ARK とある青年の日誌   作:車馬超

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外伝 恐るべき焦土②

「た、助か……うぅ……い、痛たぁ……」

 

 凶暴な鳥を何とか振り切ったところで馬の足が止まり、私はようやく引きずられる苦しみから解放された。

 また命の危機を脱することができた安堵もあってほっと一息つこうとした……が途端に今度は私をズキズキとした痛みが襲ってきた。

 何せ下が砂場とはいえここまでずっと引きずられていたために、服に覆われていない手足の部分がかなり擦り切れてしまっていたのだ。

 

(す、少し血が滲んでるぅ……あぅぅ……ぐすん……っ)

 

 痛みを感じている個所からは僅かにだが出血しているようであり、痛みと相まって何だか無性に悲しくて苦しくて泣きたくなってきてしまう。

 その際にいつの間にか自分の左手首にひし形をした謎の金属が埋め込まれていることに気が付いたが、もはやどうでもよかった。

 

「ソ、ソーリー……少し乱暴すぎましたね……」

「えっ……あっ……」

 

 そんな私に馬から降りて近づいてきた女性が申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 やはり左手首に金属が埋め込まれているようだったが、それよりも美しいブロンドを風に靡かせ白い肌に絡ませながら謝る彼女の姿はまるで芸術品のように美しく見えて私は一瞬我を忘れて見入ってしまう。

 

(す、凄く綺麗な人……肌も綺麗だしスタイルも凄……っては、裸ぁっ!?)

 

 しかし少し遅れて彼女が産まれたままの姿であることに今更ながらに気づいた私は、何故か自分が裸であった時より困惑と恥じらいを覚えて思わず顔を背けてしまう。

 

「え、えと……す、すみませんあんな助け方しかできなくて……ですがああしなければ……」

「い、いえっ!! そ、そのた、助けて頂いたことは物凄く感謝していますですっ! そ、それよりその……ふ、服……」

「あ……オォゥっ!?」

 

 私の言葉を聞いて一瞬あっけにとられたような顔をした彼女もまた、遅れて自らの状態を思い出したかのように顔を赤らめながら慌てて馬の影に身体を隠した。

 

「ソ、ソーリー……す、すみません恥ずかしいところを……じ、実は気が付いたらこのような状態でこんなところに連れて来られておりまして……」

「あっ……あ、あなたもですか……で、でもその馬は……?」

「ホワットっ!? やっぱり貴方も……で、ではその服はどこでっ!?」

 

 どうやら彼女もまた私と同じようにこの場所へと連れてこられた存在のようだった。

 元々助けられたこともあり彼女への警戒心など殆どなかったが、同じ境遇だと分かると親近感まで湧いてくる。

 だからこそ私は未だに危険な状況は変わっていないというのに安堵すら感じながら彼女と落ち着いて話し合いを続けることができた。

 

*****

 

「センキューっ!! 貴方は天才ですソフィアっ!!」

「そ、そんな大げさな……そ、それよりそんなに見事に馬を操れるキャサリンさんの方がずっと凄いです……っ」

「ノォっ!! 私の馬術は所詮独学デェスっ!! それに何故か妙に馬が懐きやすかったおかげですし……それより私のことはキャシーって呼んでくれて良いですよっ!!」

「な、懐きやすかったって言われても……」

 

 私の作った簡素な布の服ごときに大げさなまでに感激するキャサリン……キャシーだったが私にしてみればどう考えても彼女の方がずっと凄いことをしているとしか思えなかった。

 

(元々の生まれが牧場だったからって、たまたま傍にいた野生の馬を手懐けようと考える時点で……し、しかも逃げようとするところを無理やり飛び乗って餌を与えて懐かせたとかこともなげに言うし……彼女の祖国『あめりか』ではそういうやり方が普通なのかなぁ……でもそもそも『あめりか』ってどこにあるんでしょうか?)

 

 これでも私は本の虫だったこともあって自身の祖国である『ツァーリ』と関わりの有った国々の名前は殆ど知っているつもりであった。

 それでも小国であれば話は別だろうけれど、彼女の言葉が確かならば『あめりか』はかなり広大な国のようである。

 しかも現在はゴールドラッシュと呼ばれるほど金が大量にとれることで有名であり、様々な国から人が集まっているというのだ。

 

 普通に考えればそのような国の名前が私の耳に届かないはずがないと思う。

 

(うぅん……やっぱり黄金の国『ヤポン』と何か関係が……で、でもその国からもジョンだとかマンだとかって名前の人が来てるって言うし……だけどそれほど裕福な国の話なら私の耳にも入ってくると思うんだけどなぁ……)

 

「いえ、本当に野生とは思えないほど懐きやすかったんですよ……それこそ下手な牧場で飼っている動物よりも……ちょっと変ですよねぇ?」

 

 何処か現実逃避気味にそんなどうでもいいことを考えていた私の思考をキャシーの言葉が現実に立ち返らせる。

 

「え……う、うぅん……へ、変と言えば変だけど……だけど変だと言えばこの土地のほうが……きゃ、キャシーさんの『あめりか』にもこんな場所はないんですよね?」

「似たような場所はあるらしいですけど……少なくともこんな巨大な虫や動物ばかり住んでいるとは聞いたことありませぇん」

 

 岩場の陰でそんな会話をしている間にも、目の前をお腹を膨らませた虫や人を乗せられそうな巨大な蛾、更には背中に瘤が生えている四つ足の怪物が通り過ぎていく。

 

「で、ですよね……私もこんな生き物は見たことも聞いたこともないですし……こ、ここは一体どこなんでしょうか?」

「全く持ってサッパリでぇす……これからどうしたらいいのかも……ハァ……」

 

 先ほどまでとは一転して落ち込んだ様子でため息をつきながら、足場の砂を掴んで放り投げて見せるキャシー。

 感情がコロコロと変わる様子は彼女の素直な性格を表しているようだが、私もまた現状を取り巻く環境を想うと自然とため息が漏れ出て来そうになる。

 

(うぅ……空から照り付ける太陽の日差しが強すぎて火傷しちゃいそう……これじゃあ日陰から出れないけど、このままじゃ喉が渇いて仕方がない……)

 

 今のところは先ほどと同じように影から出ないまま回収できそうな果実で何とか喉の渇きを潤しているが、だんだん喉の渇きをごまかせなくなってきている。

 せっかく作ったばかりの布の服がベトつくほどに汗をかいていることもあり、この調子では近いうちに水分不足で二人とも倒れるのは目に見えている。

 だからどうにかして水のある所まで移動しなければいけないのだが……熱に加えて周囲から聞こえてくる動物の悲鳴もまた私たちの行動に歯止めをかけていた。

 

「うぅ……こ、この臭い……」

「血、ですねぇ……鳴き声からしてソフィアを襲っていたあの巨大鳥が瘻付きを襲ってるようです……シッカリ撒いたと思ったのですが……」

「ま、前に何かで聞いた飛べない巨大鳥の話だと群れで行動しているとか……あ、あの肉食鳥が同じかはわからないけどひょっとするとこの辺りにはたくさん生息しているのかも……」

「オーノー……それでは下手に動くわけにも……あの速さからして人の足では振り切れませんし……」

 

 お互いの顔を見合わせてため息をつく私たち。

 尤も熱はともかく肉食の脅威に関しては、キャシーだけならば近くにいる馬で疾走すれば何とかならなくもないだろう。

 

(あの馬のサドルだと二人乗りできないからって私を気遣って……うぅ、やっぱり私はいつでも足手まといになっちゃうんだ……)

 

 元の世界でも私は身体が弱いせいで色々とほかの人に面倒をかけてしまっていた。

 家族はそんな私にも優しく接してくれていたけれど、それでも余り外に出さなくなっていった。

 私自身外での活動が得意でなかったから反抗しようとは思わなかったけれど、こんなことになるのならば少しは外に出て色々と経験しておくべきだったといまさらながらに後悔する。

 

「はぁぁ……ひっ!?」

「ジジジ……」

「どうしまし……ひぅっ!? び、ビックバグっ!?」

 

 落ち込んでいた私の目の前に不意にお腹を膨らせた虫が着地して、思わず悲鳴を上げて後ずさる私。

 そんな私の様子に気づいてこちらを振り返ったキャシーもまた、驚いたような顔をし高と思うと近くにいた私を反射的に抱きしめてくる。

 彼女の全体的に引き締まった体の中で唯一柔らかく膨らむ大きな二つの塊がちょうど顔に押し付けられ、一瞬呼吸ができなくなる。

 

「うぷっ!? きゃ、キャシー……く、苦し……」

「オオゥっ!? ソーリーソフィアっ!!」

「はぁぁ……い、いえ別に放してくだされば謝らなくてもその……うぅ……」

 

 自分とは段違いのサイズを文字通り身体で感じた私は、先ほどとは違う意味で自分の未熟さを感じて何となく恥じ入りたくなってくる。

 そんな私に対してキャシーは特に気にした様子もなく虫のほうへと向き直ると、近くに転がっていたちょうどいい大きさの小石を掴み追い払うように投げつけていた。

 

「シッシっ!! さっさとどっかにいきなさいっ!!」

「ジジジっ!!」

「「っ!!?」」

 

 果たしてキャシーの投げた石は虫の膨らんでいる水色のお腹に当たったかと思うと、虫のお尻から押し出されるようにして体液が勢いよく溢れ出てきた。

 嫌悪感から再び身を引いた私たちの前で、虫は逃げるように羽を広げてどこかへと飛び去って行った。

 

「び、びっくりしましたね……まさかあの程度の衝撃で中身を漏らしていくなんて……」

「あ、あの膨らんだお腹は何かの液体をため込んでいたみたいですね……あれ? でもこの液体って……ひょっとして……?」

 

 改めて当たりにまき散らされた液体を観察してみると、何やら妙に澄んでいるように思われた。

 特に変な臭いもしないし、近くの草の上に水滴として残っている分を見ても湧き水か何かのような清涼さを感じてしまうほどだ。

 

「んー……ソフィアの言う通り何だか妙に綺麗ですね……ひょっとして飲めるかもしれませんね……追い払わずに捕まえるべきでしたかね……」

 

 私の言葉で同じ事実に気づいたらしいキャシーが残念そうにつぶやいた。

 

(うぅ……わ、私としては虫の体内にある液体を飲むのは抵抗が強いんだけど……キャシーさんはすごいなぁ……)

 

 同じ女性とは思えないほど逞しいキャシーさんの様子に、私は引くどころか尊敬の念がさらに強くなるばかりだった。

 

「うぅ……そ、それは……あっ!? そ、そうだキャシーさんっ!! 私ちょっと考えたんだけど、さっきの虫ってこの砂だらけの渇いた場所を長く移動するためにああして綺麗な水をお腹に貯めこんでいるのかなって……」

「きっとそうでしょうね、だから今度見つけたらとっ捕まえて……」

「そ、それもそうだけど……さ、さっきみたいにお腹をへこませたらまた液体を貯えようと水のある所に向かうかもしれないからその後をつけていったらひょっとして……」

「っ!! 水のある場所を見つけられるというわけですねっ!! 凄いですキャシーっ!! 私はそんなこと思いつきもしませんでしたっ!!」

「う、上手くいけばだけど……それでもし水源を見つけられれば水不足に悩まされる心配はなくなるし、水さえ沢山あればやりよう次第で熱だってある程度は緩和できると思……うぷっ!?」

 

 私の考えを聞いたキャシーは目を輝かせたかと思うと感極まった様子で再び私を力強く抱きしめてきた。

 しかも今度は感動のあまりか中々放してくれなくて、おかげで私はまたしても息苦しさに耐える羽目になるのだった。

 

「ソフィアは天才でーすっ!! 私なんかその場しのぎのための考えで精いっぱいだったのにそんな先のことまで思いつくなんてっ!! 私、ソフィアに会えなかったらどうなってたことかっ!! サンキューっ!!」

「い、いや……そ、そんな大したことじゃ……き、キャシィ……く、苦しいってばぁ……っ」




今回登場した動物

ユタラプトル(凶暴な鳥、巨大鳥、肉食鳥)
エクウス(馬)
モレラトプス(瘻付き)
ジャグ・バグ(お腹を膨らませた虫)
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