八百五十頁目
彼が持ち込んだ無線機という遠距離の人間と会話ができる物から声が聞こえなくなってどれだけ経っただろうか?
事細かに詳細を説明すると言っていた彼は実際に中へ入ってからずっと無線機とやらを使える状態にしてあったようだが、聞こえてくるのは声よりも他の生き物の咆哮ばかりだった。
やはり中は今までの洞窟とは比べ物にならないほどの敵で溢れているようであった。
おまけに彼がティラノと呼ぶ強力な肉食獣を引き連れていてなお戦闘音が非常に長引いていたことからして、恐らく敵は前に妾も同行した全てが凍り付いていたあの幻想的な洞窟にいた生き物と同じく強固な個体ばかりであったのだろう
更に彼が時折戦闘の合間に語ったところによれば中の道はどんどんと地中深く進んでいて、まるで火山の中心部へと誘われているようであったという。
当然火山の中心に向かうということでマグマがあちこちに流れていて足場も悪そうであり、そんな落ちたらひとたまりもないであろう場所で無数の野生生物と戦い続けなければいけないのだ。
環境も悪く敵も強い洞窟……前々から妾達が薄々想像していた通り、この洞窟は島で乗り越えてきたあらゆる試練の集大成のような場所なのだろう。
……そう考えると嫌な予感が止まらない……もしこの想像が正しいのならば、最深部にはあのオベリスクとか言う未知の装置の先にいた化け物のようなモノが待ち受けているかもしれないのだ。
物語にしか存在しなかったはずのドラゴンとの戦いは未だに忘れられない……思い出すたびに震えが来て涙が零れそうになるほど恐ろしいものであった。
あの時三人で挑んでなおギリギリの勝負であったというのに、もしもあの洞窟の先にかのドラゴンと同等の力を持った……いや今までの集大成であることを考えると残る二つのオベリスクで戦う二体も含めた三体と同時に戦うような……或いはソレと同等の力を持った何かが待ち構えているとしたら幾ら彼でも……。
やっぱり妾達も付いていくべきだったのかもしれない……けれどドラゴンの時のように足手まといになったらと思ったら……また妾を庇って誰かが傷付いたらと思ったらもう危険な場所に付いていく勇気はわかなかった。
マァ……殿もよほどドラゴンにやられたのがショックだったようで、彼の前では虚勢を張っていたが妾と二人で夜寝ていると悪夢でも見るのか涙目で呻いて飛び起きることが頻繁にあるほどだ。
妾を庇って心身ともに傷付いているマァ殿を放ってはおけなかった…………しかし結果的には彼を一人で送り出すことになってしまい、時間が経つにつれ不安な気持ちが溢れそうなほど高まってくる。
残ると決めたマァ殿も同じ気持ちのようだが、それでもこの島で生き抜いてきた彼を心底信じているため絶対に戻って来ると扉の前でずっと彼が戻って来るのを待ち続けている。
妾も無論信じたいけれど……まだ信じているからこそ彼が書いていた日記の中身を読まなくて済むように数ページ飛ばしたところにこうして気持ちを吐き出しているのだけれど……早く帰っ!?
急に地鳴りと共にこの島全体が揺れ動いているかのような振動を感じた。
慌てて拠点の外へと飛び出した妾は三つのオベリスクが共鳴しながら眩しく発光しているのを目撃した。
しかしその輝きも振動もすぐに収まり、一体何だったのかと混乱している妾の耳に無線機からマァ殿の涙声が聞こえてきて……あぁ……。
???頁目
ようやく気持ちの整理がついてこの日記を開くことができた。
尤もこの日記を使うのはこれが最初で最後だ……これからは自分の日記を書いて行こうと思うから……。
前に日記を書いたときからもうかなりの月日が経ってしまった。
それでも彼は……未だに戻ってきていない。
既に持ち込んでいた食料も……カスタムレシピとやらで自作して長持ちするとはいえ、流石にもう全て駄目になっているはずだ。
だけどマァ殿はまだ信じている……洞窟の扉の前に戻ってきた彼が連れ込んでいた動物達の悲惨な死体を目の当たりにしてもなおそこに彼の死体が無かったから中にいる動物の肉を焼いて生き抜いているに違いないと……。
そしてきっと自分たちの助けを待っているに違いないと再びあの扉を開くための準備と……自らの心に刻まれた恐怖に打ち勝とうと訓練を始めている。
少し前に彼が一人で一から自分を鍛え直したように……だから妾も今度こそ……マァ殿までは失わないために成長していこうと思う。
何より今後は妾も逞しくならないと……もしフローラ殿のように悪い人に騙されては大変だから……。
あの日以来、再び新たな人間が現れるようになっているのだから。
それもまるで何かの詰まりが直ったかのようにひっきりなしに……おかげで協力的な人間が妾達の元へ集い始めていて、皮肉にも今更ながらにフローラ殿が沢山作った家屋が役に立ち始めている始末だ。
彼らの上に立つ者としても、大事な仲間達の作ったトライブを守るためにも成り行きでリーダーとなってしまった妾には過去を悔いて嘆いている暇などはない……頑張らないと。
そして語り継いでいこう妾の大切な始まりの五人の話を……何よりこの過酷極まりない世界を一から切り開き、妾達が安全に暮らせる基盤を築き上げた偉大なるサバイバーの功績を……。
或いはその為に再びこの日記を開いて彼の苦労を読み聞かせる機会が来るかもしれないが、きっとそれはまだまだ先の話だろう。
とにかく妾達はこれからもこの島で逞しく生き抜いて見せる……そして彼のようなサバイバーと呼ばれるにふさわしい人間に成長するのだ。
そうすれば……それこそ本当に彼が……いやフローラ殿やオウ・ホウ殿といった皆が無事に戻ってきた時に胸を張って出迎えることができるのだから……。
では名残惜しいけれどこれで締めるとしよう……またこの日記を開くときが来るまで……さようなら。
【今回名前が出た動物】
ティラノサウルス
ドラゴン