琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

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大翔達が章吾を追跡します。
章吾ってはっきり言って“マザコン”ですよね?


68 謎の黒い影

 放課後……阿藍は、有栖に連れられていた。

「私、弟が心配だから。確かに弟は能力は私に並ぶくらいだけど、精神面が脆いの。

 お兄さんなら分かってくれると思って」

「分かった、俺にできる限りの事はやろう」

 エージェントとして、超能力者として、そして一人の人間として。

 阿藍は、有栖の依頼を聞いてやる事にした。

 

 章吾が校門を出ていくと、大翔、悠、葵は、隠れていた植え込みの陰から飛び出した。

 阿藍と有栖も、三人の後をつけている。

「ふふ。僕らも、大分上達したよね、尾行。白井先生の時と比べてさ」

「……」

 頭を低くして電柱の陰へ滑り込みながら、満足そうに悠が言う。

 白井先生は既に殺されたのだが……。

「昨日、ハガキが届いてたぜ。

 もうすぐ一度、荒木先生が女の子と一緒に桜ヶ島に帰ってくるってさ」

「「ホント?」」

 悠と葵は声を揃えた。

 しいーっ、と大翔は口の前に指を立てた。

 荒木先生は、男子体育の先生だったが、紆余曲折あって追放された。

 桜ヶ島の街を追放された後も、時々、手紙で近況を知らせてくれていたのだ。

 

「本当に、章吾はこっちにいるのか?」

「私を信じて」

 有栖は阿藍の手を引き、こっそり三人を尾行する。

 三人と二人は距離を取って、章吾の後を追う。

 章吾は、迷いのない足取りで道を進んでいった。

 有栖は、章吾が病院に向かおうとするのを超能力で読んでいた。

 桜ヶ島総合病院……この街で最も大きな病院。

 五人は距離を置き、歩いていく章吾の後を追った。

 

 五人が追って角を曲がると、その道には、ざわざわと人が行き交っていた。

 何だか緊迫した空気が漂っている。

 桜ヶ島総合病院の、駐車場に面した道路だった。

 入り口に救急車が停まって、回転灯がくるくる回っている。

 立ち働く救急隊員に、取り巻く大人達。

 病院の方から、医者と看護師が飛び出してきて、急いで、と叫んでいる。

 こちらにまで緊張が伝わってきた。

 気づけば、章吾の姿は見えなくなっていた。

 人ごみに紛れてしまったのかもしれない。

 

「あれは?」

 辺りを見回していた大翔と阿藍は、妙な人影を見つけた。

 救急車のすぐ脇の、閉じたハッチの傍らに、じっと佇んでいる。

 おかしな格好をしていた。

 真っ黒なローブで、頭からすっぽりと身体を覆い隠しているのだ。

 血相を変えて動き回る医者や救急退院達をよそに、それは身動き一つしない。

 

「なあ、あれも病院の人なのかな?」

 大翔は人影に顔を向けて言った。

 葵は首を振った。

「病院関係の人は、あんな真っ黒の服を着たりしないわ。葬式を感想させるから」

「……気をつけて。あれ、多分、僕ら以外には見えてないよ」

「どういう事?」

 確かに、周りの大人達は、誰一人あの黒ローブの人影を見ていないようだ。

 19歳の阿藍に見えているのは、彼が超能力者だからだ。

「人がこんなにいて、誰もあれに注目しないなんて、おかしいよ。

 多分、この世の存在じゃないんだ。僕らも、あまり見ない方がいい」

「……」

 ひそひそと話し合う大翔達をよそに、救急隊員達は忙しく立ち働いている。

 救急車のハッチを開け、中から担架を引き出した。

 担架の上には、大人の男性が横になっていた。

 悠、葵、有栖が目を逸らす。

 男性は、全身血だらけだった。

(くそ、織美亜なら癒せたのに……!)

 歯ぎしりする阿藍をよそに、救急隊員達が、足早に担架を病院へ運んでいく。

 見ていた大翔は、はっと息を呑んだ。

 じっと佇んでいた黒ローブの人影が、動いたのだ。

 担架に乗せられた男の脇に、ぴたりとついていく。

 苦しげに息を吐く男を、じいっと見つめている。

 ローブから骨の手を出した。

 運ばれる男の左脚に、骨の手を乗せた。

 医者や救急隊員は、気にする素振りも見せない。

 やはり、見えていないのだ。

 黒ローブの手が、男の腕にズブリと沈み込んだ。

 手が引っ張り上がると、そこには意外なものが載せられていた。

 ロウソクだった。

 黒い燭台に載ったロウソクが一本、黒ローブの人影の手の上で、小さな火を揺らめかせている。

 黒ローブはロウソクに顔を寄せると……フッ、と息を吹きかけた。

 ロウソクの火は、ゆらりと揺らめき……消えた。

(織美亜……すまない……!)

 阿藍の顔色が青くなる。

 あの人影は、明らかにこの世のものではなかった。

(あいつ、何をしてるんだ……?)

 大翔はもっとよく見ようと、野次馬の間から身を乗り出した。

 と、黒ローブが、気づいたように顔を上げ、大翔と阿藍の方を向いた。

 大翔と阿藍は息を呑んだ。

 顔がなかったのだ。

 黒ローブの顔のあるべき部分には、闇が広がっている。

 次の瞬間、大翔と阿藍の目の前に、黒ローブが立っていた。

 底なしの闇のような顔から、声が響いた。

 今まで聞いたどんな音とも違う恐ろしく暗い声だ。

 周りの人々のざわめきが、百万光年も遠くなる。

 大翔は息を吸ったが、声も出ない。

 阿藍はじっと、人影を睨みつけている。

 

(これは!)

 いつの間にか、大翔と阿藍は鳥のように空の上から、桜ヶ島総合病院の一帯を見下ろしていた。

 Hの形の白い箱のような建物が見えた。

 病院の建物だろう。

 その中のいたるところに、赤々と灯っているものが見えた。

 ロウソクの火だ。

 何十、何百本ものロウソクが、病院の中に浮かんでいる。

 すぐに燃え尽きそうな短いものから、まだまだ持ちそうな長いものまで。

 さらに視界が上がった。

 桜ヶ島の街全体が見えた。

 何千、何万本ものロウソクの火が灯っている。

 もっと上がった。

 日本列島が、地球そのものが見えた。

 無数のロウソクの火が揺らめいている。

 

「これは……!」

 視界が下がっていった。

 桜ヶ島総合病院の駐車場の前に、大翔と阿藍は自分の姿を見つけた。

 立ち尽くした自分の胸の前に、一本のロウソクが浮かんでいる。

 黒ローブが、そのロウソクを指差して言った。

 やはり、大翔と阿藍には理解できなかった。

 黒ローブの吐く息に、ちろり、と大翔と阿藍のロウソクの火が揺らめく。

(俺をどうするつもりだ)

 黒ローブはまくしたてるように訊く。

 大翔の喉はからからに干上がった。

 しかし、阿藍は黒ローブを真っ直ぐに見て言った。

 

「消え失せろ」

 

 途端、視界が元に戻った。

 音も戻った。

 ざわざわとさっきと同じざわめきが、辺りを満たしている。

「ねえ、ヒロトってば」

 黒ローブの姿はなくなっていた。

 代わりに悠がゆさゆさと大翔の肩を揺すっている。

「どうしたの? ぼうっとして。大丈夫?」

「まあ、ショッキングな場面だったものね……。あの人のご冥福を祈りましょ……」

 葵が担架の方へ向けて、神妙に合掌した。

 それで、大翔は気づいた。

 担架の男の人は、亡くなっていたのだ。

 容体が急変し、医者が心臓マッサージをしたが、どうにもならなかったらしい。

(ロウソクの火を、吹き消されたからだ……)

(治癒さえあれば、助かったのに……)

 大翔の背筋を、ぶるりと冷たい震えが走った。

 阿藍は、悔しそうな顔をしている。

(あのロウソクの火は、命そのものなんだ……)

(あいつさえ倒せれば……)

 人の命の火を吹き消す存在に、大翔は恐怖、阿藍は義憤を感じた。

「――こんなとこで、何してるんだ? お前ら」

「章吾!」

 考えていると、突然、後ろから声をかけられた。

 四人はびくっとして振り向き、有栖は一瞬だけ笑顔になる。

 章吾が立っていた。

 コートのポケットに両手を突っ込んで、首を傾げて立っている。

「病院に用か? ケガか、病気でもしたか?」

「あ、いや……」

「それとも……俺を尾行でもしてたか?」

 章吾はにやりと笑って言った。

「……」

「あ、ばれた? お姉ちゃん、心配でね」

 呆然とする三人に、肩を竦めて見せる。

「バーカ。バレバレなんだよ。お前らヘッタクソだな、尾行。歩きながら、笑いを堪えるのに苦労したぜ」

「その割には、私達には気づかなかったのね」

 伊達に阿藍も有栖も超能力者ではない。

「で? なんか言い訳はあるか? 人の事、尾けるなんてよ。

 俺のぷらいばしー、侵害していいって?」

 章吾は口をへの字に曲げて、三人を睨んでみせた。

「ごめん、金谷く」

「弟を心配するのは姉として当然だからよ」

 有栖は謝らず、しかも割り込んだ。

「それより、さっさと帰れ。夜は危ねえ。

 ……ここは、お前らの来るようなところじゃねえんだ。ただし、有栖以外」

「私以外ってどういう事? ねえ、何があったの?」

 流石に姉には逆らえなかった。

 しかも、大翔、悠、葵、阿藍もいる。

 章吾は、渋々ふうっと口から息を吐き出した。

 顔を伏せ、言葉に迷うように、何度も口を開け閉めしている。

「実は……」

「あら、大翔達じゃない。こんなところで何してるの?」

 と、のんびりとした声が響いた。

 振り返ると、大翔の母が立っていた。

 隣には、悠の母、葵の母もいる。

 首を傾げて、子供達を見やっている。

「母さん達こそ、何してんの? こんなところで」

 突然現れた母に、大翔は戸惑った。

「仕事帰りに、お茶してたのよ。なじみの喫茶店があるの」

「ヒロトくん、アオイちゃん、こんにちは。元気してる?

 あれ、ショウゴくんとアリスちゃんと知らない人もいるじゃない。こんにちは」

「大翔はまたこんな遅くまでほっつき歩いて……。

 この前、叱ったばかりなのに、ちっとも懲りないんだから」

「……母さん達だって、ほっつき歩いてるじゃないか。な? 悠」

「あ、ヒロト、僕を巻き込まないで」

「大翔!」

 母はムスッと口をへの字に曲げて怒り、大翔は逃げるふりをした。

 逃げ回る二人に、葵は肩を竦め、二人の母達もニコニコ笑っている。

 大翔達は同じマンションの幼馴染で、母達もよく、一緒におしゃべりする仲だ。

 

「……これが、家族か……」

 その光景を見て、阿藍が、ぽつりと呟いた。




子供にしか見えないはずのあの影も、エージェントは見る事ができます。
次回は黒い影――死神との追跡です。
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