Bourder the Rainbow: あるいは不偏のトリックスター   作:fuki

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第三話:Kids In The Park - 3/3

   *

 

 (くだん)の存在はSNSで拡散され、ネットニュースにはなった。

 でも、そこまでだった。

 朝の公園のダンスと昼の屋根上の疾走は、不鮮明だったり遠い映像だったり、着ぐるみや全身タイツだと思われていたし、公園での悶着はそもそも動画の量が少なかった。

 だからあれが、≪トリックスター≫と結び付く前に対処できた。。

 それよりも。

 もう少し大きな懸念が解決したことを、今は祝いたい。

 この物語に、主役は要らないのだ。

 

   *

 

「――だから、気にしないで」

『でも真墨がまさか、でも、そっか……』

「納得なの?」

『はい、たぶん』

 アパートの自室でベッドに腰掛け、私はスピーカーフォンの電話に声を投げる。

「私は正直、真墨さんのことよく分かってないんだけどさ」

『お見舞いに行ったの、昨日ですもんね』

「友紀さんと初めて会ったのも、火曜日だし」

『事故から一週間も経ってないんだ』

 急展開過ぎる。

「あのね、友紀さん。知ってたら教えて欲しいの。もしかしたらセンシティブな話題かもしれないけど」

『なんです?』

 私はデスクの上でPCに照らされた、≪ドット≫文様の≪トリックスター息子≫を見る。

 割れたドットくんを。

「真墨さんの進路って、どうなってるの?」

『進路?』

 友紀さんの声が裏返った。

「二人とも高二でしょ? それで『一年は邪魔するな』だから、卒業後になにかあるのかな、って」

『う……ん』

「ごめん、いいよ。勝手に言っちゃいけないよね」

 ベッドから立ち上がり、ドットくんを手に取る。

 二つの不規則な断面を合わせ、回収できなかった欠片が作る間隙を見る。

 今日は友達みたいな顔で二人と会ってた私だけど、実際は“事故の被害者”ってキーワードだけで繋がった脇役に過ぎない。

 事故直後に私が助け起こそうとした中年と、同レベルの比重しかなかったはずなんだ。

 だから、今日の真墨さんが正常か異常か、私が納得できるはずもない。

 ないんだけど。

『できなくなるんです、ブレイキン』

「え?」

 意識を電話に戻す。

『真墨のウチ、お金持ちなんです。田舎に豪邸があって、会社も持ってて、それで、家督っていうんですかね、色々継がなきゃいけないらしくて』

 友紀さんは続ける。

『あの高校に通ってるのも、小学校の時に散々揉めたんですよ。けっきょく中高一貫を蹴って部活始めて、その代わりに、高校を卒業したら言うこと聞くって約束して、それであたしと一緒に……』

「だから、あんなに落ち着いてたんだ」

『あんな?』

「お見舞いの時。友紀さんの表現が大袈裟なのかな、ってくらい冷静だったからさ、真墨さん」

 卒業と同時に、脚を失うのを分かってたから。

「でも、治るかもしれないんでしょ? あの時は安定してたじゃない」

『あれは痛み止めが効いてただけだと思います。先生もおばさんも、このままだと何回手術しても治らないって』

「じゃあ、切るしかないの?」

『いちおう、背中とかから使える部分を集めれば、脚の形にはなるかもしれないけど、どっちにしても歩ける可能性は低いって――』

 使える部分?

「――待って待って、どゆこと? イメージできてないんだけど。形? 脚の? それ“治る”って言う?」

『言わないですよ……言うわけないじゃないですか!』

 友紀さんの声が割れた。

『身体中切り刻んで、もっともっと痛い思いしたって、形しか戻らないんです!』

 汗で手が湿る。

『実質一択なんですよ! なのにみんな、真墨が言わなきゃ動けないんです!』

 割れた彫刻が冷たい。

『もう失ってるのに、失うって分かってるのに……!』

 ガラスの板の向こうで、一回り以上も年下の高校生が泣いてる。

 やっと、自分がなにをしたか理解した。

「なのに、取り戻しちゃったんだ。私があの子を買ったから」

 黒い彫刻を。

『ボルちゃんなら……治せるんですか?』

 鼻をすする音に乗せて、友紀さんが言う。

『あのまま、脚は無事なままなんですか?』

「そう……かもね」

 真墨さんは、自分の異形をコントロールしてた。

 ≪トリックスター≫が何らかの形で、真墨の脚を動くようにしたことは間違いない。

「なら――」

「――ご家族や病院は、納得するかな。友紀さんは説明できる?」

『……無理だと思います』

 真墨さんは、私にその役割を期待してただろうな。

 自分の物語に脈絡なく現れた人物が、石を一つ置いて去り、その夜に脚が治ったんだから。

 私は神様か聖者で、最後まで面倒を見てくれる存在だって思ったかもね。

 だから今日だって、あんなに慕ってくれただろうに。

「梯子、外しちゃったな」

『え?』

「ううん、あのね。友紀さん」

『はい』

 息を吸う。

「言わなきゃいけないことがあるの」

 デスクに近寄り、電話を見る。

 表示されてるのは、つい数日前に知り合った高校生の名前。

『なんです?』

 唾を飲む。

 言っちゃうの?

「ほんとは私ね、言ってたの。『あなたがやったの?』って」

 ガラス板の向こうから、息を呑む気配。

 私は手にした二つの欠片を持ち上げる。

「事故の時、人型になったドットくんを見たと思ったんだ。前の日にギャラリーで見かけて、それがついてきたのかもって。その後、そんなわけないって、煙と光の錯覚だって、思い直したんだけどさ」

 思い直した?

 目を逸らしただけ?

「お見舞いの時、正直に話しておけばよかった。そしたら真墨さんも、あんな風にはならなかったかも。だから……」

 私のせい?

 私だけのせい?

 ぐちゃぐちゃだ。

 あの事故と、真墨さんの事情と、友紀さんの悲憤。

 結ばれるべき芯があるはずなのに。

 割ってみても、その中心は空虚で。

 糸はとっくに、私に絡み付いてる。

 私の欺瞞に。

「ごめんなさい」

 沈黙。

 耳鳴り。

 歪曲する声。

 思考の渦に飲まれる。

 割れた欠片の穴に。

 穴という穴に。

 暗闇。

 通話が切れた。

 

   *

 

 俺は野外ステージにいる。

 正確には、スピーカーのような多層の半円形で構成された、白い屋根の上に。

 背中の一面を異形化し、バランスの悪い屋上に寝転がっている。

「ふふふ」

 さっきまでやってたフェスイベントは、中々よかった。

 みんながステージに集中する中、俺は舞台の真上という特等席で、音響的には全然美味しくない場所で聞いてた。

 どちらかといえば、観客の歓声ばっかり聞いてたかも。

 盛り上がってたな。

 そんなイベントにも、ちゃんと終わりは来て。

 出演者も、観客も、イベンターも。

 一人帰り。

 二人帰り。

 今はもう、誰もいない。

 ステージも闇の中で、次のイベントに向けて眠りについた。

 俺だけが残された。

 帰る場所はない。

 頼れる人も、説明できる人もいない。

 巻き込みたくない人しかいない。

 遠くから届く大通りの音に、木々の向こうに見えるビルの光。完全な無音より、完全な暗闇より、むしろ心細い。

 溜め息。

 着替えはどうしようかな。

 自宅には戻りたくない。

 コインランドリーで洗ってる間、ずっと異形化してる?

「無理無理」

 自嘲。

 と、誰かの声がした。

 悲鳴か?

 近い。

 屋上を転がり、

 ステージに飛び降りる。

 変身。

 着地。

「よし!」

 直角と直線と≪ボロノイ≫の異形と化した俺は、薄闇の公園を走る。

 また聞こえた。

 間違いない。

 拳を屈伸。

 母は俺のことをなにも分かってなかったけど、正しいことを言っていた。

 大変なのはこれからだ。

 なにを選んだとしても。




状況は整いました。
第四話『ノーサイド』で、決着するのみです。
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