ARK とある青年の日誌   作:車馬超

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外伝 恐るべき焦土④

「……」

「……」

 

 岩場の上に腰かけた私たちは無言で体を寄せ合い温めあっていた。

 結局新しい樹木を見つけた頃には日が落ちてしまい、火を熾すどころか材木の採取すらおぼつかなかったのだ。

 

(うぅ……さ、寒いのはまだキャシーとこうしていれば何とか我慢できるし食料と水分も完全に暗くなる前に果実と樹液を口にしてあるから多分朝までは持つとは思うけど問題は肉食獣の襲撃……あぁっ!!)

 

 すぐそばにいるキャシーの姿どころか自分の身体すら見通せないほどの完全なる暗闇に包まれている今、もし肉食動物に襲われたら抵抗はおろか逃げることすらままならないだろう。

 だからこそせめてもの対策として馬の背中から飛び移るようにして、それなりの高さがあってよじ登り辛そうな岩の上に移動したのだが全くもって安全とはいいがたい状況だった。

 何せこの場所にいる動物はみんな驚くほど大きな生き物ばかりなのだから、私達には登るのも一苦労だったこの岩も向こうからしたら大した高さではないはずだ。

 

 何より人間とは比べ物にならない動物の身体能力ならば、岩のちょっとした隙間に足を引っかけて強引に上まで登れないとも限らない。

 

「シャアアっ!!」

「シャァアっ!!」

「ブモォオオ……っ!?」

「っ……」

「っ……」

 

 私たちが身動きが取れないほどの闇夜の中であっても、動物たちは活発に動いているようで肉食獣の雄たけびと草食の悲鳴じみた叫びが定期的に聞こえてくる。

 そのたびに私たちは恐怖に震え上がり言葉を発する気力すら失われていくが、逆にお互いを抱き寄せる手にだけは一層の力が籠る。

 

(こ、怖くて怖くて頭が変になりそう……ううん、キャシーの温もりがなかったらきっと私恐怖に耐えられなくて自殺しようとしてたかも……本当に彼女に会えてよかった……)

 

 彼女の存在だけが私の心を支えであったが、果たして向こうはどう思っているのか。

 わからないけれど、キャシーが私を抱き寄せる手は力強く片時も離れることはなかった。

 

「……早く朝が来るといいですね」

「……うん……大好きな作家さんの新作が届く前日だってこんなに朝を待ち遠しく感じたことは……い、いや同じぐらいかも……」

 

 獣の争いに決着がついたのか、ほんのわずかに生まれた静寂を迎えて久しぶりにキャシーが口を開いた。

 少しでも会話か何かをして気を紛らわせたくなったのかもしれない……何せ私自身がそうなのだ。

 だから私もキャシーに頷き返そうとしたが、新作購入の前日によく興奮からだが胸を高鳴らせながら徹夜していたことを思い出して慌てて言い直した。

 

(今回は恐怖だけど寝れないぐらいドキドキしてるのは同じだし……そんな私をいつも母上は軽く窘めながらも眠れるよう子守唄を……帰りたいなぁ……)

 

 この危険な場所に来てまだ一日も経っていないというのに、もう望郷の念がこみあげてくる。

 キャシーもまた同じような心境なのか、どこか遠い目をしながら口を動かし始めた。

 

「それはそれは……そういえば私は本とかは余り読みませんが、父も贔屓にしている作家の新作が出ると聞くとソワソワしていましたねぇ」

「へぇ……キャシーのお父様も本が好きなんだ……ちなみにどういうのを読んでるの?」

「うぅん、殆ど話半分に聞いてましたからねぇ……ああ、ですが少し前に出たという短編は展開が衝撃的で私も読みましたが中々面白かったですよ……確か『モルグ街の殺人』とかいうちょっと物騒なタイトルでしたが知る人ぞ知る有名な作品らしいのですがご存じですか?」

「き、聞いたことない……だけど面白いんだよね? ど、どんな内容なのっ!?」

 

 面白い作品と聞くと状況も忘れて詳細を聞きたくなってしまうのは私の悪い癖だった。

 尤もこの危険ばかりの場所で恐怖を一時的にでも忘れる手段としては悪くないかもしれない。

 果たして目の色を変えて鼻息を荒げながら訪ねた私の姿に、キャシーは一瞬驚いたような顔をしたかと思えばその顔にほんのわずかにだが微笑みが戻ってくるのだった。

 

「……ふふ、ソフィアはよほど本が好きなんですねぇ……でもあの作品は内容を教えると衝撃が薄まりますのでぜひとも何も聞かないで読んでもらいたいですねぇ……私も父にそう言われて読みましたからね」

「そ、そんなに衝撃的なのっ!? す、すごく気になるぅ……せ、せめて作家さんの名前だけでもぉ……」

「で、ですから私は文学はあまり興味がなくてですね……ましてたまたま読んだだけなのにその作家さんの名前を覚えられるわけがないでーす……」

「あぅぅぅ……そ、そんなぁ……タイトルだけで見つけられるかなぁ……?」

「まあその時は探すのをお手伝いしますよ……何なら父に言ってソフィアにプレゼント、は難しくても貸すぐらいはまあ…………そのためにも帰りましょうね、二人で……」

 

 私の目をまっすぐ見つめてそう呟いたキャシーの真剣な姿はなんだかとっても素敵に見えて、私はドキッとしながらほんのわずかに見入ってしまった。

 

「……うん……絶対に生きて帰ります……二人で一緒に…………あ、あの……そ、その時は私のお勧めの作品も教えますねっ!!」

「うぅ……で、ですから私は余り文学というより活字が苦手でその……」

「あ……じゃ、じゃあ戯曲ならどうですか? 舞台で演じるのを見るのなら大丈夫ですよね? 実は最近出たばかりの『ハムレット』っていう悲劇があるんだけどそれはもう最高でぜひともキャシーにも……」

「そ、それならまぁ……ん? 『ハムレット』って……『シェイクスピア』のですか?」

「そ、そうだよっ!! キャシーも知ってるのっ!? 凄くいいよねあの人の作品っ!! 私一度でいいから生きてるうちに直接会うのが夢なんだっ!! で、でもまあ遠い国だからそんなチャンスはそうそう……ってどうかしたのキャシー?」

 

 好きな作品を語れると思うとついついテンションが上がって捲し立てそうになるが、そこでふとキャシーが先ほどとは一転して困惑した様子で私を見つめていることに気が付いた。

 

「……え、ええと……どういうことでしょうか……ちょ、ちょっと混乱しているといいますか……わ、私でも知ってるぐらい有名な『シェイクスピア』の『ハムレット』は……正確な時期はわかりませんが間違いなく大昔の作品でして……それこそ多分百年ぐらい前の……」

「えっ? えぇっ!? な、何っているのキャシー?」

「い、いえですから……その何と言いま「ぎゃぁああああああっ!?」」

「っ!!?」

 

 そんな私たちの会話は突如として聞こえてきた人の悲鳴によって唐突に打ち切られた。

 思わず顔を上げて声の方へ視線を向けるけれど、深淵の暗闇の向こうに見えるのは自ら発光している柱と遠くの空に浮かぶピカピカした何かだけだった。

 もちろん私たちが見たいのは……或いは見たくないモノはそれではなかった。

 

「た、助け「シャアアっ!!」」

「っ!!」

「っ!!」

 

 再び聞こえてきた人の悲鳴はすぐ後に続いた獰猛な咆哮によってかき消され、また辺りは静寂に包まれた。

 しかし今更ながらにこの場所の危険を思い出してしまった私たちはもう会話の続きをする気になれるはずもなかった。

 

(ひ、人が襲われて………わ、私たちも一つ間違えたら……っ……い、いやっ!! し、死にたくない……っ!!)

 

 ぎゅっとキャシーを抱き寄せる手に力を籠めると、向こうもまた痛いぐらいぎゅっと私を抱き返してくる。

 

「……」

「……」

 

 私たちは今度こそ言葉を発する気力もないまま、ただただ早く朝が来るのを無言で祈り続けることしかできなかった。




今回出てきた動物

エクウス(馬)
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