そして、大翔達は死神に戦いを挑みますが……。
決戦は、土曜日だった。
大翔達は昼過ぎに、桜ヶ島総合病院に集まった。
面会者用入り口で受付を済ませ、中へ入る。
休日の病院は、がらんとしていた。
入院患者のいる病棟以外、お休みなのだ。
正面入り口の自動ドアはシャッターがおり、外来ロビーの周りは静まり返っている。
大翔、悠、葵、章吾、有栖、阿藍の六人は、ロビーのソファに陣取った。
「母さんの手術は、今夜だって聞いてる。死神が狙ってくるのは、絶対にその時だろう」
ひっそりとしたロビーに、章吾の声が響く。
「そうだな。……死神はそういうものだし」
「奴らが姿を表すのは、日没後。恐らく手術の最中か、終わった直後に、仕掛けてくるはずよ」
やけに淡々とした口調で、有栖は言う。
「来ないって事は、ないのかな……?」
遠慮がちに、悠が言う。
「手術ばっちり成功して、お母さん元気になってさ。
それを見た死神も、あ、これは違うかな~……なんて言って、帰っちゃうの」
「ない。ほとんど見込みのない手術だって、医者から聞いてる」
まるで感情のこもらない、事実を告げるだけの声。
章吾の話し方に、大翔は何だか違和感を覚えた。
「せめて、俺に治癒の能力があればいいのだがな。彼女も連れてくればよかった」
阿藍が眉をひそめる。
「いい加減にして、章吾。あなたがそんなに思い詰めるなんて、どうしたの?
治るって信じないの?」
有栖は章吾に対し、冷たくも穏やかに言った。
彼女に怒りの気持ちはなく、ただ、章吾を説得したいという気持ちだけがあった。
「すまない、有栖、俺は選んだんだ。いくら姉でも、これだけは……譲れなかったんだ」
「章吾……」
だが、有栖の声は、章吾には届かなかった。
有栖はがっくりと肩を下ろした。
「それで作戦なんだが……奴らが現れたら、お前らで
「誘き出す?」
「ああ。死神どもは複数でやってくるはずだ。一匹では、狩れないと踏んでるだろうしな」
章吾は挑戦的に笑った。
「一匹一匹、ばらばらに来られると目障りなんだ。二ヶ所に集めて始末したい」
まるで害虫駆除の話のような口ぶりで言いながら、院内図を指した。
「誘き出す場所は、屋上がいいだろう。広いし、人も近づかないからな。
カギはあらかじめ俺が入手して開けておく」
「章吾と有栖は、どうするんだ?」
「俺と有栖は母さんの傍――手術室の敵を見張る。
お前らが奴らを引き付けるのを確認したら、先に屋上へ行ってる。
その後は……俺と有栖が何とかする」
「何とかって……具体的には?」
葵が口を挟んだ。
「そこが一番大事な部分でしょ? 死神をやっつける方法がないまま、その作戦は成立しないわ」
「安心しろ。超能力者がいるじゃないか」
「俺は却下」
「なんで私を信じないのよ、章吾。私は……あなたの姉なのに」
「……そうだな」
章吾は、有栖の言葉に僅かに揺らいだ気がした。
「さ、問答無用、円陣組みなさい!」
有栖の言葉で、六人は円陣を組む事になった。
しかし、いつもの結束は、なかった。
病室に案内された大翔達。
「……大翔君に、悠君に、葵ちゃんに、お兄さんね。わざわざお見舞い、ありがとう。
いつも有栖と章吾から話は聞いてるわ」
有栖と章吾の母は入ってきた四人に笑顔を向けた。
綺麗で、優しそうな女性だった。
体に刺した管がなければ、もっと綺麗なんだろうなって思う。
ベッドに横たわった彼女を見て、不機嫌だった葵も、怒りは消えたようだった。
気づかわしげに有栖と章吾を見た。
章吾は一人、部屋の隅に立ったまま、背中を向けて顔を背けている。
有栖はそんな弟を、悲しそうな目で見ていた。
「……気にしないで。友達の前でお母さんといるの、恥ずかしいんでしょう」
有栖と章吾の母はくすくすと笑った。
「みんな、いつも有栖と章吾と遊んでくれてありがとう。
有栖はしっかり者だし、章吾は素直じゃない子でしょう?」
お見舞いのお菓子を渡しながら、大翔は頷いて……あ、いや、と首を振った。
「素直かどうかは分かんないけど……章吾は凄い奴です。有栖も、不思議な魅力を持ってます」
「そうかしら?」
「うん。何でもできるんだ。すっげえよ。運動も勉強も、学校トップなんだ。
有栖だって、互角かもしれない」
「それだけじゃない?」
「それだけって?」
「運動と勉強くらいしか、できないって事。肝心な事がダメな子で、心配してるのよね。
有栖がそこら辺を補ってくれるけど」
有栖と章吾の母は、困ったように溜息を吐いた。
大翔は、ああ、お母さんなんだ、と思った。
自分の子供の事だから、ケンソンしているのだ。
「謙遜じゃないの。私は、章吾より大翔君の方が、凄いと思ってるのよ。
章吾は、有栖がいなきゃ半人前だから」
有栖と章吾の母は大翔の心を読んだように言った。
大翔は返事に困った。
「……お世辞なんていいって」
「本当よ。有栖の話からだけでも分かるもの。
……本当に大事なところで、大翔君の方がいつも上を行っていて、章吾はちっとも敵わない。
章吾はそれが悔しいから、あなたをライバルだって認めてるのね。
有栖は、そんな双子の弟を精神的に支えたいのよね。ああ見えても有栖は、優しいんだから」
大翔の方が上を行っている?
そんなもの、あるはずなかった。
……大翔はちらりと有栖と章吾を見た。
有栖は僅かに笑みを浮かべ、章吾は顔を背けて、黙ったままでいる。
「……一つ、みんなにお願いがあるんだけど、いいかしら?」
お見舞いを終え、部屋を出る前、有栖と章吾の母が言い出した。
「考えてたの。これから有栖と章吾がもっと体が大きくなって、
力も強くなって、反抗期とかになったら、どうしようって。
私、この通り体が弱いでしょう? 腕力と持久力じゃ、とても敵わないもの」
有栖と章吾の母は、考え込むように首を捻った。
大翔はやっぱり、ああ、お母さんだ、と思った。
自分の手術の前なのに、頭の中は、有栖と章吾の事ばかり。
「だから、その辺、みんなに頼みたいのよ。
もしもこの先、あの子達が何か、分からない事を言い出したらね。
その時は、遠慮する事はないわ。私に代わって、あの子達を……」
有栖と章吾の母は、拳を握ると……にやりと笑って宙に振るった。
「ぶん殴っちゃって」
窓から射し込む光が、夕焼けの朱に染まっていく。
大翔、悠、葵、阿藍の四人は、有栖と章吾を病室に残し、
一度面会カードを返して病院を出て、それから、すぐに引き返した。
頭を低くし、抜き足差し足で、面会者用入り口の受付下を潜り抜ける。
受付のおばさんも、まさか子供と超能力者が夜の病院に忍び込もうとするだなんて、
思わなかっただろう。
四人は病院内を歩いて、死神を誘き出すルートを確認した。
内科、外科、眼科……各科の診療室、X線検査室、CT撮影室、
内視鏡室……人に見つからないよう注意しながら、探索して回る。
患者の家族である有栖と章吾は別として、大翔達は見つかったら摘まみ出されてしまう。
「……よし、ここは俺がやろう」
阿藍は光を操る能力がある。
大翔達に光を浴びせると、四人の姿が消えた。
「何をしたんだ?」
「光の屈折を利用して、お前達の姿を消した。音を立てなければいいだろう」
「ありがとう」
やがて陽は暮れ、廊下は暗がりに沈んだ。
非常灯の明かりと、大翔達を包む光が、ぼんやりと浮かび上がっている。
下調べは済んだ。
どういうルートで走るか、細かく打ち合わせた。
だが、準備万端なのに……大翔の胸の中の不安は、どんどん大きくなってくるばかりだった。
阿藍もまた、鬼がいないかどうか、不安だった。
20時を過ぎた。
有栖と章吾の母の手術が始まる時だ。
「……出てきやがったぞ」
二階の窓から敷地を見張っていた大翔は、窓から外を指差した。
空にはぽっかりと満月が浮かび、窓越しに廊下を照らし出している。
桜ヶ島総合病院の敷地の周りは、緑の植え込みで囲まれている。
その植え込みの陰から、ぽつ、ぽつ、と……まるで水面に墨汁でも垂らすように、
ローブを纏った人影達が、次々と滲み出てきた。
「……金谷さんの言った通り、たくさんいる……」
悠が呻き、大翔と阿藍は頷いた。
死神達は、敷地のあちこちから沸いて出ていた。
同じような人影が十数体はいるだろうか。
誰からともなく正面入り口へ集まっていき、輪になり、頭を突き合わせている。
「何を相談してるのかしら……」
葵が眉をひそめた。
彼女の言う通り、死神達は、何かを話し合っているようだ。
病院の建物を指差し、盛んに声を上げている。
「そりゃ、どうやって有栖と章吾のお母さんを狙うか、話し合ってるんだろ」
「そんな風には、見えないんだけど……。何か……慌ててる感じじゃない?」
「……」
葵に言われて、大翔と阿藍は改めて見返した。
確かに、死神達は、何か慌てて相談しているように見える。
「何が言いたい」
「おかしいと思う。
だって、金谷さんと金谷くんのお母さんの事は、今更慌てるような事じゃないはずでしょ?
死神達にしてみれば、準備万端だったはず」
「じゃあ、なんであいつらは慌ててるっていうんだよ……?」
「つまり……死神達にとって、何か想定外の事が起こってるって事じゃない?」
「鬼だな?」
「うん、お兄さんの言う通りだと思う」
悠が呻いた。
彼の顔色が真っ青になっている。
「……あたしも悠に賛成。死神達の様子が、想定と違うわ」
葵が唸った。
「大翔、お兄さん。……作戦、中止にすべきかもしれない」
「分かっている。鬼ではない事からも分かっている。……鬼が絡んでいる」
阿藍も病院から引き返す事を命じるが、大翔は首を横に振った。
ここまで来て撤退するなんて、大翔には考えられないからだ。
すると、固まっていた死神達が、病院の正面入り口に向けて、走り始めた。
「仕方ないな。とりあえず、死神を追いかけるぞ」
四人は階段を駆け下りた。
正面入り口から通じるロビーへ向かい、四人はロビーへ飛び込んだ。
明かりと非常灯にぼんやりと照らされた、だだっ広いロビー。
その暗がりの中に、一体、佇んでいた。
真っ黒なローブ姿の小さな人影だ。
直感的に分かった。
その死神は、図書館からの帰り道、大翔達を尾けてきたのと同じ奴だった。
「光よ!」
死神が声を発そうとすると阿藍が光を放ち防いだ。
と、シャッターの降りた自動ドアの向こうから、別の死神が現れた。
先の死神と同じ姿だが、サイズが少しだけ大きい。
見る間に数が増え始めた。
三体、四体……次々にドアをすり抜けて、ロビーに集結する。
大翔達を見ると、何か大声で叫び始めた。
「……いいな? 作戦通り行くぞ」
大翔は腰を落とし、頷きかけた。
悠、葵、阿藍が頷き返す。
と、死神の一体が前へ進み出た。
他の死神よりも二回り大きい。
羽織っているローブの色も、黒ではなくワインレッドだ。
ローブから腕を出した。
骨の指で四人を指差しおぞましい声で何か呟いた。
大翔の体の中が、一瞬、凍りついたように冷たくなった。
全身の血に水を注ぎ込まれたように。
「……!」
気がつけば、大翔は蝋燭を手に持っていた。
自分の左手が、いつの間にか、蝋燭の載った黒い燭台を握り締めている。
小さな小さな火が、蝋燭の左端に灯っている。
横を向くと、悠、葵、阿藍も同じだった。
燭台の取っ手を掴んだ二人の顔が、みるみる青ざめていく。
対して、阿藍は全く動じていなかった。
「お兄さん、平気なの?」
「……」
阿藍は黙して語らない。
―ヒュウッ
隙間風が吹いた。
蝋燭の火が、ちろちろと揺らめいた。
大翔は慌てて、右手で火を庇った。
病院の、死神に火を消され、息絶えた男の姿が頭をよぎる。
全身から冷や汗が噴き出した。
蝋燭を庇う大翔達に、死神が高らかに笑った。
「あれは……」
ふと、ロビーの中ほどに置かれた、ホワイトボードに目が行った。
普段は病院のお知らせが書かれているものだ。
真っ赤なマジックペンで、書き殴られていた。
死神ごっこのルール
ルール1:子供は死神から逃げなければならない。
ルール2:死神は子供を捕まえなければならない。
ルール3:能力者は、何をしても構わない。
ルール4:子供と能力者は、死神を一ヶ所に集めれば勝ち。
ルール5:蝋燭の火が消えた者は……
……さっきまでは書いてなかったはずだ。
最後に書かれたルールを見た阿藍は、鋭い目になった。
「ルール6:友達を捨てた子供が優勝」
「……ふざけるな」
阿藍が吐き捨てると、死神達はもう大翔達に構わず、ロビーを奥へ進んでいこうとしていた。
その前へ、大翔は立ちはだかり、阿藍は彼の後ろに立つ。
「……行かせねえぞ。有栖と章吾のお母さんのとこには」
必死に睨みつける大翔に死神達が顔を見合わせた。
二言三言、何か話し合う。
それから二手に分かれ、半数が四人に向き直ってきた。
「悠、葵、そこのお前、行くぜ! 絶対に、蝋燭を落とすなよ!」
「……この追いかけっこは酷いよぉ……」
涙目になった悠の左手で、燭台がかたかたと震えている。
「だったら、倒せばいいんだ……」
「息を吹きかけるな! 手で火を庇うんだ! 行くぞ――走れっ!」
大翔は燭台を体の前に掲げ、くるりと背を向けて走り始めた。
「ムチャだよぉお」
泣きながらも走り去っていき、葵も別方向へ走り始めた。
死神達は、分かれて追ってきた。
大翔と阿藍についた追っ手は二体。
廊下の上を、滑るように迫ってくる。
階段を上がり、大翔は走る速度を上げた。
蝋燭の火が、ちろちろと揺らめく。
慌てて、大翔は速度を落とした。
あまり速く走ると、風圧で火が消えてしまう。
曲がり角を折れた。
長い廊下が続いている。
予定のコースだった。
―ビュウウウウウウウウッ
「無茶をするなよ」
阿藍が冷静に言う中、大翔は唖然とした。
風が吹いていた。
廊下向こうの窓が全開になって、外から風が吹き込んでいるのだ。
風を受け、蝋燭の火が激しく揺らめいた。
大翔は必死に、体全体で火を庇い、阿藍は光の力で風を防ぐ。
後ろから死神達が追ってきた。
前方に強風、後方に死神……捕まれば、どちらにしろ終わりだ。
右手と上半身で火を庇うようにしながら、大翔は廊下を走ると、つるっーと、足が滑った。
しまった、と思う間もなく、大翔の体は廊下に叩きつけられた。
とっさに全身をクッションにして、左手の燭台だけは衝撃を逃がし、火が揺れる。
ノータイムで立ち上がり、阿藍と共に廊下を駆け抜けた。
開いていた窓を叩き閉めた。
火は無事だった。
小指の先ほどの大きさで、燃え続けている。
大翔はぜえぜえと息を吐いた。
「待て、大翔」
阿藍に言われて振り向くと死神達はまだ遠かった。
全く、距離を詰めてこない。
まるで大翔と阿藍の走りに合わせているようだ。
距離を詰め過ぎず、話し過ぎず、追ってきている。
本気で二人を捕まえる気がないのだ。
こいつらは、あえて誘き出されている。
大翔達が向かう場所へ……そこにいるはずの奴らに用があって。
「……こいつらの狙いは……」
「有栖、章吾……!」
死神の狙いは、まさかの金谷姉弟だった!?
次回はもう一つの敵との対決です。