五十六頁目
訳の分からない言葉を並べ立てる男を必死になだめるが、どうにも効果が薄い。
どうやらこの砂漠で目を覚ましてすぐ狼に襲われてここに逃げ込んだばかりで混乱が収まらないようだ。
……ただ今の時点で俺は何とも言えない不安半分そして期待半分な気持ちが湧き上がりつつあった。
何せこの男はここにやってきたばかりでどう見てもサバイバルに慣れていなさそうなのに、ARK(箱舟)というこの環境の本質を見抜いた発言をしているのだ。
この様子からしてどうやらこの男は……正確にはこの男の元となった存在は俺より遥かな未来、恐らくはこの箱舟が作られた時代の人間だと思われる。
未だに自分の置かれている状況が完璧に理解できているわけではない俺にとって重要になるかもしれない情報をこの男は持っているに違いない。
だからこそどうにかして落ち着かせたいのだが、生きた人間である俺を確認した途端に両肩を掴んで喚きたてるばかりで一向に会話が続かない。
……しかし翻訳越しにもARK(箱舟)とわざわざ重なって感じられることからして、この箱舟の正式名称がARKなのだろうか?
それともう一つ気になるのは『ユマ』、というのは人の名前だろうからあまり重要ではないかもしれないが『ジェネシス計画』と『トランスヒューマン』という言葉の方だ。
ジェネシスにARK(箱舟)……何か関係がある様な気がするが、この言い方だと対となる別の計画なのか。
……いやそもそも今いる箱舟を始めとした状況は宇宙人ではなく人間の手で行われている計画なのか?
こんな生き死にが絡んだある意味で生命を冒涜するような計画を人間主導で行っている時点で異常としか言いようがないのだが、この人がいた未来ではいったい何が起こったのだろうか?
そしてトランスヒューマンとは一体……俺の肩を掴んで叫んでいる辺り、ひょっとしたら俺やこの人みたいに手首に鉱石を埋め込まれた人間の総称とも取れなくはなさそうだが果たして……?
疑問は湧くばかりだが、その全ての答えを知っているであろう男は未だに喚くばかりでちっとも俺の話を聞いてくれないのだ……困ったものだ。
五十七頁目
困惑するばかりで中々会話が成り立たない男だが、余り喚きすぎたせいかお腹が減ったとばかりになり始めた。
なんというかこういう点にも既視感というかデジャブを感じつつ、食料保管庫から出したこんがり肉を差し出すと野蛮だのなんだのぶつぶつ文句を言いつつも結局は口に入れ始めた。
そして食器がどうとか何とかやっぱりぶつぶつ文句を言いつつも何回も何回もお代わりを要求するのだから困ったものだ。
尤もお陰でお腹が満たされた男はようやく少しだけ平静を取り戻したようで……それでもまだぶつぶつ文句を言っていたが、少しは会話が成り立つようになってきた。
その結果その男……ハンスさんというらしい彼はやはり思った通り俺よりかなり先の、だけれど想像していたよりは近い22世紀頃に生まれた未来の住人だったようだ。
彼はそこでトランスヒューマンと呼ばれる人類の進化体だか管理用AIだか……俺の知識が足りないせいか上手いこと翻訳されてくれないが、とにかくそんな存在の元で働いていたらしい。
ただそこまで聞いたところで絶望的な表情になると、自分はジェネシス側だったはずだと……そう約束したのにトランスヒューマン共は嘘をついていたのか、などまたぶつぶつ言いだして会話が成り立たなくなってしまう。
……これはかなり根気よく付き合っていかなければならないようだ……はぁ。
今回名前が出た動物
ダイアウルフ(狼)