とりあえずの方針が決まったところで私たちは改めて先ほどの虫が下りてくるのを待ち構える……前にもう一つ話し合わなければいけないことがあった。
「で、ですから……このままここにいたら確実に干からびて死んじゃいます……暑さはもうどうしようもないですけど、水辺にさえたどり着けば冷やせますから我慢すれば移動はできなくも……だ、だからキャシーさんだけでも馬に乗って……」
「ノーっ!! こんな危険な場所にソフィアを一人置いていくなんてできませーんっ!!」
私の提案に首を横に振るキャシー。
しかしいくら岩陰に隠れているとはいえ、飲み水もない状態でこんな暑さの中にいたら確実に死んでしまうだろう。
だからせめて彼女だけでも生きてほしいとの思いで、虫を見つけ次第危険な生き物を振り切れる馬に乗って行ってほしいのだが彼女はどうしても頷いてくれなかった。
(うぅ……そ、そりゃあ私だってこんなところで一人ぼっちになるのは心細いし、そもそも私なんかが一人になったら絶対に死んじゃうけど……し、死にたくだってないけど……これ以上キャシーさんの足手まといになりたくないのに……)
彼女がいなければ私は何もわからないまま……まあ今も何が起きているのかはっきりとわかっているわけではないのだが、それはともかく……誰に知られることもなく肉食獣に捕食されてとっくに死んでいる。
何よりこうして落ち着いていられるのもキャシーさんに出会えて話をすることができたからだ。
そんな肉体的にも精神的にも十分すぎるほど救ってくれたキャシーさんが私なんかを気にかけたせいで命を落とす羽目になるなど耐えられなかった。
「で、でもこのままじゃ共倒れですよ……だから移動手段のあるキャシーさんだけでも……」
「絶対にダメでーすっ!! だからどうにかして二人で安全に移動する方法を考えて……」
「で、でも安全にって言ってもあんな獰猛な生き物が沢山いる以上は人の足で移動するのは危険すぎますし……」
「じゃあ二匹目の馬を見つけて手懐けてから移動しましょうっ!! それまではここで待機して……」
「さ、さっきからそう言ってずっと探してるけど全然見当たらないじゃないですか……このままじゃ見つかる前に暑さで二人とも共倒れにな……く、くちゅんっ!!」
何度目になるかわからないやり取りを繰り返していた最中、不意に私は肌寒さを感じてくしゃみをしてしまう。
(な、なんでこんなに暑いのに私……ま、まさか風邪にでもかかって……い、いや違う……っ)
「ど、どうしましたかソフィ……ヘ、ヘクチっ!!」
「あ……き、キャシー空を見て……太陽が落ちて来てるよ……」
「おおう、もうそんな時間ですか……うぅ……さ、さっきまであんなに暑かったのに汗が冷えて寒いぐらいですね……」
キャシーの言う通りだんだんと日が暮れるにつれて、あれほど強かった太陽の日差しはものすごい勢いで弱ってきていた。
実際に少し前まではあまりの熱気で遠くの景色が歪んで見えていたのが、今では普通に見通せてしまうほどだ。
(い、いや……むしろ見通しは悪くなってきて……そ、そうかここには照明設備も何もないから……っ)
ランプを始めとした照明が何もない以上、日が落ちれば周囲が完全な暗闇に包まれて何も見えなくなる。
そんな当たり前の事実に今さらながらに気が付いた私は、ようやく去った熱気も新たに襲い来る寒気も忘れて慌てて立ち上がる。
「き、キャシーさん大変ですっ!! このまま夜になったら真っ暗で何も見えなくなっちゃいますっ!! そうなったら全く身動きが取れなくなっちゃいますよっ!!」
「そ、その通りですソフィアっ!! ましてただでさえ危険な動物がいるというのに、ヤバいやつが多い夜行性の生き物がうろつき始めたら手が付けられませんっ!! それに今の時点でこれほど寒いのなら日の光がなくなったらどれだけ冷えることか……暖を取る意味でも野生動物を追い払うためにも一刻も早く火を焚かないといけませんっ!!」
「そ、そうですねっ!! とにかく今は先にどうにかして火を……火……き、キャシーさんは熾しかたわかりますかっ!?」
「い、一応前に家族と野宿した際に少しは……道具も何もないこの状況で上手くできるかは自信ありませんが、とにかく渇いた木材を何とか手に入れましょうっ!!」
二人で周りを見回してみるが、見つかるのは刺の生えた植物ばかりだった。
木のように直立こそしているが木材の代わりに燃やせるようには見えなかった。
それでも念のためにと近くにある石を手に軽く削ってみたが、やはり柔らかい上に水を大量に含んでいてとても燃やせそうにはない。
「こんなに水を含んでいたら役に立ちませんっ!! ソフィア、他に木の代わりになりそうなものを探しましょうっ!!」
「そ、そうだよねこんな水を含んでたら何にも使えな……あっ!? ね、ねえキャシーさん……今さらなんだけど、上手くこの植物を利用すれば水分を補給すること自体はできそうじゃないかな?」
「あ……っ!!」
実際に採取した植物片を絞ってみれば、十分飲用水替わりになりそうな樹液のようなものが滴り落ちてくる。。
尤も温室育ちの私としてはこんな野外に生える植物から直接採取した液を口にするのは抵抗があったが、隣でキャシーが躊躇なく口に入れようとしている様を見て覚悟を決める。
「んくんく……ふぅ……ほ、本当に飲めた……しかもただの水っぽい感じ……こ、これってきっとさっきの虫と同じでこういう渇いた土地に生えてる植物だから水をたくさん蓄えてるってことなのかな?」
「ゴクゴク……はぁぁ……多分ソフィアの言う通りだと思います……うん、これなら何とか喉の渇きは潤いますね」
「で、でもこの植物だって限りはあるし……そ、それに熱の問題もあるから水辺は探したほうが……ま、まあ今はそんな熱くもないですけど……」
昼間にあれほど頭を悩ませていた水と熱の問題が、他の目的を抱いた途端に一時的にとはいえ解決してしまうとは皮肉なものだった。
「まあソフィアの言う通り日が昇った時のことを考えたら水辺を見つけておくのは正解だと思いまーす……多分日が昇った直後の早朝になればちょうど活動しやすい程度の温度になりそうですし、大掛かりに移動するとしたらその時ですねぇ……それまでに何とかもう一頭馬を見つけて……」
「う、うんそれがいいと思うけど……で、でもやっぱり今は早く木材の代わりになりそうなものを見つけないと……」
二人で会話しつつも近くを見回して木を探しながら、また危険な生き物がいないかも気にかけつつ少しずつ移動していく。
しかし目に付くのはやっぱり刺だらけの植物と異形の化け物とでもいうべき生き物ばかりだった。
すでに見ているのそのそと歩く瘻付きを始めとして、頭が妙に長い奇妙な形をした巨大な草食に肌が鎧のようになっていて尻尾にはハンマーがついているやはり巨大な草食、そしてそいつらを襲う例の肉食鳥。
(うぅぅ……あ、あっちこっちに血と肉片の跡が……み、見ない見ない……)
直視したら気持ち悪くなりそうな死体から目を背けようと、思わず頭を上げた私はそこであちこちの地表から天に向かって光が伸びていることに気が付いた。
「き、キャシーさん……あ、あの光は何だと思いますか?」
「わかりませんが緑色の光る奴ならちょうど馬を手懐けた際すぐそばで見かけましたよ……尤も私がそこへ行く前に消えてしまいましたが、何故かその辺りにこの馬につけているサドルが転がっていたのです……」
「えっ!? そ、そうだったんですかっ!?」
「ええ、だから私は人工物であるサドルというものが転がっている以上は作った人間が近くにいるのではと思い、馬に乗ってあちこち探し回ろうとして……その最中にソフィアを見つけたんですよ」
念のために共に行動している馬を見ながらつぶやいたキャシーの言葉を聞いて私はいろんな意味で驚いてしまう。
(そ、そういえば普通に見落としてたけどサドルも立派な人工物だし誰かが作らないとないものだったよね……じゃ、じゃあ私たち以外にも誰かが……と、というかこの発見がなかったら私はキャシーと出会えなかっただろうし私を引っ張るための縄もこのサドルがないとうまく固定できなそうだし……奇跡ってこういうことをいうのかな?)
今更ながらに自分の悪運の強さを実感する私だが、同時に昼間にも存在していたらしい光る何かに全く気付けなった事実に首を傾げそうになる。
尤も少し考えたところで、昼間はあの陽炎が見えるほど強かった太陽の光が眩しすぎたせいなのだと納得することができた。
「その様子ではやっぱりこのサドルはソフィアが作ったものでは無……おぉっ!! ソフィアありましたよっ!! あそこにある立派な奴なら木材として使えそうですよっ!!」
「ほ、本当だ……よ、よし何とか完全に真っ暗になる前に火を熾せるように頑張ろ……っ!?」
喜んだのもつかの間、そのすぐ傍に例の肉食鳥がうろついているのに気が付いて思わず固まってしまう私。
遅れてキャシーも気が付いたようで、露骨に顔をしかめて舌打ちしてみせる。
「シットっ!! これではいけませんっ!!」
「うぅ……ほ、他を探すにしても今からじゃ日が落ちるまでに間に合うかわからないし……こ、こうなったらどうにかしてあいつを他所に行くよう仕向けるしか……」
「で、ですがどうやって?」
「そ、それは……その……」
キャシーの疑問に私は何も答えられなかった。
何せ手元にあるのは果実と繊維、そして刺の生えている植物片と針代わりにしようと取ってきたその刺ぐらいのものだ。
これであいつをどこかに遠ざける手段など思いつくはずもないし、そもそも肉食を追い払える方法があるのならばもっと大胆に移動できていたのだから。
(……ほ、本当は一つだけ思いついてるけど……私たちのどっちかが囮になってあいつを引き付けてその隙に……で、でもそんなこと言ったら絶対にキャシーさんが危険な囮役をやろうとするだろうし……)
馬という移動手段を利用すれば何かの手違いさえなければ囮役は問題なくできるだろう。
ただそうなれば馬に乗りなれているキャシーさんが囮役にならざるを得ない。
彼女にそんな危険な役目をさせたくはないし、かといって私が自分の足で駆けたところで囮にすらなれない。
だから私は何も言えずにキャシーさんと一緒に黙ることしかできなかった。
「……仕方がありません、このまま見合っていても何にもなりませんし他を探しましょう」
「そ、そうですね……ひょ、ひょっとしたらすぐにでも見つかるかもしれませんし……そ、そうしましょうっ!!」
結局私たちはせっかく見つけた木を採取するのを諦めて、逃げるようにその場を後にするのだった。
今回登場した動物
ジャグ・バグ(虫)
エクウス(馬)
モレラトプス(瘻付き)
パラサウロロフス(頭が妙に長い奇妙な形をした巨大な草食)
アンキロサウルス(肌が鎧のようになっていて尻尾はハンマーが付いている草食)
ユタラプトル(肉食鳥)