性格は、多分荒井先生よりは落ち着いていると思います。
「目的地まで、ドライブだ」
荒木先生は、ダッシュボードの上に置かれた招待カードを、ぴん、と指で弾いた。
「裏面に地図が載っていた。誕生会の会場は、郊外の森の奥にあるらしい。
随分とまあ、辺鄙なところでやるもんだな」
言って、ぐるっ、とハンドルを回す。
―ガタン! ガタタン!
車は上下に揺れながら九十九折の道を走っていく。
何十年ものの中古車らしい。
大翔と有栖は助手席、悠と葵は後部座席に座って、
ジェットコースターに乗る時のような顔をして、ドアの上の取っ手にしがみついている。
琉球エージェントがテレポートで来たのは、それから数分後の事だった。
超能力者の前では、どんな距離も意味をなさないらしい。
「ちょっとポンコツだが、何事も気分次第だ」
荒木先生が言った。
「俺はこの車を、“タイタニック”と名づけた。実在した、豪華客船の名前なんだ。
そうやって呼ぶと、オンボロ車も豪華な車に思えてくるだろ?」
「「「来ない」」」
「タイタニックは、沈没した船よ」
調子の良い事を言う荒木先生に、エージェントは冷静に指摘する。
「作戦の確認だ」
荒木先生は、こほんと空咳をついた。
エージェントには呪符がなくても一人一つの超能力があるため、荒木先生の話をスルーした。
気づけば、辺りはすっかり山の中だった。
対向車も後続車も、しばらく目にしていない。
曲がりくねった道路を、荒木先生のオンボロ車だけが走っていく。
ガードレールの向こうの下には、深い森が広がっている。
霧が出てきたのか、森の向こう側は見えない。
「完全に鬼になった人間を元に戻す呪符は?」
沈黙を破って、葵が訊いた。
「ない」
荒木先生は即答した。
「完全な鬼になったらもう人間に戻す事はできない。だからその時は、お前らは逃げろ」
「その必要はないわよ。アタシ達がいるんだから」
「そ、そうだな」
織美亜は艶めかしい笑みを浮かべる。
エージェントには呪符を凌ぐと言われる超能力があるため、荒木先生は頷いた。
その時だった。
―パンッ
突然、車がスピンした。
ガラス越しの景色が、ぐるっと横に流れる。
「なんだっ!?」
荒木先生が慌ててハンドルを押さえつけた。
ガードレールに激突しそうになるのを堪える。
タイヤが一つ、破裂したらしい。
「アタシが治せるのは、生きた人の傷だけ! タイヤまでは……!」
車は手負いの馬のように、鼻先を右に左にぐらぐらと揺らしながら、道路を突っ切っていく。
―ブツッ……ザザザ……
ラジオがノイズ音を立て始めた。
出発前につけようとした時には、壊れていたのに。
少しして、オルガンの音が響き始めた。
聞き慣れたメロディ。
誕生日に歌う定番の曲、“ハッピーバースデートゥーユー”だ。
陽気な音楽をBGMに、これもまた聞き慣れた声が響いた。
『れでぃーす・あんど・じぇんとるめん! 招待状を受け取った
本日は「新生・黒鬼 お誕生会」に、ようこそおいでくださいました!
遠路はるばる人間界までお越しいただき、誠にありがとうございます!
現・黒鬼のヤローに頼まれたんで、司会進行は地獄でも最強最悪の悪鬼こと、
このツノウサギさんが担当するぜ! よろしくな! キャキャキャキャキャ!』
大翔達は、顔を見合わせた。
「どこにでも出て来るな、あいつ……」
「イベントごと、好きそうだもんね……」
「なんかもう、ありがたみもないわね……」
「変な奴」
子供達は好き勝手に言った。
『そんでだね。はるばる人間界まで来てもらっておいてなんだけど、
肝心の、新・黒鬼くんの準備がまだなんだ。おめかし中ってとこ?
鬼の晴れ姿をお披露目できるようになるまで、もーちょっと時間がかかるんだって。
そんなわけで、先に始めちゃおうぜ! 腹ペコのみんなに、申し訳ないしな!
バーッと飲んで、食べてってくれ! キャキャキャ!』
「……これ、私達に向けて喋ってるんじゃないわね」
有栖が腕を組んだ。
「『人間界までお越しいただき』とか『人間界まで来てもらって』とか、
何だか言い回しがヘンだもの。別の誰かに向けて喋ってるみたい」
「お、お誕生会だもんね。僕達以外にも、招待客がいるんじゃないかな……」
悠が青い顔で頷く。
「な、仲良くなれそうな子達だといいな……」
「いいえ」
『それでは、お食事のご案内だぜ!
今回のお誕生会のお食事は、各自で食べ物を取り分ける、ビュッフェ形式になるぜ!
なお、肉が車型の容器に詰まって、会場端の道路を走行中!
お肉の種類と重量は以下になるぜ! 量が少ないから、早い者勝ちなんだぜ~!
『のんびり屋の男子小学生の肉』『頭のいい女子小学生の肉』
『気が強い女子小学生の肉』『バカな男子小学生の肉』……各 約40kg
『生き残った元・体育の先生の肉』……約80kg 『不思議な力を持つ四人の肉』……約60kg
そんじゃ、新・黒鬼の準備ができるまで、楽しんどいてくれよな! キャキャキャ!』
ブツッ、と、ラジオは途絶えた。
車内に沈黙が落ちた。
エージェントは、ぐっと拳を握り締めている。
(こうしている間にも、黒鬼化は進んでいるかもしれないからな)
リアガラスの向こうを見て、口元を引きつらせている。
「今度は何だよ?」
大翔は振り向いた。
ガタガタ走るオンボロ車の、ずっと後方。
後続車が1台、走ってきていた。
ただの車ではなく、牛車だった。
箱のような屋に大きな車輪が2つついていて、牛に引かせる車。
その車を引いているのは、牛ではなく、牛鬼だったが。
『はっぴばーすでー とぅー ゆぅー! はっぴばーすでー とぅー ゆぅー!
はっぴばーすでー でぃあ 黒鬼章吾くぅ~ん! はっぴばーすでー とぅー ゆぅぅー!』
牛の頭に蜘蛛のような脚を持っていて、何故か歌う事が好きな牛鬼。
音程ズレまくりなハッピーバースデートゥーユーを歌いながら、牛車を引いて走ってくる。
屋形部分に吊り下げられた和紙に、こう書かれていた。
【新・黒鬼様 お誕生会招待客御一行 鬼たくしー】
「……あっちが本当の招待客みたいだな」
「ああ……」
大翔と阿藍はぽつりと呟いた。
「仲良くなれそうな子達だといいわね」
屋形のすだれがひらっと揺れて、中が覗けた。
中には鬼達が乗っていた。
でっぷりと太った餓鬼が三匹。
「……仲良くなれそうな子達だといいわね」
麻麻はもう一度呟いた。
悠は現実逃避に、瞑想を始めている。
「このままじゃ、追いつかれるわ!」
「分かっている」
牛鬼の走るスピードは速かった。
カーブをぎゅんぎゅんドリフト走行で曲がりながら、みるみるこちらの車に迫ってくる。
「先生、スピード上げてくれッ!」
「ああ! しっかり掴まってろよ! 全速前進ッ!」
荒木先生はシフトレバーをがしゃんと倒すと、アクセルを全開で踏み込んだ。
車は、ぐんとスピードを上げた。
ぐねぐねと曲がりくねった山道を、滑り落ちるように走っていく。
「わわわわわっ!」
「ちょ、ちょっと! 危ないわよっ!」
「なんて速さ……!」
「先生、スピード下げてくれッ!」
「大丈夫だ! 大船に乗ったつもりでいろ!」
「だって、具体的には?」
「タイタニック!」
「だからそれ沈没したんだっつうのッ!」
車が左右に揺れまくる。
子供達は必死に、取っ手に掴まって堪えた。
エージェントは精神を集中し、揺れないようにしている。
荒木先生が豪快にハンドルを切る。
完全に船の操舵か何かと勘違いしているが、流石に元・体育教師で、運動神経は並ではない。
車はみるみる鬼タクシーを引き離していく。
「ほら見ろ、大丈夫だろ?」
荒木先生は得意げに笑った。
―……ブロロロロロ、プスン、プスンプスン
途端、エンジンから異音がし始めた。
―ガタンッ、ガタタンッ……
車体が小刻みに揺れ始める。
振り切れていたスピードメーターの針が、ゆっくりと元に戻っていく。
「…………あちゃあ」
「こ、今度はどうしたのよ!?」
「また追いつかれちゃうよう!」
「何か問題でも?」
「先生、スピード上げてくれッ!」
「すまない、壊れた。いきなり全力出させたから、エンジンがいかれたらしい」
どことなく楽しげに宣言した。
「この船は沈没する!」
「タイタニックじゃねえかあっ!」
―……プスプスン!
―……ぷすんぷすぷすぷす……がくんがくがく、がっくんがっくがく……
エンジンの空回り音が大きくなり、車体が激しく揺れ始めた。
気筒からもくもくと煙が上がる。
車がみるみるのろくなっていく。
再び追い上げてきた牛鬼が、前脚を道路につくとジャンプした。
―がしんっ!
こちらの車に、乗りかかってきた。
前脚の爪をトランクに食い込ませ、連結したように走ってくる。
ぐいと顔を寄せ、リアガラス越しに車内を覗き込んだ。
しつこくハッピーバースデートゥーユーを歌いながら、口の端からボタボタとヨダレをこぼす。
牛鬼が前脚を振り上げると、阿藍が光のバリアを張って攻撃を防いだ。
二撃目も、的確に光のバリアを張って防ぐ。
「二人とも、呪符をっ!」
「こんな状態で書けないわよっ!」
「集中できないよおっ!」
「くそっ……!」
「お兄さん、お姉さん、無事でいて!」
大翔は慌ててデイパックを探った。
阿藍は超能力でリアガラスを守りながら、牛鬼の攻撃を凌ぐ。
と、屋形の簾が上がった。
中にいた餓鬼達がギャハギャハと笑いながら、牛車の引き手の木の上を渡ってきた。
トランクに登ってくる。
ヨダレを垂らしながら、座席に屈み込んだ悠達を見下ろす。
牛鬼がコブシを入れて歌い上げた。
『Bad birthday to Youゥゥゥ~~~~♪』
そのフレーズだけは、音程も完璧でとても上手かった。
餓鬼が、握り締めた棍棒を振り上げ、リアガラスを破壊しようとした。
「させない!」
麻麻が電撃を放ち、餓鬼を退けていく。
流石は超能力者、こんな時でもしっかり鬼に対応する事ができる。
「お前ら、しっかり掴まって歯を食いしばれ!」
荒木先生が叫ぶと同時に、ハンドルをねじ切るように勢いよく回転させた。
サイドブレーキを引き窓の向こうの景色が流れた。
車が、ぐるん、とコマのようにその場で旋回した。
トランクにとりついていた鬼タクシーも、巻き込まれるようにぐるんと回る。
二台そのまま後ろから道路を突き進んでいき……。
―ガッシャアアアアンッ!
ガードレールに叩きつけられた。
シートベルトが閉まり、息が詰まった。
鬼達が衝撃でガードレールの向こうへ投げ出されていく。
屋形が落ちかけ、牛鬼も、めくれたガードレールの向こうへ引きずられていく。
爪を立て、こちらの車を引っ張ってくる。
大翔はスリングショットを撃った。
牛鬼は悲鳴を上げながら前脚を離した。
「Bad birthday to Me~~~~♪」
悲しげに歌い上げながら、ガードレールの向こうへと落下していった。
大翔は、ほっと胸を撫で下ろした。
「……歌唱力の成長を感じるな」
「みんな、無事か?」
がっくりとハンドルにもたれかかっていた荒木先生が振り返った。
「ばっちり無事だ」
後部座席で阿藍が胸を張る。
超能力で、リアガラスの破壊を防いだからだ。
大翔達はシートベルトを外して、車を出た。
車のエンジンは、もううんともすんともいわない。
「もう廃車か。また車、買わなきゃな……」
「今度はタイタニックじゃなくて、別の名前つけた方がいいと思うよ……」
「ちなみに世界最古の沈没船の名前は、ウル・ブルンというらしいわよ」
「アオイ、今、その知識いらないよね……」
「そうよねえ」
「……みんな。まだだ」
煙を上げる車を見て言い合う四人と、様子を見ているエージェントに、大翔は低い声で告げた。
何故なら――そこに、「彼」がいたからだ。
次回は新たな鬼が登場します。
そこで、子供達は試練に立ち向かう事になるでしょう。