ネバー・エンディング・トラベラー   作:停留所所長

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今回から描き始めです。
がんばります。
感想等いただけると、たいへん励みになります。


第一章 黎明
第1話 君は勇気を持っているか?


退屈な時に目を閉じると、大好きな曲が頭の中でよくループしていた。小さな時からその感覚がとても好きで、一人で遊ぶことが多かったこともあって縁側に寝そべって、心の世界に入り浸っていた。

初めて出会ったのは小学1年生の頃だった。卒業式に6年生が歌ったその曲にひどく心を奪われ、帰って音楽の教科書で必死に探したものだ。

その曲が、教科書に現れたのは3年生の時だった。後ろのページ、モノクロで印刷された巻末にひっそりと収録されていた。あの曲を見つけた時の感動は、今でも覚えている。長い旅を経て、ようやく探し物を見つけた冒険家のような気分になっていた。夢中で覚えた。音楽の時間が特別好きなわけでも、得意なわけでもなかったが、この曲を覚えることは当時のどんなことよりもワクワクしていた。幼いあの頃は歌詞の意味など分からなかったが、今なら少しはわかるようになった。

もちろん今でも歌えるし、頭の中でも流れている。

 

『たとえば君が傷ついて、挫けそうになった時は必ず僕がそばにいて、支えてあげるよその肩を。世界中の希望乗せて、この地球は回ってる。いま未来の扉を開ける時。悲しみや苦しみが、いつの日か喜びに変わるだろう。アイ、ビリーブ、イン、フューチャー、信じてる』

 

なんて美しい曲なんだろうと、今でも思う。人間の美徳が詰まった素晴らしい歌詞だ。世界もこの曲のように美しくあればと何度思ったか、今となっては覚えてやしない。

 

 

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チョークが黒板を叩く音、シャープペンシルがノートをこする音、制服の擦れ。数十人の息づかい、肌を擦る音、誰かのため息。

音楽方面の才能のある人間がいれば、きっとこの音たちから曲の一つでも作れるのだろうと思う。残念ながら外の景色を眺める少年_日向怜には、その手の才能は毛ほどもないためただの日常の雑音で終わってしまう。

現在は12時の4時間目。あと10分でチャイムが鳴り、学校で最大の楽しみである昼食の時間だ。これだけを楽しみに午前中の授業を受けていると言っても過言ではない。怜は年相応の少年であり、現在担任の高山先生の理科の授業を真面目に聞くほど、向上心のある熱心な生徒ではなかった。

現在行われている授業の内容もほとんど聞き流している。もっとも、新学年になって1ヶ月程度の授業の内容くらいなら、少しの自主勉強で取り戻せる程度の簡単なものである。春の陽気と2年生になり、中学校の生活に慣れた怜にとってサボるには充分すぎる理由だった。

授業は怜の欠伸と同時に昼休みを告げるチャイムが鳴り響くとともに終わった。

ガヤガヤと静かだった教室が騒音に染まる。

昼休みとは生徒にとって1日を乗り切るためのなによりも大切な事である。あるものは昼休みの部活動のため教室を出ていき、またあるものは固まって弁当を食べていた。それぞれ思い思いの昼休みを過ごしていた。

さて、そんな昼休みにただ一人、群れを逸れた重い空をいく者がいた。

怜である。

その手にあるのはアルミ製の2段弁当。1段目は自家製梅干しを乗せた日の丸弁当、2段目は半分が金平牛蒡、半分が唐揚げの偏食ここに極まれりと言った弁当だった。

黙々と食べ進める彼に、クラスの冷ややかな視線が突き刺さる。中学2年生など群れることが当たり前の年頃である。そんな14歳の春に、教室の窓際で一人、弁当をチマチマと食べていればいやでも目立つ。

 

「またひとりぼっちで食べてるよ…」

 

「なんか人と関わろうとしないよね、日向君」

 

「冷たいからレイなんじゃない?」

 

冷たい言葉の矢が怜へと突き刺さる。

そんな孤独な少年に忍び寄る2人の影があった。

 

「よう!」

 

少年の一人が怜の背中を勢いよく叩く。米が気道に詰まり、むせかけた。

 

「いきなり叩くなよぉ、もぉ……」

 

「しんみり飯食ってるのがいたたまれなかったんだよ、この偏食大王め」

 

「偏食いうなや。婆ちゃんが作ってくれた弁当だぞ?」

 

「怜の婆ちゃん、怜が好きなものしか入れねぇじゃねえか。ってことは、お前が偏食で、おかずが真っ茶色なことの言い訳にならんだろ」

 

「…………」

 

「まぁまぁ、蘭そこまでにしといてやれ、怜が何も言えずに困っとるぞ」

 

少しだけ見た目がチャラい少年が怜の机にカフェオレを置き、口にゼリー飲料を加えたまま、怜の背中を叩いた天パの少年を宥める。注意された天パの少年は、少しだけしょげて葡萄パンを頬張っていた。

ランと呼ばれた天パの少年の本名は熊野蘭。怜とは中学一年生からの付き合いで、讃州中学においての数少ない怜の友達の一人である。機械いじりと電子系のものが大好きな少年で、彼の実家のガレージには彼が作ったガラクタの山_彼曰く「ユメノカタマリ」_が、天井まで積み上がっており、遊びに行くたび最近作った作品を自慢するのはもはや伝統芸能である。作ったものの大半の価値は、怜にはわからなかったが、なんだかすごいのだろうと彼のことを「魔法使い」と呼び始めた。蘭も気に入ったようで、以降は自分のことを魔法使いと呼ぶようになった。

 

「最近なんか面白いもの撮れた?」

 

「うーん特には…」

 

「望はなんか面白いのないの?」

 

「3Dグラフィックで表示された多角形の角を消していって球体にするやつとか?」

 

「ごめん多分できんやつだわ」

 

ゼリー飲料をカフェオレで流し込みながら、スマホでパズルゲームをしているのが泰雅望。蘭と同じく怜とは去年からの付き合いであり、基本的にはあまり他人に干渉しないタイプである。時間があれば一人でパズルゲームをしていることが多く、その道ではかなりの有名人らしい。3人の中でも突出した偏食家であり、現在も口内のゼリー飲料をカフェオレで流し込むという、常人にはよく分からないことをしている。凡人が天才を理解するのは無理だということだろうか。

 

「これで…フィニッシュ!」

 

「お、今やってんのがさっきの角消していくやつ?」

 

「これは幾何学パズル。それの250レベ。やってみる?」

 

「いや、葡萄パン食った後に頭使いたくない」

 

「クマさんは頭使うの苦手なだけだろ」

 

「何をゆうやい!俺だって機械いじってる時は最高に頭いいんだからな!」

 

「その頭の良さを勉強で生かせよ、魔法使い」

 

「それができたら苦労しません〜」

 

年相応の低レベルな口喧嘩。そこに他人を傷つけるような意思はなく、楽しいじゃれあいそのものである。どこにでもあるような男子中学生の日常の一コマであり、怜にとっては現在の自分の世界そのものだった。

 

最後の唐揚げを口に放り込むのと同時に、怜の視界の片隅に随分と印象的な桜色が映った。少し前に散った校庭の桜にも負けないような、鮮やかな桜色を持つ少女。その少女は車椅子の少女を連れ、教室を後にした。

 

「今日も勇者部かな?」

 

「多分なぁ。それにしても、ずいぶんと仲良しだよなぁ、結城と東郷」

 

「家が隣同士というのもあると思うが、おそらくそれ以上に互いを惹きつけ合う何かがあるんだろうな」

 

「え、望お前、なんで結城と東郷の家が隣だって知ってんの?」

 

「………クラスメイトとして当然だ…」

 

「うわ、怪しー」

 

目の前で親友二人が、いつものごとく問答しているのを横目に、弁当をかたしながら怜は一人、物思いに耽っていた。

 

(勇者部、ねぇ……)

 

勇者部、それはここ讃州中学にある部活動の一つ。神樹の教えである「人に優しく」を実施していくことを目的とし、人のためになることを勇んで行う部活動。と、今、怜がスマホで表示している勇者部のホームページには書いてある。

人のため、誰かのため、自ら進んで人助けを行う、怜から見ればこれ以上ない、人間の美徳を体現した存在である。

しかし、怜は勇者部をあまりいいものとしては見ていなかった。もっと正確に言えば、勇者部を囲む周りの人間が余り好きではないのだ。

彼らは彼女らのことを、どこか便利屋のように扱っている節があると、この1年間彼女達を見てきてつくづく思う。

日向怜は写真部である。_怜一人しかいない部活動とも呼べるか怪しい状態ではあるが_彼はよく、校内の生徒や、学校周辺の人たちの写真を撮っている。さまざまな場所へ首を突っ込み、その場所にいる人たちの姿を残すのが、たまらなく好きだった。その過程で、彼は多くの人と触れあった。誰にでも優しい人、怒りっぽい人、誰かの悪口を言う人、言われる人、何も考えずに生きている人。そしてそのほとんどが勇者部と関わった人たちだった。

関わる人が増えるたび、勇者部についての話が増えた。

来てくれるたびに子供達が喜んで笑ってくれる、それを見るのが最近の楽しみ。と言ったのは初老に差し掛かった幼稚園の先生。

好きな子に告白したいけど、勇気が出なかった、背中を押してもらえて気持ちを伝えることができた、とっても感謝してる。と嬉しそうにしていたのはバスケ部の先輩。

自分から率先して、ゴミ拾いやボランティア活動に勤しむ、最近の若い子はいい子だ。豪快に笑いながら、勇者部の活動を誇らしげに語ってくれたのは、商店街の八百屋のおじさん。

関わる人が増えるたびに、どれだけ彼女達が素晴らしいのか、言われなくても伝わってくる人たちが増えた。

 

怜も最初は関心していた。自分と同い年の少女が、誰かのために行動できて、それが誰かの記憶に残るような人物であることに。憧れていた。自分にはできないことを笑顔でやる彼女達に。そして、人々の記憶に強烈に残る勇者部に、ほんの少し嫉妬していた。

 

そして、少し時間が経って、次第に勇者部に頼る彼らに対して、ほんの少しばかりの嫌悪感を抱くようになった。

日課になっていた、放課後の写真撮影が終わった後のことだった。その日は新人大会を控えたサッカー部の写真を撮っていて、その帰り道だった。課題で使うノートを忘れたので、取りに教室へ戻った。時間も遅かったが、幸い教室の鍵は空いていたので、机からノートを抜き取り、近道のため普段使わない階段を通ろうとした時だった。その階段には先輩と思しき女子のグループがおり、踊り場を我が物顔で占拠していた。当時は中学一年生。立場的にも思春期真っ只中の男子的にも、この中を突っ切っるのは、いささか難易度が高すぎた。諦めていつもの階段を使おうと反転した時、女子生徒達の話し声が耳に入った。

 

「つかさ、ほんと使えるよね、勇敢部」

「勇者部でしょ」

「あれ?そーだっけ?まぁ、めんどいしどっちでもいいや」

「あいつら面倒いことでも代わりにやってくれるし、まじ助かるわ〜」

「でも南ちゃん、わざとバケツこぼして掃除させるのは鬼畜だよ(笑)」

「いーじゃん、あいつら仕事するの好きなんだから、その好きな仕事を与えてやっただけよ」

「そーなんだ、やっぱ南ちゃん優しいー!」

 

少しだけ、本当に少しだけ、怜の中にドス黒い感情が走った。一瞬のうちに全身を駆け巡って、何事もなかったかのように消えた。

他人にこんな感情を向ける自分に驚いた。もう少し長く、あの感情が体にあったら、あの女子生徒達に何をしていたか、自分でもわからなかった。怒っていただろうか、罵倒していただろうか、はたまた_傷つけていただろうか。思考は堂々巡りで結論は出ない。

あまりにも不毛なこの問題を考えるのをやめ、思考を現実に戻した時には、いつも使っているバス停まで歩みを進めていた。

数分後、バスが来て自宅への帰路に着く。見慣れた景色に頭を休ませていた。ふと、先程の会話を思い出してしまう。やはり、よくわからない黒い感情が漏れ出そうになるが、それ以外にも何かあることに気づいた。

それは同情。散々に陰口を叩かれ、都合の良いようにしか思われていない、勇者部への同情。

 

(誰かのために身を削るなんて不毛な行為、愚の骨頂だろ…)

 

もちろん、誰かのために行う彼女達の行動を否定したいわけでも、勇者部の活動をやめさせたいわけでもない。

ただ単純に、多くの人に感謝され、喜ばれている彼女達のその行動、その心を、「便利屋」と捉える人間がいることに嫌悪感を覚えていた。

そんなふうに思われていることを微塵も考えていなさそうな、優しい彼女たちを可哀想に思った。

 

そして何より、誰かのための優しさを、誰に言うわけでもなく、誰も責めることのできない自分の心の中で否定した自分が、何よりも醜くて、嫌いになりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、辛気臭い顔してんだ怜」

 

記憶の渦にはまっていた怜の意識は、額にクリーンヒットしたランのデコピンで、現実に戻った。

あのままだったら、自分の意識の中で迷子になって、自己嫌悪に拍車がかかるところだった。

いつでも蘭は、怜が迷いそうになった時、手を引いて助け出してくれる。懐かしい、もういないあの人と同じように…

蘭への感謝はしてもし足りない。

だがしかし……

 

「ってーなぁ……クマさんのデコピン、痛すぎるからやめてって昨日、言ったばっかりだろ?!」

 

熊野蘭のデコピンは冗談抜きで痛い。手加減して、当たった箇所が青あざができるくらいになるのだから、フルパワーなんぞ食らいたくもなかった。

 

「いいだろ、これでも手加減してんだから。それに、俺がデコピンすんのは怜くらいだぜ?」

 

いたずらっぽく蘭が笑う。全く悪びれないのもこの男の特徴だ。

 

「まぁ、確かに望だったら死んでたな」

 

「おいちょっと、待て。なんで俺に飛び火した?関係なかったろ今。それに、俺はそんな貧弱じゃないぞ」

 

「でも、体力テスト、Dだったろ?」

 

「………」

 

「クマさん、やめたげてよ。いくら運動神経が天に見放されてるレベルでも、僕らの中では頭はいいんだから」

 

「……………」

 

泰雅望は死んでいた。中学2年生の春に、「君は運動できない鈍臭いやつ」という言葉は、そこらへんの名曲よりも心に響く。

結果として….

 

「うるさいぞこのバカ!機械いじりしか能のない、力技の魔法使いめ!」

 

それだけ言うと、大きなため息とともに天井を向いて、意識を手放した。

 

「あ、死んだ」

 

「いつも通りだ」

 

特に気にするわけでもなく、二人は話を続ける。

 

「今日はどこまでいくの?」

 

「うーん、昨日は浜辺だったし、裏山でも行こうかなぁ」

 

「ふーん、あ、じゃぁさ、ついでにマイティベースの方も見てきてくれよ」

 

「はいよ、任された」

 

教室に人が戻って来始めた。もうそろそろ、昼休みも終わりである。ため息混じりの深めの深呼吸とともに、午後の授業に備えた。

 

非常にかったるい国語の時間を、あくびを噛み潰しながら耐え、意味のわからない英単語の羅列を、脳味噌で素通りさせ、本日の学業を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

放課後の男子中学生は無敵だ。

部活に勤しむもの、趣味に没頭するもの、その誰もがエネルギーに満ち満ちている。まるでその一つ一つが煌々と光り輝く小さな太陽のようである。

もちろん、絶賛男子中学生の怜も例に漏れず無敵時間である。

彼の放課後は、特に用事がなければ写真部としての活動に、全てのリソースが割かれる。

学校指定の長袖長ズボンのジャージに、愛用のデジタルカメラが、彼のトレンドマークだ。この際、長袖のファスナーを全開にしておくことは忘れてはいけない。

 

(さて、どうしようか……)

 

彼が今いるのは、母校讃州中学の裏にある小山。地元では「火遠理ヶ山」と呼ばれており、その昔、国中の力自慢が押しても、うんともすんとも言わなかったウミウシの怪物「火遠理無我」が、その体を山へと変えた伝説が語り継がれている。怜も去年の課外授業の時に、だいぶ歳を召された老婆にこの話を聞かされていた。

周りの人間は、よくある昔話として聞き流していた。怜も同様である。そんな怪物いないのが普通なのである。

怪獣が山に姿を変えるなど、御伽噺にも程がある。怜の知識では、おおよそ、生物が自然の一部になるといった事象については全く知識がなかった。

 

そんなことよりも、今日の写真である。

彼は讃州中学唯一の写真部部員で、イベントでは引っ張りだこの人気カメラマンだ。

撮るのも撮られるのも上手いので、写真写りの悪い蘭や望によく愚痴られていた。

彼の撮る写真は、人間が写っているものが多い。

意識して撮っているわけではないのだが、どうにも景色を撮るよりも人を撮る方が性に合っていた。

それに、景色だけの写真よりも、誰かが写っている写真の方が魅力的に怜の目には映る。木や川や動物や虫よりも、人間の方がずっと好きなのが日向怜という男なのだ。

しかし、そんな彼が撮る最近の写真は、景色を撮ったものが多い。

以前、市の写真コンテストに出展した時、惜しくも落選してしまったことがある。その時、顎髭を仕切りにかいている丸顔の審査員から「君の写真は、主役である人の印象が強すぎる。もっと周りの景色と調和させた方がいい」と言われた。

その時は、歯牙にもかけなかったのだが、中学2年となり何か新しいことにチャレンジしたかったので、ここ1ヶ月は景色の写真ばかりを撮って、景色を撮る練習をしていたわけである。……一向に上手くなった気配はしないが………

 

撮りたいものは、歩きながら決めようと、とりあえず山へ入ることにした。

火遠理ヶ山は、比較的傾斜がキツく、登るにもそれなりに体力がいる。毎週毎週、全速力で山の中腹にある、秘密基地へのダッシュで体を鍛えていなければ根を上げてしまうほどである。

山道の両脇には、葉桜が列をなして生い茂っている。3週間ほど前なら、桜の花が満開で、花のトンネルのようになるのだが、桜色の輝きの季節は過ぎ去り、青々とした葉が、来年へ向けて必死に生きる時期へと変わっている。

少し小風が吹いて、枝や葉を揺らす。思わずカメラを構えてシャッターを押す。

画面には今にも動き出しそうな、青々と若々しい印象を持つ葉桜が風に揺れ、木漏れ日が乱反射して、万華鏡のような美しさを演出していた。

なかなかの会心の一枚である。最近の中では自己ベストに食い込むくらいにはいい写真だ。

…ちなみに一番は望の顔に、蘭が悪戯で蛇口の向きを上にした水道の水が、面白いようにあたった時の写真である。

 

あまり、人気もない山なので通行人の心配がないのも、撮影に適していた。

それに何より、この山の空間は怜にとってはとても心落ち着く場所だった。

 

写真も撮り終え、中腹に向かう道を歩いていると、ふと老婆の昔話を再び思い出した。

たしか、内容はこうである。

「その昔、火遠理無我という怪物がいた。火遠理無我は、ウミウシの化け物のような見た目で、口には花を咲かせ、体は山よりも大きく、歩いたところに溜池ができるほど重かった。

ある時、北の海から来た火遠理無我は、坂根村(現在の讃州市の一部)へ現れ、家を踏み潰し、女子供を踏み潰し、ついに畑の真ん中でその歩みを止めた。

運が悪いことに、その畑は村で一番の権力者の畑だった。権力者は怒り狂い、国中の力自慢を集めて、火遠理無我を押し出そうとした。しかし、どれだけ押しても動く気配はない。

困った権力者は、天に祈り神の助力を求めた。祈りは通じ、天からの一筋の光とともに光を纏った神が現れた。

権力者は光の神に「火遠理無我をどこか遠くへ連れていってくれ、私の畑が駄目になる」と言った。

神は火遠理無我をじっと見つめると、権力者の方へ向き直って首を横に振った。

怒る権力者に神はこう語る「火遠理無我は自身の命を大地へと還す者。いずれ火遠理無我は山となり、この大地に恵みをもたらすだろう。だから、排除してはいけない」。

そう言うと、神は雲を割いて空の彼方へ飛んでいってしまった。神の言葉を信じた権力者は、火遠理無我を見守ることにした。

しかし、いくら待っても火遠理無我が山になる気配はない。村の人々からも、日が入らなくて困ると不満が漏れ始めた。

権力者も流石に待ちくたびれた頃、権力者の孫娘が、こう言った「火遠理無我はあとちょっとで、お山になるよ。私もお祈りする」。それから毎日、孫娘は火遠理無我へ祈り続けた。

少女の祈りが通じたのか、火遠理無我は山となった。その年は豊作で、その次の年、また次の年も豊作続きだった。

火遠理無我をありがたがった村の人々は、火遠理無我を感謝し、大地の礎となった神獣「いろは」として、崇め奉ることとした」

と言うのが火遠理ヶ山の伝承なのだが、やはり火遠理無我のことも気になるが、それよりも気になるのが光の神についてだった。

権力者へのアドバイス以外特にやっていない神様だが、なぜだか、強い親近感を覚えるのだ。

言葉では上手く表せないが、家族や親戚に抱くような、そんな安心感混じりの親近感をずっと持っていた。

 

秘密基地までの道はまだ遠い。現在時刻は午後3時32分。太陽が少し傾きかけた頃である。

考えることも無くなったので、いつものように鼻歌を歌いながら、写真のネタを探して歩く。

よく肥えた雀、道の端っこに慎ましく咲くシロツメクサ、ぽっかり空いた木のうろ、どれも見慣れていて、写真に撮る気がどうしても起きない。歩くスピードを遅くしてみても、いい瞬間が流れてくることもない。

そろそろ3回目の鼻歌ループに入りそうな頃合いだ。

そろそろ、別の曲でも歌うべきだろうか?流石に3回も連続してては風情というものがないような気がする。

そんな風に、何を歌うべきか決めあぐねている時だった。

視界の右端、斜面の下側の歩道に見たことのある人影が映った。

 

「風先輩!こっちのゴミ回収終わりました!」

 

「よくやった友奈!樹はどう?」

 

「こっちも終わっよー」

 

「よしよし、偉い。」

 

反射的に体を木の影に隠してしまう。別に怜自身に負い目はないのだが、今からするのが覗き見な以上、少なからず罪悪感も湧いてくる。

改めて、人影を見る。

人影の数は3。うち1人はほとんど毎日見る。

桜色の髪をした、ゴミ袋を両手に抱えている子が結城友奈。

友奈を褒めているのが勇者部の部長である、3年生の犬吠埼風。

風の元へトコトコかけてくるのが、妹さんの犬吠埼樹。たしか一年生だったはずだ。

勇者部の活動中なのだろう、3人の手にはゴミ袋が握られていた。大方、町内会からの依頼だろう。

もう一人、怜のクラスメイトである東郷美森の姿は見えないが、おそらく部室にでもいると思われる。「勇者部のホームページって東郷が作ってるんだってさ。あの人、年齢の割にはかなりメカに精通してるみたいだし、今度うちのユメノカタマリもみて欲しいぜ!」と蘭に教えてもらったことがある。後半は女子を家にあげたいだけの気もするが……

数分もすると、勇者部の面々はその場からいなくなってしまった。おそらく、次の依頼へと向かったのだろう。最近は依頼も増えて立て込んでいるはずだ。

思わず、ため息を吐く。緊張の緩和と、自分の姿を隠したことについての二重の意味で。

 

(なんでこんなことしてんだろ……)

 

かぶりを振って、秘密基地を目指す。後15分くらいで辿り着くはずだ。

自然と早足になる。逃げたいわけでもないくせに。

 

 

 

 

 

 

 

 

火遠理ヶ山の中腹、少し林を抜けた先に、怜たちの秘密基地はある。秘密基地と言っても、廃棄されたプレハブ小屋を自分たちで材料を持ち寄って改造したものなのだが。

お世辞にも立派とは言えない、ともすれば工事現場の事務所と言われそうな建物だが、少年たちの汗と努力の結晶である。

少し立て付けの悪い扉を開けると、玄関マットと、廃材で作った木製のシューズラック、真正面にはスカスカの本棚。ベニヤ板で間仕切りしているため、ここからでは中の様子は見えない。靴を脱いで中へ入る。床には畳っぽいラグが敷かれていて、足が冷えることはない。これは望の要望で導入したものだった。

7畳ほどの広さの空間には窓が2つとちゃぶ台1つ、座布団4つ、中身がよくわからない段ボールに、年代物の振り子時計、電気ポッド、オモチャやマンガが詰め込まれた自作の棚に、天井から吊るされた懐中電灯、ちゃぶ台の上にはアンテナを目一杯のばした携帯ラジオと、いかにも、色々と集めましたと言うのが伝わってくる、雑多な空間だった。

それが良くも悪くも、秘密基地というのをそこはかとなく裏付けているようにも感じられる。

この秘密基地が完成したのは去年の11月ごろ、秋風が厳しい頃だった。完成のお祝いにカップラーメンを3人仲良く啜ったのを今でもよく覚えている。蘭が、秘密基地を「マイティベース」と呼ぶのを決めたのもちょうどその時のはずだ。

 

一通り、マイティベース内のものが揃っていることを確認して外に出る。

現在時刻は4時5分。帰りのバスの時間まではまだまだ時間がある。

せっかくなので、頂上まで行こうかと、怜は歩き出した。

 

マイティベースから頂上へ行くのは案外簡単だ。何しろ、マイティベースの裏手に、使ってくださいと言わんばかりの石造りの階段があるからである。ここを通れば大体5分くらいで着く。

火遠理ヶ山の頂上は、広場のようになっている。人間が人工的に手を加えたわけではなく、昔から広場のように木々が生えないらしい。生えているのはシロツメクサやタンポポくらいである。

そんな頂上に、一本だけ大きな楠が生えている。大体20メートルくらいの大きな楠だ。怜自身は高所恐怖症なのでとても登れたものではないが、蘭あたりはよく登っては、落ちかけていた。

人間が写っている写真ばかり撮る怜だが、この楠だけは、単体で撮り続けている。ここに来た時のノルマみたいなものである。

そんなわけで、デジタルカメラを構える。大きくて全体が映らないので、少し煽り目で撮るのがコツだ。

パシャリとシャッターが落ちる。すぐに写真を確認する。まぁまぁの出来であるが、先程の葉桜に勝るものではなかった。

暇なので、楠の周りを散策することにした。それにしても大きな木である。怜が10人いてようやく木全体を囲めるか囲めないかくらいには幹も太い。

身長が低く、体格もそれほど良くない怜からしてみれば羨ましいレベルである。

ちょっとは栄養分けてくれよと、半ば愚痴に近いなにかを呟きながら楠の周りを回っていると、ちょうど真後ろの部分に、木と同化している社のようなものがあるのを見つけた。

思わず、近づく。そして、疑問に思った。

 

(こんなのあったけか?)

 

1週間ほど前にもここへ来たが、こんなものはなかったはずである。

それに、扉が半開きである。

怜の手が、半開きの扉へと伸びる。好奇心を抑えられないのもこの年代特有のものだろう。後先考えずに、社の扉を開けてしまった。

そこにあったのは、半円を半分にしたような青い刃のようなものがついた、いたともなんとも言えない不思議な黒い物体だった。

手に持ってみると、そこまで重量もなく思いの外手に馴染んだ。

それどころか、どこか既視感すら感じる。

持ち手の側面にはボタンがあり、何回押しても特に何も起こらなかった。

ふと、火遠理ヶ山の伝説には続きがあったことを思い出した。

「空駆ける流星、火遠理ヶの山へと堕ち、新たな時代を告げる。それは神器、人々、これを崇め、楠とともに永き時代へ託さん」

そこまでして、これは先程の社の御神体なのだろうという考えに思い至った。慌てて戻そうとするが、全てが遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、世界の時は止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の違和感は、先程まで吹いていた風で木々が揺れていた音が不自然にパタリと止んだこと。

次の違和感は、空が動きを止めたことである。

慌ててあたりを見渡す、音が何もしない。無音。腕時計も午後4時23分17秒で止まっている。怜以外の全ての時が止まった世界がそこにはあった。

御神体を盗ったことへの祟り?そんな考えが怜の頭を支配する。

そんな考えもすぐさま流される。今度は世界が光に包まれる。あまりの眩しさに思わず両手で瞑った目を覆う。もう、怜には何もわからなかった。

 

 

 

 

次に目を開けた時、例の目に飛び込んできたのは、全く別の世界、太い棒状の何かが地面を走り、波を打ち、それが空間を満たしている、そんな世界。

 

「これ、根っこ?」

 

巨大な棒状の物体に触れながら、怜は呟く。

ない頭をフル回転させ、断片的な情報から今自分が置かれている状況を分析する。

楠と同化した社、その中にあった神器、巨大な根っこ……そこから導き出される結論は

 

「ここ、神樹様の足元ってことか……?」

 

神樹、それはこの世界で信仰されている神様。日々の恵みを与え、明日の平穏を約束してくれる、この世界で信仰していない者はいない。そんな存在。

おそらく、自分は神樹様の怒りに触れ、この世界_樹海_へ来てしまったのだろうと怜は恐怖した。

じきに下されるであろう、神の怒りに怜は膝を抱えて震えた。自分の軽率な行動が悪いのだと、全力で自分を責めた。

 

自己嫌悪をやめるほかなくなったのは、怜のところにも衝撃波が伝わったからだった。

衝撃波が来た方向を目を凝らしてみる。巨大な黒い影、ゆうに50メートルはありそうな黒い影がこちらへ向かって進撃していた。

 

「か、怪獣!?」

 

思わず、叫んでしまう。

その声に気づいたのか、悪魔のような顔をした黒い怪獣、ベムラーとレッドキングを掛け合わせた合体怪獣_スカル・ザ・ワン_がけたけましい雄叫びをあげた。

全身に冷や汗が走る。命の危険を感じ、脳が「逃げろ」と全身に訴えていた。

だが、腰の抜けた怜は逃げることはできない。その視線はスカル・ザ・ワンへ釘付けになり、恐怖で何も考えることができなかった。

 

その時、スカル・ザ・ワンの足元から2つの流星が飛んでいくのを、怜は見た。一つの流星が怪獣にぶつかるとその巨体を傾けさせた。二つ目の流星が接近すると、怪獣の皮膚をいとも容易く切り裂いた。怪獣も負けじと口から光線を放つ。一つ目の流星が2つ目の流星を庇い、二つまとめて後方へと飛ばされる。

カバンから双眼鏡を取り出し、流星を観察する。

そして息を飲んだ。

そして、驚きのあまり天を仰ぎそうになった。

だってそうだろう、二つの流星が、勇者部の、あの犬吠埼姉妹で、その近くにクラスメイトの結城友奈と東郷美森がいるのだから。

彼はますます、自分の置かれている状況を理解できなかった。

だがしかし、現実とはかくも非常で、常に主観である人間の意識とは関係なく進んでいくものだ。それは怜にとっても当てはまる。

 

手に持った神器と思わしきものから、声がしたような気がした。

思わず、神器を見るが特に変わった様子はない。

気のせいかと、怪獣に視線を戻した時、再び、今度ははっきりと声が聞こえた。

 

「戦え」

 

「へ?」

 

「戦え」

 

あまりの摩訶不思議に、思わず神器を投げ捨ててしまった。

急いで取りに戻る。

 

「戦え」

 

「うわぁぁぁ!」

 

手に取る直前に、また声がして、驚いて尻餅をつく。

一体どうなっているんだと、怜の頭には疑問符ばかりである。

だが、このままではどうしようもないので、神器を手に取り、今度はこちらから話しかけてみる。

 

「戦えってどういうこと?」

 

しばらくの沈黙。

質問には答えないタイプかと、頭を悩ませていると、例の前方3メートル、崖から少し下の位置に光の扉が開いた。

もう何が何だかわからない。

神器から言葉が出る。

 

「飛び込め」

 

「飛び込めってあの中に?」

 

「そうだ」

 

神器の声はどこか掠れていて、ノイズじみた嫌な音混じりだ。それでもなんとか聞き取れる。

 

「飛び込んだらどうなる?」

 

「あいつらを助けられる力を使える」

 

「あいつらって、勇者部の人たちのこと?」

 

「そうだ」

 

意味のわからない状況に、怜の心臓の鼓動をどんどん速くなる。脳みそに血液が送られている感触すらわかるほどに。

近づいてくる怪獣の足音が、恐怖を駆り立てる。

 

「もし、飛び込まなかったら?」

 

「最悪、あいつらは死ぬ」

 

「……………」

 

「僕が飛び込めば、死なないって約束できる?」

 

「あぁ、約束しよう」

 

どうやら選択肢はないらしい。

しばしの長考を経て、崖から3メートルほど下がる。

大きな深呼吸をする。これからバカなことをやる自分の恐怖心を抑えるために。

 

2回目の大きな深呼吸をする。飛び込んだら自分がどうなるのか、怖くて怖くて仕方がなかった。でも、選択肢がなかった。あのまま見ているだけではいられないのだ。怜の心が「戦え」と言っている気もするのだ。

 

3回目の大きな深呼吸をする。それに何より、あのお人好しな勇者部の人たちが、あの悪魔みたいな怪獣に立ち向かって、最悪死ぬなんて言われた、飛び込む以外の選択肢は残っていなかった。あの優しい人たちは、みんなに感謝される日常がよく似合っている。

 

 

『もし助けられなかったら』。そんな考えが頭を支配する。

瞬間、例の左頬に冷たい手の感触が蘇る。右手を当て、それを拭い去る。

 

三回の深呼吸を終えた怜は、助走をつけて崖から飛び立つ。目を見開いて光の扉を見つめる。

最後に残った恐怖を断ち切るため、声高らかに叫ぶ。

 

「ユーキを持て!ナんとかしろ!!」

 

少年は、目の前の怪獣から少女たちを救うため、ただそのためだけに、光の扉へと飛び込む。ここから先何が待っているのか、それさえわからぬまま……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光の扉を超えた先にあったのは、光で満たされた謎の空間だった。

誰もいないので、とりあえず「誰かいませんか」

と尋ねてみた。

「よう!」

と、返答があったので振り返ると、そこにいたのは赤、青、銀の体を持つ見るからに宇宙人的な存在だった。

 

「え、あ、どうも…」

 

「驚かないのか?」

 

宇宙人は怜に尋ねる。

「もう、驚き疲れました」

というと、宇宙人が少し笑った気がした…顔は変わっていなかったが。

 

「あの、僕、日向怜です!」

 

「元気がいいな。俺はゼロ、ウルトラマンゼロだ」

 

ゼロと名乗る宇宙人は得意そうに、そう自分の名前を言って聞かせた。

 

「ウルトラマンゼロ…じゃぁ、ゼロさんでいいですか?」

 

「おう、構わないぜ」

 

「正直、ゼロさんに聞きたいことは山ほどあるし、今自分がどんな状況なのかも良くわかってないですけど、まずはあの怪獣をなんとかしなくちゃですよね」

 

「よく言った!怜!」

 

「えっと、ゼロさん、とりあえず、何すればいいんですか?」

 

「これを使え」

 

ゼロの手のひらから光の粒子が放たれ、怜の手の中で一枚のカードを作る。ゼロの横顔と怜の顔が写っている証明写真みたいなカード。

 

「それはウルトラアクセスカード。俺とお前が一緒に戦う証だ」

 

「一緒に戦う証……」

 

「よし、いくぞ怜!ウルトラアクセスカードをそのウルトラゼットライザーにセットだ!」

 

ゼロの指示どうり、怜の左手に握られているウルトラゼットライザーの中央部のスリッドに、ウルトラアクセスカードをセットする。

 

『Rei Access Granted』

 

流暢な英語のシステム音が流れる。

 

「そしたら、ブレードを90度回転させて、トリガーだ」

 

ゼットライザーのブレードを90度回転。その瞬間、怜の背後に巨大化したゼロが現れる。

気にすんなと催促されたので、ゼットライザーを頭上に掲げる。

そこで手が止まる。覚悟を決めたつもりだが、いざやるとなるとやっぱり怖い。あと数ミリが進まない。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

言うことを聞かない左手の親指を渾身の力と共に、右手で押す。

 

『ULTRAMAN ZERO』

 

その瞬間、怜とゼロの融合が開始される。

ゼットライザーを掲げた左手から、怜の体はゼロの姿へと変わる。完全に変身が完了した後、みるみるうちにゼロは元の大きさへと巨大化し、光を纏って樹海へと降り立つ。

光の国の若き最強戦士が、この時代へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結城友奈は友である東郷美森を背にして、覚悟を決めていた。端末の画面に表示されているボタンを押し、桜色の戦装束へとその身を染めていく。

怪獣の方へと飛びかかると同時に、右手に力を込める全身全霊の右ストレートを打ち込む構えだ。勇者となり強化された、星すら砕く拳が怪獣へと向かう。

 

「勇者パァァァンチ!!」

 

威勢のいい叫びとともに、怪獣の体に友奈の拳が叩き込まれる。

あまりの衝撃に怪獣も呻き声をあげる。そして、後方へと簡単に吹っ飛んでいった。

友奈のパンチの威力が凄まじかったのもあるが、それだけではない。

友奈は自身の左に現れた、赤と青と銀の体を持った巨人を見上げた。

友奈の勇者パンチが炸裂すると同時に、巨人も怪獣にパンチを放っていたのだ。

東郷の元へと戻った友奈の元に、犬吠埼姉妹が駆け寄った。

 

「何アイツ?新手の敵?」

 

「でも、友奈さんと一緒に、あの怪物を殴ってましたよ?」

 

「なにか知ってる?友奈ちゃん」

 

質問攻めに合う友奈は巨人の方を見て、こう言う。

 

「知ってる。なんでかわからないけど、知ってる気がする。彼は…ウルトラマン!」

 

その声に反応したのか、ウルトラマンと呼ばれた巨人はこちらの方を向いて、小さく頷いた。

勇者たちの目には、自分たちとともに戦ってくれる巨人がとても心強く、神秘的なものに見えた。

 

インナースペース内で、怜にゼロが声をかける。

 

「ナイスパンチだ怜」

 

「たまたまですよ…」

 

顔を赤くして後頭部をかく、褒められて恥ずかしい時に怜がよくやる行動だ。

今回はそれが仇になった。足元を見てしまったのだ。

日向怜は高所恐怖症である。そんな少年が、いきなり50メートルクラスの巨人になったらどうなるか、誰にでも想像できるだろう。

 

「高い高い高い!!無理だよぉ…高いとこ無理……」

 

ノロノロと腰を曲げ、両手を地面につける巨人という、なんとも間抜けな状況の完成である。

 

「何やってんのアイツ」

 

「まるで、自分が大きくなって目線が高くなったことに、驚いて怖がっているような」

 

先程の神秘感が、音を立てて崩れるのが誰の目に見ても明らかだった。

ウルトラマンに対して、名状し難い緩い空気が流れ始めた。

 

「おい何やってんだ、カッコ悪すぎるぞ!」

 

「僕、高所恐怖症なんです!高いところは大っ嫌いなんですよぉ…」

 

「ダァ〜…まさか、エックスと同じような状況に陥るとは……」

 

自分の身長の高さに驚いて、体育座りをする巨人という、面白おかしな光景に、誰もが思わず口元を緩ませていた。

そんな時だった。

 

「!?…まずい、避けろ怜!」

 

「へ!?」

 

油断が生まれた一同の背後から、青白い熱線がゼロの背中を焼いた。

 

「痛ッ…くっそ!やられた……」

 

あまりの痛さに気を失いそうになるが、気力でなんとか立て直し、怪獣の方へ向き直った。

呼吸が乱れる。焼かれたのは皮膚だけだが、熱は体の内部まで伝わり、肺が焼かれたんじゃないかと錯覚するような痛みが怜を襲っていた。

インナースペースで拳を握りしめ、足を震わせながら立ち上がる怜にゼロは語りかける。

 

「今のお前じゃ、まともな格闘戦は無理だ」

 

「じゃぁ、どうしろっていうんですか!?」

 

「一か八かの賭けだが、やるしかねぇ」

 

ゼロもどうするか決めあぐねているようである。

 

「大丈夫ですゼロさん、なんとかやってみせます」

 

痛みでアドレナリンが回りきっている怜は、ゼロに強気で宣言する。本来なら、好ましい状態ではないのだが、この場を切り抜けるには、今の怜の状態を活用するしかない。

 

「……わかった、怜、腰を入れろ」

 

「わかりました!」

 

巨人が腰を低く構える。巨人が何かやること気づいた勇者たちは、その場から急いで立ち去る。

 

「今、ワイドゼロショットのやり方を脳波で教える。気合入れていけ!」

 

「はい!」

 

ゼロからの脳波を受け、怜の脳内にワイドゼロショットのやり方が刻み込まれる。

左手を水平にして横に伸ばし、右手をたたみ、腰に当て、エネルギーをチャージする。

その間、怪獣が止まってくれるなんてことはない。

スカル・ザ・ワンは雄叫びを上げながらゼロ向かって進撃してくる。

エネルギーが溜まりきった左手と右手をL時にクロス、瞬間、計り知れないエネルギーの奔流が、巨人の右手から放たれる。

 

「ワイドゼロショット!!」

 

あまりの威力に後方に吹き飛ばされそうになるが、気合と足腰で耐える。

直撃した怪獣は呻き声をあげ、苦しみ始めた。

しかし、ワイドゼロショットを受けながらも、怪獣は進撃をやめない。

怪獣の予想以上の耐久の高さに焦る怜の胸元で、カラータイマーが赤く点滅を始めた。

 

「ゼロさん、これ」

 

「それはカラータイマーだ。俺たちウルトラマンは地球上では3分間しか活動できない。それは残り時間が1分になったって知らせだ」

 

残り1分、怜に残されたのはたったそれだけしかない。この2分で怜が怪獣に与えたダメージは、パンチ1発と、今照射しているワイドゼロショットのみ。

本当に怪獣を倒せるのか、怜の心に焦りと不安が生まれる。

 

残り40秒

 

ワイドゼロショットを耐え抜いたスカル・ザ・ワンがゼロの頭を掴む。自慢の怪力で、ゼロの頭を握り潰さんとばかりに力を込める。

怜も必死に抵抗するが、あまりの力の差に怪獣の指を一本も剥がせない。みっともなくじたばたと足を振る。運良く右足が怪獣の腹に当たりダメージが入る。

それが気に入らなかったのだろう。怪獣はウルトラマンを力任せにぶん投げる。身長49メートル、3万5千トンの巨体が綺麗な放物線を描いて落下する。

受け身のやり方すら知らない怜は、怪獣の腕力だけで投げ飛ばされた衝撃を緩和できなかった。

 

「ごがッ!!……ぐぅ………」

 

全身に痛みが走る。骨が何箇所か折れたのが実感できた。

ヒューヒューとか細い息が、口から漏れる。

 

残り35秒

 

光線技を長時間放っていたことによる、急激なエネルギー低下、慣れない巨人の体、今まで受けたことのないダメージ。この全てが、怜から立ち上がる力を失わさせていた。

現在、ゼロの体のコントロール権は怜にある。この状況の根本的な原因はそこにある。怜は戦いに関してはズブの初心者だ。多少、運動神経は良くても戦いに応用できなければ意味がない。ゼロの強靭な肉体も、豊富な技の数々も、便利なスラッガーも全て宝の持ち腐れ状態だった。

 

残り30秒

 

カラータイマーの点滅速度が加速する。

ゼロの眼前に迫るスカル・ザ・ワン。

立ち上がれない、どれだけ全身に力を入れても、立ち上がれる気配がしない。完全に心が恐怖していた。

そんな時、視界の端から飛んでくる、桜色の流星を怜は見た。

友奈だった。

ウルトラマンを救うため、自分よりも遥かに大きい怪獣へと、弾丸のような速さで突っ込んでいる。

 

「勇者パァァァンチ!!」

 

再び放たれる勇者の鉄拳。その破壊力で、また怪獣に痛烈なダメージを与えた。

よく見れば、怪獣もあちこちが炭化していて、今にも崩れそうである。怜の放ったワイドゼロショットは決して効いていなかったわけではないのだ。

流石に分が悪いと踏んだ怪獣は、その体を青い球体で包み込み、来た方向へと、退散していった。

 

「逃げられた…んですかね…?」

 

「あぁ、だが奴も相当なダメージを負ってるはずだ」

 

ダメージが大きいのは、ウルトラマン側も同じだった。目立った傷こそないものの、内部のダメージがひどい。

怪獣には逃げられ、手痛い反撃を喰らってノックダウン。怜の初陣は燦々たるものだった。

 

なんとか立ち上がり、怪獣が逃げた方向を見つめる。もう怪獣の姿は見えないが、また来るのは確実だった。

ふと、視線を下に向けると、ウルトラマンを心配そうな目で見つめる勇者部がいた。

なんとかして「助けてくれてありがとう」と感謝の言葉をかけようとしたが、どうやらこの体の時は、うまく喋れないらしい。

困り果てた結果、ピースマークを作ることにした。それを見た勇者たちの顔が、少しだけ柔らかくなったように見えた。

 

(あー、でも、もう限界だ………)

 

ウルトラマンの体が、ぐらっとよろめく。

もはや、怜に残された体力はなく、変身を保っているのも困難だった。

ウルトラマンの体を形作る光の粒子同士の結合が綻び、体が崩れていく。

その巨体が光の粒子へと変わり霧散したのと、樹海化が解けたのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、怜は火遠理ヶ山の頂上で仰向けで転がっていた。

腕時計を見ると、現在時刻は午後4時28分26秒。どうやら世界の時が元に戻ったらしい。

ほっとため息をつき、あれは夢だったのではないかと考える。山登りで疲れた自分は、頂上の楠のそばで昼寝をしてしまったのだと、その時に見た夢がアレなのだと思いたかった。

しかし、左手に握られているゼットライザーが、夢ではないと怜に教えていた。

夢と思いたかったあの現実で出会った、彼の名前をぽつりと呟く。

 

「いますか?ゼロさん」

 

「…あぁ」

 

やはり、ノイズ混じりではあるがゼロの声を聞くことはできた。

 

「また来ますかね、あの怪獣」

 

「必ず来る。だが、困ったことに今の俺じゃ自分の体で戦えない。だから_」

 

「だから、僕が強くならないといけない。ですよねゼロさん」

 

怜は触える手で、ゼットライザーを強く握りしめた。

正直、怖い。

あの怪獣ともう一度戦うと思うと怖い。

無造作に投げ飛ばされ、それだけで立ち上がれなくなった、あの死の恐怖を思い出し、足がすくむ。

だが、それよりも、きっとまた戦うであろう、勇者部の人たちが、死ぬかもしれないことの方が怖い。

自分の手が届く場所で、自分の身近な人がいなくなるのが怖い。

誰かを失う恐怖を、前に進む力に変えて怜は立ち上がる。

そうして、茜色に染まり出した空を見上げて呟く。

 

「結局、守られちゃったなぁ」

 




教導合体怪獣スカル・ザ・ワン
ベムラーとレッドキングが合体した怪獣。
ダイナマイト一万トンに匹敵するパワーと、口から吐く「スカルペイル熱線」が武器。

<融合元怪獣>
・宇宙怪獣ベムラー
始まりの敵。こいつがいなかったら地球にウルトラマンは来なかった。
悪魔みたいな外見をしていて、その実、死刑が言い渡されてるヤベー奴。

・髑髏怪獣レッドキング
直角二等辺三角形みたいな特徴的なフォルムが特徴な人気怪獣。チャンドラーの羽根をもいだり、ピグモンを殺害する残虐性や、クリクリな目にアホの子と萌えポイントが多い。
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