Bourder the Rainbow: あるいは不偏のトリックスター   作:fuki

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第三話、メインエピソードも折り返し地点です。
如何なるコードネームで本作の執筆が開始されたか、察しのいい方は分かっているかもしれませんね。
自分の中の闇をどう扱うか、≪トリックスター≫は選択をしないのです。


第三話:Kids In The Park - 1/3

   *

 

『もう、大騒ぎですよ、夜中からずっとらしいですから』

「ちょっと待って友紀さん、もうすぐ」

『急いでくださーい』

 ワイヤレスイヤフォンで友紀さんに応答しながら、私は川沿いの緑道を大股で進む。

 土曜日の朝の大通りは人も車も疎らで、平日に見られる強い人の流れもない。

 でも会社に行くでもないのに、わざわざゴミゴミした街を歩きたくない。だから住宅地を細々と流れる川の桜並木でも見ながら行こうと思ったのに。

「葉桜じゃん」

『はい? もう六月ですよ?』

「あ、ごめん、なんでもない」

 独り言を誤魔化しながら、コンクリートで護岸された狭い川を渡る。

「あれ、入口もっとあっちか」

『見えました、千明さん――』電話から耳を離した友紀さんが、公園の入口で大きく手を振った。「――こっちです!」

「お待たせ、友紀さん」

 新しい知り合いはもちろん、制服じゃなかった。

 春らしい明るい色のトップスに、オーバーサイズの軽やかなボトムス。そしてエナメルのチョーカーのペンダントトップに、先日一緒に買った≪首飾りックスター≫のグリちゃんをつけていた。

「めっちゃ可愛いじゃん」

「なに言ってるんですか」

 友紀さんは心底驚いたようで、照れもせず答えた。

 私は誤魔化すように髪をかき上げ、公園を見回す。

「けっこう人いるね」

「そりゃネット時代ですから」

 友紀さんが歩き出し、その後を追ってお祭りのように賑わう遊歩道を進む。もちろんお祭りなんてやってない。人々は進むでも戻るでもなく、公園の奥の方を見ては口々に騒いでいるだけだ。

 なにを見てるか。

「うー、さっきまであたしだって見えてたのにい」

 友紀さんは帽子を押さえてジャンプするけど、人垣の向こうは見えなそう。

 その空色のバケットハット、KANGOLか。

 さっきは気にしてなかったけど、ピカピカのデッキシューズもモノトーンでお洒落だし。

 さすが現役高校生の友紀さん、学生時代からファッション感覚を更新できてない私とはわけが違う。

 休日に呼び出されたからには、ちょっと若者っぽい服装をしようかな、なんて気負った自分が恥ずかしい。

「見えます? 千明さん」

 振り返られ、慌てて遠くに目を向ける。

 もういい、ファッションのことはもういい。

「えーっと……」

 爪先立ちになって、人々の視線の先に目を向け、

「あ」

 けっきょく、奇抜な形状(ファッション)を見ることになった。

「見えました?」

「うん、たぶん――」

「――はい、通してください。通してください」

 拡声器の声がして、二人の肩が揺れる。

「解散してください。朝から迷惑ですからね。ほら、芝生に入らないで。解散してください」

 振り向くと、紺色のベストを着た警官が二人、公園に入ってきたところだった。敷地の外にもまだいるみたい。

「集会の申請は出てません。はい、解散して。踊ってたのは? どこにいます?」

「行こう」

「え、でも」

 友紀さんの手を掴んで、身を屈めて人の波に紛れる。

 私はスーツじゃないし、友紀さんもブレザーの制服じゃないけど、明らかに大人と子供だ。

 こんなところ見られたくない、まして警察になんて。

 似たようなこと、昨日も思ったような。

 公園から出たところで手を離し、他人の振りをして足早に道を行く。あそこにいなければいいだけだ、あそこに――

「――千明さん、ちょっと、早いです」

「ごめん」

 川沿いの歩道まで離れた私たちは、手すりにもたれて一息ついた。

「どうでした?」

「どうって」

「見えました?」

「思ったより小さい?」

「だって――ですから」

 友紀さんは口に出さなかったけど、私にはその間の意図が分かった。

 私たちはしばらく辺りを見回したけど、見知った顔は見当たらなかった。

 いや、今もあの姿なのか?

 私がこの数日で想像してきたものの一つに近い、あの姿。

 電話を出し、SNSで話題になってた動画を見る。

「うん……」

 コンクリートの広場で踊る人物を写した映像。

 腕を軸に地面と水平に回ったり、逆さまになって回ったり、いわゆる“ブレイキン(ブレイクダンス)”ってヤツだと思うんだけど、撮影してる人たちが歓声を上げてるから上手なんだと思うんだけど、そこはどうでもよくて。

 話題になってるのは、その見た目の異様だ。

 顔面も含めてウェットスーツのようなぴったりした服を着てて、でも質感は革やナイロンのような光沢のある黒じゃなくて、頭、肘、膝には妙に角が立ったプロテクターを付けてて、特にサイドを刈り上げた髪型を思わせる頭はほんとどそのまま――

「――アレ、だよね」

「ですよね」

 動画の人物は逆さま回転を停めて静止し、空に向けた足を……漕いでる……? いや、やっぱりそこじゃなくて。

 その全身の表面を覆う、中心に小さな穴を持つ五角形の集合。平面上に任意に設定された複数の座標に対し、隣り合う座標の垂直二等分線で平面を分割した、クルマの自動運転などの経路探索でも使われるダイヤグラム、即ち――

「――アレ、ですよね」

「だよね」

 間違いない。

 なにが間違いない?

 異常なことが起こってるってこと。

 たぶん、あの事故の時から。

「どうしたもんかな」

 友紀さんは自分の頬をつまんで、しかめ面を見せた。

 

   *

 

「真墨!」

 母が乱暴にドアを開けた。

「脚は! 病院どうしたの!」

 俺は眉をひそめたが、『ノックしてよ』とは言わなかった。

「治った。もう退院できるよ」

 入院着姿の俺は、タンスから服をベッドに放り投げる。

 トップスはなんでもいいけど、ボトムスは裾がタイトなパンツがいい。

 プロテクターはつけていくか。

 スニーカーはどうなるんだろう。

 母はまだ俺の顔と右脚を交互に見て、口をパクパクさせていた。

 なにを言おうとしてる?

 想像できない。

 どこから説明すればいいかな。

 あの彫刻から?

「どこに行ってたの? ごはんは? お金はあったの?」

「え?」

「連絡くらいしなさい。お昼は食べたの?」

 ……そういえば、もうお昼を過ぎてる。

 病室を抜け出してから、何気に半日経ってるのか。

「ちょっと踊ってたっていうか。腹は……減ってないかな」

「とにかく、すぐ病院行くわよ。痛くない? 熱は? まず見てもらわなきゃ」

「いや、痛くないし。大丈夫だって、ほら」

 右足を軸にステップを踏み、無事をアピールする。

「やめなさい! 今タクシー呼ぶから。友紀ちゃんには連絡した? 何回もテキストあったのよ」

「俺また踊りに――」

「――ダメ! 絶対動ける状態じゃないんだから!」

「動けてるじゃん!」

「そんなわけないでしょ!」

 母の声が俺の部屋を跳ね回り、落ちる。

「ちゃんと先生から聞いてるのよ、真墨の脚はそんな状態じゃないの。痛くないのは、たぶん本当に危険な状態ってこと。油断しないで。膝下だけじゃ済まなくなるかもしれないわ」

 母はまくし立てると、俺に背を向けた。

「とにかく着替えて。入院着も持ってきてね」

 そして部屋から出て行った。

「なんだよ」

 せっかく治ったのに。

 病院に行ったら、取り出されるに決まってるわ。

 そしたら……。

「真墨! タクシー五分くらいだって!」

 着替えた俺の耳に届く、死刑宣告。

 どうする?

 窓に近付く。

 ガレージの屋根と庭、その向こうの道路まで、どのくらい?

 二五メートル?

 隣の家までは?

 NIKEのスニーカーを履く。

 窓を開け、壁際まで引き。

 息を吸う。

 ビートを高めろ。

 もう一度。

 あれは幻じゃないんだ。

 右脛が熱を帯びる。

 パンツとスニーカーを覆うように、黒い物質が脚をかき消していく。

 膝と足には、≪カドックスター≫を思わせる直角とねじれた平面で構成された、≪ボロノイ≫文様が刻まれたプロテクター。

 助走、踏切り、

「しゃっ!」

 跳躍。

 ガレージの屋根と庭、その向こうの道路が一瞬で眼下を過ぎ。

 浮遊感。

 隣の家の屋根瓦に着地。

 息を吐く。

 いけた。

 振り返る。

 大きな家の、小さな窓。

 思ったより心配されたな。

 心配はされるんだよな。

 いつだって。

 傾斜の先、街を見下ろす。

 次は、灰色の屋根の家。

 再度、跳躍。

 風にはためく服が身体に張り付く。

 手が、頭が、黒い物質に覆われ。

 俺は一つの彫刻(トリックスター)と化す。

 異形化?

 anomalize?

 そんな単語はないかな。

 スレートに着地。

 前転、勢いを殺さず走り出す。

「ふふふ」

 高揚してる。

 BPMをキープ。

 上げすぎるなよ。

 明るい空の下、カラフルな屋根の波が見える。

 俺だけに見える道が。

 次は?

 俺たちにはなにができる?

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