四百三十一頁目
結局、俺はモーリツさんの問いかけに何も言うことができなかった。
それぞれの時代ごとの治安や経済や風習などからくる価値観や常識を間違っているだなんて言えるはずがない。
それこそ少し前にモーリツさんが言っていた通り、俺の倫理や良識だってかつて暮らしていた日本における一般常識的が基礎となっているだろうから。
……しかし同時にそれまでの教えに従い自ら命を投げ出そうとしていたルゥちゃんの姿を正しいと言いたくはなかった。
あれだって元居た社会の影響を受けた彼女達の集落においては正しいあり方だったのかもしれない。
だけど俺は自分の信じる価値観のため……尊い命が失われるのを見過ごすのが耐えられなかったから結果的に否定する形になってしまった。
もちろん今でもその判断は正しかったと思っているが……もしかしたら俺は今までずっと内心では自分の中にある価値観が絶対だと思い込んで行動していたのかもしれない。
そうやって考えてみると実際にキャシーやソフィアが食事の際に男性を立てる様な行為にも積極的にではないが批判的な態度を取ってしまったし、何だか色々と自分が傲慢だったような気さえしてくる。
そうやって悩みだした俺にモーリツさんは今すぐでなくとも答えが出た時にでも教えてれたまえと呟くと、空に向かって口笛を吹いた。
果たして少しするとはるか上空の太陽に重なる位置からサドルの付いたモスラの同種が下りてきた。
……そうか太陽が眩しすぎるから可能な限り太陽の傍に寄せておけば周りに気づかせずに隠せるのか。
恐らく非常時はああして隠しておいたモスラの同種の鱗粉を利用して逃げ切るつもりだったのだろうが、本当に抜け目のない優秀な人だと思う。
ただ俺のこの人への印象は前と変わらず……いやあの時以上に胡散臭い、というより得体のしれなさを覚えてしまう。
そしてモーリツさんはいつでも飛び去れるようモスラの同種……バチカと言う名前らしいそいつに跨るとこちらに振り返り、定期的に顔合わせするタイミングを決めようとだけ言ってくる。
……だけど俺は気が付いたら彼に、貴方は何を正しいと思っているのか……と尋ね返していた。
するとモーリツさんは意外にも少しだけ困ったような顔をすると小さく、だけどはっきりとした口調で答えた。
正しさなんてものはその時のその場所において変わるはずであり……だからこそ私はこのARKという時代も文明も置き去りにされた場所に人々が新たにそれぞれ成立させようとする無数の正しさ、或いは価値観や常識と言い換えてもいいが、とにかくその中から最適なルールがどれか見定めたいのだ……生き残るために、と……
【今回名前が出た動物】
リマントリア(モスラの同種、バチカ)