グリム童話の死神は、某サイトで見た事はありますが、よく分かりませんでした。
「私ね、あなたの姉でよかったと思ってる」
有栖は章吾と阿藍と共に、学校近くの公園に来ていた。
「章吾は、私が一番守りたい人なの。ほら、超能力者って孤独でしょ?
でも、守る人がいたら、孤独じゃなくなるわ」
「うぐっ」
痛いところを突かれて唸る阿藍。
教えてくれたのは彼で、章吾の様子に、何か思うところがあったらしい。
あの翌日、病院で働いている看護師に、それとなく訊いてきてくれたのだ。
「……ったく、強引な奴だな。ほんと、尊敬するぜ。真似できねえよ。有栖は自慢の姉だけど」
地面に半分埋まったタイヤに座り込み、
章吾は何か眩しいものでも見るように目を細めて、有栖を見上げた。
「この頃、あんたが悩んでるの……その事なんだな」
「だったら、どうだっていうんだ?」
「私と章吾の母さんが病気で死にそうだから、お兄さんが治してくれるの?」
「いや、俺は専門外だ。……でも、何か、力になりたいんだ」
「お兄さんに相談したの。ねえ、章吾……」
「世の中には、どうしようもない事があるんだよ」
「超能力さえあれば可能だ。俺達を信じろ」
「いい加減にしないと、ぶつわよ」
阿藍と有栖は章吾を説得しようとした。
「……あの黒ローブ、見た?」
「……知らねーな」
「あれは死神よ。倒さなきゃいけないの」
有栖は片手を開いて、章吾にそう言った。
姉として、時にはこうしなければならないと。
「さて、作戦会議といくか」
「……」
有栖は、章吾の揺らめく影を、ちらっと見つめた。
「はい! これが“死神”についての資料よ」
でんっ……と、机に積まれた大量の本に、大翔と悠は口元を引きつらせた。
桜ヶ島図書館、調べ物学習ルーム。
図書館資料を使って話し合いのできるスペースだ。
葵が机に本を山と積み、ほとんど将棋倒しのようになっている。
ドサドサドサッ……と、端の方が崩れ落ちた。
「こ、これ、全部読むの……?」
悠がうめいた。
「むしろもう読んだわ」
「「読んだの?」」
二人は卒倒しかけた。
「いや、全文じゃないわよ? ポイントポイントだけ。
昨日一日あったから、めぼしいものに目を通しておいたってだけよ。
と、いってもね。残念ながら、参考になりそうなものはあまりなかったの」
葵は一冊一冊本を手に取り、机の脇に避けていく。
「多かったのは、宗教に関する本ね。
死神にまつわる信仰の歴史とか、興味深くはあったけど……あまり参考にはなりそうもないわ」
「きっと、その中には魔女もいただろうな」
「そうね……気になったのは、むしろこれかしら?」
と、葵が手にしたのは、何故か『グリム童話集』だった。
「そこまで有名じゃないから、
知らないと思うけど……グリム童話の中の一つに、“死神”が出てくるお話があるのよ。
タイトルは『死神の名付け親』」
葵は『グリム童話集』のページをめくりながら続けた。
「そのお話の中で、死神が、主人公を洞窟へ連れていくシーンがあるんだけどね。
その洞窟の中に……人の命を表すロウソクが、たくさん並んでるの」
大翔と悠は顔を見合わせ、頷き合った。
「うっし! じゃあ、その話を参考にすればいいな。
作者が、実際に死神を見た事あるのかもしれねえし」
昔の神話や寓話の中には、時々そういうものがあるという。
作者の実体験が、時代を超えて、物語の形になって残るのだ。
「んで、葵。その話の中で、主人公は、どうやって死神をやっつけるんだ?」
「……あのねえ」
勢い込んでいく大翔に、葵は呆れたように溜息を吐いた。
「これ、グリム童話なの。『少年ジャンプ』じゃないのよ。やっつけ方なんて、書いてないわ」
「じゃ、お話は、どうなるんだよ?」
「主人公は、死神に、自分のロウソクの火を消されて死んじゃうの」
「……その後は?」
「それで、おしまい」
「なんですって?」
「他の本も色々調べたんだけど、収穫なし。人間が死神退治に成功する話は見つからなかったわ。
鬼退治の話はたくさんあるのに、死神退治の本ってないの」
大翔、悠、有栖は唸った。
葵は、それで思ったんだけど……と続けた。
「そもそも……やっつけていいようなものなのかしら? 死神って」
「当たり前だろ? 人を死なせるんだぜ?」
何言い出すんだ、と首を傾げる大翔に、葵は難しい顔をして腕を組む。
「でも、仮にも神様なのよ?」
「神様ったって、死神だろ?」
「死神だけど、神様でしょ? グリム童話でも、死神は悪としては描かれてないの。
むしろこの説は、死神を騙した主人公が、その報いを受けるって話なのよ。
悪いのは、分をわきまえない人の方として描かれてる」
「よく言うな」
「死神だけど、神は神。人が死神を退治する昔話は見当たらない。
……きっとそれは、昔の人は、
人が死ぬのは自然の摂理だって、分かっていたからなんだと思うの」
「だとしたら、
神様だって殺してみせる……とよく言うし」
「……あたし、あの黒ローブの人影が、そんな悪い奴だとは思えないの」
「何言うんだよ。救急車で運ばれてきた人、あいつにやられちゃったんだぞ」
「でも、あの人はもう死にかかっていたでしょう?
死ぬ
「俺はあいつに襲われかけたんだぜ」
「襲われたんじゃなくて、何か訊かれたんでしょ?」
葵は訂正する。
「あたしの推理なんだけど……元々死期の近づいた人には、死神の姿が見えるんじゃないかしら。
だからあの時、黒ローブ……死神は、大翔とお兄さんに近づいてきた。
死神の事が見えてる大翔とお兄さん、あの世へ連れていくべき人間だと思って」
「そういや、悠、葵、有栖はあの時、どうしてたんだ?」
「僕、目、逸らしてたんだ。何となく、見ない方がいいと思って」
「あたしも」
「私も」
大翔は肩を落とした。
じっと見ていたせいで、大翔と阿藍だけ死神に目をつけられたらしい。
「でも死神は、すぐにおかしいって気づいたんじゃないかな。
だって大翔とお兄さんは、どう見ても死期の近づいた人には見えないもの」
「むしろもう100年くらい生きそうだよね、ヒロトは」
「それで、問いかけていたんじゃないの?
『どうして死神の姿が見えるのか?』とか、『お前は死にかけているのか?』とかそんな事を」
確かにあの時、死神は、ずっと問いを発していた。
辛抱強く大翔と阿藍に何か訊いているようだった。
向こうにその気があるのなら、すぐに二人の火を消していたはずだ。
「死神には死神のルールがある。それは、運命とか天命とか言うかもしれない」
「だからこそ、逆らうと罰が下るのか」
超能力者は、自然の摂理を無視するチカラを有するのを、阿藍は知った。
人間は運命や自然の摂理には逆らえない、という事が分かりましたネ。
しかし、エージェントはそれにも逆らえる恐ろしい存在なのです。