七十七頁目
豚の回復能力のせいで僅かに戦闘が長引いてしまったが、群れたウルッフ達の火力にラプトルを退治し終えた俺が的確に頭部を打ち抜いていったことで何とか犠牲を出さずに勝利することができた。
それでもサドルのないウルッフ達は少しは傷ついてしまったが、歩けるのが不思議なぐらい痛々しい外見のアンキロ君に比べたら大したことはないだろう。
まして人間は誰一人として負傷している様子はない……まあハンスさんは勝手に疲れたようで息を荒くしながら何事かぶつぶつ喚いているが、体調に問題はなさそうなのでとりあえず無視しておこう。
裸の少女にしても特に怪我をしている様子はなかったが、念のために確認しておいた方が……も、もちろん幾ら女の子だからってあんな幼い子供の裸なんか見ても何とも思わないから安心してくれよフローラ?
反射的に右手首が痛むんじゃないかと思って言い訳するようにそんなことを思いながら鉱石へ視線を投げかけるが、浮かび上がったフローラのホログラムは珍しく俺ではなく何故か少女の方を困惑したように見つめるばかりだった。
不思議に思ったが、改めて顔を上げて少女の方を見た俺もまた思わず困惑して一瞬固まってしまった。
何故ならその少女は何故か首をかしげながら先ほど自分に襲ってきていた豚の死体に近づいたかと思うと、身体が返り血で汚れるのも構わずに起こそうとしているかのようにその身体を揺さぶっていたのだから。
……そういえばこの子は肉食に襲われかけていたというのに怯えた様子も見せずにニコニコと微笑んでいた……な、何となく不気味なものを感じるのは気のせいだろうか?
目の前の光景に気圧されながらも、恐る恐る声をかけてみると少女はあっさり顔を上げてニコニコ微笑んだまま僅かに首をかしげて俺を見つめてきた。
その瞳は妙に吸い込まれそうなほど澄んでいるようであったが、同時に感情のかけらも見られない狂気のようなものを感じるのはやっぱり気のせいなのだろうか?
そんなことを思いつつもう一度声をかけると、彼女はどこか優雅さを感じさせる動作で……それでいて壊れた人形の様を連想させる仕草で深々と頭を下げながらこう呟いた。
「はじめまして……あなたがわたしのあたらしいおせわがかりですか?」
七十八頁
この少女は前の島で出会ったマァと同い年ぐらいであったが、彼とは違い一応会話ができる……その一点においてファーストコンタクトの時点ではありがたい限りだった。
おかげで情報交換、というよりも向こうがどういう人間なのかを知るのにそれほど時間はかからずに済んだのだから。
……それでもこの少女がどこぞの部族だか怪しげな宗教組織だかで育てられた名前も持たない生贄的な役割を持った巫女であるとわかると、俺は思わず頭を抱えそうになってしまう。
しかもどうやら少女の口ぶりからして、ちょうど生贄にささげられるタイミングの記憶を持って生み出されていたらしい。
だからこそこの少女は目の前に迫った危機にそれほど反応することなく……むしろ能力の特性で仄かに光っていた豚を神の使いか何かだと思って食べられるつもりだったようだ。
生まれた時からずっと生贄として命を捧げるための教育を受けてきたためか、命を捧げることに疑問を欠片も抱いていない様子だ。
そうして事情が分かったとこでようやく目の前の少女が醸し出している雰囲気と不思議な行動に納得することはできたのだが、だからと言って困惑が収まるはずもない。
一応神の使いのはずの豚があっさり倒れたこと、そしてその豚を倒して現れた俺を新しいお世話係だと思い込んだせいか、生贄のタイミングはまだ先だと思いなおしてくれたようだが……こんな子とどう接していけばいいのだろうか?
こちらの事情だって話しても理解してくるかは怪しい……それ以前にこの場所そのものに違和感を抱いている様子すらないのだから、今までみたいに生きるために協力しようという形に持っていくのすら……本当にどうしたもんだか。
今回名前が出た動物
ダエオドン(豚)
ダイアウルフ(ウルッフ)
ユタラプトル
アンキロサウルス