81 黒鬼誕生
道案内は、超能力により行えた。
鬱蒼とした森の中を、右に折れ、左に折れ、先導して走っていく。
エージェントの後についていけば、ワナにも他の鬼にも出くわさない。
実際、もうしばらく走っているのに、鬼の気配はなかった。
歩いていく中で、エージェントは嫌な予感がしていた。
「……絶対にあいつは……章吾に何かしている。間に合わなかったら……消すしかない……」
「何を言っているの、お兄さん」
「……」
ハッピバースデー トゥー ユー♪
ハッピバースデー トゥー ユー♪
ハッピバースデー ディア 黒鬼くーん♪
ハッピバースデー トゥー ユー♪
耳障りな合唱が響く、部屋の中。
彼は、眠りから目を覚ました。
明かりはなく、真っ暗な闇が部屋によどんでいる。
目が慣れず、何も見えないが、たくさんの気配が満ちているのは分かる。
「自分は誰なんだっけ?」
考えてみるが、思い出せない。
「どうしてここにいるんだっけ?」
思い出せない。
「やあ、目が覚めたようだね。お誕生日おめでとう」
貼りつけたようなニコニコ顔が、彼を覗き込んだ。
「大丈夫。徐々に意識が覚醒してくるよ。生まれたばかりだから、混乱しているんだ。
まずはローソクの火を吹き消そう」
彼の目の前に、ケーキを差し出す。
彼は体を動かそうとしたが、上手くいかなかった。
床の上に寝かされて、四肢を黒鎖で繋がれているからだ。
ニコニコ顔は、ローソクの入った箱をカシャカシャと振った。
「ローソクは、何本立てる?」
――この鎖を外せ。
「自分で外せるはずだよ。鬼として、きちんと覚醒できればね」
ニコニコ顔が答える。
彼は体を動かそうとしたが、やはり上手くいかなかった。
「俺の名前は、なんていうんだ?」
「キミの名前は、黒鬼だよ」
ニコニコ顔が答える。
(こいつ、キライ。喰ってやろうか)
「他に名前があったはずだ」
「ないよ」
「あったはずだ」
「ないよ。他に質問はあるかい?」
「俺の大切な人達は、どこにいるんだ?」
「キミにそんな人達はいないよ」
「いるよ」
「いないよ」
「いるよ」
「いないよ」
「友達と、家族がいるよ」
「家族? ああ、お母さんとお姉さんのこと?」
お母さん、お姉さん。
その言葉を聞いた途端、彼の胸の奥で、何かが疼いた。
鬼となって、氷のように冷たくなった体の中で、僅かに残った温かいものだ。
「有栖とお母さんは、どこにいるんだ?」
「お母さんは、病院。お姉さんは、地上だよ」
有栖は無事か、なら、お母さんに会わせてほしい。
「ボクが会ってきたよ。キミが眠っている間に、お見舞いに行ってきたんだ」
彼の前に、分厚く膨らんだ封筒が差し出された。
彼は手を伸ばそうとしたが、やはり、叶わない。
天井や壁には、闇が蠢いている。
ギョロギョロ……無数の目玉や口が蠢いて、興味深そうに彼を見下ろしている。
「キミの写真、たくさん撮ったろう?」
ニコニコ顔は、周囲の様子を気にもせず続けた。
「子供が成長していく姿、親ならさぞかし気になるだろうと思ってね。
プリントアウトしたものを、キミのお母さんに見せてあげたんだ。ほら、これだよ」
封筒から、バサッと紙束がぶちまけられた。
プリント用紙には、何十枚も彼だったものの姿が印刷されている。
最初はただの人間の子供。
そこに鉤爪が生え、牙が生え……ゆっくりと、じわりじわりと、
バケモノに変わっていくところ。
「最愛の息子が、立派な鬼に作っていく成長の過程だよ」
声は笑っている。
「おじさん、喜ぶと思ってね。見せてあげたんだ」
彼はぶるぶると首を振った。
「どうなったと思う?」
彼は首を振った。
「おばさん、見た途端、顔色が真っ青になっちゃったんだ……。
うふふ。腕を押さえて、苦しみ出しちゃったんだ……。
うふふ。緊急手術になっちゃったんだ。それでね」
彼は首を振った。
全身が、たちまち氷のように冷たくなっていく。
「キミ達のお母さんは、死んじゃったよ」
鎖が弾け飛んだ。
彼は鉤爪を突き出した。
ハッピーバースデーの歌が響き渡っていく。
(――章吾!)
有栖の叫び声が、心の中で響いた。
次回は黒鬼になった章吾との鬼ごっこです。
双子の姉・有栖は章吾を救えるのでしょうか。