無痛無情の廻理   作:翠ガス気無火十

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第壱章-転生
輪廻偸盗-勇


毎日通う病院に行くと嘘を付き、海辺の崖に来た。

 

ここに来る途中で煙草を買った。

不良達が群れて吸っていた煙草。

切っ掛けになりうるであろう最後の代物。

 

家族と呼ばれる関係の人の気持ちも、友と呼ばれるであろう関係の人の気持ちも、担任の先生の気持ちも、病院で診察するおじさんの気持ちも、採血する看護師の女性の気持ちも、テレビで喋るアナウンサーの気持ちも。

 

人の気持ちは1から10まで全く分からなかった。

 

ここまで来て喫煙者の気持ちも分かる訳もないけど、最後の願掛け?

 

フィルムを破き、箱を開け、中の紙も破って出てきた煙草を口にくわえ、火を付ける。

 

―――苦い。

 

それ以上でもそれ以下でもない。

 

テレビではフワフワするとか何とか言ってたけど、フワフワってどんな感じだろう。

 

フワフワどころか、ドキドキとかゾクゾクとか。

僕には何も感じる事が出来なかった。

 

嬉しいって、憎いって、悲しいって、楽しいって、何だったんだろう。

 

意味を理解出来ても実感は出来ない。

 

まあ、問題ない。

 

今日で不死原(ふじわら)十溢(とういつ)の人生は終わるのだから。

 

両親には留められた。

 

愛と呼ばれる物だろうか。

 

もし愛を捧げられていたとしても何も感じる事の出来ないこの体の事を知っている両親が、不出来だと呟いた両親が僕を愛していたと、世間的には言わないだろう。

 

火の粉がフィルターに達した。

 

最後まで何も感じなかった。

 

フワフワとは幸せな状態だったのだろうか。

 

吸殻を踏み付け崖から身を投げた。

 

透き通る海面に打ち付けられることなく、槍の様に入水し、岩に阻まれる事なく緩やかに海底に達した。そこには沢山のゴミが沈んでいた。これで僕もこのゴミの仲間入りだ。

 

肺に残った酸素を全て吐き出し海水を吸い込むとあっという間に視界が黒く染った。

 

 

 

目論見通り上手に死ねそうだ。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

気付けば僕は抱かれていた。

目は開かず、音も上手く聞こえないが、抱きかかえられている。

 

少ししてベッドに移された後に、目も耳も正常に機能し始めた。口はまだパクパクする位しか動かせない。

 

これが転生ってやつか。

前世で見たテレビで前世の記憶を残して産まれた子供の特番をやってた気がするが、自分がその子供と同じ境遇になるとは思ってもなかった。

 

この体が前世の様な病気を持ってなければ少しは長生きしがいのある人生を送れるかもしれないとこの時の僕は考えていた。

 

 

 

―――数年後

 

本が頭に落ちて来た。

痛みを感じなかった。

 

タンスに頭をぶつけた。

痛みを感じなかった。

 

よろけて後頭部を床に叩きつけた。

痛みを感じなかった。

 

紙で指を切った。

痛みを感じなかった。

 

足をぐねった。

痛みを感じなかった。

 

雨戸を閉めた時、指を挟んで爪を割った。

痛みを感じなかった。

 

前世の病気は引き継がれた。

 

初めは鈍いだけかとも思ったけど、ここまで来れば間違いない。

 

母は心配に感じ病院へ連れ行ってくれた。

産まれた時も産声をあげなかった事を不審に思って1週間診てもらったらしいが、稀にあるらしいと先生に言われ、その時は納得したらしいが、今思うと産まれた時に気付けたかもしれない。と、母は呟いた。

診察結果は前世で聞いた物と同じ。

 

先天性無痛無汗症

 

痛みを感じず、温度を感じる事も出来ずに汗もかかない。体に異常があっても吐いたり倒れたりしない限り分からない。

 

この日から前世と同様に毎日通院が始まった。

 

以前と変わらない。両親からは見放され、前世と同じで1人で通院する様になると思っていた。けど違った。

 

母は数年経っても一緒に通院した。

父も時々付き添う事もあった。

 

前世の両親とは全く違った。

僕を見捨てた前の両親とは違った。

 

だからと言って、何も感じない。

 

やはり自分には痛みを感じる事も、感情を揺さぶる事も出来ないのだ。

悲しくもないが。

 

しかし、この様子では自殺は意味が無いと見た。

レアケースかも知れないけど、前世の記憶も残るなら幾ら死んでも意味はない。

 

また進展のない人生だ。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

中学3年の夏

 

 

 

家族旅行も含めて、祖母の住む宮城に帰省する事になった。

通院の件は普段診てる先生が仙台にある病院の先生に推薦状を書いてくれたから問題はない。

 

初日の今日は仙台を観光した後に診察を受け、夕方に祖母の家に行く予定らしい。

この予定を組んだのは父だ。何を決めるのも父である。母は優柔不断で全て任せているらしい。

 

牛タンを食べ、祖母の家で食べる大福を購入し、都市部から離れた人気のない場所まで来ると目的地の病院が見えてきた。両親がはしゃいでいたせいか、既に日が沈みかけている。

 

「夜の病院は不気味ね」

 

困った顔をしながら母が呟いた。怖い物が苦手らしく、心霊特番などのホラー系番組が始まると直ぐにチャンネルを変えるほどだ。

 

病院の駐車場に車を停め、中に入ろうと正面入口まで来た辺りで異変に気付く。診察を行っている病院とは思えない雰囲気。硝子で出来た自動ドアの向こうは真っ暗で人気を全く感じない。

 

「本当にここよね・・・?」

 

心配そうに父の袖を掴む母。

ホラーが苦手な人からすれば一刻も早くこの場を離れたい事だろう。

 

ギギギー

 

軋む音と共に自動ドアがゆっくり開く。

そして扉の向こうから何者かがノソノソと出て来る。

 

この時、僕らが目にしたのは頭の無い白衣を着た肥った異形の存在。

怪異、化け物、幽霊。あるいは神かもしれない。それはないか。

しかし僕は何も感じない。普通の人なら恐怖するのだろうか。隣で尻もちをつく母の様に。

 

「愛子!暁彦を連れて車に戻れ!」

 

父は僕と母の前に立ち指示するが、母は腰が抜けたのか、まるで立てそうにない。

 

「クッソォォォォオオオオオ!!」

 

咆哮の後、近付いてくる化け物にタックルを仕掛けるが、化け物のカウンターが頬を掠め、血を吹きながら僕の傍まで飛んできた。

 

「勇人さん!」

 

「お母さん行こう。お父さんは僕らがここに居る事を望んでない」

 

母の手を引くが一向に立てそうにない。

 

父は再び化け物に立ち向かう。

どうして血だらけになってまで、立ち向かうのか。

 

多分、僕らを愛しているのだろう。

 

しかし、僕は愛を知らない。

 

僕には言葉の意味を理解することしか出来ない。

 

「お父さん、どうして」

 

僕のこの呟きは父に届くことはなかった。

父は顔が潰れた状態で再び僕らの傍まで飛ばされた。

 

一緒に舞った血飛沫が僕の顔に降り掛かる。

 

その瞬間、胸の辺りで大きな鼓動を感じた。

 

 

 

――― 輪廻偸盗(りんねちゅうとう)

 

 

 

僕の人生で無縁だった衝動。その衝動に駆られ僕は化け物に殴り掛かった。

 

初めての感覚に戸惑ったが体は勝手に動いた。

放った右ストレートは腹部に当たったが見た限り効いてない。

 

直後、カウンターの右拳が眼前に迫る。咄嗟に両腕で防いでも耐えきれずに吹っ飛ばされた。

 

「暁彦やめて!逃げて!」

 

ダメだ。

 

今の僕の選択肢にやめるも、逃げるもない。

 

ただ只管に失う恐怖に立ち向かう。

失った先に何があるか分からないから。

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