八百五十四頁目
突然の発言に驚いてしまうが、そんな俺に気づいたソフィアは何か変な事を言ったかとばかりに首をかしげて見せる。
その様が余りに自然だったので俺の効き間違いだったのではと思い念のため聞き返してみるものの、やっぱりソフィアの口からは政略結婚という言葉が飛び出してくる。
ソフィア曰く、文明社会が失われたこの場所ではトライブと言う集団が既に一つの国のようなものであり、国と国との同盟ともなれば簡単に仲違いしないよう互いのトライブの属する者同士が婚姻関係になるのが手っ取り早いですからと言うのだ。
確かにロジック的には間違ってはいないと思うし、俺の拙い知識でも同盟と政略結婚の関係ぐらいは理解しているつもりだ。
しかし余りにも飛躍しすぎな気がする……というかトライブ同士の同盟程度でそこまでする必要があるのかという疑問すら湧いてくる。
尤もここにちゃんとした社会を築くつもりでいるソフィア的には既に国と言う概念を意識して動こうとしているようだ。
……国の成り立ちなんてわかるはずもないが集団から始まるのは事実だろうし、また拠点を作ることである意味で領土とかを誇示する形にもなっていると思うとトライブ=国という認識は間違ってはいない……のだろうか?
何だか想像もしなかった概念を考える羽目になり混乱しそうになる。
そんな俺をソフィアは心底不思議そうに眺めていたが、最終的には政略結婚の対象として自分が相手のトライブに出向くと言ったことを悩んでいると捉えたようだ。
だからわざわざ自分が行く方が良い理由を並べ立て始めて……キャシーは動物の扱いが上手くてこのトライブの大事な戦力であるから駄目で、ハンスさんはやっぱり男だし何より唯一無二の未来知識と技術持ちだから外へ流出するのは勿体ない存在だと言い、ルゥちゃんはシャルル少年は同盟の意味をちゃんと理解できていないようだから消極的に考えても自分が一番だと説明してくる。
ソフィアもまた優秀な人材だから他所へなど行ってほしくはないのだが、どうも自分がこのトライブに一番不要だとでも感じているかのような言い方だ。
……或いはこの場所に理想郷を作ろうと躍起になっているのも、そのための手段としての同盟などを必死に考えているのも、わかりやすい活躍をしているキャシーやハンスさんに対して自分も何かして役に立ちたいという気持ちも混じっているのかもしれない。
しかしソフィアの想いがどうであれ自分を粗末にするような真似だけはしてほしくなかった。
そこでようやく自分が困惑している理由に思い当たった俺は、そもそもソフィアは政略結婚が嫌でないのかと尋ねてみることにした。
フローラと愛し合った上で結ばれた身としては、愛からではなく必要だから仕方なくする婚姻など不幸の元になりかねないのではと思ってしまう。
だけどソフィアはむしろ愛し合う人と結ばれる事の方が珍しいというか夢物語のようなものであり、実際に自分の親戚は殆どがそういう夫婦であるが確かに辛そうにしている人もいたけれど大抵はそれなりに上手くやっているようであったと言う。
……前にモーリツさんに礼するとき異様に様になっていた気がするけれど、この言い方からしてソフィアは上流階級の出身だったのだろうか?
前に会ったばかりのメアリーと比べて腰が低いというか普通に接してくれるから全くわからなかったけれど、そういえばソフィアは元々余り身体が強い方ではなかったと聞いた覚えがある。
キャシーにも言われたが彼女達の居た時代はそれぞれでズレこそあれど俺と比べたら遥か昔であり、公衆衛生から医療技術まで段違いであった。
そんな時代において身体の弱いソフィアが卑屈にならない程度にはまともに生活できていて、更には多くの蔵書を読む余裕すらあったと考えるとむしろ高貴な出自でないとありえないような気さえしてくる。
……キャシーの時と言い、どうして仲間の事なのにこんなちょっと考えればわかりそうな事すら気づけなかったのかなぁ?