Bourder the Rainbow: あるいは不偏のトリックスター 作:fuki
*
低い位置から迫る脚を、さばき、抑え、時に食らう。
いや、けっこう食らう。
(どうしたもんかな)
心臓の早鐘を遠くに聞きながら、ぼんやりと思う。
変身はできた。
真墨さんと同じ力は手にした。
でも。
「俺と踊る気、あるん――ですか!」
逆立ちからバネのように身体を伸ばしたキックを放ちながら、真墨さんが言う。
直角の踵が私の前腕に当たり、彫刻の破片が飛び散る。
火花は出ない。石と石だから当たり前だ。
「やっとまともにやり合えると思ったのに!」
ギャラリーはまだいる。
夕焼けもとっくに去った橋の上で、二つの黒い物体が蠢く様は、どう見えてるんだろう。
地味かな。
「落ち着いて、私の話を聞いて」
「なら、決着をつけましょうよ!」
そうは言うけど。
決め手がないんだよ。
必殺技みたいなの、ないの?
「ほらッ!」
顎を蹴り上げられた。
身体は浮かぶけど、衝撃は中身に届かない。
数メートル吹っ飛んで、反転。
欄干に着地。
もうちょっとで川に落ちてた。
真墨さんは、逆立ち状態から復帰すると、私を睨んでくる。
「負けるべくして変身したんですか! あんたは!」
欄干の上に立ち上がる。
普段なら怖くてできないこと。
なんでこんなに落ち着いてるんだろ。
一回、死んだから?
「あの子のことを考えて。こんなことしてる場合じゃないよ」
「分かってますよ、あいつのためです。これ以上、あんたが誰かを傷付ける前に、あんたをとめる」
「悪かったと思ってる。でも、今はその子をなんとかしなきゃ」
私の口が喋ってる。
私が言いそうなことだし。
私が考えそうなことだけど。
数センチ乖離してる気分。
「危険なのはこいつらじゃない、あんたこそが危険なんです!」
真墨さんが踏み切った。
私も飛び上がる。
その勢いだと、橋から飛び出しちゃうけど?
いや、真墨さんは欄干を掴んで反転。
「お?」
空中で動けない私に真っ直ぐタックル。
私たちはそのまま桜に突っ込み、枝をへし折り――
「おお!」
――川に落下した。
整備された浅い川底に打ち付けられ、二つの水柱が立つ。
「いってて……」
「無茶するね……」
街中の濁った水に濡れた私たちは、各々立ち上がる。
髪をかき上げようとして、つるつるの≪ドット≫文様を撫でた。
真墨さんも≪カドックスター≫の直角を指でなぞった。
「埒が明きませんね、千明さん」
真墨さんは名前を口にした。
こちらを覗き込んでるギャラリーに声は届かないか。
街の隙間、護岸された幅一〇メートルそこそこの川底からは。
「一晩中やります?」
「悪いけど、明日も仕事だから」
彫刻の表面を流れる水が、≪ドット≫の穴や≪ボロノイ≫の線に染み込んで文様を際立たせる。
どうすれば、真墨さんの異形化を
可能性は一つある。
やれる?
「ドットさん!」
声が落ちてきた。
ようやく聞き慣れてきた声が。
見上げると、橋の上に小柄なシルエット。
「これ!」
なにかが投げられた。
「友紀?」
真墨さんも振り返る。
革紐で放物線を描いて落ちてくるそれは――
「グリちゃん!」
――友紀さんの、≪ぐるぐる≫文様の≪首飾りックスター≫。
真墨さんが腰を落とす。
奪う気だ。
川底に引っかかってた大ぶりの枝を拾い上げ、跳ぶ。
真墨さんも続く。
足に≪トリックスター≫を宿してのジャンプは速く高い。
それは予測済みだ。
「ほい!」
左手の枝を振り回す。
葉桜の茂る枝で真墨さんの手を叩き、その隙に右手を伸ばして革紐を……!
「渡さない!」
目を向けた時、視界を≪ボロノイ≫文様が覆い――
「!」
――顔面を蹴られた。
真墨さんのドロップキックが当たったっぽい。
空中で体勢を一八〇度回転させた?
さすがストリートダンサー。
背中から川に落ち、また水を立てる。
真墨さんは足から着地。
でも。
「ドットさん!」
友紀さんの声に応えるように、私は右手を突き上げる。
グリちゃんはここにある。
ギャラリーが歓声を上げた。
応援されてる?
「どうするつもりです」
水飛沫で文様を濡らした真墨さんが言う。
「不毛ですよ、こんな争い」
「そう思う?」
握ったままの枝を川から引き上げ、立ち上がる。
「ボロノイをとめて下さい! あの子のために!」
あの子。
それしかないのか。
「二度も殺させないでください」
真墨さんが、踊るようにステップを踏む。
友紀さんが、橋の上で欄干を握っている。
「ごめんね」
革紐を右手に巻き付け、グリちゃんを右手に握り込み、左手で保持した枝を掴む。
直後。
黒い物質が枝を飲み込み、側枝を切り捨てて主枝を包んだ。
それは握る手の少し上から潰れるように平らになり、先端に向けて鋭さを増していく。
日本刀?
そう見えるけど、どこか歪。
鍛冶により現れた必然の形じゃない。
やはり異形。
でも、今の私に必要な形。
「いいですよ」
応えるように、真墨さんが走り出す。
全力疾走じゃない。
左右に揺れるフットワーク。
「ついてこれますか! 俺のBPMに!」
そのまま、上下自在の四肢を活用したブレイキン攻撃を繰り出す。
新しい得物じゃ対処できない。
これに異形と真墨さんを切断できる切れ味があるなら、迂闊に刃を向けられないから。
真墨さんもそれを分かってて、距離を詰めてきてる。
どうする?
どうしたら、真墨さんの右脚を狙える?
本気?
私みたいな脇役に、切断なんてできる?
どれくらい血が出るかな?
救急車が来る前に止血できる?
間違えて左脚を切っちゃったら?
そもそも膝の下をうまいこと狙える?
うまくいっても、トリックスターが身体に侵蝕してたら?
助けられるところまで切り刻むの?
格技専攻は柔道だったのに?
料理だって下手クソなのに?
うまくいくわけない。
「こん……にゃろ!」
柄を握る拳で真墨さんの胸を殴り、距離を空ける。
やっぱり埒が明かないか?
でも顔を上げた時、私は笑った。
「なんですか」
「ううん、一晩中は無理そうだな、って」
肩で息をしてた真墨さんは、たぶん、≪ボロノイ≫の下で顔を赤くした。
「一晩も要りませんよ!」
言うや否や、真墨さんは跳躍、頭から地面に落ちる。
そして頭頂を軸に回転しての、両脚の攻撃。
頭は遠く、脚は広い。
攻守を兼ね備えた竜巻のようなムーブ。
その回転数が、上がっていく。
異形のキック。
近付いてくる。
(どうしたもんかな)
私の後ろの方にいる私は、落ち着いてる。
当然の理屈だ。
そのための力は、なぜかここにある。
(どうしたもんかな)
もう脇役じゃいられないのかもしれない。
でも、トリックスターなら。
二つの世界を隔てる
だから、力を貸して。
グリちゃんの≪ぐるぐる≫文様が――木の年輪を思わせる同心円が複数絡み合った文様が、刃に沈み込んで輝きを放つ。
昼と夜の隙間に満ちる、金色の光を反射して。
上段に構え、左手で強く握る。
真墨さんは迎え撃つ気だ。
高速で去来する右脚と左脚。
その間隙に。
(ここ!)
金色の刀を振り下ろし――
*
――弾いた!
反転した世界で、金色の刀が回転しながら飛んでいくのが見えた。
俺の
勝った。
千明さんのドットくんも。
友紀のグリちゃんも。
俺をとめられない。
分からせてやる。
母親にだって。
次周回の右脚で、渾身の力を込めたキックを――
「え」
――外れた。
なんで。
刀を弾かれて、千明さんはバランスを崩してるはず……!
いや。
右腕が。
振り上げられたままだ。
左腕だけで切れると思った?
違う。
飛び去った刀は、もうただの桜の枝に戻ってる。
わざとだ。
グリちゃんを親指で押さえたままの右腕に、刀と同じ文様が刻まれていく。
小指の先端から肘に達した、日本刀のような波を描く刃に。
捨てたのか。
枝を。
その腕が振り下ろされる。
ダメだ。
もう一回転。
弾け!
左脚!
届かない。
爪先が胸をかする。
なら右脚で!
右脚で――
ず、と。
≪ボロノイ≫文様のプロテクターに、金色の刃が潜り込み――
*
――黒い物体が宙を舞った。
異形が回転のバランスを崩し。
もう一方の異形が、それを抱きかかえ。
遅れて、水飛沫があがった。
真墨。
声を出そうとして、息を吸ってなかったことに気付く。
いつから?
息を吸う。
同時に、吐き気がこみ上げる。
目がチカチカする。
大通りの方から、救急車の音が聞こえる。
「なに?」
「勝ったの?」
「どっちが?」
野次馬に困惑が広がる。
必殺技名のコールも、光の奔流も、爆発もない。
地味な終わり。
それでも、終わりは終わり。
異形の一方がこちらに手を振る。
あたしは握った手を広げかけて。
周りから歓声があがった。
やめてよ。
そんな場面じゃないんだよ。
あれが誰と誰か、知ってるの?
知ってるわけない。
街中で暴れてた怪人と、それをとめようとする怪人の戦い。
それだけ。
救急車がとまった。私がここに来る前に呼んだヤツだ。
担架が下ろされ、右の太腿をきつく縛られた真墨が担架に乗せられた。
「え?」
いつの間に?
誰がここまで引き上げた?
真墨は身体をガクガクと震わせて、意識もほとんどなさそう。
警察は来てない。
救急車は走り去る。
千明さんは?
橋から川を見下ろす。
そこにいたのは、NIKEのスニーカーと≪カドックスター≫を手にした、黒い異形。
と、マジックアワーの輝きが失われ、川は闇の中に沈み――
「あ」
――街灯がついた時には、なにもいなかった。
欄干にもたれる。
そこに置かれた、≪首飾りックスター≫を握り締めて。
なんてことをさせちゃったんだろ。
望み通りの結末なのに。
*
変身中にズレた靴下を直しながら、バッグを肩に現場を離れる。
人の流れは無方向で、スーツも普通だし、目立ってはいないはず。
「でも、なあ」
大通りを避け、裏通りの住宅街をとぼとぼと歩く。
こちらの道にも、すっかり慣れてしまった。
あのギャラリーを、店内で会話をしてるオーナーを横目に通りすぎ、駅を目指す。
「どうしたもんかな」
私の顔、誰かの動画とかに残ったかな。
残っただろうな。
真墨さんと友紀さんは、どうするのかな。
今までと同じじゃいられないはず。
と、脇の道からバンが現れ――
「お?」
――通りを塞いで停車した。
「え? え?」
普通の服の、普通の人たちがゾロゾロ降りてきた。
……私を見てる。
「えっと、どうしました?」
背後でクルマの音。振り返ると、セダンから同じような人たちが現れる。
「んん……?」
なんだなんだ?
警察にしては服装が不統一だし、佇まいも威圧的じゃない。
「ご無沙汰してます」
また振り返る。
バンから降りてきた人が、私に会釈していた。
「あ、はい……?」
街灯に照らされたその人物は、見覚えのない男性だった。
度の強そうな眼鏡に、親しみを覚える顔立ち。ポロシャツにチノパン、足回りもカジュアルなスニーカーで、会社帰りのハイヤーから降りてきた重役には見えない。いや、逆にらしいか?
「えっと、どちら様でしたっけ?」
恐る恐る問う。客先のお偉いさんだったらまずい。
「
聞き覚えがない。
いや……浅野? そんな文字列、どこかで見たような――
「――作家さん!? ≪トリックスター≫の!?」
「声が大きいですよ」
と、浅野さんは眼鏡の奥の目で笑った。
「先日、お電話を差し上げたと思っていましたが」
「……あー、アレが?」
岸井さんと飲んで帰った時の?
「ああ、ごめんなさい。あの時、電波が悪かったか、よく聞こえてなくて。問題がどうとか?」
「ええ、その時が来たんです」
たしかに問題は起きた。
「でも、それは私が、まあ一応――」
「――保科さんが、あなたのほうをフォローするとは思いませんでした」
ん?
え?
「
“闇還り”?
処置?
「通信状況を改善した方がいいですね」
住宅街の谷間、クルマに切り取られた通りで、私は混乱してる。
分かることは、ただ一つ。
「私が――」
――問題だった?
「では」
その合図で、周りの人たちが動き出す。
普通の人たち。
目が二つ、鼻の穴が二つ、口が一つ。
穴の数は合ってる。
手脚も四本ある
肌も自然だ。
でも、なんでだろう。
人に見えない。
異形?
最初のメインエピソードはこれにて終了ですが、なにも解決していませんね。
≪トリックスター≫の作者も登場し、次回からは次のエピソードが始まりますが、投稿はここで一区切りです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
機会がありましたら、第五話『Just Do It!』でお会いしましょう。