めぞん一刻 二次小説 風立ちぬ   作:今津晶

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第1話  不幸な事故

季節は秋。

それは突然の出来事だった。

 

“キキキィィィ~~!!”

“[キァァァァァァ!]”“

“ガシャン!・・・・・・・・・・”

“ピーポーピーポー”

 

*時計坂総合病院*

 

“カンカンカンカン!”

 

病院内を走る足音が響く。

 

[はあはあ、か、管理人さんは?]

病院内、息を切らして走って来たのは五代君だった。

 

[今管理人さんのお母さんが呼ばれている所だよ、五代君]

病室の前には一の瀬さん、朱美さん、四谷さんがただ黙ってベンチに座っていた。

 

[それにしても何てこったい!]

[管理人さんを轢いて逃げちまう車がいるなんて!]

 

そう、この病院に救急車で運ばれてきたのは響子さんだった。

買い物の途中、居眠り運転の車に轢かれてしまったのだ。

逃げた犯人はその後逮捕された。

 

響子さんは幸運にも命に関わる外傷はなかったものの、

体を強く道路に打ち付けてしまったようだ。

病状等の説明のため、医師に響子さんの母、律子が呼ばれている。

 

“カチャ”

 

病室の扉が開いた。

 

[どうなんですか?管理人さんの具合は?]

 

いっせいにベンチに座っていた4人が律子に詰め寄る。

 

[怪我の程度は・・・たいした事ないんですが・・・]

[ですがどうも・・・]

 

律子は怪我の程度は幸い大した事は無いと言う。

しかし、その表情は安堵に満ちたものではなかった。

 

そして律子から衝撃の一言が4人に告げられる。

 

[その、響子は打ち所が悪かったみたいで・・・]

[記憶の一部を無くしてしまったみたいなんです・・・]

 

[!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?]

 

4人に衝撃が走る!

 

居ても立ってもいられずに断りもなく、病室に入っていく4人。

響子さんは頭に包帯を巻いた姿で病室の窓から無表情に外を眺めていた。

 

[管理人さん!]

病室に響き渡るような大声で五代君は叫んだ。

 

しかし・・・。

 

響子さんはその大声に驚き身構えてしまった。

 

[管理人さん・・・分かんないんですか?五代です、5号室の五代裕作です!]

自分たちを認識しない響子さんに痺れを切らした五代君は、響子さんに近寄って行こうとするが・・・。

 

[あ、あなたたちは誰なんですか?]

響子さんは見知らぬ人物が迫って来る事に恐怖感を覚え、思わず後ずさりしてしまった。

 

[管理人さん・・・]

 

一の瀬さんも、朱美さんも、四谷さんも、そして・・・五代君も、響子さんの反応に驚きを隠せなかった。

母律子の言う通り、完全に事故のショックで記憶を無くしてしまったみたいだ。

 

[響子、大丈夫?]

その様子を見ていた律子が心配そうに声をかけた。

 

[え、ええ。お母さん]

どうやら母の事は認識しているようだ。

 

[お分かりでしょ?響子はこんな状態なんです。]

[申し訳無いですけど、今日の所はお引取り願いますか?]

律子の言葉に誰も反論する者は居なかった。

 

~その夜 一刻館 5号室~

 

 

[あ~管理人さん戻って来ないのかしらね~。]

朱美さんがボソリと言う。

 

宴会というかなんというか。

四谷さん、一の瀬さん、朱美さん、二階堂君が5号室に集まり酒盛りをしていた。

しかしいつもと違うのは、賑やかではなく、しめやかに酒が酌み交わされているという事だ。

 

[記憶がないんじゃどうしようもないですもんね]

四谷さんも諦めにも似た口調で朱美さんに同調し、一の瀬さんもただ二人の話に頷くだけだった。

 

[それでも管理人さんは管理人さんだよ]

五代君の言葉が住人みんなの気持ちに間違いないだろう。

 

 

取り敢えず響子さんは目立った外傷も無く、日常生活に支障も無いようなので精密検査の結果を見て自宅へ帰れる事になった。

 

“記憶喪失”がどの程度なのか?

 

その辺が家族にとって非常に気掛かりではあるが。

 

 

“ピンポ~ン♪

 

五代君がお見舞いに響子さんの実家に訪れた。

 

[は~い!]

 

玄関に応対に出たのは、母の律子だった。

 

[まあ、五代さん、わざわざお見舞いに?]

 

[え、ええ。管理人さんの具合はどうかと思いまして]

五代君はひと目響子さんに逢いたかった。

 

しかし・・・。

 

[ごめんなさい、せっかくいらしてくださって申し訳ないんだけど]

[今はそっとしておいてあげてくれませんか?]

母律子は逢わせてはくれなかった。

 

本人が逢いたくないと言っているのか、それとも一刻館の管理人を辞めさせたい両親がこの機会に乗じて、

一刻館の関係者と縁を切らすためにわざと逢わそうとしないのかは定かではない。

 

しかし、母にそう言われてしまっては、返す言葉が無い。

五代君は肩を落としてマンションを出た。

そして響子さんのいる部屋を外から眺めたら・・・。

 

[あ、響子さん!]

 

丁度ベランダで洗濯物を干している響子さんの姿が目に飛び込んで来た。

それはいつもと変わらない光景だった。

 

しかし唯一違う点は・・・。

 

響子さんが五代君を認識していない事だった。

響子さんの元気そうな姿を確認できてホッとした反面、その“響子さん”は自分の事を忘れてしまっているという、

悲しい気持ちが混ざり合う五代君だった。

 

 

五代君はいつものように、バイト先のキャバレー“バニー”で、呼び込みをしていたが・・・。

 

[楽しい夜のひと時・・・キャバレーバニーへどうぞ・・・・・・・]

どうも元気がない。

 

[こら、五代!なんだその辛気臭い呼び込みは?]

[貴様やる気あるのか!]

例の恐い先輩である飯岡に怒鳴られてしまった。

 

[いや、その、すいません]

謝る五代君。

 

[てめえ、・・・まさか・・・スケ(女)だな?]

こんな所だけは異様に鋭い飯岡さん。

 

[ング!]

まさに図星。

言葉に詰まる五代君だった。

 

 

~翌日~

 

“ピンポ~ン♪”

 

[はいはい、今行きます]

 

響子さんがいる実家のマンションのチャイムが鳴った。

 

“ガチャ”

 

母律子が玄関に出向き扉を開けると・・・。

 

[あら!三鷹さん!]

 

[こんにちは、お義母さま!]

そこに現れたのは三鷹さんだった。

 

[響子さん、事故に遭われたとかで]

[お見舞いに来ましたきました]

三鷹さんは大きな花束を抱えて、響子さんの見舞いにやって来た。

 

[あの、その、響子はその・・・]

母律子は響子さんが記憶を一部消失している事を三鷹さんにどうやって告げようか思案していた。

 

[ああ、響子さんが少し記憶を無くされていることですね?]

[さっき一の瀬さんから聞いて知ってますよ。]

母律子の心の中を見透かしたように、三鷹さんは話した。

 

[それでも僕は響子さんにお逢いしたいんです。]

三鷹さんも響子さんが今どのような状況置かれているのを知らない筈はなかった。

 

それでも、“逢いたい”と母の律子に真剣な眼差しで訴えかける三鷹さん。

基本的には三鷹さんと結ばれて欲しいと心の中で願っている律子は、その熱意に負け、響子さんと逢う事を許した。

 

響子さんは三鷹さんと対面した時、どんな反応を見せるのだろうか?

 

取り敢えず三鷹さんを自宅に上げた律子だったが、何よりも心配なのは響子さんが三鷹さんに対してどんな反応をするかという事だった。

 

“失礼な事を言って三鷹さんを怒らせたりはしないだろうか?”

 

という全くもって至極当然の心配もあるのだが、実は律子の心配の種はそれだけではなかった。

 

“響子の今の状態で三鷹さんに逢わせて良いものか?”

“それが響子にとって負担にならないだろうか?”

 

思いは巡る。

 

[響子・・・えっと、あの、お友達ですよ]

律子は三鷹さんをどう紹介していいのか悩んだ挙句、一番当り障りのなさそうな“お友達”という表現を使った。

 

[こんにちは]

三鷹さんに向かって響子さんはにっこりと微笑んで出迎えた。

 

[こんにちは]

三鷹さんもニッコリと微笑んで、

 

[あ、これ良かったら]

と持って来た花束を響子さんに手渡した。

 

[まあ、綺麗・・・]

響子さんは三鷹さんの花束を見て目を輝かせた。

 

間髪入れずに律子がお茶を運んで来た。

 

[ああ、お構いなく]

どんな話から始めようか響子さんを目の前にして、話の切り口に困っていた三鷹さんには助け舟となった。

 

[響子は・・・覚えてないかも知れないけど・・・]

[三鷹さん、響子ととても仲良くして頂いてるのよ]

律子は響子さんに三鷹さんはとても仲の良い人だと強調して紹介した。

 

そんな律子の言葉に響子さんは・・・。

 

[ごめんなさい。あたし、その、・・・]

そこから先、目の前に三鷹さんが居るから口に出来なかった。

 

“覚えていません”・・・と。

 

それでも三鷹さんはめげずに、

 

[イヤ~、僕って存在感が薄いのかな?]

[もっと覚えてもらえるように努力しますよ!]

明るく笑い飛ばし、暗くなりそうなその場を明るい雰囲気に変えた。

 

これ以上退院したばかりの響子さんに負担を掛けてはいけないと、お茶もそこそこに三鷹さんは千草家を後にした。

 

~その夜、三鷹さんの家に律子から電話が入った~

 

[もしもし、三鷹ですが。]

[・・・・・・・・あ、お義母さま!]

[今日は突然お邪魔して失礼しました]

[・・・・・・ええ、ええ、分かりました。大丈夫です]

何やら三鷹さんは律子と約束をしたようだ。

 

 

~翌日 ある喫茶店の昼下がり~

 

[昨日はごめんなさいね、三鷹さん]

[不愉快な思いされたんじゃありません?]

律子は三鷹さんと会うや否や、昨日の出来事を深々と詫びた。

 

[いやあ、お義母さま、全然気にしてないですよ]

[それよりも何より]

[元気な響子さんにお会いできた事が嬉しかったです]

いかにも三鷹さんらしい。

 

そして律子から三鷹さんへ、重大な事実が告げられる。

 

[それでですね、三鷹さん]

[今日、お忙しい中わざわざこちらまでお越しいただいたのはその・・・]

[響子の今の状態について少しお話しておいた方が良いだろうと思いまして・・・]

律子は三鷹さんに今の響子さんの状況を知っておいて欲しいという。

 

しかし、その表情から読み取ると、三鷹さんにとって、あまりいい話ではなさそうだ。

 

[響子の記憶の状態は・・・]

[惣一郎さんと死に別れた時くらいまでしかないみたいなんです。]

[そこから先はどうもほとんど覚えてないみたいで・・・]

[失礼な話、三鷹さんの事も、全く覚えていないようなんです]

 

[私たち夫婦も、少しずつでいいから記憶を取り戻して欲しいと願っているんですけど]

[無理に記憶を呼び起こさせようとすると]

[響子は苦しそうに頭を抱えたりして・・・]

[それを見ているのがとても辛くて・・・]

涙ながらに律子は話す。

 

[それで、三鷹さん、非常に心苦しいのですけれども]

[響子の事は・・・忘れてやっていただけませんか?]

 

色々考えた末の結論だろう。

律子は三鷹さんに響子さんの事は忘れて欲しいと告げた。

 

[え?どうしてですか!お義母さま?]

律子の突然の言葉に思わず大きな声を店の中で出してしまった三鷹さん。

 

律子は三鷹さんになぜそんな辛い言葉を投げかけたのか?

その心の内を静かに語り始めた。

 

[三鷹さんは響子の事をずっと思って下さって]

[惣一郎さんを長い事忘れられずにいる響子を]

[ずっと我慢して待っててくださってるのに]

 

[肝心の響子は・・・今回の事故で三鷹さんとの大切な記憶を・・・無くしてしまいました]

[そんな響子とこれから先もお付き合い頂くのは、母としてとても心苦しいのです]

[せっかく築いて下さった時間を無くしてしまった響子と・・・]

 

[それに・・・、三鷹さんほどの方でしたら]

[響子よりも素敵な女性がすぐに見付かる筈ですし]

[三鷹さんのこれからを考えたら、それが一番賢明じゃないかと私は思うんです]

 

律子は三鷹さんの今後を考えた上で、敢えて響子さんとの事は忘れて欲しいと、話したのである。

 

 

しかし三鷹さんは・・・。

 

[・・・・・・]

 

しばらく考えた後、

 

[お義母さまのお気持ちはとても嬉しいです]

[ですげと、僕にはやっぱり・・・]

[響子さん以外の女(ひと)は考えられないんですよ]

 

[もう一度最初から、響子さんと出会った時から、始めればいいんですよ]

[響子さんとまた楽しい思い出が作れる]

[僕は全然気にしてませんよ!]

 

律子の気持ちはとても嬉しい。

しかし、三鷹さんにとって響子さん以外は考えられなかった。

 

例えこの先記憶を無くした響子さんと上手く行く保証など、何処にも無いのに。

それでも三鷹さんは響子さんをあきらめられなかったのだ。

 

“何としても自分の腕の中に響子さんを”

 

三鷹さんは響子さんに対する思いを更に強くするのだった。

 

 

一方の響子さんはと言うと、律子の言う通り、今の響子さんは惣一郎さんが死んで間もない精神状態だった。

千草の実家に戻ってはいるものの、暇を見ては音無家へと通っていた。

 

音無の義父も響子さんが事故に遭い、ここ5年前後の記憶がほとんど無い事を知らされており、響子さんにどう接していいか、心を痛めていた。

 

響子さん自身、記憶を無くしている事は医師や家族から知らされているのだが・・・。

本人はいまだにそれが信じられない様子であった。

無理に記憶を思い起こそうとすると、頭に痛みが走り、元の響子さんに戻ろうとするのを邪魔しようとする。

 

 

音無家に今日もやって来た響子さん。

母律子も以前のように音無家へ行くのを厳しく止めたりはしない。

いや、厳密には出来ない。

 

取り敢えず今は響子さんの好きなように行動させた方がいいと考えたからだ。

それで記憶が戻る可能性があるのなら仕方が無いと。

 

そろそろ一刻館の今後の事もどうしようか思案していた音無の義父は・・・。

 

[響子さん、あんたアパートの管理人やってみないかね?]

 

さり気なく一刻館の事に触れた。

 

[管理人ですか?]

不思議そうな表情をする響子さん。

 

[まあ、取り敢えず行ってみようか?響子さん]

 

少しでも響子さんに記憶を取り戻して、元の生活に戻って欲しいと願う音無の義父は、響子さんを久し振りに一刻館へと連れて行く事にした。

 

 

 

以下次回

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