二百八十一頁目
朝になって目を覚ましてもフローラは卵の傍に座り込んで、じっと様子を見つめていた。
恐らくはまた温度調整をしくじったらと怯えているのかもしれないが、この調子では彼女のほうが参ってしまいそうだ。
だから交代を申し出て、それでも渋る彼女に何かあればすぐに起こすと約束して何とか寝かしつけることができた。
まさかここまで子育てに入れ込むとは思わなかった……それでもこれでフローラが笑っていられるのならば手を貸さない理由は無い。
俺もタヴィちゃんの傍に近づき、卵の様子を確かめてみると殻の内側から鼓動のようなものが伝わってくる気がした。
ちゃんと育っているようだ……俺も何やら少しだけ興奮してしまう。
もしこれでタヴィちゃんの子供を上手く育てられたら、他の動物でも同じことをして増やしてみてもいいかもしれない。
それこそ連れてくる手段がないために前の肉食島に残してきたティラノだって、卵を産ませて持ってきてこっちで孵化させれば……そもそもあいつは卵生なのだろうか?
実際に恐竜の卵は幾つも見つかってるけどティラノがどうだったかは記憶にない……まあ恐竜自体が鳥の前身だと聞いた覚えがあるから或いはみんな卵から生まれるかもしれないが、もしも人間みたいに妊娠形式だったら大変だろう。
……そこまで考えたところで妊娠という単語で思わずフローラを見つめてしまいそうになって……自分の醜さにげんなりしてしまう。
幾ら唯一この場にいる女性だからってそう言う目で見るわけには……だけどそうしないと人間は増えないのでは……しかしそもそも増やす必要は……そう言えばこれ以上新しい人間は現れないのだろうか?
また後程余裕が出来たら俺が目を覚ました南の海岸へ様子見に行ってみたほうがいいのかもしれない……だけど新しく来たのが男だったらフローラは……またしても浅ましい考えに囚われそうになった自分を自戒して、今度こそ俺は卵へと意識を集中するのだった。
二百八十二頁目
昼過ぎになり、少しずつ空腹を感じながらも卵を温めているタヴィちゃんに生肉を食べさせているとそのタイミングでフローラが目を覚ました。
どうやら彼女もお腹が減ってきたようで、俺に断りを入れるといったん外へ行き身だしなみ等を済ませてから食事と飲み物を持ってきてくれる。
並んで座り卵の様子を観察しながら、二人揃って食事をとり始める……もちろん見慣れた野菜入りのご飯だが、何やら卵のようなものも混ざっていてさらにおいしく感じられた。
聞けば前にタヴィちゃんが産んでいた普通の卵を料理に使ってみたらしい……目の前で卵を孵化しながらも良く思考を切り替えられたものだ。
尤も見た目や触り心地からして全く違うから、その辺りのことは気にならなかったのかもしれない。
何より今までの肉だけの食事よりは栄養のバランスもとれていて身体に良さそうだ……そう言うとフローラは嬉しそうに微笑んでくれる。
どうも前に洞窟で病気にかかったことが気になっていたようだ……今後も医者が居ないこの島で暮らしていく以上は体調管理に気を配らなければと胸を張る彼女。
だけど俺は、彼女の口から自然に洩れた共に暮らしていくという言葉のほうが気になって……妙に胸が高鳴ってしまう。
……ずっと帰れるなら帰りたいと思っていた……見慣れた食べ物を食べてもその想いは強くなる一方だった……ある程度諦めはついていたつもりだけど、それでもこんな危険な場所でずっと暮らしていく覚悟なんかつかなかった。
だけどもしもフローラがずっと傍に居てくれるのなら……彼女と共に家庭を築いていけるのならば……俺はここで生涯を過ごすことになっても後悔しないかもしれない。
【今回登場した動物】
アルゲンタビス(タヴィちゃん)