八百二十七頁目
俺の意思が固いことを知ったモーリツさんは呆れたような……いやどこか失望した様子で軽くため息をつきながらぼそりと呟いた。
曰く、いつぞやあのソフィア嬢と共に熱く語っていた『この場所に弱い者が虐げられることも無く見ず知らずの者同士でもお互いを思いやって一緒に繁栄できるよう協力し合うそんな善意を元にした理想郷のような社会を築き上げる』という言葉は何だったのかと。
あくまでも行き掛けの駄賃ぐらいの軽い気持ちでありながら人に堂々と主張したとすればそれは余りに不誠実すぎるし、かといって幾ら信じている仲間とはいえ屈強な男でも成し遂げるのが難しいであろうお題目を、このサバイバル環境では軽視されがちな女性であるソフィア嬢一人に押し付けて満足しているのか。
最初こそ平静に淡々としゃべっていたモーリツさんであるが、その声はだんだんと力強く感情の籠った大きなものになっていく。
……ああ、薄々感じつつあったけれどやっぱりモーリツさんの本質は俺達と同じ『誰かを疑うより信じたい』タイプだったんだ。
それでも長年の経験からこれまで生き抜いてきた自分の生き方を変えられなくて、だけど俺達の語った理想郷が実現したらいいと思って……いや俺達が実現してくれると信じたかったのだろう。
そうでなければ自分の生存に大きくかかわらない俺の行動にここまで突っかかる理由がないではないか。
こうしてモーリツさんが隠していた本心の一端が見えてくると、これまでのモーリツさんの行動もまた回りくどいやり方ながらも俺達のトライブがやろうとしていることに利害を絡めつつも可能な限り手を貸し続けてくれていたのだとわかってくる。
……俺達がここに来た人達を多く救いたいと考えればモーリツさんは人とのコネを作るためと称して移動拠点に乗ってこの最初のエリアを巡り続けてくれて、また洞窟攻略が始まり人手が足りなくなってきたタイミングで有能なシャルル少年を派遣してくれて、そして今もオベリスクの守護者との戦いに必要な設計図という物資を支援してくれている。
それもこれも全部、俺達が理想的な社会を築き上げてくれるのではと期待していたからこそ、自分の生き方に影響が出ない範囲で協力し続けてくれていたのだろう。
……何で今の今まで気づけなかったのか、そんなモーリツさんをどこか警戒し続けていた自分がいかに間抜けか思い知らされる。
同時にそんなモーリツさんが居てくれるのならば俺が去った後でも大丈夫だと……ソフィア達がモーリツさんと一緒に手を取り合える関係になれればこの場所に理想の社会を築くことができると思えた。
だからこそ俺はモーリツさんの事も仲間と同じぐらい信じられるからこそ、俺が居たくなった後のことを頼んでおくことにした。
モーリツさんなら俺なんかよりリーダーとしての才能もあるだろうし、彼が協力してくれるのならば後顧の憂いは殆どなくなる気がした。
……尤も余りにも自分勝手すぎる提案だなと鼻で笑われてしまったが。
更にこれからここを去る人に対して恩を売っても仕方ないのだから言うことを聞く義理などは無いと切って捨てられた上に、何ならば俺という有力者を失ったトライブが衰えていくようならば迷惑を掛けられないうちに縁を切ることも考える必要があるかもしれないとまで言われてしまう。
少し前までの俺ならそう言われたら不安になるところだけれど、さっきのモーリツさんの態度を見た今なら口で言っているだけでモーリツさんはそんなことはしないと信じられる気がした。
……何よりやっぱり俺もキャシーやソフィアが言っていたように『誰かを疑うより信じたい』もんな。