィピィと鳴く鳥――鬼スズメ――を、鬼モグラはポイッと口に放り込んだ。

 ぼんやりした顔のまま、ガツガツと喰っている。

―カラッ

 乾いた音がした。

 向こうで小石が地面に落ちたのだ。

―シュバババババッ! シュルルルルルッ! ガリッガリッガリッ!

 一瞬後には、鬼モグラは小石を噛み砕いていた。

 傘のように開いた鼻先の髭が、

 高性能なセンサーのように、辺り一帯の空気の振動を感知しているのだ。

 感知距離は、少なくとも3メートルはある。

 鬼モグラのテリトリーの中で少しでも動いたら、鬼であろうと人間であろうとものであろうと、

 あっという間に喰いつくされてしまう。

 光を使い、屈折によって姿を消せる阿藍なら、彼らに気づかれないかもしれないが。

 

 開いた髭が、ゆっくりと、大翔達に向かって伸びてきた。

 二人の体にべたりとつくと、これはなんだろう、と探るように動く。

 大翔は1ミリも体を動かさなかった。

 握り締めた小夜子の手にほんの僅かに力を込めた。

(モグラは、光に弱いはずだ……)

 阿藍は精神を集中し、鬼モグラに光を放った。

 流石の鬼モグラも光には対応できず、怯んで地面にたくさん開いていた穴に入り込んでいった。

 

「……」

 鬼モグラは、あっさり退散した。

 超能力というのは、実に素晴らしい。

「……早く、章吾達と合流しようぜ」

 小夜子に頷きかける。

「脱出しよう。……いつまでもこんな島にいたら、命がいくつあっても足りないぜ」

「アナタを導くのが、アタシ達の役目」

 

「――よし、あっちだな」

 立ち昇っていく煙を指差し、大翔は足を向けた。

 デイパックを背負い直し、釣り竿を肩にかける。

 島の中央、丘の最も高いところから、煙が立ち昇っているのだ。

 大翔達への目印に、章吾達が上げているのに間違いなかった。

 小夜子と連れ立って、エージェントと共に、煙の方へ登っていく。

「ごめん、ちょっとだけ、待っててくれるか?」

 民家の脇を抜けている時、大翔はそう言って小夜子の手を放した。

 小夜子の手は、冷たかった。

「どうしたの?」

「いや……ちょっと」

「……あ」

 小夜子は気づいたようで、顔を赤くした。

「もう。早くしてよね」

 大翔は走っていって、民家の庭先に回り込んだ。

 木々に向かって、用を足す。

 エージェントは、もちろん、見なかった。

「手、洗わないとだよなぁ……」

 デイパックは小夜子に預けてしまった。

 大翔はきょろきょろと辺りを見回した。

 この辺りの民家は、鬼カブトムシ達に壊されていなかった。

 古い木造家屋が連ねている。

 窓は全て雨戸が閉められ砂ボコリが積もっている。

 ずっと前に、廃村になって放棄された家々。

 と、向こうの方に、石が並んでいるのに気づいた。

 墓地だった、小道はあるだろうか。

 大翔は墓地の中を歩いて――その墓石を見つけた。

 大翔は足を止め、まじまじと墓を見つめた。

 ああ、そうか、と思った。

 不思議と、驚かなかった。

 彼女はケータイもインターネットも知らなかった。

 いくら田舎暮らしといっても、ここは日本だ。

 聞いた事くらいはあるはずだ。

 大翔が泥だらけになっても、小夜子は汗すらかいていなかった。

 食べる必要がないとも言っていた。

 エージェントは、何かを呟いていた。

 そして、小夜子は走り回っていた。

 外にも出られなかったと、言っていたのに。

 

『本田小夜子』

 その墓石には、小夜子の名前が彫られていた。

 名前の下に、亡くなった年が彫られている。

 大翔が生まれてもいない時代だ。

 

(お医者さんの見立てでは……中学生には、なれないだろうって)




次回は小夜子と共に、島を脱出しようとします。
鬼になった動物も襲い掛かります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。