Bourder the Rainbow: あるいは不偏のトリックスター   作:fuki

6 / 12
第二話:ペインキラー - 3/3

   *

 

「闇を……食べる?」

「そ」

 岸井さんは闇を――じゃない、イカスミのスパゲティをフォークに巻き、もりもり食べる。

「食べると、どうなるんです?」

「知らんのか」

「はい」

「闇がなくなる」

 でしょうね?

 岸井さんのお皿の横に鎮座するのは、≪雨だれ≫の≪ワビックスター≫。

 名を侘滴(わびてき)という。

 「なにを言っているんだ」とお思いでしょうが、私も紹介されただけだし。

 岸井さんの子の説明、しとく?

 短い脚を折り曲げて正座して(こうべ)をぐんにゃり垂れて詫びてるようなおちょくってるような形状で、頭のてっぺんに空いた直径一ミリくらいの穴から放射状に出た線が身体の側面を雨水のように通って胴体の途中でやっぱり直径一ミリくらいの水滴を思わせる穴に接続して終わる文様の≪トリックスター≫です。

 分かる?

 分からないでしょ、たとえばっかりで。

 でもそれこそが、名状しがたいウワサのアイツ。

 I・G・Y・O、イギョー。

「うまい」

 私は血のように赤い液体を口に運び、紅潮してきた頬を意識する。

「気に入った? そのマリアージュ」

「うまいです」

「マリアージュだよ?」

「ふふふ」

 口笛を吹くように笑い、トマトソースのニョッキを口に運ぶ。

 私のお皿の横に佇むのは、≪ドット≫の≪トリックスター息子≫。

 もう一口、酸味の強いワインを飲む。

「ん、うまい」

 そして、向かいで白ワインを楽しむ同僚を見る。

 こざっぱりした仕立てのいいタイトなスーツに、地味で軽やかだけど高価そうなアクセサリを点在させる岸井さんは、唇もワイングラスもイカスミで汚していない。

「やっぱ、同期から頭一つ抜けた人は違いますね」

「でしょ?」

 まあ、それで見せてくるのが、黒い彫刻の写真ばっかりのSNSなんだけどさ。

 って、アカウント教えなくていいよ。

「片淵さんだって、間違いなく技術はトップクラスなんだから、ガツガツいけば絶対昇給できるよ」

「そうですかねえ」

「そうなんです、私なんてマネージャーの勉強しないと、あっさり追い落とされるって」

「私よりなあ。荒川さんが優秀だもんなあ」

「そう、あいつもね。でも荒川ちゃんはもっと大きいところに移るだろうな。え、片淵さんも? 二人で起業する気?」

「どうしたもんですかねえ」

 受け答えが雑だぞ。

 今は私の上司なのに。

 でも、二人の食事に誘われた時はどうしようかと思ったけど、意外と普通に話ができてる気がする。

 君たちを触媒にしてね。

 なにが目的だったんだっけ。

 周りからどう思われてるんだろうな。

 そこそこ高いイタリアンのお店で、ディナーを楽しむスーツ姿の二人。

 デート?

 不倫?

 この後は?

 ドットくんの頭を人差し指で叩く。

 赤のデカンタの減りが早い。

 あんまり見られたくないな。

「それで? “闇を食べる”って?」

「ん? ああ」

 と、岸井さんも自分の子を撫でた。

「“闇食み(やみはみ)”だったかな? ネットじゃそう言われてんの。冗談っていうか、あれだよ、SCPとか『超空のギンガイアン』みたいなヤツ」

 そのたとえ、なにかを説明してるの?

「特定のコミュニティが共有してるファンタジー、って言えば分かる?」

「『ここだけ『ピンクダークの少年』が連載中のスレ』みたいな?」

「スレ? まあそうなのかな? まあ、そういう人たちが言っててね」

 自分もその一人だろうに、ずいぶん客観的な言い方だな。

 ニョッキが芋虫に見える。

 フォークでお腹をくすぐる。

 今度作ってみようかな、ニョッキ虫。

「でも、抽象的すぎません? 闇?」

「ダメ?」

「じゃないですけど」

「ほら、私なんて全然闇要素ないだろ? 侘滴(わびてき)が食ってくれるからさ」

侘汁(わびじる)くんが」

「ウソだよ?」

「分かってますよ」

 私の左手が撫でてるこの子も、単なる粘土の焼き物だって分かってる。

 私よりもこのお皿の方が、存在として近いジャンルだ。

 その前提でみんな、色んなものを投影して楽しんでいるんだろう。

 そうでしょ?

 ドットくんは、頷くように傾いた。

 ほらね。

「こっちも飲む?」

「頂きまーす」

 白のデカンタを少しもらい、ワイングラスを鼻の下で揺らす。

「もう分かんないですね」

「飲み過ぎです」

 脇の下がフワフワする。

 指の感覚が曖昧だ。

 芋虫の味もよく分からない。

 こうでもなきゃ、僅か三日後に同じ大通りのお店で食事なんて、できっこないわ。

 私を狙ってるなら、今がチャンスだよ。

「すいません。この赤、お代わりくださーい」

 

   *

 

 ビートが。

 早鐘どころか、バスドラを蹴りつけるような低音と衝撃が。

 脚から頭まで、BPM一四三で突き抜ける。

 なのに、痛みがない。

 手を握り、開く。

 頭を傾け、回す。

 俺の身体か?

 おかしい。

 鉛直状態にある。

 立ってる?

 ベッドに寝てたはず。

 見上げる。

 夜空に光の穴が空いてる。

 月?

 ここは?

 室外機に階段室。

 どこかの屋上か。

 どうしてこんなところに?

 いや、どうやって?

「だって」

 見下ろす。

 緑色の入院着を。

 それが持ち上がるのを。

 右脚の膝の形だ。

 動く。

 歩ける。

 痛くない。

 手術の予定なんてなかったのに。

 恐る恐る裾をまくり――

「!」

 ――手放す。

 なんだ、今の。

 もう一度、裾をつまむ。

 脛を中心に、右脚が変化してる。

 黒い石のような物質に。

 中心に小さな穴を持つ五角形を敷き詰められ、有機と無機のグラデーションを橋渡ししてる。

「ウソでしょ」

 知ってる文様。

 ずっと欲しがってた文様。

 治してくれた。

 ≪トリックスター≫が。

 ボルちゃん。

 身体を起こす。

 月光で落ちた俺の影が、人の形をしている。

 ビートのBPMは落ちてない。

 軽くステップを踏み、身体のバランスを確認する。

 見た目は石みたいだけど、重くも軽くもない。

 パッと俯せになり、ダウンロック。

 腕で身体を支え、脚を振り回す。

 元通りだ。

 いや。

 拍動(ビート)が強い。

 今ならもっと回れるかも。

 笑いがこみ上げる。

 両手を支えに下半身を持ち上げ。

 パワームーブ。

 両手で屋上を掴み、回転。

 漕いで漕いでスピードを上げ、

 頭頂の一点でヘッドスピン。

 摩擦音のピッチが上がる。

 石と石がこすれる音が。

 石。

 コンクリートと接するのは、ヘルメットじゃなく、髪の毛でも頭皮でもなく。

 黒い石のような物質。

 これなら回れる。

 もっと鋭く、もっと速く。

 今ならどんなサイファーでだって、負ける気がしない。

 

   *

 

 脚がフワフワしてる。

 財布もけっこうフワフワしてる。

「帰れそう?」

「もちろん! また来週!」

「お疲れ様ー」

 手を振って岸井さんと別れ、大通りを歩く。

 残業帰りの人々と、定時上がり飲み会帰りの人々が混ざる、浅い夜。

 牛丼でも食べて帰ろうかな。

 お昼とか入りにくいもんね。

「お」

 着信。

 むき出しの数字が一一桁。

 アドレス帳未登録だ。

「誰だろ。はい、もしもーし」

 ……よく聞こえない。

 喋ってる?

「なんですかー」

「――極めて稀なケースですが、数件は検出されていまして」

 あ、聞こえた。

「はーい、お世話になってます、どんな問題が発生してます?」

「いえ、今はまだ問題にはなっていないので。では、その時はまた、よろしくお願いします」

 なんだ、まだ挨拶か。

「はい、こちらこそよろしくお願いします! 失礼しまーす!」

 返答し電話を切る。

 誰だったんだろ。

 この前きてたエンドユーザーの人、登録したよな。

 事故で記憶が混乱してる?

「ま、いっか」

 宣言通り、問題になったらまた来るでしょ。

「取り敢えず(うし)! 吉野家かなー松屋かなー」




怪我をしたブレイクダンサーの大條(おおえだ)真墨は、≪トリックスター≫を得ました。
異形の彫刻は真墨になにをもたらすのか、真墨はなにを選択するのか。
第三話『Kids In The Park』で、脇役はまた振り回されます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。