琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

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黒鬼との鬼ごっこの始まりです。


82 鬼ごっこ

 霧を抜けると、錆びついた門の向こうに、古びた屋敷が聳え立っていた。

 血のように真っ赤に染まった空を、黒雲がゴウゴウと流れ去っていく。

 大場大翔達は足を止めると、ごくりと息を飲んで屋敷を見上げた。

 エージェントの目は、相変わらず鋭い。

 

「言うまでもないと思うんだけど一応言っておくね」

 隣で桜井悠が呟いた。

「あの建物、すっご~く、嫌な予感がするよ。

 嫌な予感がしすぎて、逆にもう、いい予感なんじゃないかと思うくらいだよ……」

「攻略すればいいじゃない」

「ゲームじゃないんだよ、金谷さん」

 悠は青い顔をして、呻いている。

 彼はのんびり屋で、ドジなところもあるが、直感がとても鋭く、嫌な予感がよく当たるのだ。

 大翔は注意深く、屋敷を観察した。

 朽ちかけた、背の高い洋館だ。

 壁はあちこち剥がれ落ち、窓もほとんどひび割れている。

 庭園には、ぼうぼうと生い茂った草。

 煙のように漂う瘴気。

 庭の中に並んだもの達に気がつき、ハッとした。

 鬼だった。

 大きさも姿形も様々な鬼達が、ずらりと二列に並んで立っている。

 まるで祈りでも捧げるように、胸に手を当て、屋敷の方に頭を垂れているのだ。

「桜ヶ島小学校6年、大場大翔、桜井悠、宮原葵、金谷有栖、来たぞ!」

 大翔は叫んだ。

「ま、待ちなさい!」

「誕生会の誘いに答えて、やってきた! 今、行くからな! 待ってろ!」

 声は敷地に、朗々と響いていく。

 悠、葵、有栖が口元を引きつらせる。

 それでも鬼達は、反応しなかった。

 まるで彫刻のように、ピクリとも動かない。

 いつもなら、人間と見ればヨダレを垂らして襲い掛かってくるのに。

「……まったくもう。わざわざ啖呵切って、どうするのよ?」

 宮原葵が、溜息をついた。

 頭が良くていつも冷静な、頼れる仲間だ。

「でも、よく分かったわ。屋敷の中に、何かがいるのよ。

 食欲の権化みたいな鬼達が、あたし達に興味をなくすくらいの、凄い何かが」

「行くぞ、みんな」

 大翔は足を踏み出し、エージェントは、身構える。

 大翔達は、庭園を進んだ。

 脇を通り抜けても、鬼達はやはり動かない。

 開け放たれた玄関扉から中に踏み込むと、床板が、ギシッ……と音を立てて軋んだ。

 だだっ広い玄関ホールだった。

 真っ赤な絨毯に、シャンデリア。

 窓から射し込む赤銅色の光に、宙に漂う埃。

 左右と奥に、長い廊下が伸びている。

 ホール正面には階段があり、踊り場のところで左右に分かれている。

「上だよ。気配が漂ってくる」

 四人と四人は寄り集まるようにして、階段を登っていった。

 

(無事でいてくれ、章吾)

 大翔は、心の中で祈った。

 鬼に連れ去られた友達を、有栖の双子の弟の、

 金谷章吾を連れ戻すために、大翔達はここまでやってきたのだ。

 早朝、マンションを出発してから、既にかなりの時間が過ぎている。

 その間、章吾をさらったあの鬼が、ただ手をこまねいていたとは思えない。

 

(今、助けに行くからな。待ってろよ)

 

「この奥よ」

 ずっと向こうまで伸びた、二階の廊下。

 軋む床板の上を四人と四人は奥へと進んでいった。

 並んだドアの一番奥で、織美亜は立ち止まった。

「……気をつけて。誰かがいるわ」

 七人は顔を見合わせ、頷き合った。

 

(章吾、どうか無事でいて……)

 有栖はドアノブに手をかけると一気に引き開けた。

 祈りは……届かなかった。

 

「何よ……これ」

 部屋の中は、まるで巨大な怪獣が踏み荒らしていったように、荒れ果てていた。

 壁にはあちこち穴が開き、瓦礫が散らばっている。

 砕けたシャンデリア、引き裂かれた絨毯、

 バラバラになった写真立て、原形を留めない残骸の数々。

 エージェントは、明らかに人為的だと思った。

 大翔達は思わず、ビクッと震えて後ずさった。

 その部屋の中にも、鬼達がいたからだ。

 十以上の鬼達が、ぐるりと輪になり、片膝をついて頭を垂れている。

 その輪の真ん中に、彼はいた。

 豪華なソファに腰かけて、目を閉じ、眠っているようだ。

 窓越しに赤い光が、彼の顔を照らし出す。

 黒色に染まった全身。

 顔に浮いた、ヘビのような赤い模様。

 左手から生えたカギ爪、右手から立ち昇る黒いオーラ、額から生えたツノ。

 

「……章吾?」

 大翔達は、呆気に取られた。

 鬼に囲まれて座っている彼は、章吾だった。

 大翔達が知っている姿とは、だいぶ違っているが。

「今、私が助けるわ!」

 有栖は慌てて、章吾のところに行こうとした。

 

「はーい。遠いところ、よく来てくれたね」

 突然、陽気な声が響いて、大翔達はビクッとして辺りを見回した。

「こっちだよ、こっち」

 声は、彼の足下から聞こえた。

「う、うわあっ!」

「きゃああっ!」

 悠と葵が、両脇から大翔に抱きつく。

 大翔も口元を引きつらせ、有栖は歩みを止める。

 彼の足下に……丸い目玉が転がって、八人を見上げていたのだ。

「ようこそ。章吾くん……新・黒鬼君のお誕生会へ」

 ニコニコと言うその声は、間違いなく杉下先生のものだった。

 自分の後継者にするために、章吾を連れ去った黒鬼だ。

「一足先に鬼達だけで、お誕生会、始めちゃってたんだ。

 新しい黒鬼君の誕生を、歌とか歌ってお祝いしてたんだよ」

 目玉は声に合わせて、コロコロと転がった。

「そしたらボク……黒鬼君に、八つ裂きにされちゃってさ。

 こんな、あられもない姿になっちゃった。恥ずかしい~」

「……アナタ……」

 織美亜は、目玉を蔑む目で見ていた。

「さあ、キミ達も黒鬼君の誕生をお祝いしてってよ。ハッピーバースデーとか歌って」

「嫌よ」

 大翔達は顔を見合わせ、頷き合った。

 目玉は無視する事にした。

 

「章吾。帰るぞ」

「私が待ってるわよ」

 大翔はズボンのポケットから、一枚の紙切れを取り出した。

 筆ペンで『浄』の字が書かれ、うっすらと光を発している呪符だ。

「この札を貼れば、大丈夫だ。体が鬼になってても、人間に戻れるからよ」

 大翔の言葉にも、彼は反応しない。

 大翔と有栖は一歩一歩、彼の方へ近づいていった。

「帰りましょう。みんな、心配してるわ。クラスメイトも、先生も。……家族も」

 ようやく、彼が目を開いた。

 ぱちぱち、と瞬きをした。

 大翔と有栖は息を呑んだ。

 他の鬼達と同じ、ガラス玉のように赤い目玉だったのだ。

 彼はヘビのように目を細め、頭から爪先まで、しげしげと大翔を見つめている。

「……金谷さん、ヒロト。逃げよう」

 悠がごくりと息を呑んだ。

 大翔は構わず、彼の頭に手を伸ばした。

 額から生えた鬼の角に、『浄』の符を貼りつけた。

―カッ!

 呪符が、青白い光を上げ、彼の全身が光り輝いた。

 一瞬だけだった。

 すぐに光は砕け散って、部屋は元通りの闇に包まれた。

 

「……え?」

 大翔は、きょとんとした。

 『浄』の符は、ボロボロに朽ちてしまっていた。

 真っ黒い消し炭のようになり、灰になって散っていく。

 彼の体は、鬼のままだ。

 何事もなかったように大翔と有栖を見つめている。

「つまり、章吾は、もう……」

「その通り。『浄』の符はあくまで、鬼になりかけの人間を戻すためのものだからなんだ。

 完全に鬼になった相手には、効果がないんだよね」

「な……」

「残念だったね。もう少し早く着いていれば、結果は違っていただろうにね。悔しいね。

 もう、タイムアップなんだ。金谷章吾君を、ヒトに戻す事はできない。つまり……」

 目玉は、人気ゲームの全滅効果音を口ずさんだ。

「ゲームオーバー、なんだよ」

「バ……バカ言うんじゃねえよ!」

 大翔はぶるぶると首を振り、有栖は落胆したまま。

「もう一度だ! 『浄』の符を作ってくれ! とびきり強力な奴を!」

「きょ、強力な奴って言ったって……」

「ちゃんと作ったわ!」

「頼むよ! 作ってくれよ! 失敗しただけだ! もう一枚貼れば、ヒトに戻るんだよ!」

 大翔は、二人を振り返って怒鳴った。

「うふふ。叶わなくても、最後まで藻掻く。そういう姿勢、ボク、とてもいいと思います」

「貴様……」

「でも、彼の方はそろそろお腹が減ってきたみたい」

 大翔と有栖の背後で、動く気配がした。

「ヒロト!」

「有栖!」

「「後ろっ!」」

 突然電撃が走り、彼は大翔と有栖から離れる。

 それを放ったのは――麻麻だ。

「また、邪魔したな……」

 杉下先生だったものは目玉だけで麻麻を睨みつけている。

 以前に攻撃を受けたため、彼は麻麻を一際警戒しているのだ。

「ああ、ええと、ちょっと調子が悪かったみたい。

 この子供達は、キミへの誕生日プレゼントだよ。

 人間の子供のお肉。たんと味わってお食べ」

「何だテメエ。次に俺をキミ呼ばわりしたら潰すぞ」

「失礼いたしました。黒鬼様」

「しょ、章吾……」

 有栖は、章吾をじっと見つめている。

「私は、あなたの双子の姉、金谷有栖よ……」

「ショウゴ? アリス? なんだそれは。俺の名は、黒鬼だ」

 有栖を興味深そうに見やり、彼……黒鬼は続けた。

「章吾……」

 大翔と有栖は、弱り切った目で、章吾を見つめた。

「お前、本当に鬼になっちまったのかよお……」

「信じていたのに……」

「グルル……。言いたい事はそれだけか? では、喰ってやる」

 黒鬼は口を開いた。

 鋭い牙が生え揃った大口だ。

 大翔と有栖へ向かって、近づいてきた。

 

―パンパンパンッ!

 と、炸裂音が響いた。

「むっ?」

 部屋にもくもくと煙が広がって、黒鬼の視界を覆い隠していく。

 煙が晴れると、八人の姿はなくなっている。

「……逃げた?」

 黒鬼が、不思議そうに首を傾げた。

「何故、逃げる? 俺が食べると、言っているのに」

「うふふ。ゲームのつもりなんだよ。せっかくのお誕生会だもの」

 目玉が答える。

「遊んでくれてるんだよ。

 だって、ただ食べるよりも、逃げるのを捕まえて食べる方が、ずっとオモシロイでしょう?」

「なるほど。確かに、その方がオモシロそうだ」

 黒鬼は頷いた。

「遊びは、好きかい?」

「うん。遊びは大好きだ」

「いいね。子供はそうでなくちゃ。そんな黒鬼様に、一つ遊びを教えてあげよう」

「なんだ。教えろ」

「有名な遊びだよ。人間の子供だったら誰でも知ってる、面白い遊びだ」

 目玉は黒鬼を見上げると、ニコニコと笑った。

 

「“鬼ごっこ”って言うんだけどね」




有栖は弟を助けるために頑張ります。
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