八百三十九頁目
キャシーに対し、自分はともかくと言ったがキャシー自身は恋愛とか考えていないのかまず尋ねてみることにした。
するとやはりハンスさんの時と同じくこの手の話題を振られると予想もしていなかったようで驚いたように目を見開いた。
尤もすぐに軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせると、困ったような顔で……全く考えていないわけではないと小さい声で呟いた。
ただこの話を余り続けたくはないようで、すぐに話を逸らすかのようにまたしても俺がハンスさんすら伴わず一人で大丈夫なのかと尋ね返してくる。
そんなキャシーに俺は前の島でも、そしてこの砂漠に来た時も一人でやり抜いてきたのだからもう慣れっこであり、むしろここで別れることになる皆の事だけが心残りなのだと答えた。
……実際に前の島ではろくに挨拶も出来ずに別れてしまったメアリーやマァの事で何度悔やんだことか。
だからこそ今度こそできる限り悔いを残さないようにしたい俺は物理的な問題だけでなく精神面の方も問題が無いか最後に確認しておきたいのだと正直に告げた。
その上でキャシーに対して、どうせ俺はもうすぐここを去るのだからこの際に色々と抱えていることがあれば吐き出してみないかと提案してみた。
特に何となくタブー視されていた恋愛関係の相談などでもいいし他に何か僅かでもトライブに不平不満があるのなら……とそこまで言ったところでキャシーは困ったような顔のまま弱々しい様子で首を横に振って見せた。
そして不平も不満も無いと……むしろ俺達に出会えてこのトライブを共に運営してこれたことを神に感謝していますと呟いた。
……その言い方は余りにも儚いもので、普段のキャシーからは似ても似つかない様子であった。
お陰でかつい面食らう俺に対し、キャシーはやっぱり普段とは異なる寂しそうな笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を動かし始めた。
……私は最初ここで目を覚ましてからずっと、誰の事も信じていなかったんですよ……そう語るキャシーの姿はまるで教会で罪を告白する者のようにも見えるのであった。
そこからキャシーが語った内容は、俺が彼女へ抱いていたイメージをある意味で一変させるほどの強烈さがあった。
どうもキャシーは、ここで何も身に着けずに目を覚ました時点で何かの陰謀に巻き込まれたと警戒しており……まあそこまでは俺を含む他の生存者と変わらないだろうが、その後で危険な肉食が多いことを知った彼女は誰かを探してその相手を利用して生き残ろうと考えていたそうだ。
……そうキャシーは他人と『協力』ではなく『利用』しようとしたとはっきり断言したのだ。
正直これまでの彼女を見てきている俺にはそんな利己的な立ち回りをするような人には全く思えないのだが冗談を言っているようには全く見えない。
これがモーリツさんならばむしろ納得できるところなのだが……頭の片隅でそんなことを考えている間にもキャシーの懺悔めいた告白は続いていた。
曰く、利用する相手を求めていたキャシーはここの熱気から逃れる意味もあったが、あえて衣服を探そうとせずそのまま辺りをうろつき適当に色仕掛けでたぶらかせそうな男の人を探していたというのだ。
利用という言葉に続いて今度は色仕掛け、なんて台詞が飛び出して来て俺はもうこの時点で何と言っていいか分からないほど戸惑ってしまう。
……じ、自分の幸せも追い求められるように軽くケアする程度のつもりだったのにまさかこんなド級の爆弾を掘り起こしてしまうだなんて……お、俺にフォローしきれるだろうか?