琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

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ここから、鬼退治が始まります。
子供でも鬼に対抗する事ができるんだ、と表現しました。


7 荒木先生

 鬼のうろつく昇降口を避け、東棟の体育館通路を通って校庭に出た。

 大翔達が校長室に行っている間、皆は何とか脱出しようと悪戦苦闘していたようだった。

 針山に土をかけて埋めようとして諦めた後や、

 フェンスに玉入れカゴの棒を立てかけ、渡ろうとして折った後。

 校門の錠前は、壊そうとしても傷一つつかず、

 門の上側の熱せられた鉄棒は、水をかけてもまるで冷えない。

(『元素』の能力で水を操って凍らせれば、何とかできるがな……)

 能力者ならばあっさり解決できるだろうが、今は脱出できる能力を持つ者はいない。

 げんなりしていた子供達は、大翔達が荒木先生、孝司、織美亜、狼王を連れて戻ると、

 歓声を上げて出迎えた。

 電話が通じない事だけは残念な知らせだったが、

 それよりも、孝司の無事と、先生が仲間に加わった事が、皆を元気づけた。

 

「みんな、遅くなってすまなかった。怖い思いをさせた」

 校庭の隅、砂場の傍。

 荒木先生を中心に、皆で円になって座り込んだ。

 体育座りで先生を囲んでいると、今が体育の授業中のように錯覚しそうになる。

 先生は一人一人の顔を、じっと見回した。

 怯えていた生徒達の目を、しっかりと覗き込んだ。

「正直、今、この学校で何が起こっているのかは、先生にも分からない。

 だが、お前達の事は、先生が守る。お前達を鬼に食わせたりしない。約束だ」

 ――もう、大丈夫だ。

 そう言って、勇気づけるように頷いてみせた。

 学校は不思議な力で地獄のようになってしまった。

 だが、先生の言葉にも、不思議な力があるような気がした。

 聞いてると、勇気が湧いてくるのだ。

 荒木先生はそういう先生だった。

 子供達の人気者だった。

 先生は皆を勇気付けると……今度は一転、険しい顔で見据えた。

 その迫力に、織美亜と狼王以外はビビって俯いた。

「……だからもう絶対、あんな無茶な事をするな。させるんじゃない」

「でも、先生……」

「でもじゃない。何考えてるんだ。子供だけで、勝手な事をするな」

 あの後、大翔達が鬼の存在を知りつつ校長室まで行った事を話すと、

 荒木先生は「馬鹿野郎」と怒鳴った。

 日頃優しい荒木先生にそんなに怒られて、三人は鬼よりむしろそっちの方がショックだった。

 褒めてもらえると思っていたのに。

「もちろん、大場、宮原、桜井……校長室まで行った勇気は、凄い事だ」

 先生は、しゅんと俯いた大翔達を見ると、口の端でちょこっと笑った。

 慌てて口元を引き締めると、こう言った。

「だが、お前達がしなければいけないのは、自分の身を守る事だ。

 危ない事は、先生達に任せていろ。大事な教え子を失ったら、俺は耐えられん」

「……はい」

「分かればいい」

 顔を上げると、荒木先生は、ふうっと一仕事終えたように息を吐いていた。

 彼は、本当はこういう説教をするのは苦手なのだ。

「お疲れ様」

「ああ、お疲れ様」

 能力者は、そんな荒木先生を優しく慰めた。

 

「でも、先生、凄かったじゃない! 先生がいれば、鬼なんてイチコロだよ!」

 静かになった皆の中、声を上げたのは孝司だった。

 孝司は日頃は大人しいタイプだ。

 女子からの評判が、決まって「孝司君って、優しいよね」というタイプ。

 孝司は、いつになく興奮しているようだった。

 勢い込んで話し始めた。

「あの時さ。僕、職員室に入ったら、いきなり牛鬼のヤローに襲われたんだ!

 飛びかかられて、必死で逃げようとしたんだけど、爪で引っ掻かれてさ。

 あ、すぐにお姉さんが治してくれたけど」

「うふふ、どういたしまして」

 織美亜は口に手を当てて笑う。

「そして、茶髪のお兄さんが鬼と戦ってた時、荒木先生が飛び込んできたんだ。

 で、こう叫ぶわけだよ。

 『俺の大事な生徒に何をする! この化け物めっ! 生徒は俺が、命に代えても守るっ!』」

「茶髪のお兄さんは、オレか」

 ピュウッと和也が口笛を吹いた。

 すっげー、かっこいー、熱血教師だー、と声が続いた。

「おい、そんな事を言った覚えはないぞっ。話を盛るな、伊藤っ」

「えー、いってたよー」

 厳しい顔をしていた荒木先生は一転、顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。

「言ったっけ……」

 自信なさそうに首を傾げた。

 聞けば、先生も生徒達と感じく、知らないうちに眠っていたらしい。

 目が覚めた時には、体育館にいた。

 不思議に思いながら職員室に戻ると、変な鬼が変な歌を歌っているし、

 生徒は襲われているし、で――ぷっつんキレた。

 一直線に牛鬼に突っ込んでいくと、そのままブンッと一本背負いで、床へ叩きつけてしまった。

 このおかげで、弱っていた牛鬼はばたんきゅ~したらしい。

「……なんだよ、先生。オレ達には無茶するなって言っといて、自分はムチャクチャじゃん。

 鬼に一本背負いって」

 和也が言うと、みんな噴き出した。

 そうだ、そうだ、と囃し立てる。

「先生はいいんだ。大人だからな」

 言っている事と裏腹に、子供のように唇を尖らせている、荒木先生。

「えー。ずりぃよー」

「先生、そんなに強かったんだ。知らなかったなー」

「私、聞いた事がある。学生時代に、柔道と剣道の大会でベスト8に行ったんだって」

「マジで?」

「凄い! 先生、超かっこいいー!」

 女子達が黄色い声を上げ、荒木先生はますます居心地悪そうにそっぽを向いた。

 ややあって、ぼそりと訂正した。

「……剣道の方は、ベスト4な」

「ま、鬼なんて、大した事ないって事だよ。先生の一本背負いで、伸びちゃってたもんね。

 お兄さんも大きな斧を振り回して、かっこよかったな」

 何故だか自分が得意そうな顔で、孝司が言う。

「マヌケな顔してやがったしさ! 牛面だぜ」

「そのマヌケな鬼に、あんだけ悲鳴上げてたのはどこのどいつだっつーの」

「驚いただけだって!」

 和也が茶々を入れ、皆がどっと笑った。

 孝司は、顔を赤くした。

 さっきまでの張り詰めた空気は、すっかり軽くなっていた。

 先生がいるだけで、皆、緊張がほぐれて笑顔になっている。

 大翔も同じだった。

 胸の奥に沈んでいた塊が消えたみたいだ。

 元気が湧いてくる。

 やれる気がする。

 

(能力者は絶望を希望に変える事ができるわ)

(それがエージェントの役目だからな)

 

 はしゃいでいる皆の中で。

 様子の違う人物が二人いるのに気づいた。

 章吾と悠だ。

 章吾は、緊張を解いていなかった。

 一人、じっと真剣な顔で校舎の方を見やっている。

 皆笑っていても交じらないのは、孤高の天才の章吾らしい。

「まったく、章吾ったら……」

 そんな弟を呆れた目で見ていたのは、彼の双子の姉の有栖だった。

 そして……悠は、不安そうに、はしゃぐ皆を見つめていた。

 その顔色は青ざめていて、抱えた膝が、かたかたと震えている。

「……どうしたんだ?」

 大翔が聞くと、悠はふるふると首を振った。

「何だか……嫌な予感がするんだ……」

「……嫌な予感?」

 悠は頷いた。

 それきり、黙りこくってしまう。

 悠は気が弱いし、肝試しも大の苦手。

 だが……直感は、妙に鋭いところがあった。

 

 大翔と雄が一緒に遊んでいた時の事だ。

 「ここ、嫌だ」と悠が突然言い出した事があった。

 ずっと昔、そこは近所の裏山で、それまでも何度も遊んでいた場所だった。

 遊びに夢中になってた大翔が何を言っても、悠は「嫌だ、ここいたくない」と聞かなかった。

 仕方なく、場所を変える事にした。

 

 大きな崖崩れで、その辺りが土に埋まった事を知ったのは、しばらく後の事だった。

 悠の嫌な予感に、大翔は命を助けられている。

「へぇ、悠ってある程度の予知能力があるのね。アタシ、見直したわ」

「初対面に言うんじゃない」

 

 と――男子達の間で歓声が上がった。

「俺も行くぜーっ」

 何人かが騒いで、荒木先生が慌てている。

「おい、お前ら、遊びじゃないんだ!」

 周りを取り囲む男子達に注意するのだが、今度は全然迫力がない。

「相手は未知の化け物なんだ! 子供に退治なんてさせられるか!」

「えー。ずりぃよー」

「子供差別反対!」

「さっきも言ったろう! お前らにケガでもさせたら、親御さん方に申し訳が立たん!

 これは先生の仕事だ!」

「先生の仕事に鬼退治があるなんて、みんな聞いた事ないよなー?」

「先生、大学で鬼退治習ったのかよー? 習ってないなら、オレらと同じじゃんー」

「屁理屈をこねるなっ!」

「先生が怪我しちまったら、俺らだって、先生の奥さんに申し訳立たねー。

 あ、先生、結婚まだだっけ。おーい女子、誰か結婚しねー?」

「うーん、荒木先生はカッコいいけど……歳が違いすぎるからパスかなぁ……」

「かっこよすぎて彼氏ができなかったら考えちゃおっかなー」

 わいわい盛り上がる皆に囲まれ、哀れ、荒木先生は泣きそうになっている。

 

(……鬼退治、か)

 大翔は体の横で拳を握り締めた。

(そうだ、逃げ回っているだけじゃない。鬼ごっこなんて終わりにしてやれ。

 俺達で、鬼どもを、やっつけてやるんだ)

「こんな大事な事、先生一人に任せておけるかっつーの。な? みんなっ」

「だよなーっ!」

「お前ら……」

 荒木先生は、懇願する皆を鋭い視線で睨みつけた。

 じっと、視線だけで射抜くように。

 みんな、じっと、その視線を受け止めた。

 

「……はぁ」

 目を逸らしたのは、荒木先生の方だった。

 諦めたように溜息を吐いた。

「……無茶だけはするなよ」

 よっしゃあ、と歓声が上がった。

「鬼なんてぶちのめしてやろうぜ!」

 みんなが騒ぐ。

 

「……駄目だ……」

 悠だけは、その輪に加わらなかった。

 青ざめたまま、口の中で何度も呟いていた。

「駄目だよ……。鬼に手を出しちゃ駄目なんだ……」

「なんで駄目なの?」

 それが気になった織美亜は、悠に声をかける。

 まるで、そんな事など全く気にしないように。

「たとえ鬼を倒したとしても、別の大きな鬼がやってくるかもしれないんだ。

 RPGで例えるなら、雑魚の後にボスが来るみたいな……」

「安心しなさい、能力者に不可能はないわよ」

「そ、そうだよ……ね……」

 織美亜は悠を元気づける。

 これは、死亡フラグでもなんでもなく、彼女が能力者であるための「強者の余裕」なのだ。




荒木先生は本当に頼りになる男です。
怪狩りのキユウ然り、ダイの大冒険のアバン然り、逆転裁判の綾里千尋然り、
師匠キャラは途中退場するのがお約束ですが……。
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