光の精霊を倒して地上に帰りました。
なお、二人の関係値は……
43話 記憶崩落ってね
◇◇◇
暖かな日差しが体中を照らしポカポカする。魔素も指先に集まり効率よく魔力変換されていく。魔素欠乏症による記憶混濁も薄まり思考が動き出す。
「……暖かい」
ぽつりと零す私の声に誰かが息を吸って吐く。
まるでこれから死刑台へと向かう程に張り詰めたようだ。
……そういえば先ほどまで私は何をしていたのでしょう。
そもそも、私は誰でしたか?
「――ここはどこ?」
「起きたのですね!」
「貴方はどなたですか……?」
◇◇◇
理由は分からないが一時的な記憶障害だと医者は言った。
話を聞く限り、自我消失とまではいかないが、自分の名前を忘れているようだ。
妹のカノンは終始青褪めた表情を見せる。ここまで狼狽した姿など見たことがない。
普段は小動物が集まる憩いの広場も閑散としている。
まるで濁流のように魔素が滅茶苦茶になっている。
妹の親友であるフィアナであれば対処可能だとは思うが、妹以上に心にダメージを負った姿を見るにそれは酷な話だ。まさか自室に引き籠るとは。
「はぁ……嘘だと言ってくれ――」
王城の自室には誰も居ない。
私に何ができるのか。宙へ問いかけるも大精霊は答えない。
日々図書館へと足を運び記憶に関する書物を漁るも何も進展しない。
「……大魔法使いの彼女が居れば――――」
◇◇◇
お姉さまが記憶を失い1週間が過ぎました。
強気な姿は鳴りを潜めおとしやかであるリア姉さまの姿に誰もが絶句しています。
それは私も同じです。
魔界宣言で幽閉された時とは別ベクトルで心配になってしまいます。
お母さまなんて倒れてしまいましたし。私も自室から動くことができません。
リア姉さまの姿を見るのが今は辛い。
一番辛いのは記憶を失い、生きる意味すら見いだせないリア姉さまなのに。
「なんで記憶がないの……?」
親友であるフィアナは何か知っているようでした。
でも、話を聞こうにも自室に閉じこもり。兄であるレイフォード様ですら対面できていないようです。私も自室に引き籠ってしまったから理解はできます。
記憶魔法の文献は数が少ない。
人心掌握の危険性もあり王国の禁書庫に収められています。
レイフォード様ですら読み解く権限はありません。
唯一、読み解けるのは王国騎士である大魔法使い様一人。
「大魔法使いであるあの方であれば、姉さまを助けてくれるのかな」
大魔法使い。本名不明で女性ということしか知りません。
それでも王国に住まう者であれば全員が知る有名人。
国の戦略担当を任され相手の戦略を叩き潰す王国の悪魔。
そんな酷い言われようですが、他国の諜報員の記憶を全て奪い尽くす腕は本物。
彼女であれば姉さまを救い出すこともできるのかもしれません。
ですが大魔法使い様の行方は誰にも分からないのです。
「八方ふさがりかも」
◇◇◇
「わたしのせいだ」
真っ暗な部屋で呆然と前を見つめるも脳裏に浮かぶのは見知らぬ人を射抜く眼。
そんな表情に青ざめる私に彼女は困惑しながらも声をかけてくれた。
その姿はわたしのよく知る姿であり、なのにどこか距離感を感じてしまう。
何を言えばいいか分からなかった。
光の精霊に取り込まれ、もう少しでリア姉さま諸共消えてしまうところだった。
助かったのは大精霊様に似た声の持ち主が助けてくれたからだ。
地下に居たはずなのに気付いたら地上に戻っていた。
目覚めたとき寝息を立てるリア姉さまの姿を見たときホッとした。
それでも危険に晒したこと、光の巫女であること、いっぱい言わなくちゃいけないことがあったのに対面する彼女は全て忘れていた。
「ほんとう、どうすればいいのでしょう」
ここ数年聞こえた声は答えてくれない。
私を堕とそうとしたささやきは完全消失している。
「たとえ、忘れていたとしても伝えないと。せめて私の気持ちを伝えないと」
1週間が過ぎ自室から動けなかった。その間、お兄様は色々動いていたみたい。
でも進展はないようです。
「記憶がないならわたしの記憶をあげられないかな」
夢の中でみた誰かの記憶。
薄れているものの、よく知る誰かの声にも思えてしまう。
焦燥感にかられ、今すぐどこかへと走りださないといけない気もする。
なのに、わたしは。
これ以上、リア姉さまに絶望されるのが、本当のことがばれてしまうのが怖い。
一度覚悟したはずなのに、軽蔑される覚悟だってしたのに。
本当の私を伝える覚悟があったはずなのに……記憶を失った姿をみて安堵してしまった自分の姿に吐き気が止まらない。
「ああ……わたしは弱いのですね——ごめん、ごめんなさい」
◇◇◇
「はぁ……」
ここ最近の記憶が無くなってしまっている。
あるのは前世?の記憶だけ。ゲーム世界に転生してしまったという事実。
そして、数年?この世界で私が過ごしたであろう現実だけが残っている。
「私の記憶が壊れた?でもなんで?」
記憶障害がおこる。それは前世でも起こりえること。
でも、まさか自分に起こるとは思わなかった。
既に関係が出来上がっている。
「二重人格かしら? それともゲームイベント?」
可能性は無限に浮かぶ。ゲーム世界ならイベントの可能性が高い。
でも自分の姿を見るにそれはあり得ない。
むしろ、記憶を失う前の自分を褒めたたえたい程にゲーム外を進行中だ。
「まさか、妹が魔女になるなんてね」
メイドから無理やり話を聞きだすと、昔の私は魔界に行こうとしていたらしい。
行動原理は理解できる。その結果がこれ。
「記憶を無くして困るとは思わなかったわ」
脳裏に浮かぶのは絶望の表情を見せた三人。
妹のフィアナ、そしてレイフォード様とカノン。
どうやら記憶を失う前の私はこの世界で上手くやれていたようです。
「だからこそ元に戻りたい」
そう。記憶を失いリスタートするのも私ならできる。
今までの痕跡を全て消してしまい消えることも可能です。
でも、前の私はそれをしなかった。幽閉されることを受け入れた。
「案外、居心地が良かったのかしら。それとも、好きな人でもいたのかな」
自問自答を繰り返すも誰も答えはしない。
視界の一部が魔素によって煌めくだけ。
「あとは、記憶を誰かに渡した。それくらいかしら?」
記憶を探る魔法を自分に使っても見つからない。
まるでそこだけぽっかり穴が開いてしまったようだ。
それこそ、記憶を根こそぎ削り取るくらいしか思いつけない。
「記憶の譲渡。それくらいやろうと思えばできるけど。それじゃあ、誰に渡したの?」
記憶を渡すなんてよほど信頼する人物しかできないはず。
今の私にとっては見当もつかない。
それでも候補者は一人いる。
初めに出会った少女。
レイフォード様の妹のカノン。彼女は私に対してあからさまに距離を取った。
心理的に何か負担がかかっているとしか思えない程に。
それに、直前まで一緒に行動していたのも気になる。
「あまり強く出たくはないけれど仕方ない」
記憶を取り戻そう。
たとえ、それが絶望を広げることだとしても。
少女を傷つけることになるとしても。
「私は真実が知りたい」