アンダーライン×アンダーライン   作:氷の泥

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09 決闘!

 夢子と出会ってから何日が経ったのか、いつの間にか数え忘れていた。

 朝食は早く起きられた方が作る一方で、夕食は毎日夢子が作ってくれている。そして日が経つごとに、料理中の夢子が奏でる鼻歌はノリがよくなっていった。

 俺は彼女のそれが好きだった。聴いていると安心出来るのだ。今彼女にやらせていることが、百回の命令の中でも最も平和な使い道だということを実感できるようで。

 そしてついに、その日の夢子ソングには歌詞がついた。鼻歌ではなく歌になった。

 イントロの部分から俺も知っている歌だったので、なんとなく集中して聴いていたのだ。少し前に流行ったボーカロイド楽曲で、背景が真っ青だったり真っ赤だったりする中で、手書きっぽい白色の絵がカクカクとアニメーションするMVだったことをよく覚えている。特に今夢子が歌っているものは「揺れる街灯~♪」から始まるあの……。

「エイリアス♪ クリフォート・エイリアス~♪」

「なにその歌!?」

「えっ!?!?」

 鼻歌が歌唱に変わった瞬間、突然変異個体みたいな、記憶と違いすぎる歌詞が飛び出してくるものだから驚かされた。いったい今まで鼻歌を歌っていた間、彼女の頭の中ではどんな歌詞が繰り広げられていたんだ……。

 かつてないほどびくぅっと肩を跳ねさせた夢子が、錆びた機械仕掛けのようにギギギギとこちらを振り返る。

「き、聞こえてました……?」

「ごめん」

「忘れてください!」

 顔を真っ赤にした夢子がその顔の前で手を合わせる。歌自体は音痴じゃないんだから聴かれたって別にいいじゃないか……と思ったけれど、よく分からない替え歌だったこと自体が恥ずかしいのかもしれない。

「忘れるのはいいけど、夢子って」

「おっおぉ音痴でしたよね、すみませんすみません」

「いやそうじゃなくて、遊戯王知ってるの?」

「へ?」

 彼女が口ずさんでいた「クリフォート・エイリアス」とは、遊戯王のモンスターの名前である。俺の交友関係の中にそれを知っているは一人もいないと思っていたけれど、夢子の口から飛び出すとは意外だった。

「し、知ってるというか、やってますけど……」

「ウソぉ!?」

「ご、ごめんなさいぃ」

「いやデュエルしようぜ」

「へ……?」

「俺もやってるんだよ遊戯王」

 もしもサキュバスが窓から「一人で遊戯王のデッキを広げている男」を見たら、まぁそこには行かないだろうなと思ったからしばらく封印していたけれど、デッキは今も机の引き出しに眠っている。こんなミラクルも中々ないだろうし、せっかくなんだから遊びたいと思った。

「あ、でも、デッキは家の方に……」

「あー、じゃあ今度やろう」

「は、はい! ぜひ!」

 ざっくりとしたデュエルの予定が決まると、どこか嬉しそうにして、夢子は料理の作業へ戻って行った。相変わらず鼻歌を歌っているけれど、なんとなく、もう二度と歌詞を聴かせてくれる日は来ない気がした。しかしそれにしたって少し前の自分に聞かせてやりたい気分だ。お前、もうちょっとしたらサキュバスと遊戯王やるぜって。

 ただ、そんな風に夢子と友達のような距離感で接するほど、夜のやり取りでは罪悪感が増してしまうものだった。同時に背徳感が増していることも、むきになって否定するつもりはないけれど。

「あと……41回ですねぇ……」

 カーテンを閉め切った暗闇の部屋の中、荒い呼吸の夢子が言う。淫紋のおぼろげな光が唯一の光源となって、彼女が生きているのだということを強調していた。

 勝手なもので、俺は、もしも夢子とただの友達のように遊ぶ関係でいられたら、そちらの方が幸せだったのかもしれない……なんてことを考えてしまった。賢者タイムというやつだ。数時間後にはどうせそんな考え、跡形もなく消し飛んでいるに決まっている。そして夢子もそれを望んでいるはずだ。彼女は、結婚までの足取りをカウントしているのだから、友達でなんていられないし、いたくもないのだろう。

 俺はこの時間が、賢者タイムが嫌いで仕方ない。いちいち言い訳がましいことを脳内に渦巻かせなければならないこの時間が嫌いだ。この時ばかりは本当に、サキュバスをただ待っていた頃の夜の方がマシだったんじゃないかと思ってしまう。絶対にそんなわけはないのに、一時的にそう思ってしまうのだ。

 そしてそんな大嫌いな時間は、時々眠気も一緒に引き連れてくるものだった。

「夢子……」

「はい……?」

「ごめんな……」

 それはもちろん今日の、今日までの暴力についての謝罪でもあり、突然何かをされることを嫌っているらしい夢子は、今日歌を聴かれたことも嫌だったのだろうなぁ……と、そう思っていたことで口をついて出た言葉だった。そしてそのまま、俺は夢子を痛めつけた余韻に浸るように、眠ってしまったのだった。

 今日までの謝罪が、明日からの謝罪を含んでいなければいいのに。俺にはそれが出来ない。パソコンの中に保存されている物は、日に日にその数を増していた。従来のそれが定期的に数を増していたことにもしも夢子が気付いていれば、自分の観測と同時にそれが停止したことを悲しむかもしれないと思って、わざと更新を打ち切るようなことは出来なかった。

 そして後日、大学が終わって帰宅し次第、デュエルがスタートした。

「じゃあ先攻もらいますね……? えーと、レスキューキャットを召喚。効果を使って、デッキから魔轟神アバンクとガナシアを特殊召喚。二体でボウテンコウにシンクロして、シウゴをサーチします。そのあとボウテンコウのレベル変更効果で兎々(トゥトゥ)を落としてから、手札から二枚目のアバンクを切って墓地のアバンクを蘇生。アバンクとボウテンコウでリンク召喚、ハリファイバー。ボウテンコウ効果でシュンゲイ、ハリファイバー効果でデッキからアバンクを出します。シュンゲイとアバンクでシンクロ召喚、魔轟神アンドレイス。効果使いますけどどうしますか……?」

「えー、じゃあサルベージ切るわ」

「はい。それじゃあシウゴを切って兎々を蘇生して、アンドレイスと兎々でエクシーズ召喚。ベアトリーチェ」

「えっ? ちょっと待って」

 いざベアトリーチェが出てきた時になって俺は驚愕した。一方で夢子の動きは、たぶん一瞬呼吸ごと停止した。

「な、なにか間違ってましたか……?」

「いやそうじゃなくて、今ってボウテンコウと適当なやつ一体でベアトリーチェまで行けるの……!?」

「あ、そ、そうみたいですね……」

「すげー」

「私も動画で見ただけですよ」

 そうは言いつつも、夢子は自分が褒められたと感じて嬉しそうにはにかむ。可愛らしい。

 こうしてただ遊んでいると、昨日の夜のこともそれよりも前の夜のことも、全部嘘だったんじゃないかと思えてくる。そして誰かがこのデュエルの風景を見たとしても、大概の人は何がなんだか分からないだろうなとも思う。

「じゃあベアトリーチャでトリックデーモンを落として、デーモンの呼び声をサーチ、そのままセット。これで次のターンもアンドレイスが出せるんですよ! ターンエンドです」

 えっへん、という顔で説明してくれる夢子。彼女こそが今まで見た遊戯王プレイヤーの中でも一番楽しそうにこのゲームをプレイしている人物であることは間違いなかった。その夢子が手品師を見つめる子どものような目で、後攻の俺がどんな動きを見せるのかと盤面に注目している。

 クリフォートエイリアスはもうずいぶん前、五年以上前に発売したカードである。そしてそれは、インフレの激しい現代遊戯王の中で「現役」と呼ぶには厳しい性能をしているカードなので、最近ではほとんど見かけることがない。そのエイリアスを知っていたということは、夢子はかなり前から遊戯王を知っていたか、あるいは最近始めたけれど、熱心に昔のカードを調べていたということになる。

 あえて「遊戯王はどこで知ったの?」と聞こうとは、さすがの俺でも思わなかった。女性遊戯王プレイヤーの全員がそうだとは言わないけれど、その質問をされた夢子の場合については、妙に鮮明に想像できてしまう絵があったから。不味い物を口に入れたような顔をして硬直し、冷や汗を流しながら、「気になりますか……?」と言う彼女の姿……。

 反対に彼女の方も、俺の中から「昔の女の面影」を発見したら、歯噛みするものなのだろうか? 俺は夢子のルーツがどこにあっても構わないけれど、そういった価値観は、酢豚のパイナップル論争のように一致するとは限らない。

 ……どうせ、幸せそうな彼女の表情に水を差すという意味では、俺は今夜も同じことをするのだけれど。

「俺のターン、ドロー!」

 たとえそれが自己中心的で都合の良いことでしかなかったとしても、こんな時くらい暗い気持ちは忘れて楽しもうと決めて、俺は声高らかに叫びカードを引いた。手札にエクシーズ・リモーラが三枚揃った。

 

 

 

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