子供でも鬼に対抗する事ができるんだ、と表現しました。
鬼のうろつく昇降口を避け、東棟の体育館通路を通って校庭に出た。
大翔達が校長室に行っている間、皆は何とか脱出しようと悪戦苦闘していたようだった。
針山に土をかけて埋めようとして諦めた後や、
フェンスに玉入れカゴの棒を立てかけ、渡ろうとして折った後。
校門の錠前は、壊そうとしても傷一つつかず、
門の上側の熱せられた鉄棒は、水をかけてもまるで冷えない。
(『元素』の能力で水を操って凍らせれば、何とかできるがな……)
能力者ならばあっさり解決できるだろうが、今は脱出できる能力を持つ者はいない。
げんなりしていた子供達は、大翔達が荒木先生、孝司、織美亜、狼王を連れて戻ると、
歓声を上げて出迎えた。
電話が通じない事だけは残念な知らせだったが、
それよりも、孝司の無事と、先生が仲間に加わった事が、皆を元気づけた。
「みんな、遅くなってすまなかった。怖い思いをさせた」
校庭の隅、砂場の傍。
荒木先生を中心に、皆で円になって座り込んだ。
体育座りで先生を囲んでいると、今が体育の授業中のように錯覚しそうになる。
先生は一人一人の顔を、じっと見回した。
怯えていた生徒達の目を、しっかりと覗き込んだ。
「正直、今、この学校で何が起こっているのかは、先生にも分からない。
だが、お前達の事は、先生が守る。お前達を鬼に食わせたりしない。約束だ」
――もう、大丈夫だ。
そう言って、勇気づけるように頷いてみせた。
学校は不思議な力で地獄のようになってしまった。
だが、先生の言葉にも、不思議な力があるような気がした。
聞いてると、勇気が湧いてくるのだ。
荒木先生はそういう先生だった。
子供達の人気者だった。
先生は皆を勇気付けると……今度は一転、険しい顔で見据えた。
その迫力に、織美亜と狼王以外はビビって俯いた。
「……だからもう絶対、あんな無茶な事をするな。させるんじゃない」
「でも、先生……」
「でもじゃない。何考えてるんだ。子供だけで、勝手な事をするな」
あの後、大翔達が鬼の存在を知りつつ校長室まで行った事を話すと、
荒木先生は「馬鹿野郎」と怒鳴った。
日頃優しい荒木先生にそんなに怒られて、三人は鬼よりむしろそっちの方がショックだった。
褒めてもらえると思っていたのに。
「もちろん、大場、宮原、桜井……校長室まで行った勇気は、凄い事だ」
先生は、しゅんと俯いた大翔達を見ると、口の端でちょこっと笑った。
慌てて口元を引き締めると、こう言った。
「だが、お前達がしなければいけないのは、自分の身を守る事だ。
危ない事は、先生達に任せていろ。大事な教え子を失ったら、俺は耐えられん」
「……はい」
「分かればいい」
顔を上げると、荒木先生は、ふうっと一仕事終えたように息を吐いていた。
彼は、本当はこういう説教をするのは苦手なのだ。
「お疲れ様」
「ああ、お疲れ様」
能力者は、そんな荒木先生を優しく慰めた。
「でも、先生、凄かったじゃない! 先生がいれば、鬼なんてイチコロだよ!」
静かになった皆の中、声を上げたのは孝司だった。
孝司は日頃は大人しいタイプだ。
女子からの評判が、決まって「孝司君って、優しいよね」というタイプ。
孝司は、いつになく興奮しているようだった。
勢い込んで話し始めた。
「あの時さ。僕、職員室に入ったら、いきなり牛鬼のヤローに襲われたんだ!
飛びかかられて、必死で逃げようとしたんだけど、爪で引っ掻かれてさ。
あ、すぐにお姉さんが治してくれたけど」
「うふふ、どういたしまして」
織美亜は口に手を当てて笑う。
「そして、茶髪のお兄さんが鬼と戦ってた時、荒木先生が飛び込んできたんだ。
で、こう叫ぶわけだよ。
『俺の大事な生徒に何をする! この化け物めっ! 生徒は俺が、命に代えても守るっ!』」
「茶髪のお兄さんは、オレか」
ピュウッと和也が口笛を吹いた。
すっげー、かっこいー、熱血教師だー、と声が続いた。
「おい、そんな事を言った覚えはないぞっ。話を盛るな、伊藤っ」
「えー、いってたよー」
厳しい顔をしていた荒木先生は一転、顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「言ったっけ……」
自信なさそうに首を傾げた。
聞けば、先生も生徒達と感じく、知らないうちに眠っていたらしい。
目が覚めた時には、体育館にいた。
不思議に思いながら職員室に戻ると、変な鬼が変な歌を歌っているし、
生徒は襲われているし、で――ぷっつんキレた。
一直線に牛鬼に突っ込んでいくと、そのままブンッと一本背負いで、床へ叩きつけてしまった。
このおかげで、弱っていた牛鬼はばたんきゅ~したらしい。
「……なんだよ、先生。オレ達には無茶するなって言っといて、自分はムチャクチャじゃん。
鬼に一本背負いって」
和也が言うと、みんな噴き出した。
そうだ、そうだ、と囃し立てる。
「先生はいいんだ。大人だからな」
言っている事と裏腹に、子供のように唇を尖らせている、荒木先生。
「えー。ずりぃよー」
「先生、そんなに強かったんだ。知らなかったなー」
「私、聞いた事がある。学生時代に、柔道と剣道の大会でベスト8に行ったんだって」
「マジで?」
「凄い! 先生、超かっこいいー!」
女子達が黄色い声を上げ、荒木先生はますます居心地悪そうにそっぽを向いた。
ややあって、ぼそりと訂正した。
「……剣道の方は、ベスト4な」
「ま、鬼なんて、大した事ないって事だよ。先生の一本背負いで、伸びちゃってたもんね。
お兄さんも大きな斧を振り回して、かっこよかったな」
何故だか自分が得意そうな顔で、孝司が言う。
「マヌケな顔してやがったしさ! 牛面だぜ」
「そのマヌケな鬼に、あんだけ悲鳴上げてたのはどこのどいつだっつーの」
「驚いただけだって!」
和也が茶々を入れ、皆がどっと笑った。
孝司は、顔を赤くした。
さっきまでの張り詰めた空気は、すっかり軽くなっていた。
先生がいるだけで、皆、緊張がほぐれて笑顔になっている。
大翔も同じだった。
胸の奥に沈んでいた塊が消えたみたいだ。
元気が湧いてくる。
やれる気がする。
(能力者は絶望を希望に変える事ができるわ)
(それがエージェントの役目だからな)
はしゃいでいる皆の中で。
様子の違う人物が二人いるのに気づいた。
章吾と悠だ。
章吾は、緊張を解いていなかった。
一人、じっと真剣な顔で校舎の方を見やっている。
皆笑っていても交じらないのは、孤高の天才の章吾らしい。
「まったく、章吾ったら……」
そんな弟を呆れた目で見ていたのは、彼の双子の姉の有栖だった。
そして……悠は、不安そうに、はしゃぐ皆を見つめていた。
その顔色は青ざめていて、抱えた膝が、かたかたと震えている。
「……どうしたんだ?」
大翔が聞くと、悠はふるふると首を振った。
「何だか……嫌な予感がするんだ……」
「……嫌な予感?」
悠は頷いた。
それきり、黙りこくってしまう。
悠は気が弱いし、肝試しも大の苦手。
だが……直感は、妙に鋭いところがあった。
大翔と雄が一緒に遊んでいた時の事だ。
「ここ、嫌だ」と悠が突然言い出した事があった。
ずっと昔、そこは近所の裏山で、それまでも何度も遊んでいた場所だった。
遊びに夢中になってた大翔が何を言っても、悠は「嫌だ、ここいたくない」と聞かなかった。
仕方なく、場所を変える事にした。
大きな崖崩れで、その辺りが土に埋まった事を知ったのは、しばらく後の事だった。
悠の嫌な予感に、大翔は命を助けられている。
「へぇ、悠ってある程度の予知能力があるのね。アタシ、見直したわ」
「初対面に言うんじゃない」
と――男子達の間で歓声が上がった。
「俺も行くぜーっ」
何人かが騒いで、荒木先生が慌てている。
「おい、お前ら、遊びじゃないんだ!」
周りを取り囲む男子達に注意するのだが、今度は全然迫力がない。
「相手は未知の化け物なんだ! 子供に退治なんてさせられるか!」
「えー。ずりぃよー」
「子供差別反対!」
「さっきも言ったろう! お前らにケガでもさせたら、親御さん方に申し訳が立たん!
これは先生の仕事だ!」
「先生の仕事に鬼退治があるなんて、みんな聞いた事ないよなー?」
「先生、大学で鬼退治習ったのかよー? 習ってないなら、オレらと同じじゃんー」
「屁理屈をこねるなっ!」
「先生が怪我しちまったら、俺らだって、先生の奥さんに申し訳立たねー。
あ、先生、結婚まだだっけ。おーい女子、誰か結婚しねー?」
「うーん、荒木先生はカッコいいけど……歳が違いすぎるからパスかなぁ……」
「かっこよすぎて彼氏ができなかったら考えちゃおっかなー」
わいわい盛り上がる皆に囲まれ、哀れ、荒木先生は泣きそうになっている。
(……鬼退治、か)
大翔は体の横で拳を握り締めた。
(そうだ、逃げ回っているだけじゃない。鬼ごっこなんて終わりにしてやれ。
俺達で、鬼どもを、やっつけてやるんだ)
「こんな大事な事、先生一人に任せておけるかっつーの。な? みんなっ」
「だよなーっ!」
「お前ら……」
荒木先生は、懇願する皆を鋭い視線で睨みつけた。
じっと、視線だけで射抜くように。
みんな、じっと、その視線を受け止めた。
「……はぁ」
目を逸らしたのは、荒木先生の方だった。
諦めたように溜息を吐いた。
「……無茶だけはするなよ」
よっしゃあ、と歓声が上がった。
「鬼なんてぶちのめしてやろうぜ!」
みんなが騒ぐ。
「……駄目だ……」
悠だけは、その輪に加わらなかった。
青ざめたまま、口の中で何度も呟いていた。
「駄目だよ……。鬼に手を出しちゃ駄目なんだ……」
「なんで駄目なの?」
それが気になった織美亜は、悠に声をかける。
まるで、そんな事など全く気にしないように。
「たとえ鬼を倒したとしても、別の大きな鬼がやってくるかもしれないんだ。
RPGで例えるなら、雑魚の後にボスが来るみたいな……」
「安心しなさい、能力者に不可能はないわよ」
「そ、そうだよ……ね……」
織美亜は悠を元気づける。
これは、死亡フラグでもなんでもなく、彼女が能力者であるための「強者の余裕」なのだ。
荒木先生は本当に頼りになる男です。
怪狩りのキユウ然り、ダイの大冒険のアバン然り、逆転裁判の綾里千尋然り、
師匠キャラは途中退場するのがお約束ですが……。