Bourder the Rainbow: あるいは不偏のトリックスター   作:fuki

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第三話:Kids In The Park - 2/3

   *

 

 電話を耳に当てる前に、真墨のお母さんが話し始めた。

「落ち着いて下さい、おばさん。真墨さんは?」

『戻ってきたんだけど、いなくて。友紀ちゃんは知らない?』

「連絡ないですよ」

 バスの走行音に紛れるよう、口を覆って小声で応対する。

「一度戻ってきたんですか?」

『でも警報は鳴ってないし、ゲートも開いてないし!』

「ならウチにいるんじゃ?」

『いないのよ! あの脚で!』

 あの脚?

「おばさん、真墨さんの脚はどうでした? 普通に歩いてました?」

『そうなのよ! 病院も麻酔は打ってないって! 今警察にも連絡してて!』

 動転してる。

 どうしよう。

 土曜日で外出だったら、間違いなく踊りに行ったんだと思う。

 真墨の家に向かってたあたしは、すれ違ったかっこうか。

 引き返す?

 でもおばさんも気になるし。

 ……そうだ。

「あの、ちょっと心当たりがあるんで、知り合いに行ってもらいます」

『知り合い? もしかしてお見舞いに来てくれた人?』

「はい、頼りになる人です」

『分かったけど、心当たりってどこ? 私行くわよ?』

「いえ、その――」

 真墨は普通の状態じゃないかもしれない、なんて言えない。

「――おばさんはウチにいてあげて下さい。戻ってくるかもしれませんし。私もそっちに行きますから」

『そうね……うん、分かったわ。待ってるわね』

 切れた電話を耳から離し、あたしは千明さんに連絡すべく操作する。

 その時、クラスメイトから届いたテキストに気付いた。

 

   *

 

 友紀さんから届いたURLで、なにかの動画に飛ばされた。

「おいおい、突然だね」

 電車の走行音に負けないようイヤフォンの音量を調整する。

『あれ! あれ! 見れた!? ヤバいヤバい! 上! あれヤバい!』

 もう誰のことか予想ができた。

 でも、映っている風景が予想外だ。

 七割方が空、残りが屋根で構成された映像で――別になにも異常はない。

 もう終わってる?

 巻き戻して、一時停止。

「ああ……」

 屋根の上を走る黒い影、いや黒い物質が、動画開始の一瞬に映ってる。

 次いで、友紀さんから公園の名前と情報が飛んできた。

 朝の公園とは違う、イベントにも使える野外ステージも併設された広いところだ。

 ストリートダンサーの練習場所としても有名みたいで、つまり真墨さんも馴染みってことか。

「定期じゃ無理か……脇役も楽じゃないね」

 更に着信、SNSの動画だ。

 今度はマンションからのカメラか、撮影位置が高い。

 建物をジャンプで乗り継ぎ、屋根の棟に沿って走る人影が映っている。

 歩けるようになっただけじゃないのか?

 いや、というか――

「――犯罪だよね、これ」

 屋根も不法侵入の範疇だって聞いたことがあるような。

 だとすると、刑事事件?

「どうしたもんかな……」

 私が悩むところじゃないか。

 

   *

 

 俺のムーブが終わり、次のBボーイにステージを明け渡した時、ギャラリーの何人かが肩を叩いて褒めてきた。

 今のフロアトラックスは自分でも正確にできたと思ってたから、素直に応えた。

 下半身の安定感が先週までと段違いで、だから上半身に集中を割けてたのかも。

 脚が治った嬉しさでパワームーブの連携を繰り返してたけど、ベーシックな技の精度も上がってそうだ。

 と、サイファーの輪から離れ、ペットボトルの水を口に付けた時、

「真墨!」

「お、義乃。広巳も」

 バトルでよくチームを組む連中が近付いてきた。

「来てたのか」

「うん、今一ムーブしたところ。敏音は?」

「あいつ部活。いや、それよりさ」

 義乃が俺の脚を顎で示す。

「真墨、お前、絶対ダメって言われたんじゃないの?」

「誰から聞いた?」

「広巳から」

「俺は友紀から。事故った日に」

 舌打ち。

「大丈夫だって。さっきの見てなかった? 今までにない出来だったわ」

 でも、二人は顔を見合わせた。

「脚見せてみ」

「なんで」

「なんでも。別にいいだろ?」

「ちょっと!」

「広巳、どっちだっけ」

「右。左じゃない」

「お、おい、やめろ……って!」

 振り払おうと脚に力をこめた時――

「お?」

 ――義乃が吹っ飛んだ。

 広巳は義乃を振り向き、その姿が五メートルは離れた人垣に支えられているのを見て、また俺を見た。

「なにすんだよ」

「ご、ごめん。大丈夫?」

「お、おお……?」

 広巳も、俺も、吹っ飛ばされた義乃も、ただ驚いてる。

 俺がやったのか?

 いや、右脚が?

 あんたがやったのか?

「ごめんなさい、ちょっと通して! ごめんね」

 その思考は、まだ耳慣れてない声に遮られた。

「いた! 真墨さん!」

 義乃のすぐ横のギャラリーを割って現れたのは――

「――千明さん!」

「あ……っと、こんにちは」

 肩まで伸ばした髪の毛に、裾の短いTシャツに装飾的なベルトを合わせた六分丈のジーンズと、周囲のBボーイズ/Bガールズからは浮きまくっているものの、休日の大人コーデとしてはシンプルに決まってる。

 そんな千明さんが、愛想笑いしつつも俺の方に近付いてくるんだから、嬉しくないわけがない。

「見に来てくれたんですか? 俺のムーブ!」

「え? ああ、そうじゃなくて……大丈夫?」

「俺が? なにがです?」

「なにがって」

 千明さんは、近くにいた広巳に首を振られ、人垣の一部と化した義乃に俺を示され、けっきょく視線を戻した。

「私、分かってるから。アレのこと」

 アレ。

「あ、そうですよね! ほら!」

 俺は母の前でやったように、脚の健在をアピールする。

「なにかやりますよ! こんなことしかできないですけど、俺、地面掘り返すぐらいのムーブ、かましますから!」

 だけど千明さんは、愛想笑いを浮かべた。

「その前にさ、見せてくれる? どういう状態か」

「……脚?」

「うん」

 ついさっきもした会話に、俺は眉を八の字にする。

「別に、どんなだっていいじゃないですか。治ったんですよ」

「そうだけど。あれだけの事故で入院したんだから、みんな心配なんだよ」

 母と同じ顔。

 信じていない顔だ。

「ちゃんと安心させて、ね?」

 そっか。

 眉間のしわが深くなる。

 知ってるのは予想がついてた。

 俺のあの姿は、朝もさっきも拡散されただろうし。

 でも。

 だからこそ、あんたは俺の仲間になってくれると思ってたのに。

 あんたがくれた≪トリックスター≫なのに。

 今度は取り上げる気なのか?

「俺、帰ります」

 俺は千明さんに背を向ける。

「待って、真墨さん」

「気を付けて!」

 誰かが叫んだ時には、俺の右脚は千明さんの腹に――

 

   *

 

 ――刺さらなかった。

 真墨さんのミドルキックは空を切った。

 ううん。

 とめられた。

 私に、じゃない。

 黒い人型の彫刻の、黒い左手に。

 語弊がある?

 左半身だけの身体から、半分の右脚が生えたもの。

 全身に≪ドット≫文様の穴が空いた、三肢の存在。

 形容しがたい形状の異様。

「異形」

 水を打ったような沈黙。

 私は、コンクリートに尻餅をついてた。

 顔にかかった髪をかき上げる。

 あの物体は、二メートルは離れたところに。

 突き飛ばされた?

「千明さんが?」

 呟いたのは、真墨さん。

 脚を掴まれたまま、見開いた目で異形を見てる。

 日光を穴だらけの身体で受け、地面に点々と光を漏らす物体を。

「千明さんだったんですか?」

「え?」

 私が立ち上がろうとした時、周囲にざわめきが戻る。

 真墨さんの右脛が。

 異形が掴んだ部分から、同じ黒い物体がほとばしり、右脚を覆う。

 違うのは、≪カドックスター≫のようなプロテクターに、≪ボロノイ≫文様が刻まれていること。

 つまり――

「――ドットくん!」

 私が叫ぶより早く、真墨さんが飛んだ。

 背面跳びをするように仰け反り、交差した両手で地面を掴み、脚を握られた下半身を回転。

 私の異形はそのモーメントに巻き込まれ、振り解かれ、地面に叩き付けられた。

「ほっ」

 真墨さんは身体をねじったままバク転して着地。

 歓声と拍手があがりかけ、すぐにやんだ。

 ブレイキンじゃない。

 今のは攻撃だ。

 三肢の異形は片腕で起き上がろうとする。

 でも遅い、異形に覆われた真墨さんの踵が蹴り下ろされ。

「ダメ!」

 石と石がぶつかる音。

 俯せに倒れた異形は、霞のように存在感を失い――

「ああ」

 ――私の≪トリックスター≫は、真っ二つに割れていた。

「別にいいんです」

 真墨さんの脚が見える。

「“運転手”がそいつでも」

 異形じゃなくなった、タイトなスウェットパンツをはいた脚が。

「千明さんも無意識だったんですよね。だからボルちゃんをくれたんですよね」

 転がる二片を、両手で拾う。

「なら」

 どうしようもない。

「俺の邪魔はしないでください。せめてあと一年は」

 電話の着信。

 足音が遠ざかる。

 足音が近付いてくる。

 電話を耳に当てる。

『千明さん? もう着きました?』

「ごめんね」

『どうしたんです? 真墨は?』

「ごめんね、脇役で」

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