ARK とある青年の日誌   作:車馬超

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外伝
外伝 恐るべき焦土①


「……ふふ、くすぐったいですよ父う……えっ?」

 

 頬に感じる微細な刺激に目を覚まし顔を上げた私が見たものは、一面の砂景色であった。

 

(えっ? な、何が……何故私がこのようなとこ……きゃぁっ!?)

 

 急な環境の変化に困惑しながら起き上がろうとしたところで、肌の感触から自らが裸であることに気が付いた。

 仮にも嫁入り前の身で肌を曝け出すことは耐えがたく、周囲の状況も忘れて両手両足を使い必死に大事なところだけでも覆い隠そうとする。

 

(うぅ……は、恥ずかしい……ど、どうしてこんな辱めを……ひ、酷……っ!?)

 

 自らの惨めさに涙が零れそうになったところで、今度はザッザッと砂の上を重量感のある何かが歩く音が聞こえてきた。

 まるで四足獣が歩くようなリズムで伝わる足音は自宅で飼っていた馬車馬を連想させる。

 

(ば、馬車……ま、まさか私は誘拐でもされて……そ、それともついに愛想を付かされて捨てられ……えっ!?)

 

 混乱の余りか頭の中には悪い妄想ばかりが浮かんでくるが、反射的に頭を上げてチラリと音の方を見て……私は更なる衝撃に襲われてしまった。

 何故ならそこに居たのは馬とは欠片も似通っていないどころか、見たことのない謎の巨大生物であったためだ。

 まだ二十歳に満たぬ女子の私は愚か成人男性が両手を広げてもなお敵わないほどの体格で背中にある二つの瘤が印象的な動物は、固まる私を他所にのそのそと器用に砂場を歩いて目の前を通り過ぎて行った。

 

 その際に余りの重量故か一番近くに寄ってきた時など地面が軽く揺れ動くような錯覚すら覚えてしまい、死を覚悟して何度も震えあがってしまったほどだ。

 

(あ……あぁ……な、なんだったのでしょうあの生き物は……ひょ、ひょっとして前に読んだ書物に書いてあったラクダという生き物なのでしょうか……だ、だとするとここは『ツァーリ』ではない遥かな異国なのでしょうか?)

 

 謎の生き物が離れて行ったことでようやく一息付けた私は、今更ながらに自分が居る場所が祖国とは全く違う環境であることに気が付いた。

 一面の砂景色に裸だというのに寒気どころか汗をかくほどの暑すぎる気候、そして何よりの違いが生息する生き物の姿だ。

 軽く周りを見渡せば先ほどの生き物を始めとして、自分と同じぐらいの大きさをした腹部の膨らんだ巨大な昆虫やら人を乗せれそうなやっぱり巨大な蛾が空を飛んでいくのが見えた。

 

(あぁ……やはり私はどこぞの蛮地にでも捨てられて……うぅぅ……)

 

 温室育ちである私がこのようなところに裸で追い出されては生きていけるはずもない。

 余りに絶望的な状況に思わず涙が零れそうになり、身体を隠すことも忘れて左手で顔を覆おうとして……左手首に謎の鉱石が埋め込まれていることに気が付いた。

 

「こ、これ……はぅ……あ、熱い……み、水ぅ……」

 

 自らの身体に埋め込まれている異物に驚く間もなく、喉の渇きに意識を奪われてしまう。

 また強く照り付ける太陽の熱波が強すぎて肌が火傷してしまいそうで、私は反射的に立ち上がると何とか近場にある岩場の影に隠れるべく移動を始めた。

 

(うぅ……い、意識が朦朧として……そ、それに喉が張り付いたように痛む……み、水……何でもいいから水気が欲しい……)

 

 果たして私の願いは神様に届いたのか、岩場の影となっている場所には僅かながらも茂みが出来ていて、そこには鮮やかに色づいた果実が幾つも成っていた。

 尤も普段の私ならばこのような野生に生えている物を洗いもせず口に入れることはとてもできなかっただろう。

 だけれども本能的に生命の危機すら感じていた私の身体は一刻も早い水分補給を求めていて、その衝動に抗うことはできなかった。

 

(あ、赤い果実は前に食べた物に似ている……お、美味しそうだしこれなら……えいっ!!)

 

 赤い果実を可能な限り採取した私は覚悟を決めて一気に口へと含み、丁寧に歯で噛み締めて染み出す果汁で喉を潤した。

 果たして味は余り良いとは言い難かったけれど、それでも喉の渇きは少しはマシになってくれた。

 

(はぁぁ……ど、どうか毒とかありませんように……うぅ、でもこれからどうしよう……?)

 

 水分を摂取できたことと日陰に隠れたおかげで暑さも多少は軽減できたおかげで再び考える余裕が出来てきた。

 しかし絶望的な状況は殆ど変わっていない……このような過酷な地に裸一貫で放り出された私がこの先どうやって生きて行けばいいのかまるで思いつかなかった。

 

(移動するのも耐えがたい暑さ……果実だけでは一時しのぎにしかならない喉の渇き……それに周囲を闊歩する巨大生物だってもし何かのきっかけで襲ってきたりしたらそれこそ……うぅ……ど、どうすれば……)

 

 考えても考えても何も思い浮かばず、その間もじわじわと汗が流れていき喉がまた乾いてくる。

 そのたびに手近にある茂みを漁り果実を口に含み……同時に果実と共にくっ付いてくる丈夫な植物の茎や根草を何気なく弄っていたところ、ふととあることを思いついた。

 

(……この根草の丈夫さ……繊維代わりに使えそう……上手く編めば大事なところぐらい隠せそう、かな?)

 

 余り外へ出られず家で出来ることで暇を潰していたこともあり、手編みなどの技術は最低限身についている。

 何より環境の変化に驚きっぱなしで忘れかけていたが、やはり嫁入り前の身としては幾ら人目がないとはいえ裸でいることに強い抵抗を覚えてしまう。

 だから本当は他に優先すべきことがあると思うのに、ついつい衣服作りの方に専念してしまう。

 

 ……或いは絶望的な現状から目を逸らしたかっただけかもしれない。

 

(……うん、何とか身体は隠せたし頭に直射日光を浴びないための帽子っぽいのも出来た……だけど手と足を覆うのは繊維だけじゃ強度がなぁ……何かもう一つぐらい良い素材があればなぁ)

 

 とにかく衣服作りに専念し、また実際に出来たものを身に纏ったことでほんの少しだけ気持ちが楽になった。

 その上で私はあえて現状をどうするのかではなく、そのまま衣服作りを続けるにはどうしたらいいかを考えることにした。

 どうせまともに考えてもこの状況をどうにかする方法が思い浮かぶはずもない……ならば下手に考えて絶望して気力を失うよりは、現実逃避とわかっていても前向きでいたほうがいい気がしたからだ。

 

(何か良い材料に成りそうな物……目に付くのは岩や石と砂、それに沢山トゲが生えている樹木……なのでしょうか?)

 

 顔を上げて再び周りを見回した私は、先ほどは生き物に意識を取られて気が付かなかったがあちこちに見覚えのないトゲだらけの植物が生えていることに気が付いた

 果たしてそれが本当に樹木なのかはわからないが、もしもあのトゲを採取出来れば裁縫針代わりに利用できるかもしれない。

 そう考えて一歩踏み出そうとした……ところで、新たな変化が起こった。

 

「ブモォオオオっ!?」

「っ!!?」

 

 動物の悲鳴と思われる鳴き声が大音量で聞こえてきたかと思うと、すぐにドタドタと足音を鳴らしながら先ほどの瘤が付いた巨大生物がこちらに向かって駆けてくる。

 しかもよく見ればあちこちに傷がついており、そこから滴る鮮血で身体中が真っ赤に染まってしまっていた。

 

(ひっ!? ち、血がっ!? あぁぁ……っ!?)

 

 ただでさえ血液など見慣れていない私には刺激が強すぎる姿だった。

 しかもそんな状態の巨大生物が猛烈な勢いで私の方に迫ってくるのだ。

 余りの迫力に意識を失いそうにすらなっていたところで……更なる衝撃的な光景が目に飛び込んできた。

 

「シャアアっ!!」

「シャァアっ!!」

「ブモォオオ……っ!?」

「っ!!?」

 

 瘤のある巨大な生き物の後ろから猛烈な速さで駆けつけてきた人間サイズの鶏に似た生き物が集団で襲い掛かり始めたのだ。

 その鶏に似た獣は巧みに仲間と連動して瘤のある獣の逃げ道を塞ぐと、鋭い爪を突き立てるようにして執拗に攻撃を加えていく。

 瘤のある獣は苦し気な悲鳴を上げながらも必死に抵抗しようと身体を振るうが、数の差を活かして死角から攻めてこられてはどうしようもなかった。

 

 果たしてすぐに巨大な獣はドタンと音を立てながら力なくその場に崩れ落ち、その身体に巨大な鶏のような生き物が一斉に群がりガツガツと肉を啄み始めた。

 

(あ……あぁ……うぐっ!!)

 

 風の流れで時折彼らの元から獣臭と共に血液の匂いが届いてきて、何より目の前で生き物が食べられているショッキングな状況と合わせて猛烈な吐き気が込み上げてくる。

 思わず口元を抑えてその場に蹲りそうになり……そこでふと顔を上げた鶏のような生き物の一体と、目が合ってしまう。

 

「……シャァアアっ!!」

「シャァアアっ!!」

「シャァアアっ!!」

「ひぃぃっ!?」

 

 途端に彼らは新たな獲物を見つけたとばかりに高らかな鳴き声を上げると、倒した獣の死骸を放置して一目散にこちらへ向かって走り出した。

 

(し、死ぬ……い、いやっ!! 死にたくないっ!!)

 

「だ、誰かっ!! 父上っ!! 母上っ!! た、助け……ひぃぃっ!!?」

「シャァアアっ!!」

 

 死の恐怖から私は反射的に助けを求めながら岩陰を飛び出し彼らに背を向けて走り出す。

 しかし助けなど来るはずもなく、また恐ろしいほどに脚が早い彼らから逃げきることもできなかった。

 あっさりと追いついた鶏のような生き物に飛び掛かられた私は、両手を伸ばしたまま砂地に押し倒されて身動きが取れなくなる。

 

 その状態で背中から獣の息遣いを感じてもはや半狂乱に陥りながら無我夢中で足掻こうとするが、向こうの力の方が遥かに強くピクリとも動くことは適わなかった。

 

「あ……あぁ……っ」

「シャァアアっ!!」

 

 目の前の地面に移る影から獣が鋭い爪を持ち上げるのがわかったが、もはやどうしようもない。

 避けようもない死を前に恐怖で胸が張り裂けそうになりながらも、私にできることは目を閉じて痛みが早く終わることを願うぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてついにその時が来て……私の両腕から鋭い痛みと衝撃が伝わってきた。

 

「キャァアア……えっ!?」

「ホールドっ!! 少し我慢してくだサーイっ!!」

「ヒヒィイインっ!!」

「シャァアアアっ!?」

 

 次いで人の声が聞こえたかと思うと猛烈な勢いで私の両腕が引っ張られ始めた。

 その力は信じられないほど強くて腕が千切れそうな痛みに襲われるが、引き換えに獣の拘束をも跳ねのけて身体ごと引きずられ始めた。

 

(い、痛たたたっ!! す、すっごく痛いぃいっ!! け、けど助かったの私っ!?)

 

 次いで身体が地面に擦られる痛みに襲われながらも必死になって目を開けた私は、自分の両腕に丈夫な縄のような物が引っかけられていることに気が付いた。

 反射的に縄が外れないよう両手でしっかりと握りしめながら元をたどっていくと、果たしてそこには金色の髪の毛をなびかせながら馬を華麗に操っている女性の姿があった。

 

 ……これが生涯を共にすることになる彼女と私の初めての出会いであった。




【今回登場した動物】

モレラトプス(瘤のある巨大生物)
ユタラプトル(巨大な鶏)
エクウス(馬)


作者の地理・歴史知識などはガバガバですので突っ込みどころがあるかもしれませんが、その際は指摘してくださると助かります。
また外伝は5話ぐらいで収めるつもりです。
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