ARK とある青年の日誌   作:車馬超

457 / 1041
第457話

八十五頁目

 

 少し寝たところで、すぐ傍から聞こえてくる獣のような呻き声に思わず飛び起きる羽目になる俺。

 一体何がとそちらを振り向けば、例の少女が何やら苦しそうに喘いでいるではないか。

 良くも悪くもずっと微笑みが絶えなかったその表情も苦悶に歪んでおり、まるで毒物が何かに当たったかのように見えた。

 

 すぐに俺の脳裏には先ほど引いたばかりの水道が思い浮かぶ。

 まさか前の島の時と違って、ここの水はしっかりと煮沸なりなんなり対策をしなければいけなかったのだろうか?

 しかし同じく飲んでいる俺は何ともないし、ここのシステムに詳しいはずのハンスさんも……そう思って彼の方を見れば、やはり驚いた様子で少女の様子を観察していた。

 

 そんなハンスさんも少女の状態に戸惑っているだけのようで苦しんでいる様子はない……やはり水は問題ないのか?

 こうなるともう俺には何も思い浮かばないのだが、ハンスさんの方はもしやと前置きしたうえで、生贄役だという彼女の教育には恐怖心などを麻痺させるために麻薬的な薬が使われていたのかもしれないと呟いた。

 とんでもない話だが、確かに麻薬に犯されている精神状況だと思うといつだってヘラヘラしていた様子に説明が……し、しかし彼女も左手首に鉱石が付いている辺りきっとクローンのはずだ。

 

 新しく生み出された肉体にまで依存性が残る物なのだろうかと新たな疑問が浮かぶが、それを見越したようにハンスさんが再び呟いた。

 曰く、クローンで作った肉体にも元の肉体で掛かっていた病気が感染し続ける事例があったらしい……またそうでないにしても肉体的な依存症はともかく、精神面の依存性は続いていても不思議ではないという。

 ……ハンスさんのその推測が正しいとしてもやはり俺にはこの状況をどうにかする方法など思い浮かばない……このままこの子が苦しむのを見ていることしかできないのか?

 

 思わずフローラに視線を投げかけても彼女も心配そうに少女を見つめるばかりだし万事休す、かと思ったその時またしてもハンスさんが対策はあるかもしれないと口にする。

 ……その口角がほんのわずかに持ち上がっているように見えたのは気のせいかそれとも……い、いや今は彼を信じるしかないっ!!

 

八十六頁目

 

 動物を倒すことは当然として仲間の動物を使い捨てることだって慣れていた……だけど自らの手で仲間にした動物の命を奪うのは初めてだった。

 俺を慕う瞳を向けるメカパロロ君に弓を向けて放ち、痛みに震えながらもそれでも抵抗することなく従順な態度をとり続けていたメカパロロ君を俺は……俺は……。

 許してくれなんて言えない、本当に俺はどうしようもない屑だと思う。

 

 だけどこれであの少女を助けられるのなら……動物よりも人間を優先する俺の判断は間違っていないはずだ。

 久しぶりに涙を流しながらも自分に言い聞かせつつ、俺は急いでメカパロロ君を解体して素材を採取していく。

 果たして始めて倒したメカ生物から取れる素材は、罪悪感を無視できるのならば非常に魅力的な物ばかりであった。

 

 旋盤がなければ作れない『電子基板』に採取できる場所が限られている『原油』、そして溶かせば鉄資源に使えそうな『くず鉄』に……ハンスさんが言っていた『エレメントダスト』。

 全部回収しつつ、すぐに必要となるエレメントダストだけを保持したまま俺は急いで調理なべに向かい、水道から採取した水と共に火にかける。

 念のため水とエレメントダストの量をメモ用紙にレシピとして書き留めつつ、エレメントダストが完全に溶け込んだオリジナルドリンクを作り上げると二人の元へ持っていく。

 

 そしてハンスさんが軽く口をつけて問題ないとばかりに頷いたのを確認して、あの子に喉へ詰まらせないよう慎重に飲ませてやる。

 すると少ししたところで自分から手を伸ばしてドリンクを飲み干し始めたではないか。

 ……まさか本当に上手くいくとは……正直半信半疑だったのだが……尤もまだ安心するには早すぎるのだが。

 

 改めてハンスさんに向き合って大丈夫なのか尋ねると、彼は安心しろと頷きながら俺の手に残っていたエレメントダストを奪うようにしてもっていった。

 続けて俺にもう一度説明をする……このエレメントダストがエレメントを砕いた粉末のようなものであること、これを一定量集めてオベリスクで加工すればエレメントに戻せること。

 更にエレメントの有益性、と共に小さい声で体内に入れるとヤバい毒性があることと心の弱った人を誘惑する性質についても語りつつ、その誘惑する性質を逆に利用することで麻薬代わり……つまり依存症の矛先を変えれるのではないかと思ったが、どうやら上手くいっているようだと満足そうにうなずいて見せた。

 

 ……こんな方法をとらなければ少女の苦しみを抑えられないだなんて……だけど他に薬の作り方はもちろん、依存症患者への対症療法もわからない俺に他の方法なんか思い浮かばない。

 それに毒性の問題もあるし一応ハンスさんが毒見っぽいことをしてくれたとは言え、本当にこれでよかったのか……ドリンクを飲み拭ける少女を見ていると不安になる。

 ああ、こんな時きっと幾つもの素晴らしい薬を編み出した偉大な先達であるロックウェル氏ならばもっといい方法が思いついただろうに……あの方に比べて俺は何と情けないことか。 

 

 そんな不安な気持ちを抑えられない俺を安心させるかのようにハンスさんは、エレメントそのものではなく砕かれたエレメントダストならば毒性はほぼなく、むしろ食用にすることで健康に効果的になる性質があるから大丈夫だと言ってくれて、その上でこうして気長にエレメントダスト入りのドリンクなり食糧なりを食べさせていれば、いずれは健康を改善させる効果により依存症も回復に向かうかもしれないというのだ。

 そうやって語っている間もハンスさんはエレメントダストから手を放そうとしない……むしろ少女よりもエレメントダストの方に意識が向いているようにすら思われた。

 もしかしてハンスさんは本当はエレメントダストが欲しくて、そのための口実として少女を利用……そう思いかけたところでドリンクを飲み終えた少女がいつものように落ち着きと微笑みを取り戻したではないか。

 

 ……疑っても仕方がないな、実際にこの子の苦しみを取り除くことはできたんだからこれでよかったんだ……とりあえずこの件はこれ以上考えないようにしよう。




今回名前が出た動物

TEKパラサウロロフス(メカパロロ君)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。