章吾ってはっきり言って“マザコン”ですよね?
放課後……阿藍は、有栖に連れられていた。
「私、弟が心配だから。確かに弟は能力は私に並ぶくらいだけど、精神面が脆いの。
お兄さんなら分かってくれると思って」
「分かった、俺にできる限りの事はやろう」
エージェントとして、超能力者として、そして一人の人間として。
阿藍は、有栖の依頼を聞いてやる事にした。
章吾が校門を出ていくと、大翔、悠、葵は、隠れていた植え込みの陰から飛び出した。
阿藍と有栖も、三人の後をつけている。
「ふふ。僕らも、大分上達したよね、尾行。白井先生の時と比べてさ」
「……」
頭を低くして電柱の陰へ滑り込みながら、満足そうに悠が言う。
白井先生は既に殺されたのだが……。
「昨日、ハガキが届いてたぜ。
もうすぐ一度、荒木先生が女の子と一緒に桜ヶ島に帰ってくるってさ」
「「ホント?」」
悠と葵は声を揃えた。
しいーっ、と大翔は口の前に指を立てた。
荒木先生は、男子体育の先生だったが、紆余曲折あって追放された。
桜ヶ島の街を追放された後も、時々、手紙で近況を知らせてくれていたのだ。
「本当に、章吾はこっちにいるのか?」
「私を信じて」
有栖は阿藍の手を引き、こっそり三人を尾行する。
三人と二人は距離を取って、章吾の後を追う。
章吾は、迷いのない足取りで道を進んでいった。
有栖は、章吾が病院に向かおうとするのを超能力で読んでいた。
桜ヶ島総合病院……この街で最も大きな病院。
五人は距離を置き、歩いていく章吾の後を追った。
五人が追って角を曲がると、その道には、ざわざわと人が行き交っていた。
何だか緊迫した空気が漂っている。
桜ヶ島総合病院の、駐車場に面した道路だった。
入り口に救急車が停まって、回転灯がくるくる回っている。
立ち働く救急隊員に、取り巻く大人達。
病院の方から、医者と看護師が飛び出してきて、急いで、と叫んでいる。
こちらにまで緊張が伝わってきた。
気づけば、章吾の姿は見えなくなっていた。
人ごみに紛れてしまったのかもしれない。
「あれは?」
辺りを見回していた大翔と阿藍は、妙な人影を見つけた。
救急車のすぐ脇の、閉じたハッチの傍らに、じっと佇んでいる。
おかしな格好をしていた。
真っ黒なローブで、頭からすっぽりと身体を覆い隠しているのだ。
血相を変えて動き回る医者や救急退院達をよそに、それは身動き一つしない。
「なあ、あれも病院の人なのかな?」
大翔は人影に顔を向けて言った。
葵は首を振った。
「病院関係の人は、あんな真っ黒の服を着たりしないわ。葬式を感想させるから」
「……気をつけて。あれ、多分、僕ら以外には見えてないよ」
「どういう事?」
確かに、周りの大人達は、誰一人あの黒ローブの人影を見ていないようだ。
19歳の阿藍に見えているのは、彼が超能力者だからだ。
「人がこんなにいて、誰もあれに注目しないなんて、おかしいよ。
多分、この世の存在じゃないんだ。僕らも、あまり見ない方がいい」
「……」
ひそひそと話し合う大翔達をよそに、救急隊員達は忙しく立ち働いている。
救急車のハッチを開け、中から担架を引き出した。
担架の上には、大人の男性が横になっていた。
悠、葵、有栖が目を逸らす。
男性は、全身血だらけだった。
(くそ、織美亜なら癒せたのに……!)
歯ぎしりする阿藍をよそに、救急隊員達が、足早に担架を病院へ運んでいく。
見ていた大翔は、はっと息を呑んだ。
じっと佇んでいた黒ローブの人影が、動いたのだ。
担架に乗せられた男の脇に、ぴたりとついていく。
苦しげに息を吐く男を、じいっと見つめている。
ローブから骨の手を出した。
運ばれる男の左脚に、骨の手を乗せた。
医者や救急隊員は、気にする素振りも見せない。
やはり、見えていないのだ。
黒ローブの手が、男の腕にズブリと沈み込んだ。
手が引っ張り上がると、そこには意外なものが載せられていた。
ロウソクだった。
黒い燭台に載ったロウソクが一本、黒ローブの人影の手の上で、小さな火を揺らめかせている。
黒ローブはロウソクに顔を寄せると……フッ、と息を吹きかけた。
ロウソクの火は、ゆらりと揺らめき……消えた。
(織美亜……すまない……!)
阿藍の顔色が青くなる。
あの人影は、明らかにこの世のものではなかった。
(あいつ、何をしてるんだ……?)
大翔はもっとよく見ようと、野次馬の間から身を乗り出した。
と、黒ローブが、気づいたように顔を上げ、大翔と阿藍の方を向いた。
大翔と阿藍は息を呑んだ。
顔がなかったのだ。
黒ローブの顔のあるべき部分には、闇が広がっている。
次の瞬間、大翔と阿藍の目の前に、黒ローブが立っていた。
底なしの闇のような顔から、声が響いた。
今まで聞いたどんな音とも違う恐ろしく暗い声だ。
周りの人々のざわめきが、百万光年も遠くなる。
大翔は息を吸ったが、声も出ない。
阿藍はじっと、人影を睨みつけている。
(これは!)
いつの間にか、大翔と阿藍は鳥のように空の上から、桜ヶ島総合病院の一帯を見下ろしていた。
Hの形の白い箱のような建物が見えた。
病院の建物だろう。
その中のいたるところに、赤々と灯っているものが見えた。
ロウソクの火だ。
何十、何百本ものロウソクが、病院の中に浮かんでいる。
すぐに燃え尽きそうな短いものから、まだまだ持ちそうな長いものまで。
さらに視界が上がった。
桜ヶ島の街全体が見えた。
何千、何万本ものロウソクの火が灯っている。
もっと上がった。
日本列島が、地球そのものが見えた。
無数のロウソクの火が揺らめいている。
「これは……!」
視界が下がっていった。
桜ヶ島総合病院の駐車場の前に、大翔と阿藍は自分の姿を見つけた。
立ち尽くした自分の胸の前に、一本のロウソクが浮かんでいる。
黒ローブが、そのロウソクを指差して言った。
やはり、大翔と阿藍には理解できなかった。
黒ローブの吐く息に、ちろり、と大翔と阿藍のロウソクの火が揺らめく。
(俺をどうするつもりだ)
黒ローブはまくしたてるように訊く。
大翔の喉はからからに干上がった。
しかし、阿藍は黒ローブを真っ直ぐに見て言った。
「消え失せろ」
途端、視界が元に戻った。
音も戻った。
ざわざわとさっきと同じざわめきが、辺りを満たしている。
「ねえ、ヒロトってば」
黒ローブの姿はなくなっていた。
代わりに悠がゆさゆさと大翔の肩を揺すっている。
「どうしたの? ぼうっとして。大丈夫?」
「まあ、ショッキングな場面だったものね……。あの人のご冥福を祈りましょ……」
葵が担架の方へ向けて、神妙に合掌した。
それで、大翔は気づいた。
担架の男の人は、亡くなっていたのだ。
容体が急変し、医者が心臓マッサージをしたが、どうにもならなかったらしい。
(ロウソクの火を、吹き消されたからだ……)
(治癒さえあれば、助かったのに……)
大翔の背筋を、ぶるりと冷たい震えが走った。
阿藍は、悔しそうな顔をしている。
(あのロウソクの火は、命そのものなんだ……)
(あいつさえ倒せれば……)
人の命の火を吹き消す存在に、大翔は恐怖、阿藍は義憤を感じた。
「――こんなとこで、何してるんだ? お前ら」
「章吾!」
考えていると、突然、後ろから声をかけられた。
四人はびくっとして振り向き、有栖は一瞬だけ笑顔になる。
章吾が立っていた。
コートのポケットに両手を突っ込んで、首を傾げて立っている。
「病院に用か? ケガか、病気でもしたか?」
「あ、いや……」
「それとも……俺を尾行でもしてたか?」
章吾はにやりと笑って言った。
「……」
「あ、ばれた? お姉ちゃん、心配でね」
呆然とする三人に、肩を竦めて見せる。
「バーカ。バレバレなんだよ。お前らヘッタクソだな、尾行。歩きながら、笑いを堪えるのに苦労したぜ」
「その割には、私達には気づかなかったのね」
伊達に阿藍も有栖も超能力者ではない。
「で? なんか言い訳はあるか? 人の事、尾けるなんてよ。
俺のぷらいばしー、侵害していいって?」
章吾は口をへの字に曲げて、三人を睨んでみせた。
「ごめん、金谷く」
「弟を心配するのは姉として当然だからよ」
有栖は謝らず、しかも割り込んだ。
「それより、さっさと帰れ。夜は危ねえ。
……ここは、お前らの来るようなところじゃねえんだ。ただし、有栖以外」
「私以外ってどういう事? ねえ、何があったの?」
流石に姉には逆らえなかった。
しかも、大翔、悠、葵、阿藍もいる。
章吾は、渋々ふうっと口から息を吐き出した。
顔を伏せ、言葉に迷うように、何度も口を開け閉めしている。
「実は……」
「あら、大翔達じゃない。こんなところで何してるの?」
と、のんびりとした声が響いた。
振り返ると、大翔の母が立っていた。
隣には、悠の母、葵の母もいる。
首を傾げて、子供達を見やっている。
「母さん達こそ、何してんの? こんなところで」
突然現れた母に、大翔は戸惑った。
「仕事帰りに、お茶してたのよ。なじみの喫茶店があるの」
「ヒロトくん、アオイちゃん、こんにちは。元気してる?
あれ、ショウゴくんとアリスちゃんと知らない人もいるじゃない。こんにちは」
「大翔はまたこんな遅くまでほっつき歩いて……。
この前、叱ったばかりなのに、ちっとも懲りないんだから」
「……母さん達だって、ほっつき歩いてるじゃないか。な? 悠」
「あ、ヒロト、僕を巻き込まないで」
「大翔!」
母はムスッと口をへの字に曲げて怒り、大翔は逃げるふりをした。
逃げ回る二人に、葵は肩を竦め、二人の母達もニコニコ笑っている。
大翔達は同じマンションの幼馴染で、母達もよく、一緒におしゃべりする仲だ。
「……これが、家族か……」
その光景を見て、阿藍が、ぽつりと呟いた。
子供にしか見えないはずのあの影も、エージェントは見る事ができます。
次回は黒い影――死神との追跡です。