くれぐれも原作のイメージを崩したくない方は読むのをおやめください。
「ちょっと待って、大翔! ストップ、ストップ!」
悠の言葉に、大翔はピタリと足を止めた。
織美亜達は、辺りを見渡す。
「また、ヤバイ感じか?」
「うん。その先は、なんとなーく、嫌な感じがするよ……」
悠が、前方の地面の辺りを指差して言う。
麻麻が、多すぎるわね、と肩を竦めた。
森の中だった。
枯葉が積もり、木々が絡まるように伸びて生い茂っていて、見通しが悪い。
地面に、特に怪しいところはなかった。
「待て、用意しろ」
「あ、ああ」
狼王に言われた大翔は、腰のベルトから木刀を引き抜くと、前方の地面に突き刺した。
慎重に押しながら歩いていくと手応えが変わった。
力を込めて押すと、バサッ……と、土が落ちる。
覗き込むと、3mほどの穴の底に、尖った竹が突き刺さっている。
「こんなワナ、引っかかるかってんだ」
大翔は、ふんっ、と鼻息を吐いた。
「オレ達は……特別な奴だからな」
森にはたくさんのワナが仕掛けられているが、
エージェントがいれば、大抵のワナは回避できるはずだ。
大翔は、空を見上げた。
真っ黒で重たそうな雲が轟々と空に広がっている。
陽は隠れ、まだ午前中のはずなのに、辺りは暗かった。
見渡す限り同じ景色の、だだっ広い森。
迷う心配はなかった。
北西の方角に、時折、花火が上がっているからだ。
ご丁寧に会場の場所を知らせてくれているらしい。
「あんまりアテにしないでね。さっきからずっと、嫌な感じがしてるくらいなんだ」
悠が、不安そうに辺りを見回した。
「ずっと?」
「うん。森に入って少ししてから、ずっと。背筋がぞわぞわしてる」
「こんな状況じゃ、当然よね」
「いや、そんなんじゃないと思う」
葵が落とし穴を覗き込んで、眉をひそめている。
有栖は悠の様子に気づいているようだが。
「ともかく、進もう。先を急がなくちゃ」
大翔は落とし穴をぐるっと回り込んで進んでいく。
「また嫌な予感がしたら言ってくれ、悠」
「うん。そっちの道も嫌な予感がする」
「もうちょっと早く言ってくれえっ!」
バサッと足元の土が崩れ落ちる。
狼王はギリギリで大翔の手を掴んだ。
落とし穴の縁に手をかけ、大翔は口元を引きつらせた。
八人の後方、約100m。
カサリ、と風もないのに茂みが揺れた。
「……引っかからんか。よほどカンのいい童に力ある異能者がいるようだ」
現れたのは、叉鬼だった。
大翔達が歩き去るのを待って、足音もなく近づいてくると、地面に屈み込んだ。
じいっ……と、目隠し越しに地面を見つめている。
「……なるほど、この童に、異能者か」
覗き込んでいるのは、足跡だった。
目を凝らさないと分からないような、うっすらと土に残っただけの、八人への足跡だ。
叉鬼は、足跡を指でなぞった。
「15歳、158cm、三体数は84、56、86。16歳、180cm。19歳、177cm。
17歳、160cm、三体数は86、57、87」
まず、叉鬼はエージェントの足跡を確認する。
「11……12歳か。身長140cm後半、体重40kgというところか。
マイペースで、気の優しい童だの。臆病だが、危険を察知する感覚が鋭い。
無意識に、ワシの気配に感づいとるようだ」
と、別の足跡を指でなぞった。
「こちらも12歳、身長151cm、体重は……女童か、言うまい。三体数は74、54、75。
あの童とは双子のようだ。小さいが、異能を授かっておる」
次に、別の足跡を指でなぞった。
「こちらも12歳。身長150cm、体重は……こちらも女童か、言うまい。三体数は72、55、74。
気が強く、頭の良い童だ。冷静さを失わず、仲間を案じて気遣っている。
ふぇふぇっ。なるほど、なるほど」
満足そうに頷いている。
「……これは存外、バカにしたものでもないかもしれぬ」
と、茂みがガサガサッと揺れて、仔犬がぴょこりと顔を出した。
小さな体に、まるで似合わないトゲだらけの首輪をつけた仔犬だ。
つぶらな瞳で叉鬼を見上げ、パタパタと尻尾を振っている。
「ケルか。獲物のにおいは覚えたか?」
仔犬は、ハッハッと舌を出汁、叉鬼の足に頭をすりつけた。
ねだるように、せっせとお手をしている。
叉鬼は首を振った。
「ならん。獲物は自分で狩らねばならん。働かざる者喰うべからずだ。それが猟犬というものよ」
仔犬は、不貞腐れたように叉鬼に尻を向けた。
叉鬼は、また屈み込んで足跡を探った。
「153cm、45kg。運動能力に優れた童だが……何より、強い意志があるな。面白い……」
叉鬼は、忍び笑いを漏らした。
仔犬が、キュウン? と首を傾げた。
「ふぇふぇっ……。よい。なかなかの獲物達だ。
不屈の意志を持った獲物を追い立て、追い詰め、命を狩り取る……血が滾るというものよ」
外套の下から鉛色の笛を取り出しにやりと笑った。
「いくぞ、ケル。狩りの時間だ」
仔犬がお座りをして、ワンッと吠えた。
「ん……?」
大翔は、背の高い木にひょいひょいとよじ登ると、向こうの様子を伺った。
「どうした?」
「……頼むから、俺の前で光を出すのはやめてくれ」
阿藍が空気を読まずに光を出したのは、大翔は少し傷ついたようだ。
濃い霧が立ち込めていて、花火の下に何があるのかは見えない。
風で雲は流れていくのにその霧はまるで晴れない。
目的地までのルートを確認する。
上から見る限り、目的地に辿り着くためには、
両端を崖に挟まれた細い一本道を通らなければならない。
「……黒鬼の奴、ほんと、ふざけてるよな」
「ああ、叩きたいくらいだ」
双眼鏡を覗き込んで、大翔は溜息を吐いた。
その一本道に、たくさんの餓鬼が待ち構えているのが分かったからだ。
メッセージの書かれた横断幕を掲げ、道の両脇に、ずらりと整列して待ち構えている。
『お誕生会会場、この道の先←』
『絶対に襲わないから安心して通り抜けていってね』
『絶対に襲わないよ』
「100%襲ってくる、に、おこづかい全部賭けるわ」
「明らかに見え見えの罠。すぐに見破った」
「僕も襲ってくる方に、持ってるゲーム全部賭ける」
木を降りて大翔が報告すると、葵、有栖、悠が口々に言った。
大翔も同意見だ。
「そこを通らないで済むルートはないの?」
「霧が濃くて、よく見えないんだ。あったとしても、全部、あんな感じなんじゃねえか?」
「ともかく、もう少し近づいてみましょ」
八人は森を進んでいった。
進むごとに、ワナは増えていった。
落とし穴の他、トラバサミがたくさん仕掛けられている。
また、牛鬼や餓鬼が、ガサガサと落ち葉を踏みつけながら、森をうろついている。
エージェントが超能力を使いながら避けたが、もう避けるのは難しいだろう。
鬼を避けて回り道しながら進むと、森の中に拓けたところがあった。
丸太でできた小屋が二つ、並んで建っていた。
一つは、キャンプ場でよく見るコテージだ。
張り出したベランダに、木のテーブルと、イスが数脚置かれている。
レンガで組んだ焚き火台もある。
もう一つは、やたらシンプルな作りの小屋だ。
大きな箱に、屋根をつけただけの形をしている。
大きな縦穴が空いただけの入り口に、中はだだっ広い床が広がり、ボロ布が敷かれている。
屋根の下には、『Kerberos』と彫られた木板が貼りつけられていた。
「なんだ? この建物」
小屋の周りには、背の高い金網が張り巡らされていた。
ところどころ破れて、めくれ上がっている。
辺りに鬼の気配はなく、静まり返っている。
まるで、鬼達がこの一帯を避けているかのように。
「ここには、番犬がいるようだな」
「犬は嗅覚が鋭い。気をつけて」
狼王と麻麻が大翔達に警告する。
「番犬? 何の事だ?」
―グルルルル……
と、後ろから唸り声が聞こえた。
振り向くと、ガサガサと茂みを掻きわけて、仔犬が進み出てきた。
小さな体に、似合わないゴツい首輪をつけている。
四股を踏ん張って八人を睨み、小さな牙を剥いて唸り声を上げる。
その額には、これまた小さなツノが三本。
「ほんとに鬼だらけだな。離れろ!」
「……」
大翔は、スリングショットを構え、ビー玉を番えて、仔犬に向ける。
この距離なら、外さないだろう。
「……キュウン?」
仔犬は唸るのを止めると、ぴょこんと首を傾げて大翔を見た。
シッポをくるんと丸めて、股の間に挟み込むと、ころんと仰向けになって、腹を丸出しにする。
「キャウン、キャウン……」
「降参らしいわ。お腹を出すのは、『参りました』ってポーズ。襲ってはきたけど」
大翔は肩を落とした。
仔犬は、パタパタとシッポを振ると、悠の足元にまとわりついてきた。
ハッハッと舌を出し、お手をしている。
だが相変わらず、狼王は警戒を続けている。
「大丈夫だよ~。怖くないよ~」
「……」
悠は仔犬の頭を撫でると、リュックからクッキーを取り出して与えた。
仔犬は嬉しそうにシッポを振って、ガツガツと食べている。
「それじゃ、行こうか」
「待て!」
―ピピイッ!
と、どこからか甲高い音が響いた。
「何だ? 今の……」
「気をつけろ、犬笛だ」
狼王が油断なく辺りを見渡す。
「犬に命令を出すために使う笛だ。人の耳には聞こえない周波数の音を含んでい……!」
狼王が足元を見ると、さっきの仔犬がいた。
ガツガツとクッキーを食べ終えると、もっとくれ、というように頭を上げて吠えた。
「ワワンッ!
仔犬の頭は二つ、一つの胴体から枝分かれするように二本の首が伸びているのだ。
さらに頭がまた増え、三つになり、仔犬の全身の毛が、針のように逆立った。
巨大な風船のように、体が膨らんでいく。
短い腕が、みるみる長く、太くなり、胴が膨れ上がって、1m、2m、3m……。
大翔達は、ぽかんとして、エージェントは鋭い目で睨みつけた。
仔犬を見下ろしていたはずなのに、あっという間に巨犬に見下ろされている。
「……なるほど。それでKerberosか」
葵が頷いた。
「神話に登場する地獄の魔犬ケルベロスは、三つの頭を持つ猛犬なの。これ、犬小屋だったのね」
「予想通り」
ケルベロスは行儀よく座って、じっと八人を見下ろしている。
巨大な三つの頭の額には角。
口から覗く牙は、子供なんてすり潰してしまいそうに太い。
「…………お手」
悠が恐る恐る、手を差し出した。
―ピピピッ!
「ウオオオオオオオオオオンッ!」
―ピピイッ!
「お前らは、早く逃げろ!」
笛の音と同時に、三つ首が吠えた。
狼王の掛け声で、大翔達は、一目散に逃げ出した。
「さあ、行くぞ!」
狼王は空間から斧を取り出し戦闘の合図を出した。
鬼には一切容赦しない、それがエージェントです。
次回のゲームは、子供にはキツいと思います。