Bourder the Rainbow: あるいは不偏のトリックスター   作:fuki

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第四話:ノーサイド - 2/3

   *

 

 黒いアスファルトが、更に黒く濡れていく。

 水の粘度じゃない。

 ガソリンだ。

「出ろ! 爆発する!」

 助手席側から人が飛び出した。

 俺はひしゃげたフロントグリルから異形した足を引き抜き、運転席に回り込むとドアを引き剥がす。

 ぐったりした運転手の肩をんで引っ張り――

「いててて!! ストップストップ!!」

 ――引っかかって出てこない。

 屈み込むと、座席とダッシュボードに脚が挟まれているのが分かった。

「我慢しろ!」

 俺は後部ドアとダッシュボードを掴み、力を籠める。

 異音と運転手の叫びと共に隙間が開き、ついで、運転手が転び出た。

 その首根っこを掴み、遠くに投げる。

 直後、背後から閃光と衝撃。

 俺は吹っ飛ばされ、川の手すりに胸から激突する。

「いってえ……」

 俺の形に歪んだ柵から身体を起こし、現場を振り返る。

 川沿いの緑道と、川を渡る短い橋が交差する、狭い道。

 交差点のど真ん中で爆発炎上したクルマからあがる煙が、並木の葉桜を汚していた。

 野次馬は会社帰りのサラリーマンたち。

 あの小学生たちはもういない。

 運転手は俺に投げられた状態で倒れたまま、もう一人に介抱されてる。

 舌打ち。

 歩み寄る。

 ≪カドックスター≫と化した足の裏がアスファルトとこすれる足音。

 ≪ボロノイ≫文様が描かれたプロテクターが立てる、聞き慣れた音。

「あんた」

 俺は運転手のシャツを掴んで引き上げる。

「いててて!! やめ! 脚!」

 相手は俺より背が高い。

 だから限界まで吊し上げても、脚が地面から離れない。

「恨んでる?」

「脚! 脚! なにが!」

「離せよ! おい!」

 助手席側の人が殴りかかってきた。

 光沢のないウェットスーツのような左上腕にパンチが当たり、

「い……!」

 呻いたのは、拳から出血した相手の方だった。

「こいつが大事なのか?」

 問いに答えず、そいつは人垣を形成しつつあった野次馬の隙間から逃げていった。

 ほらな。

「俺がとめなかったら、お前らは無傷だったかもね」

「いや、だって……!」

「ブレーキは間に合ってた?」

 間に合ってれば、俺のキックはエンジンが爆発するほどクルマを破壊してない。

 こいつもそれは分かってる。

 救急車の音が近付いてきた。

「お願い! 許して! 下ろして!」

 許す。

 どうしたら許せる?

 川に落としてやろうか。

 燃える自分のクルマの上に置いて。

 走る誰かのクルマの前に投げ捨ててやろうか。

 それとも――

「――切り落としてやろうか」

「は?」

 なくせば分かるか?

 一肢くらい。

「ダメ!」

 聞き覚えのある声。

「なにしに来たんです」

 顔を向けると、野次馬の人垣を割ったスーツ姿の人物が、橋を渡ってきたところだった。

 見覚えのある展開。

 昨日と同じだ。

「離して。それはダメだよ」

 千明さん。

 またそんなこと言うんだ。

「あいつを出したらどうです? それとも変身しますか?」

「変身?」

 手を離す。

 脚から血を流した運転手が、地面に崩れて叫び声をあげる。

 ビルの隙間に風が流れる。

 川沿いの桜並木が揺れ、夕闇を撫でる。

 安心したか、千明さんは笑った。

 でも笑ってない。

 同じだ。

「もういいや」

 踏切り。

 あの人の≪トリックスター≫は壊した。

 俺を邪魔するヤツはいない。

 いや、あれだって役に立たなかった。

 他のヤツを迎えてたって。

 俺の方が強い。

 だから見逃したのに。

「ふっ!」

 防御はなかった。

 異形化した足は、すんなりと腹に刺さった。

 吹っ飛んだ人の形が桜の幹に当たり、地面に転がる。

 衝撃に鳥が飛び立ち。

 バッグの中身が飛び散り。

 動かなくなった。

 あぶくが破裂する音が聞こえて。

 黒いアスファルトが、更に黒く濡れていく。

 

   *

 

 更けていく夜の紫色と、ビルの隙間に切り取られた橙色。

 伸びていく影と、境界を曖昧にする光。

 川の向こうに落ちていく夕日。

 手の先に、掌大の彫刻。

 指を動かす。

 届かない。

 私じゃダメか。

 脇役の出番はここまで。

 接合と分断を。

 創造と破壊を。

 表裏一体で。

 もたらし。

 奪い去る。

 一緒くたに。

 善意と悪意を。

 希望と絶望を。

 脇役は翻弄されるだけ。

 主役はどこ?

 私はダメ。

 あなたは?

 霞のように揺らぐ彫刻。

 世界から影を奪っていく夕日。

 指先に触れる、境界を失いつつある影。

 そのtrick(イタズラ)に、私は「どうしたもんかな」と呟くしかない。

 

   *

 

「よし……」

 千明さんは動かなくなった。

 近付き、転がっていた≪ドット≫文様の欠片を拾う。

 こいつは危険だ。

 なにをしでかすか分からない。

 割れたもう一片も回収しないと。

 千明さんのバッグから散乱した品々をチェックするが、それらしいものは見付からない。

 持ってきてるはずだ。

 バッグを拾い上げ、中を検め――

「ん?」

 ――野次馬の視線に気付く。

 電話のカメラをこちらに向けてる彼らは、俺が見てると分かると電話を逸らした。

 誰も直視しない。

 俺が強盗に見えるのか?

 それとも人殺し?

 お前らを助けてやったんだぞ。

 千明さんとこいつが一緒にいたら、いつどこからクルマに突っ込まれるか分からない。

 だから、この≪トリックスター≫の力を得たヒーローが、助けてやったのに。

 広めてくれたっていいんだぜ。

 そうしたら、俺は――

「――?」

 連中の電話の向き先が変わった。

 俺の左手。

 誰を映してる?

 顔を向け、目を疑う。

「千明さん?」

 俺の蹴りが土手っ腹に空けた穴は……そのままだ。

 バックルが割れてベルトが両側にぶら下がり、丹田に黒い穴が見える。

 穴?

 穴じゃない。

 あれはなんだ?

「来て」

 その呟きが聞こえた時、右手のひらの感覚が曖昧になった。

 掴んでいたはずの、半分の彫刻の存在感が薄れていく。

 そしてそれは、千明さんの右手に握られている。

 なにが起きた?

 なにをされた?

 把握できない。

「ドットくん」

 千明さんは左手の指で、自分の穴を撫でる。

 穴じゃない。

 彫刻の断面だ。

 俺が空けた穴を、彫刻の一片が埋めてる。

 そこに千明さんが、手にしたもう一片の彫刻を合わせ――

「変身」

 ――闇が生じた。

 太陽が落ちた、光と影が混じり合う金色の世界に、ぽっかり穴を空ける闇。

 その闇は、徐々に存在感を増し。

 気付けば、人の形をした異形がいた。

 

   *

 

「なんで……」

 誰かの電話から配信されてる動画で、真墨が暴れてるのは分かってた。

 でもまさか、千明さんまで≪トリックスター≫になっちゃうなんて。

 荒い画質で見る千明さんは、≪カドックスター≫を思わせる角の立ったプロテクターをつけた真墨と違い、なにも身につけてない。

 頭のてっぺんから足先までピッタリしたゴムみたいなもので覆われただけだから、シルエットはセクシー。

 でも表面の質感はマットで立体感が希薄だし、頭は若干の面が出ているけど顔はないし。

 なにより全身に、握り拳大の穴が≪ドット≫文様のように点々と空いてるから。

 ただただ異様だ。

「……なんで変わんないの?」

 そんな風に悠長に動画を見てるのは、大通りを渡る信号が赤のままだから。

 もう五分は、大小のクルマが左右に過ぎていくのを見送ってる。近くに歩道橋もないし、別の信号に向かおうとした途端に青信号になったらイヤだから、ずっとここで待ってるんだけど。

 車道側の信号はずっと黄色で、クルマはそれなりの徐行。でも文字通り途切れないから、無理矢理渡るのも難しい。

 ううん、あの事故からたった一週間で、あたしがクルマの前に飛び出すなんてできると思う?

「もう行っちまう?」

「こっち側のコンビニってどこにあったっけ」

「ホームから向こう側に降りれるよな」

 そんな声も聞こえてくる。

「赤信号、みんなで渡れば怖くないよな」

 怖いよ、バカ。

 電話の画面の千明さんは、防戦一方だった。

 当然だ、真墨はブレイキンの応用で攻撃してる。

 ほとんど逆立ちや腹這いの状態から低いキックが繰り出されるから、千明さんからは狙いにくいし避けにくい。

 でも、それ以上に千明さんが――

『どういうつもりですか』

 ――真墨を殴りも蹴りもせず、抑え込もうとしてるのが原因だ。

『異形化してまで、俺に蹴り殺されたいんですか!』

 逆さまの頭を軸に回転する真墨の脚を掴もうとして、千明さんの腕が弾かれる。音はよく分からないけど、なにかが飛び散ったように見える。

 千明さんの顔は分からない。

 ≪トリックスター息子≫のような、歪な頭が前後左右に動くだけだ。

『いいですよ、俺があんたの腹をかっさばいて、あいつを取り出してあげますから』

 ダメだ。

 このままじゃ、真墨が千明さんを殺しちゃう。

 レザーネックレスで首からさげた、グリちゃんを握る。

「もういいや」

「行こ行こ」

 その時、周りが動き出した。

 業を煮やした人たちが、手を挙げながら赤信号の横断歩道に足を踏み入れた。

 少しずつ伸びていく人々の形に、変わらない黄信号で徐行してたクルマも察したか、クラクションを鳴らしながらもスピードを落としていく。

「え? え? マジ?」

 あたしは、その波に乗れない。

 その時、動画の音が途切れた。

 着信で電話の画面が切り替わってる。

「こんな時に!」

 番号に見覚えはなかったけど、出る。何度も鳴らされるのは面倒だし。

「もしもし?」

 名乗られた……みたいだけど、聞き取れなかった。電話の向こうはハウリングのような持続音が鳴ってて、声も途切れ途切れだ。

「あの、今忙しいんです! 後にしてくれます!?」

 そうこうしてるうちにも、歩道に溜まった人たちはずるずる車道に出て行く。

 どうする?

 あたしも?

『――を宿主から分離して下さい。“闇還り(やみがえり)”が起こっています』

 え?

「もしもし!? 知ってるんですか!? 真す――あの人たちが!」

『想定外の状況に、彼らがついていけてません。闇が逆流して、宿主を侵しています』

 通話は安定してきたけど、言ってることが分からない。

 でも、真墨がヤバいってことだけは分かる。

「どうすれば!」

『摘出するしかありません。あなたの≪ぐるぐる≫の彼で』

 ≪ぐるぐる≫――グリちゃんで……摘出?

「む、無理ですよ、あたしに切れるわけないじゃないですか」

 ≪首飾りックスター≫を隠すように、胸元を押さえる。

『あなたには無理です。彼らと連携するんです』

「あの人だって! 医者じゃないんですよ!?」

『医者ではもう助けられません』

 なんだ?

 なんの話が進行してるの?

 歩道の人たちはあたしの両脇から車道に出て行って、その流れは途切れつつある。

 また渡れなくなる。

『闇を制御できない彼に、≪ボーダー≫は制御できません』

 展開についていけない。

 ううん、ついていきたくない。

 視界の右端で、クルマが動き出すのが見える。

 でも。

「真墨……!」

 グリちゃんを握り締める。

 あの子がまたなにかを失うなら、また、あたしが傍にいなきゃ。

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