Bourder the Rainbow: あるいは不偏のトリックスター   作:fuki

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第四話:ノーサイド - 3/3

   *

 

 低い位置から迫る脚を、さばき、抑え、時に食らう。

 いや、けっこう食らう。

(どうしたもんかな)

 心臓の早鐘を遠くに聞きながら、ぼんやりと思う。

 変身はできた。

 真墨さんと同じ力は手にした。

 でも。

「俺と踊る気、あるん――ですか!」

 逆立ちからバネのように身体を伸ばしたキックを放ちながら、真墨さんが言う。

 直角の踵が私の前腕に当たり、彫刻の破片が飛び散る。

 火花は出ない。石と石だから当たり前だ。

「やっとまともにやり合えると思ったのに!」

 ギャラリーはまだいる。

 夕焼けもとっくに去った橋の上で、二つの黒い物体が蠢く様は、どう見えてるんだろう。

 地味かな。

「落ち着いて、私の話を聞いて」

「なら、決着をつけましょうよ!」

 そうは言うけど。

 決め手がないんだよ。

 必殺技みたいなの、ないの?

「ほらッ!」

 顎を蹴り上げられた。

 身体は浮かぶけど、衝撃は中身に届かない。

 数メートル吹っ飛んで、反転。

 欄干に着地。

 もうちょっとで川に落ちてた。

 真墨さんは、逆立ち状態から復帰すると、私を睨んでくる。

「負けるべくして変身したんですか! あんたは!」

 欄干の上に立ち上がる。

 普段なら怖くてできないこと。

 なんでこんなに落ち着いてるんだろ。

 一回、死んだから?

「あの子のことを考えて。こんなことしてる場合じゃないよ」

「分かってますよ、あいつのためです。これ以上、あんたが誰かを傷付ける前に、あんたをとめる」

「悪かったと思ってる。でも、今はその子をなんとかしなきゃ」

 私の口が喋ってる。

 私が言いそうなことだし。

 私が考えそうなことだけど。

 数センチ乖離してる気分。

「危険なのはこいつらじゃない、あんたこそが危険なんです!」

 真墨さんが踏み切った。

 私も飛び上がる。

 その勢いだと、橋から飛び出しちゃうけど?

 いや、真墨さんは欄干を掴んで反転。

「お?」

 空中で動けない私に真っ直ぐタックル。

 私たちはそのまま桜に突っ込み、枝をへし折り――

「おお!」

 ――川に落下した。

 整備された浅い川底に打ち付けられ、二つの水柱が立つ。

「いってて……」

「無茶するね……」

 街中の濁った水に濡れた私たちは、各々立ち上がる。

 髪をかき上げようとして、つるつるの≪ドット≫文様を撫でた。

 真墨さんも≪カドックスター≫の直角を指でなぞった。

「埒が明きませんね、千明さん」

 真墨さんは名前を口にした。

 こちらを覗き込んでるギャラリーに声は届かないか。

 街の隙間、護岸された幅一〇メートルそこそこの川底からは。

「一晩中やります?」

「悪いけど、明日も仕事だから」

 彫刻の表面を流れる水が、≪ドット≫の穴や≪ボロノイ≫の線に染み込んで文様を際立たせる。

 どうすれば、真墨さんの異形化をDisable(無効)にできる?

 可能性は一つある。

 やれる?

「ドットさん!」

 声が落ちてきた。

 ようやく聞き慣れてきた声が。

 見上げると、橋の上に小柄なシルエット。

「これ!」

 なにかが投げられた。

「友紀?」

 真墨さんも振り返る。

 革紐で放物線を描いて落ちてくるそれは――

「グリちゃん!」

 ――友紀さんの、≪ぐるぐる≫文様の≪首飾りックスター≫。

 真墨さんが腰を落とす。

 奪う気だ。

 川底に引っかかってた大ぶりの枝を拾い上げ、跳ぶ。

 真墨さんも続く。

 足に≪トリックスター≫を宿してのジャンプは速く高い。

 それは予測済みだ。

「ほい!」

 左手の枝を振り回す。

 葉桜の茂る枝で真墨さんの手を叩き、その隙に右手を伸ばして革紐を……!

「渡さない!」

 目を向けた時、視界を≪ボロノイ≫文様が覆い――

「!」

 ――顔面を蹴られた。

 真墨さんのドロップキックが当たったっぽい。

 空中で体勢を一八〇度回転させた?

 さすがストリートダンサー。

 背中から川に落ち、また水を立てる。

 真墨さんは足から着地。

 でも。

「ドットさん!」

 友紀さんの声に応えるように、私は右手を突き上げる。

 グリちゃんはここにある。

 ギャラリーが歓声を上げた。

 応援されてる?

「どうするつもりです」

 水飛沫で文様を濡らした真墨さんが言う。

「不毛ですよ、こんな争い」

「そう思う?」

 握ったままの枝を川から引き上げ、立ち上がる。

「ボロノイをとめて下さい! あの子のために!」

 あの子。

 それしかないのか。

「二度も殺させないでください」

 真墨さんが、踊るようにステップを踏む。

 友紀さんが、橋の上で欄干を握っている。

「ごめんね」

 革紐を右手に巻き付け、グリちゃんを右手に握り込み、左手で保持した枝を掴む。

 直後。

 黒い物質が枝を飲み込み、側枝を切り捨てて主枝を包んだ。

 それは握る手の少し上から潰れるように平らになり、先端に向けて鋭さを増していく。

 日本刀?

 そう見えるけど、どこか歪。

 鍛冶により現れた必然の形じゃない。

 やはり異形。

 でも、今の私に必要な形。

「いいですよ」

 応えるように、真墨さんが走り出す。

 全力疾走じゃない。

 左右に揺れるフットワーク。

「ついてこれますか! 俺のBPMに!」

 そのまま、上下自在の四肢を活用したブレイキン攻撃を繰り出す。

 新しい得物じゃ対処できない。

 これに異形と真墨さんを切断できる切れ味があるなら、迂闊に刃を向けられないから。

 真墨さんもそれを分かってて、距離を詰めてきてる。

 どうする?

 どうしたら、真墨さんの右脚を狙える?

 本気?

 私みたいな脇役に、切断なんてできる?

 どれくらい血が出るかな?

 救急車が来る前に止血できる?

 間違えて左脚を切っちゃったら?

 そもそも膝の下をうまいこと狙える?

 うまくいっても、トリックスターが身体に侵蝕してたら?

 助けられるところまで切り刻むの?

 格技専攻は柔道だったのに?

 料理だって下手クソなのに?

 うまくいくわけない。

「こん……にゃろ!」

 柄を握る拳で真墨さんの胸を殴り、距離を空ける。

 やっぱり埒が明かないか?

 でも顔を上げた時、私は笑った。

「なんですか」

「ううん、一晩中は無理そうだな、って」

 肩で息をしてた真墨さんは、たぶん、≪ボロノイ≫の下で顔を赤くした。

「一晩も要りませんよ!」

 言うや否や、真墨さんは跳躍、頭から地面に落ちる。

 そして頭頂を軸に回転しての、両脚の攻撃。

 頭は遠く、脚は広い。

 攻守を兼ね備えた竜巻のようなムーブ。

 その回転数が、上がっていく。

 異形のキック。

 近付いてくる。

(どうしたもんかな)

 私の後ろの方にいる私は、落ち着いてる。

 トランク()を活かすために、ブランチ()を捨てる。

 当然の理屈だ。

 そのための力は、なぜかここにある。

(どうしたもんかな)

 もう脇役じゃいられないのかもしれない。

 でも、トリックスターなら。

 二つの世界を隔てる(ボーダー)に立ち、主役たちの行く末をほんの少しだけ操作する存在なら。

 だから、力を貸して。

 グリちゃんの≪ぐるぐる≫文様が――木の年輪を思わせる同心円が複数絡み合った文様が、刃に沈み込んで輝きを放つ。

 昼と夜の隙間に満ちる、金色の光を反射して。

 上段に構え、左手で強く握る。

 真墨さんは迎え撃つ気だ。

 高速で去来する右脚と左脚。

 その間隙に。

(ここ!)

 金色の刀を振り下ろし――

 

   *

 

 ――弾いた!

 反転した世界で、金色の刀が回転しながら飛んでいくのが見えた。

 俺のBPM(回転数)も落とされたけど、とまってはいない。

 勝った。

 千明さんのドットくんも。

 友紀のグリちゃんも。

 俺をとめられない。

 分からせてやる。

 母親にだって。

 次周回の右脚で、渾身の力を込めたキックを――

「え」

 ――外れた。

 なんで。

 刀を弾かれて、千明さんはバランスを崩してるはず……!

 いや。

 右腕が。

 振り上げられたままだ。

 左腕だけで切れると思った?

 違う。

 飛び去った刀は、もうただの桜の枝に戻ってる。

 わざとだ。

 グリちゃんを親指で押さえたままの右腕に、刀と同じ文様が刻まれていく。

 小指の先端から肘に達した、日本刀のような波を描く刃に。

 捨てたのか。

 枝を。

 その腕が振り下ろされる。

 ダメだ。

 もう一回転。

 弾け!

 左脚!

 届かない。

 爪先が胸をかする。

 なら右脚で!

 右脚で――

 ず、と。

 ≪ボロノイ≫文様のプロテクターに、金色の刃が潜り込み――

 

   *

 

 ――黒い物体が宙を舞った。

 異形が回転のバランスを崩し。

 もう一方の異形が、それを抱きかかえ。

 遅れて、水飛沫があがった。

 真墨。

 声を出そうとして、息を吸ってなかったことに気付く。

 いつから?

 息を吸う。

 同時に、吐き気がこみ上げる。

 目がチカチカする。

 大通りの方から、救急車の音が聞こえる。

「なに?」

「勝ったの?」

「どっちが?」

 野次馬に困惑が広がる。

 必殺技名のコールも、光の奔流も、爆発もない。

 地味な終わり。

 それでも、終わりは終わり。

 異形の一方がこちらに手を振る。

 あたしは握った手を広げかけて。

 周りから歓声があがった。

 やめてよ。

 そんな場面じゃないんだよ。

 あれが誰と誰か、知ってるの?

 知ってるわけない。

 街中で暴れてた怪人と、それをとめようとする怪人の戦い。

 それだけ。

 救急車がとまった。私がここに来る前に呼んだヤツだ。

 担架が下ろされ、右の太腿をきつく縛られた真墨が担架に乗せられた。

「え?」

 いつの間に?

 誰がここまで引き上げた?

 真墨は身体をガクガクと震わせて、意識もほとんどなさそう。

 鎮痛剤(≪トリックスター≫)は失われた、ということ。

 警察は来てない。

 救急車は走り去る。

 千明さんは?

 橋から川を見下ろす。

 そこにいたのは、NIKEのスニーカーと≪カドックスター≫を手にした、黒い異形。

 と、マジックアワーの輝きが失われ、川は闇の中に沈み――

「あ」

 ――街灯がついた時には、なにもいなかった。

 欄干にもたれる。

 そこに置かれた、≪首飾りックスター≫を握り締めて。

 なんてことをさせちゃったんだろ。

 望み通りの結末なのに。

 

   *

 

 変身中にズレた靴下を直しながら、バッグを肩に現場を離れる。

 人の流れは無方向で、スーツも普通だし、目立ってはいないはず。

「でも、なあ」

 大通りを避け、裏通りの住宅街をとぼとぼと歩く。

 こちらの道にも、すっかり慣れてしまった。

 あのギャラリーを、店内で会話をしてるオーナーを横目に通りすぎ、駅を目指す。

「どうしたもんかな」

 私の顔、誰かの動画とかに残ったかな。

 残っただろうな。

 真墨さんと友紀さんは、どうするのかな。

 今までと同じじゃいられないはず。

 と、脇の道からバンが現れ――

「お?」

 ――通りを塞いで停車した。

「え? え?」

 普通の服の、普通の人たちがゾロゾロ降りてきた。

 ……私を見てる。

「えっと、どうしました?」

 背後でクルマの音。振り返ると、セダンから同じような人たちが現れる。

「んん……?」

 なんだなんだ?

 警察にしては服装が不統一だし、佇まいも威圧的じゃない。

「ご無沙汰してます」

 また振り返る。

 バンから降りてきた人が、私に会釈していた。

「あ、はい……?」

 街灯に照らされたその人物は、見覚えのない男性だった。

 度の強そうな眼鏡に、親しみを覚える顔立ち。ポロシャツにチノパン、足回りもカジュアルなスニーカーで、会社帰りのハイヤーから降りてきた重役には見えない。いや、逆にらしいか?

「えっと、どちら様でしたっけ?」

 恐る恐る問う。客先のお偉いさんだったらまずい。

浅野暢晴(あさののぶはる)と申します」

 聞き覚えがない。

 いや……浅野? そんな文字列、どこかで見たような――

「――作家さん!? ≪トリックスター≫の!?」

「声が大きいですよ」

 と、浅野さんは眼鏡の奥の目で笑った。

「先日、お電話を差し上げたと思っていましたが」

「……あー、アレが?」

 岸井さんと飲んで帰った時の?

「ああ、ごめんなさい。あの時、電波が悪かったか、よく聞こえてなくて。問題がどうとか?」

「ええ、その時が来たんです」

 たしかに問題は起きた。

「でも、それは私が、まあ一応――」

「――保科さんが、あなたのほうをフォローするとは思いませんでした」

 ん?

 え?

大條(おおえだ)さんに、あなたの“闇還り(やみがえり)”を処置してもらおうと思ってたんですが」

 “闇還り”?

 処置?

「通信状況を改善した方がいいですね」

 住宅街の谷間、クルマに切り取られた通りで、私は混乱してる。

 分かることは、ただ一つ。

「私が――」

 ――問題だった?

「では」

 その合図で、周りの人たちが動き出す。

 普通の人たち。

 目が二つ、鼻の穴が二つ、口が一つ。

 穴の数は合ってる。

 手脚も四本ある

 肌も自然だ。

 でも、なんでだろう。

 人に見えない。

 異形?




最初のメインエピソードはこれにて終了ですが、なにも解決していませんね。
≪トリックスター≫の作者も登場し、次回からは次のエピソードが始まりますが、投稿はここで一区切りです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
機会がありましたら、第五話『Just Do It!』でお会いしましょう。
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