ARK とある青年の日誌   作:車馬超

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異常変異

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 誰もが無言で進む。

 重苦しい空気が俺達の間に漂い続けていた。

 

(無理もない、か……)

 

 メディカルブリューと言う命を繋ぐ薬は微々たるもの。

 それでいて戦う相手はあの超巨大な草食をも打倒する怪物。

 まして助けるためとはいえ下手しなくとも仲間に武器を向けなければいけない状況。

 

 これで気分が盛り下がらないわけがない。

 

「…………」

「………くぇ」

 

 周りを囲む動物達も殆ど鳴き声を発さない。

 空気を読んでいるのか、或いはこの先にあるナニカを警戒しているのか。

 お陰でゴーレム軍団の足音だけが煩いほど辺りに響き続けていた。

 

(こいつらを盾にすれば一瞬で壊滅する心配はないだろうし、その隙に何とかルゥちゃんをまた無力化できれば……)

 

 下手に先の事を考えても気分が更に滅入るだけだが、確実に勝機をつかむためにもあえて戦い方を考え始める。

 本来ならば誰かと相談してやるべき作業だけど、他の皆の精神状況を思えば到着するまでの間はそっとしておいてあげたい。

 今まで数多くの修羅場を潜り抜けてきた俺はメンタルに関係なくある程度勝手に身体が動いてくれるけれど、他の皆がそうであるとは限らないからだ。

 

(まあ、何だかんだで皆成長していたから多分大丈夫だとは思うけど……うん、成長してたんだよなぁ……)

 

 そんなことを考えながらふと顔をあげたところ、タイミングよく懐かしい光景が目に入ってきた。

 

「……あ」

「「「っ!?」」」

 

 思わず俺が声を漏らすと、張り詰めていた物が切れたかのように他の三人がビクリと反応を示した。

 

「ど、どうしたんですかっ!?」

「あそこで争ってるラプトルと豚とアンキロにナニカ!?」

「い、いやそうじゃなくて……」

 

 余計な誤解を与えてしまったようでキャシーとソフィアは目の前でアンキロに襲い掛かっている豚とラプトルに露骨なまでに警戒し始める。

 現在の俺達の戦力ならばこいつらどころか野生に存在する動物なんぞ今更敵ではないと言うのに、やはり冷静さを保てていないようだ。

 

「そうだったな、確かあの時もここで……」

「えっ!? は、ハンスさんここに何か!?」

「エレメントデスカ!? ヤバいのデスカ!?」

「いやただ懐かし……ち、ちょっとキャサリンさ……あ、当たって……っっ!?」

 

 遅れて唯一取り乱していなかったハンスさんは俺の言いたいことが分かっていたようだ。

 尤もこちらも詰め寄ってきた女性陣に詰め寄られて顔を赤くして取り乱し始めてしまった。

 

「あ……いや本当にごめん、別に大したことじゃないんだ」

「えっ!? そ、そうなんですか?」

「そ、そうだともソフィアさん……ふぅ……ここはその、私達があの子と……ルゥさんと初めて顔を合わせた場所だから……」

「「あ……っ」」

 

 俺の謝罪にハンスさんがそう続けると、ようやく二人も理解してくれたようだ

 尤も気づけなくて当たり前だ……あの時はまだ俺とハンスさんしかいなかったのだから。

 

「そうそう、ここで俺達のアンキロの後ろで庇われてて、それをあんな風にあの二匹の同種が襲い掛かってて……なんか凄く昔の出来事のような気がしますよ」

「ああ、本当に……君と出会ってからの日々はあっという間に過ぎて言った気がするよ……」

「「……」」

 

 俺とハンスさんが顔を合わせて呟き合うのをキャシーとソフィアは無言で見つめていた。

 

(あの時から本当に色んなことがあったなぁ……でももしもあの時から俺が気を付けていれば……)

 

 思い返すのはルゥちゃんの禁断症状。

 ここに来る前の影響が精神面に残っていたのか依存症のようなものに苦しんでいた。

 ――それを緩和させるためにエレメントダストで作ったジュースを与えたことが現状に繋がる第一歩だったような気がしてならない。

 

「……私がエレメントダストに拘りさえいなければ……すまないみんな……これは全部私の責任だ」

「い、いいえそんなことありませんよハンスさん……私がルゥちゃんを一人で金庫のある拠点に残して行くようなことをしなければ……」

『いや、拙者こそがルゥ殿の傍にずっとついていれば……ソフィア殿の責任ではあらぬよ……』

「オーホゥさんも悪くありません! 多分金庫を一時的にとはいえ開けっ放しにした事のある私が……!」

「い、いやキャサリンさんはそんな……そ、それも金庫を拠点の傍に置こうと言った私の……」

 

 同じく当時を思い出したらしいハンスさんが口火を切り、それに伴うように各々が後悔を口にし始める。

 

(……いや、全部含めてリーダーである俺の判断ミスだよ)

 

 それらを耳にしながら俺は内心胸を痛める。

 尤もこれを口にしたところで皆に心苦しい思いをさせるだけなのは明白だ。

 だからあえて俺はパンっと手を叩き、皆がこれ以上自己嫌悪しないよう現実に意識を引き戻させる。

 

「反省会はいつでもできる、だから今はやるべきことの方に集中しよう……それでいいかいシャルル君も?」

「……あ……ま、誠に申し訳ございません。少し考え事をしてまして……な、何でございましょうか?」

 

 その上で一人押し黙っているシャルル少年に声を掛けるが彼は誰よりも顔色が悪い様子であった。

 少し前から様子がおかしかったのだが先ほどの俺の迂闊な一言に反応してからは特に俯いて押し黙っていて心配になったのだ。

 尤もシャルル少年は超巨大な草食が倒れた時から……いやその前にルゥちゃんが隠していた面を露わにした時から段々と落ち込んで行っていた気がする。

 

(ルゥちゃんと一番親しそうにしていたし年も近いから必要以上に思いつめているとも取れるけど……宗教観的なのが関係しているのかな?)

 

 シャルル少年はソフィアと共にあの超巨大な草食に神話か何かの生き物を模した名前を付けていた。

 それだけにあの生き物の死体を見た時は十字を切りながら何かの一節を熱心にブツブツと呟きていたほどで、多分俺達とはまた違う形での衝撃を受けていたのだろう。

 だけどその前にエレメントに汚染されたルゥちゃんを何とか気絶させて閉じ込めた建物内で話し合って居た時から顔色が悪くなっていた気がした。

 

 その時は色々と忙しかった上に皆も似たような顔色であったので特別何かあるとは思わなかったが、ここまでくると流石に何か思い詰めているような気さえ感じてくる。

 尤も残念なことに俺は宗教関係にも詳しくないので、慰め様にしても限られてしまう。

 

「一応言っておくけどルゥちゃんがああなったことの責任を感じる必要はないからね……」

「い、いいえ、そういうわけにはまいりません……私は前に聞いていたのですから……」

「え?」

 

 だから違うだろうと思いつつもルゥちゃんの事で気に病む必要はないと告げようとしたものの、そこでとんでもない答えが返ってきて一瞬呆気に取られてしまう。

 

「そう聞いていたのです私は……ルゥ様が仰っていられたことを私は聞いておりました……真なる神のお告げは頭の中に直接響き渡るのだと……その言葉はかつて私達を導いてくださったエティエンヌ様がおっしゃったのと同じ内容であり、だから私は間違いなく神のお告げであると信じて、信じるようにと申し上げてしまったのです……」

「っ!?」

 

 まるで懺悔するように告白するシャルル少年の言葉に俺達は衝撃を受ける。

 だけど遅れて頭の中に響く声と言う神秘的な現象ともとれる出来事を前にしたら、ルゥちゃんやシャルル少年のような子供がたぶらかされても仕方のない事だとも理解できてしまう。

 

(……余り歴史には詳しくないけど確かシャルル君の参加していた少年十字軍のリーダーも神のお告げを聞いたとか何とかいう話だし、それを直接聞いていたであろうシャルル君なら余計に誤解しても無理もない話か)

 

 ルゥちゃんも変な宗教が根付いてそうな地域で育った子なだけにその手の神秘的な現象にはより敏感に反応したのだろう。

 ……だけど多分俺達と一緒に居て少しずつ価値観が変わるというか精神的に成長していたから、一応シャルル少年にルゥちゃんなりに相談していたのかもしれない。

 そう考えるとシャルル少年が肯定したことが最後の一押しになった可能性はあるわけで、彼がここまで思いつめるのも無理のない話かもしれない。

 

「そっか、良く教えてくれたね……でもやっぱりシャルル君のせいじゃないよそれは……」

「ですが私は……私は何が正しいのか分からなくなりそうで……頭の中に響いた声が神様の起こす奇跡でないのならばエティエンヌ様が聞いた言葉は一体……わ、私はずっとこれまで何をして……しかもここで出会ったルゥ様まで巻き添えにして……っ」

「…………」

 

 シャルル少年の悲痛な叫びに、本来の歴史上にいた彼が辿った末路が何となくわかっているだけに俺は何も言えなくなってしまう。

 

「いえ、だからシャルル君のせいではなくて……」

「そ、そうですよ私達が……」

 

 代わりにソフィアとキャシーが励ますように口にするが、やはり彼は無言で首を横に振るばかりだ。

 

「……別に無理して付き合わなくてもいいんだよ?」

「っ!?」

 

 そんな彼に俺は優しくそう告げると弾かれたようにこちらを見るシャルル少年の目をまっすぐ見つめながら言葉を続ける。

 

「ルゥちゃんは俺達が必ず助けるから、シャルル君はモーリツさんのところで待っていてくれても大丈夫だよ」

「あ……そ、そっかもうすっかりシャルル君のこと私達のトライブの仲間だって思っちゃってたけど、元々はモーリツさんのところから……」

「あー、確かにそう考えると大事なお客様をこんな危険な目に巻きこむのは……」

「そうだな、体調も悪そうであるし……ここは私達大人に任せて君は……」

 

 俺の言葉に思い出したように他の皆も頷きかけてくる。

 しかしその言葉は一様に優しくて、目に浮かぶのは純粋な心配だった。

 

(考えるまでもなくこんな命懸け、と言う言葉すら生温い馬鹿げた戦いにシャルル君みたいな子供を巻き込みたくはないもんな……)

 

 或いはルゥちゃんに続いてシャルル少年まで立て続けに子供が酷い目に合うところを俺達が見たくないだけだったのかもしれない。

 そんな俺達の思いやりとも一方的な気持ちの押し付けともつかぬ行為を前にシャルル少年は戸惑いを見せたかと思うと……ごくりと息をのむなり顔色こそ蒼いままだが決意を込めた様子で口を開いた。

 

「……いいえ、ぜひともご一緒させてください! 私は何が起きているのか……本当に頭の中に響いた声が神様のお告げであったのか違うのかを見極めなければならないのです!」

「そうか……うん、わかったよ……行こう一緒に……」

 

 まっすぐな目だった……何より決意を込めた声が、いつぞやの自分と重なって聞こえた。

 ――ルゥちゃんを本当に助けられるかはわからないけど、そこに立ち会えるかどうかはシャルル君の今後に物凄く関わってくるだろう。

 だからこそ余計に俺は、かつての自分がフローラを失った時のような思いはさせまいと、改めて全力でルゥちゃんを助け出すことを誓おうとした――ところで今度はソフィアが声をあげた。

 

「あ、あの! あ、あれ! あそこ!」

「な、なんだどうしたんだソフィ……っ!?」

 

 観察力のあるソフィアの言葉に従って指し示した方向を見た俺は何故か、ぞくりと背筋に不吉な予感が走った。

 

(な、なんだあの不気味な生き物は……っ!?)

 

 そこに居たのはこれまで一度も見たことのない生物であった。

 しいて言うのなら皮が剥げて内側の筋などが丸見えになった猿であろうか。

 体格こそそこまで大きくはないが爪や牙などを見る限りかなり攻撃的な生物に思われた。

 

(い、いやでもこれまで何度も俺達はこの地域を行ったり来たりしているというのに未だに見落としていた生き物がいると言うのか!?)

 

 何より直感的にどうもこの砂漠に相応しい生き物に思えなかったことが余計に不吉な予感を駆り立てる。

 

「な、何でしょうねあの生き物!?」

「……さぁ、少なくとも俺の知る限り図鑑などにもあんな生き物は居た覚えは……ハンスさんはどうですか?」

「少なくとも天然の野生動物にアレと同種の生き物は存在しなかったかと……いやしかし……」

「……新種とはいえ残念ですが今はそれどころじゃありませんし、名前を思い出している間があったらさっさと押し通りマショウ」

「そ、そうですねキャサリン様……一刻も早くルゥ様の元へ参りましょう!」

 

 戸惑う俺達に対して動物の捕獲に最も意欲を燃やしていた二人がむしろさっさと処分しようと言い出した。

 もちろん反論する余地などないので、俺達はすれ違いざまに蹴散らしてしまおうと乗っていたアルケンでその名無しに攻撃を仕掛け……ガキンと硬質な音と共に攻撃が弾かれる衝撃に思わず目を見開いた。

 

(な、なんだこいつ!? 滅茶苦茶硬いぞっ!?)

 

 まるでゴーレムを殴った時のような感触に驚くものの、向こうは好戦的な見た目通りこちらへ攻撃的な目を向けると一気に襲い掛かる……前に何かを呼び出すような仕草を始めた。

 

「な、何を……っ!?」

「えっ!? う、嘘っ!?」

 

 すると地面の中にでも隠れていたのか同種と思わしき生き物が姿を現し始め、どんどん数が増えていく。

 

「くっ!? こ、コレオちゃん軍団とカルノン軍団を出して出血死させるんだ!!」

「わ、分かりマシタ! GO!」

「ご加護を!」

 

 俺の指示に従い即座にキャシーとシャルル少年が動物を巧みに操りコレオちゃん軍団とカルノン軍団で襲撃を掛ける。

 果たして先ほどと同じように攻撃の衝撃自体は殆ど弾かれているものの、鋭い爪と角がこすれた部分からの出血は今回も効果的であった。

 更に硬さとは裏腹に攻撃力はそこまで高くなかったので、普通のサドルのカルノン達も失うことなく倒しきることができた。

 

「あ、危なかった……もしもこれが一度に十匹以上……いや五匹を超えていたら面倒なことになっていたかも……」

「何だったんでしょうねこの生き物?」

「ん? コレオちゃんの牙についてるこの液体……す、スゴイ匂いですよコレ……毒液かもしれませんよ……?」

「また新しい素材か……出来るならば回収していきたいところだが今はそれどころではないな……」

 

 止めを刺した動物に付着している素材が未知の物であるとわかるも、今度もあれほどクラフト作業に執念を燃やしていたハンスさんが回収より先を急ぐことを口にする。

 尤も言われなくてもみんな同じ気持ちだったことだろう。

 

(突然現れたこの厄介な生き物……たまたま偶然このタイミングで見かけただけ、なんて甘い考えはこのARKと言う場所じゃ通じない……間違いなくルゥちゃんの、いやルゥちゃんを操る者の仕業だ)

 

 俺に一度不覚を取ったことから警戒心を強めてこの生き物を護衛代わりにこの辺に解き放ったのだろう。

 尤もどこから連れてきた生き物なのかという疑問は――とそこで俺の脳裏にとある考えが過ぎる。

 

「……ハンスさん、確か前にオベリスクを通じて別のARKの生き物を連れ込めるかもしれない可能性に言及してましたよね?」

「あ、ああ……理論上は不可能ではな……ま、まさかっ!?」

「っ!?」

 

 俺の言葉を聞いてハンスさんも、そして周りのみんなも同じ推論に思い至ったようだ。

 ――ずっと続いているオベリスクの発光現象、あれはもしかしたらこの生き物を呼び出しているのではないか?

 だとすればやはり余りノロノロしている時間は無い。

 

「急げ!」

 

 号令をかけて仲間の動物を嗾けに掛かる。

 しかし主力であるゴーレムの足は急かしてもたかが知れている。

 かといってこいつがいなければ超巨大な草食をも打ち倒す威力の攻撃を受け止める手段がなくなってしまう。

 

 どうしようもなくもどかしい、がここで心を乱してどうするのか。

 

(落ち着け俺……大丈夫、焦るな……)

 

 自分に言い聞かせるように呟きながら、俺は未だ近づいたように見えない緑のオベリスクを睨みつけるのだった。

 

*****

 

「ギェェ!!?」

「くそっ!! これで何匹目だよっ!?」

 

 緑のオベリスクに近づくほどに例の名無しどもに阻害される率が上がっていく。

 やはり攻撃力がたかが知れているので苦戦とまでは行かないが、どうしてもその身体の硬さのせいで時間を無駄に消耗させられる。

 最終的には少しでも効率的に倒すため全員でアルケンからコレオちゃんに乗り換える羽目になったほどだ。

 

「はぁぁ……あっ!? 私達の拠点が見えてきまし……えっ!?」

 

 それでも遂に俺達は緑のオベリスクの麓に作った自分達の拠点があった場所を見下ろせるところまで辿り着き……廃墟と化したソレを目の当たりにしてしまう。

 

(ああ、くそ……やられたっ!!)

 

 金属質の建材も岩の建材も関係ないとばかりにねじ切られ、ここに待機させていた動物達も僅かな戦闘の後を残して全滅させられていた。

 金庫も強引に破られて中身が散乱していたが、当たり前のようにその中にエレメントの姿はなかった。

 またこの場所において最も強力な存在であったTEKティラノなどは原型も留めぬほど解体されつくしており、使い道が無いとばかりにくず鉄と化した残骸だけが転がっていた。

 

 そして顔をあげれば未だに発行を繰り返す緑のオベリスクと、その端末を操る謎の人影があった。

 ――そうだ謎に決まっている! あんな片腕が肥大化した紫の触手と化している存在なんかルゥちゃんであってたまるか!

 自分でも無駄な強がりだとわかっていた……ここに来てから俺の希望は殆ど敵わず嫌な予感ばかり当たり続けていたのだから。

 

『ほぉぉ、存外遅かったな』

「っ!?」

 

 近づくこちらに気づいたそいつが脳内に響くような声をかけてきたかと思うと、ゆっくりと振り返ってくる。

 そして……ルゥちゃんそっくりな顔をしながらも肥大化した右腕から筋のように伸びる紫の筋が首から右目の下あたりまで伸びようとしていた。

 その表面が内臓のように蠕動しているところを見るとこの後も伸び続けて……いずれは脳内まで侵食するつもりなのかもしれない。

 

「お、お前……ルゥちゃんに何をしたっ!?」

『ふん、貴様のような頭の悪い輩に説明してもわかるまい』

「ふざけるな!」

 

 馬鹿にするような仕草をルゥちゃんの身体にやらせるそいつに怒りのまま……まずはグループ分けしておいた通常サドルの動物達に攻撃命令を出す。

 

「かかれ!!」

『ほぉ……案外冷静ではないか、ふはははは!』

 

 主力となる生き物ではなく様子見としてまずは壁になりえないであろう動物達を前に出したのを見て、向こうは即座にこちらの意図を見切ったのだろう。

 楽しそうに笑ったかと思うと奴は……特に構えたりすることもなく上から目線で俺達を見下していた。

 そして俺達の動物が緑のオベリスクを囲む湖に足を踏み入れた……瞬間に目に見えない壁に阻まれているかのように進めなくなる。

 

「なっ!?」

「ば、馬鹿な!? 装置も無いのにどうやってフォースフィールドをっ!?」

 

 突然の出来事に困惑する俺であったがハンスさんの反応は違った。

 

「は、ハンスさんフォールフィールドってのは!?」

「要するにエレメントのエネルギーを利用してバリアを張る……このARKの外側を覆っている壁のようなものだ! だがそれが三つのオベリスクによって張られているように何かしらの要となる物が必要だと言うのに……」

『ふむ、その言い方からすると貴様はあの愚かしい未来人共の同類だな? 知識だけあっても応用も何も聞かぬ私から見ればどうしようもない愚かな存在よ、貴様に身の程を知らせる意味も兼ねて特別に……見せてやろう!』

「っ!?」

 

 次いでルゥちゃんの身体を使い声にならない声で咆哮をあげたかと思うと、湖の中から天を突くように伸びる巨大な塔のような紫の触手が三つ飛び出してくる。

 

「こ、これはっ!?」

「危ないハンスさんっ!? 皆も下がれ!!」

「「っ!!?」」

 

 咄嗟にハンスさんを抱きかかえ後ろに下がる俺の声を聞き、キャシーとシャルル少年もソフィアを連れて慌てて距離を取る。

 そんな俺達の前で天高く伸びた触手の一本が凄まじい勢いで振り下ろされたかと思うと、バリアの境界面に群がっていた俺達の動物を一挙に吹き飛ばした。

 たったの一撃、だけど地面を割るほどの強力な一撃に通常サドルの動物達はあっという間に壊滅状態に陥った。

 

 しかもギリギリ生き延びた動物が逃げようとしたところで、地面にぶつかったままの触手から電撃のようなものが現れて……それが止めとなりあっさりと崩れ落ちていった。

 

(つ、強すぎる!? 何だこいつはっ!?)

 

 俺がこれまで戦ってきた中で苦戦したオベリスクの守護者やARKの管理者と言った存在を含めてもなお、目の前にいるこの化け物の強さは一位二位を争うものだと思われた。

 しかもその力強さに加えて無敵バリアのようなものまで存在するわけで、ここに来る前に考えたルゥちゃんの本体をどうにかスキを見て無力化する手段を取ることもできない。

 

(ど、どうすれば……どうすればルゥちゃんを……いやそもそも俺達は生き残れるのかっ!?)

 

 これまでで最も絶望的な状況に思わず唇を噛みしめる。

 しかし更にルゥちゃんを操る者は、本来なら愛らしいルゥちゃんの可愛らしい顔に似合わぬ悍ましい笑みを浮かべさせると、懐からキラキラ光るボールを取り出してきた。

 

「あれは……確か……ハンスさん?」

「あ、ああ……前に私が作ったが動かなかったクライオポッドだが……まさか……っ」

『ふはは、本当は私が新たに創造しようとしている生き物を披露してやりたいところだが……今はこれでも十分だろう』

「ギェェェ!」

 

 果たしてそいつが投げたボールが発光したかと思うと、中から道中で倒してきたあの不気味な名無しが飛び出してきたではないか。

 

(な、何でだっ!? 前にハンスさんが作った時は動かなかったからこそルゥちゃんにオモチャとして渡してあったって言うのに、何でこいつが使った時だけ動くんだっ!?)

 

 それがエレメントの力なのか向こうの得体のしれぬ科学力のせいなのか、或いは別の要因……それこそ環境的な問題でも関わっていたりするのかもしれないが今は判断している余裕はない。

 何せ奴が取り出したボールの数は一つではなかったのだから。

 

「そ、そうか! ポッドに居れた状態で送りだして……しかしだとするとそいつを送り出している存在が……ま、まさか貴様は地球を汚染したあの……」

『ふざけるな! あんなトカゲモドキと一緒にされてたまるか! この私こそが真なる世界を統べる大いなる存在サー・エドモン「ギェエエエエ!!」ェルだ!』

「っ!?」

 

 奴の名乗りがポッドから出て来て叫ぶ名無しのせいで遮られる。

 だけど俺はそのわずかに聞こえた断片だけで、心臓が握りつぶされそうなほどの衝撃を新たに覚える。

 

(い、今なんて言ったこいつは? サー・エドモンってそれ……い、いやまさかそんな……っ)

 

 これまで何度となく先達者様の日記を見てきた。

 多くのとある先達者様が残したレシピに助けられてきた。

 そしてそのどれにもフルネームで印字されていた名前だから、流石の俺も覚えている。

 

 だけど認めたくない、これもまたいつもの嫌な予感だとしてもせめてこれだけでも外れていてほしい

 

「――――さんっ!!?」

「はっ!? くぅぅっ!?」

 

 一瞬、本当に一瞬だけど気がそれた。

 ソフィアの声で正気に戻り慌てて乗っていたコレオちゃんから飛び降りることで、こちらに迫っていた触手の薙ぎ払いを交わすことができた。

 代わりに直撃を受けた俺の乗っていたコレオちゃんは遠くまで吹き飛ばされてしまったが、高品質サドルのお陰で何とか一命をとりとめてこちらへと戻ってくる。

 

 しかし傷だらけになったコレオちゃんに乗り続けるのは危険なので、結局新しい個体に乗り換えてそいつには前線に出てもらうことにする。

 既に俺が取り乱している間にキャシーとシャルル少年が自発的に動いてくれていたようで、名無しを自分達が狩り触手に対してはゴーレム軍団を差し向けていた。

 

(くそ! 仮にもリーダーである俺が足を引っ張ってどうする!! ソフィアが声を掛けてくれなかったらお仕舞だったじゃないか! でもいつもならこういう時はフローラが……っ!?)

 

 チラリと右手首の鉱石を見ると反応こそしてくれるものの明らかにいつもより弱々しいのが目に見えてわかる。

 これがフローラもまたあいつの名乗りを受けて動揺した結果なのか、それとも向こうが何かしらの干渉をしているせいなのか判断がつかない。

 

(ああもう、分からない事ばかりだ! こんなんじゃどうしようもない!)

 

 せめて最低限、ルゥちゃんを何とかする方法が分からなければ一矢報いることもできず全滅だ。

 ならば最悪の場合は誰か一人を逃がして体勢を立て直して貰うしかないが、そうするにしても次の戦いに備えるためやっぱり最低限の情報はここで調べておく必要がある。

 

「くぅ……ハンスさん! そのフォースフィールドとやらを破る方法はなんかないんですかっ!?」

「あの三つの触手が恐らくオベリスクと同様にフォースフィールドを維持する要になっている! だからあれらを壊すことが出来れば……ひょっとしたら……」

『ほぉ、ようやく気づいたか……だが本当に三つだけで済むと思っているのか?』

「なっ!?」

 

 こちらを小馬鹿にするように笑った奴は、再びオベリスクに向かうと何やら呪文のような言葉を口にしながら操作を始める

 

『アドミ……チー……サモン……ェル……テンタクル!』

「っ!!?」

 

 入力が終わると同時に奴が持っていたと思わしきエレメントが大量に消費されたかと思うと再びオベリスクが異常発光し始めて……新たな四本目の触手が湖の中から飛び出してきた。

 

(や、ヤバい……ヤバいヤバいヤバいヤバすぎる!!)

 

 どうやってこの謎の触手を用意したのか見せつけられた俺達は今度こそどうしようもない絶望感に見舞われる。

 触手に群がるゴーレム達はその強力な一撃を高品質サドルと強靭な肉体で何とか抑え込み殴り合いには成功している。

 だが火力が足りない……向こうが新たなのを召喚し終えるまでにユウキィ君の咆哮で勇気づけられてなお、何とか一本を倒せれば良い方だ。

 

 しかも向こうは新たな新品の触手が生えてくるのに対してこっちのゴーレムは向こうの攻撃でどんどん身体がボロボロとひび割れていく。

 豚の回復ではとても落ち着かない速度であり、このままゴーレム達に任せていてはじり貧だ。

 

「くぅぅっ! こいつらいい加減に……シット!」

「お、おのれ! 汚らわしき獣どもめ!」

「ギェェェェ」

 

 しかし加勢に行きたくてもキャシーとシャルル少年は無数に湧き出てくる名無しの処理で手一杯。

 ソフィアとハンスさんでは一撃が命の危険を伴う前線に出るわけにも行かず、かといって名無しの処理を肩代わりするには混戦状況過ぎる。

 

「ハンスさんとソフィアは近くの高台から銃で少しでも触手を撃って消耗させてください!」

「えっ!? で、でも私達だけ安全なところで……」

「ソフィアさん、今は足手まといにならぬ範囲で皆が全力を尽くすべき時だ! リーダーの意思に従い速やかに動こう!」

 

 俺の意思を察してくれたハンスさんがソフィアの手を引いてこの場を離れる。

 

(ありがたいハンスさん! 本当に貴方と最初に会えてよかった!)

 

 今更ながらに彼とトライブを結成出来たことに感謝しつつ、自由になった俺は覚悟を決めて動き始める。

 

(大丈夫! 幾ら強大な攻撃だからって全部避ければいいだけだ! 出血攻撃持ちを引き連れた俺が攻撃に専念すれば向こうの召喚よりこっちが触手を倒す速度の方が上回るはずだ!)

 

 一瞬の気のゆるみで命を落としかねない最悪に危険な戦い。

 だけど諦めるわけにはいかない。

 こんな俺をリーダーとして信じてくれる仲間がいる限り……こんな俺の中まで居てくれた皆をルゥちゃん含めて誰一人死なさず生きて帰るためにも!

 

「うおぉおおおおおおおお!」

『ふん、叫ぶしか能のない野蛮な猿め! 貴様らサバイバーはいつでもそうだ!』

 

 職種に向かい突撃する俺を奴は冷めた物言いで見下す。

 

『そもそもバリアを破ったところで私に勝てるつもりか? そんなことできるものか!! もはやこの娘は私に身体を譲り渡しつつあるのだ! 先ほどのようなやり方で隙を突くことも出来ぬと言うのに愚か者が!』

「黙れっ!!」

 

 叫びながら俺はコレオちゃん軍団とゴーレム軍団に指示を出しながら積極的に攻撃を繰り出しにかかる。

 振り下ろされる触手は反撃が遅れない範囲で避け、無理そうな一撃はゴーレム達に敢えて受け止めさせる。

 その隙に攻撃しずたずたに引き裂いてやることで時間を掛けずに触手を処理していく。

 

「はぁはぁ……はぁぁぁ!」

「む、無理しないでくださいネ!!」

「どうか我らにご加護を!」

 

 俺の無謀一歩手前な攻撃をこの場に残っているキャシーとシャルル少年が心配そうに見守っている。

 しかしもはやこのやり方しかないのだ。

 

(大丈夫だ! ここまで生き抜いてきた自分の力を信じろ!)

 

 食らえば即死間違いなしの風圧を伴った触手の一撃がすぐ隣をかすめて地面に突き刺さる。

 毎回肝が冷えるものの、この隙に攻撃を仕掛けることで新たな触手も何とか倒すことができた。

 代わりにこちらもゴーレムがついに倒れ始めてきたが二十体全部連れてきたかいあって、最後の触手を倒すぐらいは何とか持ちこたえてくれるだろう。

 

「うぉぉぉぉ! よ、よぉし倒した! これで残る触手は一つだ! ちょうど召喚したばかりみたいだし新しいのを呼ぶのは時間がかかるだろ!? これでお前も……」

『調子に乗りおって! だがここまでだ!』

「なっ!?」

 

 しかしそこで苦々しそうにこちらを睨みつけながらも奴はとっておきとばかりに新たなポッドを取り出してきた。

 

「ま、まだ何かする気なのかっ!?」

『切り札とは最後まで取っておくものだ! 殺れリーパー!』

「っ!!?」

 

 そして投げられたボールの中から……悪魔が現れた。

 

「シャァアアアア!」

「な、なんだこいつはっ!?」

 

 先ほどから奴の使役している名無しをもはるかに上回る悍ましい見た目。

 地球の生き物とは思えぬ形状は、むしろ某映画に出来るエイリアンを連想させる。

 そいつは殺意しか感じられない眼差しをこちらに向けるとすさまじい速度で襲い掛かってきた。

 

「くぅっ!? ゴーレム軍団!!」

「シャァアアアア!!!」

「なぁっ!?」

 

 間に割って入ったゴーレムに殴られるも一切動じることなく反撃するリーパーと呼ばれし化け物。

 どうやらその外皮は先ほどから鬱陶しい名無しと同様かそれ以上の強度を誇るようだ。

 それでいて力強さもすさまじく、流石にギガノト並みではないがティラノかそれ以上のパワーを秘めているようだ。

 

「…………っっ」

「う、嘘だろっ!?」

「シャァアアアア!」

 

 しかもそいつの攻撃は的確にサドルの隙間を縫ってくるようで、高品質サドルを装備したゴーレムでさえ元々ひびが入っていたこともあってかあっさりと倒されていく。

 

「く、くそ! こうなったら……!!」

「シャァアアアア!」

 

 これ以上触手の攻撃を受け止められるゴーレムを失うわけにはいかない。

 ならば俺が……どうにかするしかない!

 

(落ち着け! 幾らこいつが強いとはいえ外皮の種類から行ってもさっきの名無しと同じで出血攻撃が効くはずだ……ならサンドワームだって倒せたんだからこいつだって……!)

 

 危険極まりない賭けだが勝算は十分にある。

 残るコレオちゃん軍団を利用して四方から囲い俺は背中側から攻撃することで、反撃を貰わず最大効率で処理するのだ。

 ドクドクと恐怖で高鳴る心臓を意志の力で押さえつけて、俺は早速勝負に出る。

 

「シャァアアア!」

「くぅぅっ!!」

 

 真っ先に飛びかかってきた向こうの一撃をコレオちゃんごと床に伏せる勢いでしゃがみ込むことで躱して背後に回る。

 後は他のコレオちゃんに正面から殴らせてそっちを狙い始めたところを見計らい、攻撃を開始すればいいだけだ。

 

「シャァアアア!」

「よし狙い通……っ!!?」

 

 果たして俺の目論見は殆どが上手く行った。

 思った通り出血攻撃は効果がてきめんであったし、別のコレオちゃんに殴られたことでリーパーとやらはこちら側に反撃してくることも無くなった。

 ――だけどまさかその体内に流れる体液が某映画のソレのように強酸性であっただなんて想像もできなかった。

 

「がぁああああああっ!!?」

「っ!!?」

 

 皮肉にも出血攻撃が余りにも効果的だったせいで体液は余計にまき散らかされた。

 もろに食らった俺は全身が焼け焦げるような痛みに苛まれ、激痛の余り喉が避けるほどの悲鳴を上げてしまう。

 

(ぐぅぅぅぅっ!? む、ムカデの前例があったのにどうして俺は……うがぁあああああっ!!?)

 

 痛い、ひたすらに痛い。

 思わずメディカルブリューを啜るけれど残り少なかったソレでは完全な回復に至らない。

 

「シャァアアアア!!」

「ぐぅぅぅ……っ」

 

 薄れる視界の中でリーパーがまだ暴れ狂っている様子が僅かに映る。

 向こうもかなり苦しんでいるようで痛みに暴れるようにコレオちゃん達や豚とユウキィ君をも蹴散らしながら残るゴーレムへ飛びかからんとしている。

 

(だ、駄目だ……ゴ、ゴーレムを今やられたら……くそっ)

 

 気が付けば俺は自らの乗るコレオちゃんに指示を出していた。

 

「う、おぉおおおおおおお!!」

「シャァアアア……っ!!?」

 

 返り血を浴びることもいとわぬ一撃が出血攻撃でボロボロになっていたリーパーの喉に突き刺さる。

 やはり硬すぎて貫通はできなかったけれど、その一撃がもたらした新たな傷痕から遂に奴の命の灯は体液と共にすべて吐き出された。

 

「ぐがぁあああああっ!!?」

「だ、大丈――――――――ー」

「――――――――――――ー」

 

 仲間達が何か言っているのが分かる、だけど聞こえない。

 返り血の酸が俺の耳を溶かし尽くしてしまったのか、単純に限界が近いのか。

 しかし皮肉にも視界はかすれながらも状況を捉えていて、俺の心に止めとばかりの絶望を与えてくる。

 

 再びこちらを見下すように醜く笑う奴、新たに地面から生えた触手、そして名無しを処理してこちらに来たキャシーとシャルル少年の頭上に影が下りる。

 新たに生えた触手が振り下ろされ、ひび割れていた最後のゴーレム達が身体を張って防ぐものの耐えきれずに崩壊して……その余波だけでギリギリ生き残っていたコレオちゃん達ごと俺達三人も吹き飛ばした。

 

「―――――」

 

 もう痛みも感じない、身体も動かせない、だけどまだギリギリ生きている。

 多分キャシーとシャルル少年は、もう少しマシな状態で生きてはいるだろう。

 恐らく防具を高品質品に替えてあったお陰だ――だがもうどうしようもない。

 

 まだ動けるのはハンスさんとソフィアだが、もはやアサルトライフル二丁程度の火力ではどうにもならない。

 せめてあれが十丁、いやもっと数を揃えて一斉射撃をできれば話は別かもしれないがそんな話をしても何の意味もない。

 二人が駆け付けるまでの時間もなく、俺達は再び持ち上がった触手の一撃で今度こそまとめてお陀仏だ。

 

(く、そ……ここまできてこんな……っ)

 

 死を間近に迎えたためか世界がスローモーションになる。

 これまでしてきたことが全て無駄になると思うと悔しくて仕方がない。

 

(ああ、やっぱり俺のやり方じゃダメだったのか……ごめんよルゥちゃん、君を助けれなかった……ごめんよキャシーにシャルル君、君たちを巻き込んで……ごめんよハンスさんにソフィア、後を任せてしまって……ごめんねフローラ、今そっちに行くから……)

 

 諦めが心を支配する。

 こうして避けられない死を前にして自分のやり方が全て間違っていたという後悔が湧いてくる。

 でももはやどうしようもなく、俺は――――――視界の端から煙を引きながら飛んでくるロケット弾を目の当たりにした。

 

(……え?)

 

 ロケット弾は触手にぶつかり大爆発を起こす。

 しかしすぐに爆炎を切り裂いて姿を現した触手、だがそこに間髪入れずに二発目のロケットが突き刺さる。

 再度の大爆発に触手の動きが揺らめく。

 

「―――――――」

 

 そこへ誰かのアルケンが降り立ってくる。

 ハンスさんではない、ソフィアでもない……いや見覚えはあるけれど俺達のトライブのアルケンではない。

 そこへ俺よりはましだけど同じく死にかけなキャシーが最後の力を振り絞るように近づいていき荷物を開く。

 

 ――大量に零れ落ちる赤い色の液体が込められた入れ物、メディカルブリュー。

 

 俺達が失った量にこそ及ばないが、この状況を改善するのには十分すぎる量。

 即座に数十本口に入れて怪我を直したキャシーが俺とシャルル少年の口にも流し込み……一気に意識が鮮明に戻った。

 

「はぁぁああ!!」

「はぁはぁはぁぁ! い、生きてますね私達……こ、これが奇跡!?」

『馬鹿なことを言ってないで目を覚ましたら働けっ!! こっちもそう長くは弾が持たんっ!!』

「え……その声は……モーリツさんっ!!?」

 

 聴覚が戻るなり聞き覚えのある声がアルケンの荷物の中に入っていた無線機から聞こえてくる。

 遅れて凄まじい銃声が鳴り響いていることに気が付き、周りを見回せば少し離れた高台の上から激しい砲火がチラついていた。

 俺達がモーリツさんに譲り渡した移動拠点パララ君二号、その背中に設置された巨大なガトリング砲。

 

 そこから放たれる無数の弾丸がロケット弾で傷ついていた触手をハチの巣にしていく。

 

(モーリツさんが来てくれた! それもありったけの物資を持って!)

 

 自分の生存が何より優先すべきだと言っていたモーリツさん。

 俺達の考え方を甘いと言いながらも完全に否定することが無かったモーリツさん。

 協力関係にありながらも利益がしっかり出るよう賢く立ち回るよう心掛けていたモーリツさん。

 

 それが今、損するのも覚悟の上で……命懸けの戦いに混ざることになると理解した上で、助けに来てくれている。

 

「も、モーリツさん……っ」

『余計な口を叩くな! いつまでもぼさっとしてないで残る触手を何とかしろ!』

「っ!? は、はいっ!!」

 

 仮にもこっちのトライブのリーダーだと言うのに他所のトライブの人間の言うことに頷いてしまう俺。

 やはりそんな俺はきっとリーダーには向いていなかったのだろう。

 ――だけどこうして命を繋げたということは、多分俺達のやり方は間違っていなかったんだ!

 

 それが分かっただけで俺の中に湧いていた絶望はあっさり吹き飛んでしまう。

 

「キャシー! シャルル君! そしてハンスさんにソフィアも無線越しに聞いているな! もうこっちには戦力になる動物は居ないけど、向こうも取っておいた切り札を使っている! なら後は押し切るだけだ!」

「それはわかりますが具体的にどうするのデスカ!?」

「簡単だ、まだ俺達には銃弾が残っている! いや銃が尽きれば斧やピッケルだってある! なら取れる手段がある限り諦めずにあがき続けるのが、サバイバーだろ!!」

「っ!?」

 

 俺の言葉に皆は一瞬驚いたように息をのんだ。

 しかしすぐに軽く息を吐くと、先ほどまでの重苦しい空気とは違う明るい声が聞こえてきた。

 

『全く、最後の最後が力押しとは……だがまあ、ここまで来たんだから最後までやり遂げるべきだな』

『そうですね! まるで物語みたいな展開になって来たのにこんなところで諦めちゃうのは勿体ないですよ!』

「皆さんの言う通りデース! ここで諦めるだなんて悔しいですし、やるだけあがいてやりまショウ!」

「はい、私も神様の使命とかそう言うのではなくて……自分自身の意地と誇りにかけて頑張らせていただきます!」

「よし、じゃあ……あの安全なところから高みの見物してる奴に思い知らせてやろうぜ!」

「「『『おおー!』』」」

 

 傍から聞いたらヤケクソにも捉えかねない宣言。

 だけどそもそもこのARKと言う場所に来てから俺は何度となく戸惑い驚き怯えてきたが、最後の最後に動く原動力になったのはいつだって大体ヤケクソみたいな覚悟だった気がする。

 或いはこれもまた賢くない行為なのかもしれないし、愚か者だとののしられても仕方のない行動かもしれない。

 

 ――だけど少なくとも絶望して諦めてしまうよりはずっとマシだ!

 

『き、貴様ら正気かっ!? 何故諦めない!? そんな玩具みたいな武器で偉大なるエドモニウムの力を得て進化の頂点に立とういう神たるこの私に逆らおうと言うのか!?』

「うるせぇ!! お前が神でも何でも知った事か!! いいからとっととルゥちゃんの身体から出ていきやがれ!」

 

 あからさまに焦りを見せながらも尊大な態度を崩さない奴に啖呵を切りながら俺達は最後の触手へとアサルトライフルの火力を集中させる。

 五丁の銃から放たれた銃火はガトリング砲に近い威力を発揮して巨大な触手に穴をあけていく。

 ――しかしまだ足りない、

 

 もちろん向こうも抵抗するが、幾ら巨大とはいえ触手が届く距離は限られており、自由に動ける名無しも悪魔も残っていない。

 だから弾が尽きない限りはこのまま比較的安全な距離から攻撃し続けることができるのだが――

 

「す、すみません! 弾を分けて貰えますか!?」

「こっちも弾切れだ!」

 

 早い段階から銃撃を行っていたハンスさんとソフィアの弾が尽きる。

 俺達の分から融通するが、今度はシャルル少年の弾が尽きる。

 弾は事前に貯めてあったのを分配してはあるが、その上で各自が必要だと思うものを自前で作ったりして持ち込んでいるのでその差が出てきたようだ。

 

「す、すみません! ああ、こんなことになるのでしたら『アレ』より優先してもう少し作っておくべきでした!」

「い、いや『アレ』を作ろうと言ったのは私なのだから……くそ、確かにもっと弾を用意してくるべきだったか!?」

「えっ? えぇっ!? あ、あれって何か切り札でも作ってきたんですか!?」

 

 シャルル少年とハンスさんの掛け合いに弾をリロードしながら目敏くソフィアが食いついてくる。

 正直俺も気にならなくはないが、この段階で出さない時点で火力のあるものではないと察しがつく。

 

「それよりも俺の方も弾は残り少ない! キャシーはどうだっ!?」

「こっちもそろそろ限界デース! デモ見てください!! あいつもそろそろ限界のはずですヨ!」

 

 キャシーの言葉通り、既に俺達が狙い打っている触手はボロボロになってきており、その動きも明らかに鈍くなってきている。

 モーリツさんが狙い打っていた方が既に倒れているので、こいつさえ倒せばフォースフィールドは解除され、奴へと攻撃が届くようになる。

 

(問題はどうやって無力化を……いや今は先の事よりも最後の触手を倒すのに専念すべきだ!)

 

 とにかく銃弾が足りればいいが、もしこれが尽きたら冗談抜きに採掘道具で殴り掛かるしかなくなるかもしれない。

 もちろん最悪の場合は全力でやるつもりだが、その前に他の手段にも思考を巡らせる。

 先ほどはもう戦力になる動物は居ないと言ったが一応アルケンは残っているため、攻撃命令を出せないことは無い。

 

 ただサドルが通常の物なので近づこうとしたところをあっさり叩き落されて何の意味もなく終わるのがオチだ。

 

(何より一番身近な拠点も失い護衛となる動物も武器も、果ては物資まで使い切っているこの状況で移動手段までなくなったら、勝利してルゥちゃんを助けられても安全な場所まで行けなくて……下手したら今更ワニだとか狼に襲撃されて命を落とすことになりかねない!!)

 

 幾ら勝利しても生きて帰れなければ何の意味もない。

 ならば他にどうすればいいか、少し考えた俺は念のため確認しておこうと無線機のスイッチを入れ銃を撃ちながらモーリツさんに連絡を取る

 

「モーリツさん! そっちは弾余ってませんか!」

『もう全て使い切ったわ! そもそもこっちがどれだけ苦労して鉄と火薬を細々とかき集……ええいもういい! それより今こいつを連れてそちらへ向かっている! 最悪はこいつに殴らせるしかあるまい!』

 

 モーリツさんも半ばヤケクソなのか、普段の態度からは想像もつかない態度で返事をするが相変わらず優秀な判断を下してくれていた。

 

(そうか、移動拠点として建材を鎧代わりに身にまとってるパララ君二号なら体力の差もあって数発は確実に殴れる……それならきっと最後の後押しとして十分だ!)

 

 冷静にそう判断した俺はモーリツさんにお礼を言おうとして……再び奴がオベリスクを操作して新たな触手を生み出そうとしているところを見てしまう。

 もしこんな状況で新しい触手が現れようものなら、もう俺達に打つ手は無くなってしまう。

 だから祈るような気持ちで銃を撃ち続けるが、結局倒しきれないうちに弾は完全に尽きてしまった。

 

「シット! 後数発持てばっ!!」

「も、もうこの際銃でなくてもいいですから投げれるものでもあれば!!」

「な、投げられるモノ……そ、そうだ石の槍! あれならちょっとした素材で作れる!! みんな荷物を全部出してくれ!」

 

 ソフィアの言葉で前の島でも最後の敵に止めを刺した石槍のことを思い出した俺は慌てて皆の荷物をかき集める。

 そして何かを作った際の余りとして荷物の隅に残っていた素材をかき集めて何とか一本の槍を作り出すことに成功する。

 

(頼む! 今回も上手く行ってくれ! じゃないとモーリツさんは多分、間に合わない!)

 

 祈る気持ちで俺は槍を持ち上げ、いつぞやのように全力で――投げつけた。

 

「うおぉおおおおおおおおおお!」

『あがくな! 見苦しい!』

 

 果たして今回もまたきれいな放物線を描いて飛んだ石の槍はしっかりと死にかけの触手に突き刺さり……砕け散った。

 しかし触手の方は先ほどの俺達のように瀕死ではあるだろうが生き残っており、フォースフィールドは維持されたままであった。

 

「くそっ!! 流石にそう何度も上手くは行かないか!! こうなった……っ!?」

「いい加減にくたばれこのファッキンモンスター!」

「き、き、き、キャシーっ!!?」

 

 しかしその瞬間弾かれたようにキャシーが、ソフィア達の前には見せたくなかったであろうARKに来る前の性格の一端を露わにしながら走り出した。

 触手は迎撃しようとするがダメージの蓄積で鈍った動きでは、彼女の早さに敵わなかった。

 

「DIE,MOTHER FUCKER!!((死ね、クソ野郎ッ!!)」

 

 今までで一番流暢な声で叫びながら採掘道具の一つであるチェーンソーを大きく振り被ったかと思うと猛烈な勢いで叩きつけた。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 チェーンソーの回転音が金切り声のように響き渡り、回転する刃が触手の肉を一切の容赦なく抉り取っていく。

 少しの間、紫色の液体をまき散らしながら苦し気にうねっていた触手は不意に動きを止めると、そのまま力なく湖の中へと崩れ落ちていく。

 

「はぁ……はぁ……はぁぁ…………っ」

 

 キャシーは触手からあふれた紫の液で汚れた顔を乱暴に拭い去りながら肩で息をしていたが、少しして冷静になったのかこちらに振り替えることなく息を飲んだように見えた。

 それが隠しておきたかった自分の一面をつい曝け出してしまったことへの恥じらいなのか、それともソレを見られたことで嫌われることへの恐怖なのか。

 

「す……すっごいキャシー! 凄く格好良かった!」

「っ!?」

「さ、流石はキャサリンさん……私などよりずっと男らしいと言うかなんというか……はぁ……もっと立派にならねば……」

「何という素晴らしきご活躍! おみそれいたしました!」

 

 しかしソフィアの心底尊敬するような言葉を受けてばっとこちらへと振り返ったキャシーに他の皆もまた前向きな感情を露わにして接してくる。

 これまでの付き合いでこのトライブの仲間がごまかしやへつらいでこんなことをする人間ではないと知っているキャシーは、一瞬泣きそうな顔になったかと思うとすぐに顔を拭うと安堵したようにいつも以上の微笑みを浮かべていた。

 

(よかったなキャシー……何より、よくやってくれた!)

 

 みんなの様子を横目で眺めながらも俺だけは今真っ先にやらなければならないことに取り掛かっていた。

 

『な……ば、馬鹿な……』

 

 俺達ですら予想できなかったキャシーの動きに奴が受けた衝撃は更に凄まじいものだったらしい。

 オベリスクの端末を操作するのも忘れて呆然と立ち尽くしており、お陰で触手が新たに呼び出される前に俺は距離を詰めることに成功する。

 

(……年貢の納め時だ、覚悟しやがれ!)

 

 俺もまたキャシーの様に直接叫んでやりたかったが、気づかれないうちに麻酔弾を撃って眠らせてしまった方がいいと判断する。

 静かに気配を殺してライフルを構え、ルゥちゃんの身体をできるだけ傷つかなそうな位置を狙って……引き金を引いた。

 

『ふざけた真似を!!』

「っ!?」

 

 しかし奴の反応速度は人間を大きく超えており、麻酔弾が発射された後から対応してなお回避行動が間に合ってしまう。 

 更に奴は観念するどころか変異したルゥちゃんの右腕を使って抵抗しようとしてくる。

 

(ちっ!! そう上手くはいかないってか!?)

 

 相変わらず軽く腕を振るわれただけで暴風が吹き荒れるほどの怪力を前にして、俺はどうしたものか思い悩む。

 あの調子だと普通に麻酔弾を撃っても当たるとは思えない。

 しかし前の様に近づいてスタンロッドで気絶させるような真似も許してはくれないだろう。

 

 こうなるともはや打つ手なしだが、向こうもまた出来ることはほとんど残っていないはずだ。

 何せこちらの状況に気づいた他の皆が……いつの間にか合流していたモーリツさんとパララ君二号も含めて、奴を逃がすまいと周りを囲い込んでいるのだから。

 

「いい加減に観念してルゥちゃんの身体から出ていけ!!」

『観念だと!? まだだ! この私が負けるものか!! 近づくな貴様ら!』

 

 再び奴がルゥちゃんの変異した右腕を振り回し、こちらをけん制しようとする。

 だけど当ててこないのは恐らく下手に脅威を示してこちらがルゥちゃんを助けることを諦めて始末に掛かるのを恐れているのだろう。

 先ほどキャシーが採掘道具で特攻するところを見ていることもあり、俺たち全員から一度に襲われてはどうしようもないと察しているようだ。

 

(だからってこのまま睨み合いしていても状況は改善しないどころか、隙を見せたらまた逃げられかねない……だけどどうすれば……っ)

 

 必死に頭を働かせれるがいい方法が全く思い浮かばない。

 しかしそこで黙って状況を観察していたモーリツさんが軽く息を吐きながらハンスさんに声を掛ける。

 

「……途中参加の身としてはまだ事情が把握しきれてはいないのだが……ハンス氏、少しよろしいか?」

「な、何かなモーリツさん?」

「取りあえず確認するが、今の状況でルゥ女史の意識はまだ残っていると判断していいのかな?」

 

 いきなりモーリツさんから名指しで呼ばれたハンスさんは戸惑いながらも言葉を返す。

 

「そ、それは……恐らく本格的に汚染されていればもっと変化は激しくなるはずですので……まだ脳にエレメントの影響が及んでいなければ……」

「ふむ、だとすれば我々の言葉はルゥ女史に届いているのか? 彼女が身体を取り戻そうとする意志を持っているなら、あの良からぬ輩のふるまいを多少なりとも抑えられるのではないかと思うのだが、どうかね?」

「……確信はありませんがその可能性は無いとは言い切れません……けど逆に言うと……その……」

『ふん! 頭の巡りが悪いな! こうして私が動けていることが全ての答えであろうが!!』

「っ!?」

 

 更なる二人のやり取りを奴は馬鹿にするように叫ぶ。

 

(なるほど、モーリツさんはルゥちゃんに協力して貰って麻酔を打ち込む隙を作ろうと……相変わらず良い案を出してくれるけども……)

 

 俺の脳裏には少し前からのルゥちゃんの行動が思い浮かんでいた。

 いつもと変わらぬ態度で奴の思惑通り一生懸命にエレメントの残りを探し回っている姿。

 奴が本性を表して俺達にさっきを向けてきた時の動き。

 

 ――もしもルゥちゃん自身に奴のやることを拒絶する権利と意思が僅かにでもあるのならあんな風にはならなかったはずだ。

 

 何より先ほどなど一度俺達は触手によって命を落としかけていた。

 それなのに動きが鈍るところが見えなかったことを思うと……奴が言いたいのもそういうことなのだろう。

 

「る、ルゥちゃん聞こえてるの!? 一緒に帰ろうよ!!」

「ルゥちゃん!! そんな糞野郎に従う執拗はありません!!」

「ルゥ様! そいつは神様などではありません!! 私達は騙されていたのです!」

 

 そこまで頭が回らなかったのか単純にルゥちゃんを信じたいのか、ソフィア達は必死になって声を掛ける。

 対して俺と同じ考えに至っているであろうハンスさんは悲痛そうに黙るしかなく、多分モーリツさんは俺と同じで違う方法を模索し始めていた。

 

『ふ、ふはははは! 笑わせてくれる!! 無駄だと言っていように! よかろう、貴様らの惨めな策が無駄であることを思い知らせてらおうではないか!!』

「っ!!?」

 

 そんな俺達を見下すように笑いだした奴は、不意に軽くルゥちゃんの頭を振ったかと思うと――その表情が俺達の見慣れたものに戻った。

 

「あ……る、ルゥちゃんっ!? ルゥちゃんなのかっ!?」

「……なんで、なの?」

「っ!?」

 

 思わず声を掛ける俺に奴ではなくルゥちゃんがいつもの……いや違う、どこか初めて会った時を思い起こさせる感情の薄れた声を返してくる。

 その衝撃に俺とハンスさんにキャシーとソフィアも固まってしまう。

 逆にその時のことを全く知らないシャルル少年とモーリツさんはまだマシだが、それでも動揺は隠せていないようであった。

 

「なんでじゃまするの? どうしていじわるするの?」

「……っ」

 

 改めてルゥちゃんの口から俺達を否定する言葉が飛び出す。

 予想できていたとはいえその衝撃は大きかった。

 

『ふはははは!! 聞いたか!! 貴様らのやろうとしていることはしょせん自己満足に過ぎんのだ!! さあ行くぞ、この愚か者共が間抜け面を晒している隙に……っ』

「あ……ぅ……か、かみさまもうすこしだけみんなとおはなし……だいすきだからちゃんとおはなししてわかってもらいたいの……っ」

「えっ?」

 

 どうやら奴は俺達を動揺させて隙を作るためにルゥちゃんの意識を表に出したようだ。

 しかし思惑通り隙を晒した俺達を前にルゥちゃんが予想外に話を続けようとするせいで上手く行かなかった。

 お陰でハンスさん達が推測した通りルゥちゃんが抵抗する気があるならその気ならば動きを鈍らせられることがわかる。

 

 だけど俺達はそんなことよりもルゥちゃんが言いたいことの方が気になっていた。

 

「か、かみさまがおしえてくれたの……まえのおせわがかりのひとたちはわたしがイケニエになったらしあわせになるっていってたけど、ほんとうのかみさまのいうとおりにしたらみんなテンゴクでいっしょにしあわせになれるだって……」

「ち、違うよルゥちゃん……それは……」

「ルゥ様! そいつは神様などでは……っ」

「かみさまだよ、だってまえのおせわがかりのひとが……わたしのぱぱとままもいっていたもん……あたまのなかにかみさまのしんたくがとどくんだって……」

『そうだ! だから私の言う通りにすればいいのだ! さあ行け! こんな愚か者共と話をする必要などは無い!!』

 

 叫びながら身体を動かそうとする奴に抵抗するルゥちゃんは苦し気に顔を歪めながらも必死に言葉を続けようとする。

 ――そこでチラリとモーリツさんがこの隙に麻酔を打ち込むことを示唆してくる。

 

(相変わらず優秀な判断を下してくれる人だ……だけどまだ駄目だ!)

 

 確かに今の身動きが鈍っている状態なら麻酔弾を当てられなくはないと思う。

 しかし奴の事をルゥちゃんが大事な神様だと認識している以上、下手にこちらが攻撃を仕掛けようとしたら守るために再び身体を譲り渡しかねない。

 そうなればもう二度と奴はこんな真似をしなくなり、事実上のチャンスを失うことになりかねない。

 

(落ち着け、最悪の場合はソレを狙うしかないにしても今はまだ様子を伺うんだ……この糞野郎からルゥちゃんを救い出すために……っ)

 

「うぅぅ……っ……だ、だからじゃましないで……み、みんなでいっしょにいられるんだよ? もうわかれなくていいんだよ? みんなもわかれるのさみしいでしょ? いっしょがいいのわたしも……みんなとずっといっしょにいたいから……」

「あ……る、ルゥちゃん……っ」

 

 自分の気持ちを必死に抑えて冷静になろうとしていた俺だったが、ルゥちゃんがこっちを見ながらつぶやいた言葉で胸が張り裂けそうになる。

 トライブの仲間達が居なくなる俺を寂しがっていたようにルゥちゃんもまた俺が居なくなることを察して内心寂しさを堪えていたようだ。

 何よりルゥちゃんはここへきて段々と普通の少女のようになっていく中で、みんなと一緒に行動することに特に拘るようになっていた。

 

(そ、うか……その寂しさを堪えていたからルゥちゃんがみんな一緒に幸せになれるって言う奴の言葉に乗ってしまって……く、くそぉぉぉ!! どうして俺は気が付けなかったんだっ!?)

 

 大人であるハンスさん達ですら俺と別れることを惜しんでいたのだから幼いルゥちゃんなら余計に気にしないわけがないではないか。

 そんなルゥちゃんの気持ちに付け込むように過去の価値観まで利用して自分の好きなように動かしている糞野郎への怒りがさらに強くなる。

 ――だけどそれ以上に苦しんでいるルゥちゃんに気づくことができなかった自分が情けなく悔しくて申し訳なくて、許せない。

 

(やっぱり俺は……いや悔やむのは後だ、とにかく今は絶対にルゥちゃんを助け出すんだ!)

 

 ようやくルゥちゃんがこんな奴に従っている理由が分かった俺は何としても助け出さなければと改めて覚悟を決める。

 

「……ごめんねルゥちゃん、俺が居なくなるって聞いて寂しかったんだね?」

「はぁぁ……っ……こ、ここであったおせわがかり……ううん、みんなといっしょがいいの……なまえもつけてくれてうれしかった……いっしょにいろんなことしてたのしかった……なのにわかれたくないの……い、いけにえがかりだからひとりでいけにえにならないといけないのもいやになっちゃったの……でもテンゴクにいけばみんなずっといっしょにいられるの……だか……ぁ……っ」

『ええい! もういいと言っていようが!』

「る、ルゥちゃん!!? 駄目だ!! そいつはルゥちゃんを騙して操ろうとしているだけなんだ! 俺達を信じてくれ!」

「「「「ルゥちゃん!!」」」」

「うぅぅ……ぁ……っ……」

 

 奴が必死で身体を奪おうとするのを見て、俺達も必死に呼びかける。

 躊躇しているのかそれとも何か思惑があるのか、ルゥちゃんは苦しそうに吐息を漏らしながらもまだその場にとどまり続けようとする。

 

『いい加減に……!? ふ、ふははは!! なんだまだポッドが残っているではないか!?』

「っ!!?」

 

 そんなルゥちゃんに言うことを聞かせえようと更に身体を動かそうとしたところで、服の中に入っていたポッドが顔を覗かせてくる。

 

(く、くそ!! 最悪だ!!)

 

 奴の言葉からして向こうも忘れていた偶発的な一つだからまた別の切り札を取っておいたわけではないだろう。

 しかし殆どの戦力を使い果たしている現状で、もしまたあの名無しが現れようなら一匹でも大苦戦させられる。

 

「だ、ダメ……そ、れはちが……あ……っ」

『さあ奴らに襲い掛かり隙を……っ!?』

「……え?」

 

 思わず身構える俺達の前で焦って止めようとするルゥちゃんを押し切るように投げられたポッド。

 その中から出てきたのは見覚えのある腹部に大きな袋の付いた生き物……カンガちゃんだった。

 

(あ……そ、そうかどこへ行ったかと思っていたけどルゥちゃんがこうして携帯していたのか?)

 

 考えてみればルゥちゃんはポッドを貰ってからオモチャとしてずっと弄り尽くしていた。

 作った当時は何かしらの原因で動かなかったようだが、その後も一番親しいカンガちゃんと一緒に遊んでいるうちに偶然使い方を覚えたのだろう。

 そして一番仲良くしていたからこそ、ああしてどこへ行くにも一緒に連れ歩くようにしていて、そんなルゥちゃんが個人的に所持していたポッドだからこそ奴の勘定にはいっていなかったのだ。

 

『何だこのザコは!? まあいい!! 奴らを止めろ!!』

「だ、だめ……も、もどし……うぐっ!?」

「……グルル!!」

 

 果たしてポッドから出てきたカンガちゃんは周りを見回し、すぐにルゥちゃんが苦しげな声を出していることに気づくと――その異形化した右腕に食らいついた。

 その動きは俺達のトライブの動物だったから同じ目標に攻撃したのか、それとも大切なルゥちゃんを苦しめている原因を排除せんとばかりの行動だったのか。

 

『なっ!? くそ! このゴミがぁあああ!』

「あ……だ、だめぇええええっ!!?」

「グル……っ!!?」

「あっ!?」

 

 カンガちゃんの行為に怒りを露わにした奴はルゥちゃんの叫びも無視して強引に異形化した腕を全力でカンガちゃんに叩きつけた。

 余りに強力な一撃はカンガちゃんを存在の輪郭すら残さないほど一瞬で押しつぶし、ただ深紅の痕だけが地面に残った。

 

「あ、あぁ……あぁああああああああっ!!」

『騒ぐな! あのゴミは一足先に貴様の望んだ天国へ行っただけだ! 何も問題はないではないか!』

「ちがう!! ちがう!! ちがう!! こうじゃない!! ちがう!! こんなのちがう!! ちがうよぉおおおお!!」

「っ!!?」

 

 目の前でカンガちゃんが肉片になるのを目の当たりにしたルゥちゃんは一気に感情を取り戻したように喚き始めた。

 ――或いはようやく天国に行くという意味を本当に理解してしまったかのように。

 そうして激しく取り乱したルゥちゃんは奴の支配から逃れるかのように身体中を掻きむしり……服の一部が破れて中から無数の植物の種に似た何かが大量に零れ落ちる。

 

「あ……あれは……っ!?」

 

 ソフィアがはっと目を見開く。

 遅れて俺も思いだす。

 前にソフィアがルゥちゃんを一人拠点に残す際に、安全のためにとありったけ渡したと言っていた生き物を拘束する植物の存在を。

 

 地面に零れ落ちた種はカンガちゃんがいた痕の上に落ちると、そこから一気に開花して一番近くに居たルゥちゃんを縛り上げていく。

 傷つけることなくまるで抱擁するように包み込まれたルゥちゃんの姿は――俺には何故かカンガちゃんの袋に納まっていた頃を連想させた。

 

(カンガちゃん、君が……ありがとう! この機会絶対に逃さない!)

 

『ぐぉおおお!? なんだこれはっ!? こんなものでこの私がぁあああ!!』

「あぁあああああああっ!!」

 

 叫びながら奴は力づくで拘束から逃れようとする。

 然り余りにも数が多すぎるのとルゥちゃんが未だに抵抗しているためかすぐには動けない。

 ならばこの隙に決めるしかない。

 

(出来る限り急がないとどれだけ持つかわからない……ただスタンロッドでの気絶からも早々に目覚めたことを思うとあの時より昏睡に対する耐性は強くなっているだろうし、余程早くリロードして撃たないと……)

 

 ここからはどれだけ多くの麻酔弾を撃ち込めるかの勝負、と意気込みかけたそこで慌てたようにハンスさんとシャルル少年が声を掛けてくる。

 

「ま、待ってください! 皆さんこれを使ってください!」

「そ、そうだ! この時のために少しだが用意しておいたのだ!」

「一体何を……ってこれはまさかっ!?」

 

 そこでライフルを構えたシャルル君にハンスさんが渡したものは麻酔弾の一種であった。

 ただしクラゲの毒で強化された特別な代物で、前の島では非常にお世話になった物だ。

 

「ど、どうして!? 海も何もないここでどうやってっ!?」

「前にサンドワーム狩りをしているときに少し手に入ってな、それをシャルル君が何に使えるのか興味を持っていたから教えておいたのだが……」

「もしかしたら役に立つと思って可能な限り作って持ってきたのです!!」

「――最高だっ!!」

 

 二人の起点に感謝して俺は慣れた手つきで電撃麻酔弾を装填する。

 かつてギガノトすら眠りに貶めたこいつさえあれば、間違いなく拘束を破られる前に眠らせることができる。

 

『お、おのれぇえええええええっ!!』

「いいから……黙って眠ってろぉおおお!!」

 

 今度こそ俺達は拘束されて動けないルゥちゃんの身体に向けて全員で一斉に電撃麻酔弾を撃ち放った。

 

 

「あぁあああああ……ぁ……っ」

『ふ、ざけ――――――――』

 

 果たして針が刺さり少しして麻酔が回り始めるとまずルゥちゃんの叫び声が止まり、その身体から力が抜け落ちていく。

 次いで足掻くように蠢いていた右腕と共に奴の声が沈黙し、辺りには静寂が戻った。

 

「よ、よし!! 後はハンスさんお願いします!!」

「ああっ!! 任せてくれ!! サンティアゴ、どうか今一時だけ君の冴えを私に貸してくれ!!」

 

 俺が声を掛けるまでもなくハンスさん飛びつくようにオベリスクの操作盤に手を伸ばすと、凄まじい勢いで操り始めた。

 その間、俺達は手分けしてルゥちゃんの身体を抑えつつ黒い果実を探しまわっては細かく食べさせ続ける。

 

「……よし、よしよしよぉおおし! そのままそこに寝かせておいてくれ! 今からエレメントを除去し始める!!」

「お願いします!!」

 

 遂に操作を終えたハンスさんに返事をすると、すぐにオベリスクの中心から地上に向かって放たれている緑の光線が太くなり――ルゥちゃんの身体を含めた周囲を包み込んで行った。

 何もかもが光に包まれて眩しさの余り目を開いているのも苦しいぐらいだったが、そこで機械の身体であるオウ・ホウさんの声が響いた。

 

『おぉ!! 治っている!! 身体からあの悍ましい物が抜け落ちていくぞ!!』

「っ!!?」

 

 その言葉に俺達は思わず息を飲んだが、次の瞬間には歓声が辺りに響き渡っていた。

 

「や、やったぁあああああっ!! やりましたよっ!!」

「よかったぁぁぁあ!! 本当によかったよぉぉぉお!!」

「ち、ちゃんと機能してくれたようだな!! み、見ているかサンディエゴ!! 私でもやれたぞぉおおお!!」

「よ、よかった……ルゥ様が無事で本当に……ああ、ありがとうございます……」

「やれやれ……しかし今回の収支は……まあ最大の収益が確保できたのだから野暮なことは言わんでおくか……ふぅ……」

 

 各々の声を聞きながら俺は胸が詰まる思い出いっぱいだった。

 

(誰か一人かけていてもダメだった……みんながいてくれたからこの結果にたどり着くことができたんだ……っ)

 

 ハンスさんがエレメントを除去する技術を持っていなかったら。

 ソフィアがあの植物の種をルゥちゃんに持たせていなかったら。

 キャシーが臨機応変に動いて触手に止めを刺してくれたから。

 シャルル少年が電撃麻酔弾を用意しておいてくれたから。

 モーリツさんが物資を持って助けに来てくれたから。

 

(……やっぱり俺の、ううん俺達のやり方は間違ってなかったんだ……そうだろフローラ?)

 

 目も眩む光の中で思わず自らの右腕にそんな思いを投げかけると、まるでそうだと言わんばかりに一瞬だけ心地よい痛みが走るのだった。




今回名前が出た動物

ティタノサウルス(超巨大な草食)
ロックエレメンタル(ゴーレム)
ユタラプトル
ダエオドン
アンキロサウルス
ネームレス(名無し)
ティラコレオ(コレオちゃん軍団)
カルノタウルス(カルノン軍団)
アルゲンダヴィス(アルケン)
TEKティラノサウルス
ユウティラヌス(ユウキィ君)
サブテラニアン・リーパーキング(リーパー)
ギガノトサウルス
ティラノサウルス
デスワーム(サンドワーム)
アースロプレウラ(ムカデ)
パラケラテリウム(パララ君二号)
カプロスクス(ワニ)
ダイアウルフ(狼)
プロコプトドン(カンガちゃん)

ブレードマザー(これまで戦ってきたオベリスクの守護者)
メガピテクス(これまで戦ってきたオベリスクの守護者)
ドラゴン(これまで戦ってきたオベリスクの守護者)
監督者(ARKの管理者)
???(奴)
触手?(〇〇〇〇〇〇テンタクル?)
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