アンダーライン×アンダーライン   作:氷の泥

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04 新しいフォルダー

「粉塵♡ 粉塵♡ 粉塵♡」

 リリアが生命の粉塵を使ってくれていなければ、俺の操作するハンターは危うく死んでしまうところだった。

「助かった~! でもその台詞、粉塵使う側が言ってるのなんか草なんだけど」

「あ、やべっ」

「二都くん!?」

 寝ぼけていなければ当たらないようなモンスターの超大技をくらって、二都の操作しているハンターが虫の息になりながら吹っ飛んでいく。あいつもさっきの粉塵がなかったら死んでたな。

 昼の休憩時間、モンハンに勤しむ大学生三人。チャラ男と幼女と、俺はなんだろう……モブだろうか? そんな奇妙な組み合わせの三人が、正直たぶん全員このゲームに飽きてきているんだろうけど、日課のような物として遊んでいた。

 俺は例の話題について、ここが頃合いと見た。

「あ、そういえばなんだけどさ」

「うん」

「一昨日くらいからウチにサキュバスが住むようになったわ」

「へー。…………はぁ!?」

 二都が大げさに顔を上げる。そのリアクションに俺は満足した。

 一方で、リリアは何の反応も示さない。ただでさえゲーム下手クソなチャラ男に向かって「ちょっと♡ 画面見て♡」とか言っている。

「なんで」

「なんか向こうから来た」

「なんで」

「知らねぇよ」

 画面の方でちょうどモンスターが力尽きたので、俺たちはひとまず無言で素材を剥ぎ取りに向かう。そしてそれが終わり次第、二都が俺の両肩を掴んで言った。

「あのなユウジ、サキュバスにだって好みがあるんだぞ。誰でもいいってわけじゃないんだ。同棲ともなれば、絶対に何か理由があるはずなんだ。好かれた理由が」

「それはまぁ、そうなんだろうけど」

 人間だって味が同じなら見た目がいい方の料理を選ぶように、サキュバスにだって好き嫌いや相手を選ぶ基準がある。その自由がある。彼女らが誰彼かまわずに手を付けるのは、相当お腹が減っている時だけだ。

「いったい何がよかったんだ? ていうかどんな子? 写真は?」

「ないけど」

「は? ないの? なんだ、じゃあ嘘じゃん」

 なんだ、の後に露骨な舌打ちが聞こえた。

「いやじゃあ今日撮って明日見せるわ」

「ちょっと! その子とセックスしたら童貞卒業じゃん♡ 困る♡」

「いやだから元々童貞じゃないって」

「とにかく写真持ってこいユウジ、分かったな」

「分かったけど怖えぇよ、圧が」

「私にも見せて♡」

 男も女も人間もサキュバスも、こういう時は等しくちょうどいいアホって感じがして、こういう時間のことを俺は結構気に入っていた。

 まさか、その後あんなことになるとは……。この時の俺はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜が、ターニングポイントだった。

「ユウジさん、我慢しなくていいんですよ……?」

 ベッドの上で軽く息を切らしている夢子が、妖しい瞳をしてそんなことを言ってくる。暗い部屋の中、彼女の淫紋が艶めかしく、あるいは不気味に、鈍いピンク色に光っていた。

「なにが……?」

「ユウジさんは、もっと乱暴なのが好きなんですよね……? たとえば、窒息とか……」

「なっ……!」

 驚きのあまり、なんで知っているんだ……と言葉にすることが出来なかった。そしてこんな時にばかり、なぜか手遅れになった時にだけ、俺の脳みそはフル回転する。

 パソコンだ。自分しか使わないと思って、自宅のパソコンにパスワードをかけていなかった。テレビくらい好きに見ろと言われた夢子が、パソコンを「テレビくらい」の範疇だと判断したんだ。そして全てを見た。同棲して、その上セックスまでする関係性の女性と仲良く暮らしていきたいのなら、絶対に隠しておかなければらない動画、画像、文章……おそらくはその全てを。

 油断した。迂闊だった。手遅れだった。夢子の自主性を心のどこかで無いものとして扱っていた。その報いだ。

「なんでお願いしてくれないんですか……? あと99回もあるのに……」

「なんでって……」

 パソコンの中を見て、俺の趣味に気付いた上で、本気でそんなことを言っているのだろうか。サキュバスだって、人間と同じように苦痛を感じるというのに。

「言ったじゃないですか。お願いしてくれたら、なんでも、どんなことでもするって」

「……じゃあ、死ねって言ったら死ぬのかよ」

 加減を誤れば本当に殺してしまいかねない行為も、フォルダーの中には入っていたはずだ。そして俺はその時、何事にも限度という物がある……ということを伝えたいだけだった。なんでもと言っても、例えば死は例外だろうと。だからパソコンの中にあった物も、それと同じ例外なのだと。

「言ってみたら分かるんじゃないですか?」

 小馬鹿にするように夢子が言った。夢子が、そんな態度を見せたのは初めてだった。やはり弱みを握ったと思っているのだろうか。得意になっているのだろうか。

 正直その時は、秘密が暴かれて、どう取り繕えばいいのか分からなくなって、言葉を選ぶことを完全に忘れ去っていたように思う。

「じゃあ、死なない程度に死んでみろよ。出来るもんなら」

「わかりました」

「……は?」

 自分が何を言ったのか理解したのは、彼女がベッドの上から去った直後のことだった。気が動転していたのだ、本当に。

「これとお風呂場、借りますね」

 裸のまま、台所から包丁を持ち出した夢子が、どたどたと風呂場に向かって走って行った。もっと大きな音を立てて俺はそれを追う。

「夢子!」

 一度見失った彼女の姿を次に見た時には、従順なサキュバスは首を掻っ切って死んでいた。……いや、死にかけていた。

 サキュバスは、死なない。仰向けに倒れて、俺のことを見ている。

「悪かった! 俺が悪かった!」

 焦点の定まらない瞳が、それでもこちらを追ってくる。口から喉から、ぶくぶくと血を吐きながら、確かにそれが聞こえた気がした。

 

「あと、98回……」

 

 俺は、異界学の講義を思い出して、それにすがった。

 無限とも思えるほどどくどくと流れ出し続ける血が、次々と排水溝に吸い込まれていって、その赤の量が、段々と、段々と、減っていく様を見ながら。

 

 

 

「人間にそれぞれ特技があるように、サキュバスにはそれぞれ得意な魔法があります。彼女らの扱う魔法の技術、知識は素晴らしい物であり、それらと人間の科学を融合させることで、例えば我々は、世界から性病という概念を根絶することに成功しました。しかし魔法という物も科学と同じように万能ではなく、そこには往々にして限界があるのです。人間とサキュバスの良き共存関係、相互理解を進めるためには、そのことをよく理解しておく必要があります。……一つ、実際に起こった事故の例を挙げましょう。

 容姿を自在に操る変身魔法を扱うサキュバスが、小児性愛者の男性と行為に及んだ際の事です。彼女は相手の趣味に合わせて、自らの体を小学二年生女子の平均的な体型に作り替えましが、その状態で性交に及んだ結果、子宮破裂等の重大な怪我を負うことになりました。この事例ではサキュバス側が自主的に無理な行動を行ってしまっていますが、ある意味では当然に、それとは反対の事例、人間側が強引な要求をサキュバスに押し付けようとした記録がいくつも残っています。こういった物は、現代的な異種共存社会において絶対に許してはならない行為であり、それらの事故を防止するためにもまずは人間の側に、サキュバスの持つ力についての正しい理解が必要となってくるわけです。

 いくらサキュバスが外傷によって死ぬことがないとはいえ、完治までには長い時間と多大な苦痛を伴います。人間は彼女らの魔法を過信することなく、彼女らとの性交の際にも、理性や気遣いを強く保つ必要があり……」

 

 

 

 ……夢子が完治するまで、六時間かかった。

 六時間もの間、喉を切り裂かれた人間が息絶えるまでに受ける物と同じ苦痛を浴び続けて、彼女の喉は傷跡も見えないくらい完全に元に戻った。

 しかし傷が治っても、死ななくても、無敵でいられるわけではない。憔悴しきった夢子に対して俺が出来ることは、ただ謝ることだけだった。

「謝らないで大丈夫ですよ。私は大丈夫です。でも、これで何でも出来るって、証明できましたよね……? ユウジさんのしたいこと、私にお願いしてくれますよね……?」

「それは……」

 出来ない、とは言えずに、俺は頷いてしまった。

 次の日、写真を用意できなかったことで二都から「喧嘩でもしたのかよ。もう?」と笑われた。

 

 

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