三百九十七頁目
長々と名前を名乗った彼女だが、とりあえず聞き取れたメアリーと読んだら不敬だと物凄く怒られてしまう。
それでもとにかく事情を説明しようと頑張るが、向こうは全くこの状況を理解する気がないようだ。
どうも彼女は俺たちを誘拐犯か何かだと思っているようで、こちらを睨みつけるばかりで全く話を聞いてくれないのだ。
オウ・ホウさんと俺は彼女をどうするべきか悩むが、外に放置するわけにもいかず結局この場に残しておくことにした。
そしてオウ・ホウさんには俺の居た別の拠点の場所を教えてそっちで休んでもらおうとしたが、彼はこのような場所に女性を一人残しておくわけにはいかないとドアの外へと座り込んだ。
何で昔の人間であるオウ・ホウさんがここまで見知らぬ女性にやさしく出来るのか不思議だったが、どうも彼は昔別れた奥さんがいるらしく彼女との関係で色々と思うところがあったようだ。
だから自分が我慢できるうちは彼女の面倒を見ると言ってくれて……それでも俺にフローラを連れて小まめに様子を見に来てくれると助かると零すのであった。
そんなオウ・ホウさんを置いて帰るのは忍びないけれど容赦なく日は落ちようとしていて、俺たちの拠点の前にあったあの巨大な生き物の死体も気になっている俺は蜂蜜の瓶だけ渡し明日朝一で必ず戻ってくると約束してこの場を飛び立つのであった。
三百九十八頁目
戻ってきたところで完全に日が落ちようという時間になっていたが、電灯で照らしだされた山肌の拠点は昼間のように明るく見えた。
こうして懐かしい文明の光に照らされた住居は、周りの環境と合わせて何やら俺の居た時代に何かのチラシに乗っているような別荘にしか見えなかった。
おかげで慣れ親しんでいるはずの住居に近づいても、泊りがけで遊びに来ているような錯覚に囚われそうになり……そこへ可愛らしい美少女であるフローラが近づいてくるものだから反射的に二人で泊りがけの旅行に出かけているところを妄想してしまう。
その妄想が変なところに行きつかないうちにあわてて打ち切った俺が改めてフローラに何があったか尋ね始めると、今度はこっちが自慢する番だとばかりに色々と語り始めてくれた。
まず外にある死体はどうやらティラノの特殊個体だったようで、俺が飛び立って少ししてからこの拠点を襲ってきたのだという。
恐らくはフローラがずっとこの場所から動いていないから差し向けられた新たな刺客というべきものだろうけれど、それでもこっちの戦力も整っているから倒すのはそう難しくはなかったらしい。
それでも普通のティラノより一回り大きなその身体には恐怖を感じたフローラは、必死で内側からライフルで打ちまくったらしい……実弾を。
何でも万が一の襲撃に備えて拠点の外れのほうに弾薬庫を作って貯め込んであったらしい……多分何だかんだでフローラはまだ前に拠点を潰された襲撃への恐怖が消えていないのだろう。
尤も俺としては実弾を貯め込んで平然と打ち込める方にちょっと腰が引けてしまうが、フローラが格好良く銃を構えているところを想像したら逆に魅力的に思えてしまう……惚れた相手ならえくぼも何とやらとは言うが、本当にそんな感じだ。
とにかくそうしてあの特殊なティラノを倒したフローラは、一応軽く解体して霜降りばかりが取れることに気付いて、このまま放置すれば大量に腐った肉が手に入ると判断したようだ。
だから自分たちが食べる分だけ確保して、また内部から出てきた涎塗れな布の服の一式と……ロックウェル氏の新たなレシピはしっかり持ち帰って後はああして残してあるのだという。
そんな手に入ったレシピだがそれはフリアカレーとラザルスチャウダーと言う食べ物の作り方だったようだ。
尤もただの料理ではなくてフリアカレーには寒さに強くなり空腹を抑える効果があるらしく、またラザルスチャウダーのほうは酸素の消費量が減ってまた水中で体感する抵抗が減ることでスタミナの持ちを良くする効果があるらしい。
どちらも特殊な環境で作業する際には必須の品らしいと書いてあったが……あのロックウェル氏がわざわざレシピとして残す以上は恐らくこの島でも有効な料理なのだろう。
実際に希少な素材ばかりの豪雪地帯を思えばフリアカレーの効果は納得がいくが……その流れで逆に考えれば水中での作業もこの島では重要な役割があることになる。
やはり海底にはそこでしか取れない素材があるのだろうか……それとも豪雪地帯には洞窟が二カ所もあることからして、或いは洞窟のある場所の環境の克服を目指しているという仮説も……まあ考えすぎかもしれないけれど、一応頭には入れておこう。
【今回登場した動物】
αティラノサウルス